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Aldebaran・Daughter  作者: 上の森シハ
Chapter.xx 奸計貴族の国ロアナ【後半】
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托葉が落ちる頃に(4)



 承認欲求を満たして自尊心を保とうとする者は、他者に埋めて貰わないと不安や焦燥感を覚える傾向にある。自己愛が強く、与えて貰った言動や出来事が気に入るものであれば気分は高揚するが一時期的にしか満足は続かず、一度覚えた快感をまた味わいたくて同じ行動を繰り返すことも……。

 但し、些細でも気に入らない言動されると過敏に反応し、不満を抱きやすい。親交による共感と協調による同調の履き違えを起こしたり、他人とは見返りのある関係を結びやすいのも特徴だ。これは一種の依存症であると、ナナチは分析している。


 では、エリカの場合はどうか?


 愛情の欠乏から来る、自己肯定感の低さ。現状を打破できないと思い込んでる自分の姿をサマラフのなかに見て、好意と履き違えてる部分がある。承認欲求とは違う。



「エリカさんは、人の幸せを基準に自立を考えるの?」


「……!」


「みんなの幸せじゃなくて、君のための幸せを考えるんだよ」


「私の…………?」


「うん。話してて思ったんだけど、君には軸が無いんだろうね、こう在りたいって生き方や人生の目的が」


「だって、お父さんとお母さんが居ないこと以外、何かを叶えたい夢も望みもしなかったから。私の意志で何かを具体的に決めるってことが何なのか、突然言われても全然わからない」


 サマラフと一緒になりたいとの希望が奇跡的に叶ったところで、それは将来を相手の決定に委ねているのであって、彼の存在抜きに自分がどうなってるのが幸福な状態かは別の話。エリカはナナチとの会話を通して、薄ぼんやりだが、天望に目を向けるという新たな視点を得られた。



「決めて来なかったんだね。でも、良かったじゃないか。今後は選択肢を増やして決めることができる」


 彼女は暗い表情をして、首を左右に振った。


「……サマラフたちは嫌がると思う。人には無い変わったチカラを私が持ってるから」


「チカラ以外については?」


「?」


「親のことを含めてそれ抜きに、一個人として最後は何処に着地していたいかを一度話してごらん。彼、苦労人だから、具体的な解決策を考えてくれると思うよ」


 安全に暮らしたいならサマラフが人にかけ合い、エリカのために新しい名前と身分を用意して、別人としての生き方を提案することもできる。


「わかって貰えなかったときは?」


「ぼくが君の立場なら、『責任をとれ』って怒るだろうね。そのほうが少しはスッキリするでしょ」


 ナナチは左手を肩口まで上げて人差し指を立てると、「言うべき相手や状況を間違えないようにね」と補足した。



  ーー コンコン


 ドアをノックする音が室内に響く。


「ご主人様が、城からお帰りになられました」


 通路に立っているメイベから声をかけられたナナチはドアに向かって、やや大きめの声で返事をする。


「ありがと。もうすぐしたら終わる。待たせといて」


「畏まりました」



 メイベの足音が遠退いてからナナチは教える。



「此処へ診察に来るの、今日までって約束なんだ」


「ぇ?」


 彼女は、この状況下で胸中を話せる相手が居なくなることに、心細さを感じた表情をする。



「エリカさん、忘れないで。みんなのために君は居ないし、君のためにみんなは居ない。でも、これは答えじゃないよ。夜空の流れ星を掴むよりはずっと近くにある」


 気付きは内側にある星を見つけたとき、頭で考えるより先に、腑に落ちて還帰(かえ)る。


「念を押すようで悪いけどさ、みんなのために君の生死を決めるのは違うと、ぼくは思うよ」


「…………。うん……」



 ナナチは右ポケットに手を突っ込み、両側を捻ってリボンのような形にした小さな包みを二個取り出すと、手のひらの上に乗せて見せた。


「飴、食べる?大使のツケで買ったやつ」


「…………じゃあ……」


 エリカは一個貰い、包みを開けてまん丸い飴玉を口に含む。


「…………美味しい」


 目頭は熱くなり潤んだが、瞳には微かな光が宿った。



 ナナチは包みを開け、大人びた小さな微笑みを浮かべる。


「頑張りなよ、君の運命を他人任せにせず」



 これからまたサマラフと旅をすることになっても、自分のためでもあるのを忘れないようにしたいとエリカは静かに決める。



(セナさんやカニヴさんも一緒になって私を殺そうとした悪夢を見たのは、不安だったから……だよね。

 夢で良かった……)




.・



 サマラフはどんな会話をエリカとしたのか教わりもしなければ此方から訊くこともせず、ナナチが宿泊している宿屋の一室まで同行。空いている椅子に座らせて貰い、重苦しい気持ちで訊ねる。



「巫女の表出を抑える薬は作れますか?」



 ナナチは窓辺に設置されてある作業机に近付き、背凭れの無い丸椅子に座って彼に背中を向けると、羽ペンを持って先に真っ黒なインクを付け、横長の用紙に請求金額を書きながら淡白な態度で答える。


「チャイソンの牢獄から脱獄したフミツカを捜して、訊いてみたらどうだい?」


 思わぬ返しにサマラフは内心戸惑う。


「十二糸が織人に接触することは禁止されてます」


 書き終えたナナチは後ろを振り返って彼に前身を向け、右手で請求書を差し出す。


「あんたはエリカさんを救いたいの?それとも生殺しにする?」


 責めを感じさせる、苦味のある質問。

 サマラフは請求書を右手で受け取り、間を置いてから答えた。



「平穏無事に過ごしてくれればと願っています。エリカの人生が幸福であるように」



 だがそれも、一人でシュノーブに行かせたら儚い夢に終わる。エリカはクリストュルの操り人形になってサマラフの敵になるか、従うのを拒んで死罪になる確率が高い。与えて貰える選択肢が少ないのは明白だ。

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