弭息
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客室に戻っていたエリカは、布団に潜り込んだ姿で朝を迎えた。
(……一睡もできなかった)
サマラフの屋敷を脱け出して一人でシュノーブに行くにはどうすればいいか、一晩中、解決策を思案してみたが、逃げたのがバレたら追われて連れ戻されるかその場で殺されかねないと思い、諦めることに。三対一では分が悪すぎる。
(助けを求めて誰かが犠牲になるなら、何もしないほうがいい気がしてくる……)
ナナチを巻き添えにするのは忍びない。
サマラフに不満がある人物を捜し出せたところで、味方になってくれるかは別の話。
ユマに保護を頼んで身の安全を保障して貰うという最悪の手段については、パーティーの騒動が原因で、話は水に流れているはずだとエリカは思った。
逸そサマラフに直談判して、一人で旅をさせてほしいと頼めばいいのではないか?
シュノーブに行かず、真の意味で味方になってくれる護衛を捜し、小さな集落に住むのも有りでは。
不安があるとすれば、他者を巻き込んで取り返しのつかない惨事になったら、今度こそ立ち直るのが難しい所。
ほかにも消去法で実現できそうなことを考えたが、ロアナに居る限りは八方塞がり。
サマラフが旅を続けるのをユマが許可するかしないか判断を下すまで、次の実行を決めるのは困難だ。
ーー コンコン
「!」
控えめなノックに、彼女はドキッとした。
「エリカ様。朝食の準備ができました」
ドア越しに、メイベが声をかけてきた。
エリカは恐る恐る布団から顔を出して上半身を起こし、ベッドから降りたが、昨夜聴いてしまった言葉が脳裏を過った拍子に足が竦んで床にトサッと座り込む。
室内から聴こえてきた不可解な音に、彼は反応。
「エリカ様?入ってもよろしいですか?」
「服、着替えてなくて。ごめんなさい。眠いので、今朝は……」
「ぁっ、ぃぇ。私のほうこそ気遣いが足りず、申し訳ございません。後ほど、改めてお訪ねします」
本人は目の前に居ないのに無作法なことをしたと恥じ、ドアに向かってぺこぺこ頭を下げる。
相手が誰であれ、メイベは客人の寝装着姿を断りなく見ていいと思っていない。幼児ならまだしも、成人済みの異性とあれば気を遣う。
(アルデバランの娘と言っても、女の子だからな)
ただ、さすがに、翌々日の昼は放置しなかった。
「胃に優しい材料のみ使って裏漉しをした、舌触りの良いスープです」
心配が募ったメイベは試しに一品だけ部屋に運び、サイドテーブルの上に置いてみることにした。
「……有難うございます」
ベッドの端に座ってるエリカは、ぎこちなくないようにと意識しながら小さな笑みを浮かべ、次いで、スープのほうへ視線を移す。
(毒、入ってないよね?)
あの日の晩に聴いた話は幻聴だったのかと思うくらい、メイベはにこにこしている。却って、
(……信じていいのか怖い)
人に出された食べ物が原因で、都度、窮地に陥り、死を予感してきた。また同じ目に遭わないか?不安を感じたエリカは吐き気を催し、右手で口を覆う。
「あのっ……!」
メイベは慌てて弁明する。
「苦手と仰っていた食材は使ってません。体に良い物なら入れてます」
「…………」
エリカは項垂れたように俯く。
「気を遣わせてごめんなさい。お腹、空いてなくて」
「…………わかりました。何か食べたくなったら、遠慮なくお声かけください」
「有難うございます」