01:深層の檻
※此処から二部作目に突入します。
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エリカは色とりどりの花が咲いた花畑のなかで、一人孤独に膝を抱えて座っている。
山に囲まれた長閑な風景。
小鳥たちの囀り。
花の蜜を吸いに来る蝶。
髪を撫でる優しい風。
明るい夜空に浮かぶ、神々しい満月。
しかし、心を照らしてくれる物は存在しない。
俯いてる彼女の隣りにアルデバランの娘が座り、意地悪い笑みを浮かべて前を見る。
「良かったわね。あなたが望んだ通り、サマラフは命を棄ててくれた。役職も婚約者も、全部ね」
「…………棄ててほしかったわけじゃない。私のせいでサマラフが死んだ。私が追い詰めたの」
アルデバランの娘は、花を一輪摘み取る。
「彼奴は悪人。世界を処刑した」
「ううん。善い人だった」
「あなたの親を斬ったのに?」
「先に取り返しのつかないことをしたのは、私のお父さんとお母さん。止められなかった責任は私にある」
「また昔みたいに、抱え込んで逃げるんだ?好きよね、被害者になるの」
アルデバランの娘は花に向かって、ふう、と息を吹きかけて消す。
エリカは深く俯いた。
「…………バーカーウェンから、出なければよかった」
「それを決め付けるには早いでしょ」
「……寧ろ、遅かった」
アルデバランの娘は立ち上がると、咲いている花々はすべて枯れ、黒く溶けて無くなった。
「おねんねの時間は終わり。
目が覚めたときには、あなたの記憶からサマラフは消えてる。悩みが一つ消えたところで新しい悩みは増えるだろうけど、次は自力で乗り越えなきゃね?」
満月は右側からどんどん黒く塗りたくられ、辺りの景色は暗闇に包まれ始める。
アルデバランの娘は消え、代わりにサマラフの幻が目の前に現れた。
エリカは、心が痩せ細った不安げな表情で顔を上げる。
「俺は君の命を救えても、君の心までは救えない。わかるだろ?この意味が」
彼は感情が込もっていない笑みを浮かべ、顔をくしゃくしゃにして泣き始めたエリカとともに、影に覆われていくのを受け入れる。
始めは聴こえていた泣き声の嗚咽も、静かな暗闇に吸い込まれて消えた。