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Aldebaran・Daughter  作者: 上の森シハ
Chapter.xx 奸計貴族の国ロアナ【後半】
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托葉が落ちる頃に(3)





 サマラフは翌朝メイベを遣いに出し、ナナチを屋敷に呼んだ。


「何か異変が起きたときはあんたを呼ぶけど、聞き耳を立てるとか覗き見するのはやめてくれよ?」


「お約束します」


 ナナチは案内された客室に一人で入る。背凭れの無い椅子に座って心此処に在らずというような覇気の無い状態のエリカに違和感を覚えるも、今日のところは理由を訊かず軽い問診を受けて貰い、体のみ診察した。

 明日もう一度来ることを彼女に伝えて退室し、通路で待機してるサマラフに話しかける。


「体のほうは大丈夫そうだよ」


「有難うございます」


「エリカさんて、元々あぁいう静かな性格?」


「いいえ。気分が落ち込んでるだけだと思います」


「何か言ったの?」


「共に旅をするのが難しくなるかもと。心細くなってるのでしょう」


 患者に無慈悲な宣告をしたとわかるや否や、主治医のナナチは顰めっ面になり、


「あんたが異性にモテそうでモテない理由、わかった気がするよ」


 そう言って非難し、メイベがおずおずと差し出してきた封筒を受け取って懐に入れると、サマラフに付き従われながら玄関口を目指して歩く。



「エリカが寂しさを感じているのは、見捨てられることへの恐怖心です。若さや育ってきた環境が、精神的な自立を阻んでることも考えられます」


「講釈を垂れるようで悪いんだけど、自分に厳しく、耐えていればいつか通り過ぎるのをわかってる人間には、あんたの正論は効くだろうね」


「……エリカは違うと?」


「ぼくは甘やかせって要求してるんじゃないんだよ?言い訳でいいから、小さじ半分程度の加減した優しさが必要なときがあるってこと、覚えたほうがいいって話」


 ナナチは玄関のドアを開ける前にサマラフの顔を見上げ、言葉を続ける。


「エリカさんの未成熟さは年齢相応だと思う。それを幼稚に捉えるのは年齢差であったり、若くして否応が無しに自立した、成熟してる異性をあんたが見すぎたからかな」


(成熟…………)


 愛してくれた義姉、恋人だったイセ、方向性は違えど、仲間であったカロルやリラも大人びていた。


「サマラフ大使。理想とする基準が高くなったのはあんたのせいでも、誰のせいでもない」


「……かける言葉を少し、考えてみようと思います」


「無理はしないでね。明日また来る」



 サマラフはナナチが帰ったあと引き返し、エリカの居る客室のドアを二回ノックしてから入った。 

 再び眠ろうとベッドの上に座って下半身に布団をかける彼女に近付きながら、真面目な表情で話しかける。


「明日はセティナと屋敷の近辺を散歩してみるか?ずっと屋内ばかりじゃ気が滅入るぞ」


「……ううん。旅に出たらまた沢山動いて、朝寝坊も熟睡もできないくらい忙しい日が増えるかもしれないでしょ?出発するまではなるべく惰眠を貪ったほうがいいと思う。駄目?」


 まるで初対面の他人と話すみたいな距離を感じたサマラフは見えない違和感に引っかかりを覚えながら椅子に座り、


「君がそれでいいなら」


 と、深く考えず承諾した。



「……エリカ。両親に会いたいか?」


「会えるなら会いたいよ。認めるのは嫌だけど、サマラフの言葉が真実だって信じることにした。

 どうして訊くの?」


「引き摺ってるのか訊いてみたかった。二人は生きてると嘘を吐いたほうが、君の人生にとって良かったんじゃないかと反省したんだ。

 すまなかった」


「…………」


 エリカは微かに下唇を噛んでから、


「有難う」


 と、感謝を口にし、何もかも諦め切ったような控えめな笑みを浮かべた。

 サマラフはこれまで見たことが無かった表情に、大切にしなければいけないはずだった細い線が、無音で引き千切れてしまったのを心で感じて目を見開く。


 彼女は顔を逸らし、頭から布団を被って背中を向け、涙声で言う。


「一人にさせて」


 布団のなかで背筋を丸め、殻に閉じ篭もるように蹲る。



 彼はエリカに反抗されたことはあっても、拒絶されたのは初めてだった。自業自得とはいえ、傷付き、動揺する。


「……わかった」


 あらゆる都合を理解して貰う難しさにサマラフは苦い表情を浮かべ、重苦しい気分で立ち上がる。



「ねぇ、サマラフ」


「何だ?」


「みんな、私のこと好き?」



 サマラフは質問の意味を理解できなかった。


「カニヴもセティナも、エリカを大事に思ってるよ」


「大事って何……?」


「そのままの意味だ」


 安心させるための言葉を選んだ。一人のときに実感してくれればいいと思った。





*.

・*°





 翌朝。ナナチは約束通りサマラフの屋敷を訪問すると、昨日使った物と同じ椅子をエリカの正面に置いて座り、背筋を伸ばして少しやわらかめの声で言う。


「ぼくが長年お世話になった国には、与えられた使命に従順な、一人の女性が居た。

 冬でも春の香りが漂ってきそうな芯の強い、優しさには強さが必要なことを知ってる人でね。国の未来を一番に考えて行動したせいで禁忌に手を染め、ある人物を救うために身を削った。

 ……。

 君は大使を助けたくて犠牲になろうとした。でも、良くないよそれは。もっと自分を大事にしたほうがいい」



 ずっと暗い表情をして話を聴いていたエリカは、ぽつりと呟くように訊ねる。



「……大事にって何?」



 ナナチは上半身を少し前のめりにして訊き返した。


「どうして、そう思うの?」


「みんな、本音では余計なことしないでほしいだけで、私なんて居ないほうがラクなんじゃないかって思えてくる」


 彼女は苦しげに表情を歪め、俯き加減になる。


「サマラフに迷惑をかけてしまったのは、悪かったと思う。彼の一番大切にしてる物を、同じように大切にできないのもわかった」


 あぁ、寄せているのは厚意ではなく好意のほうかと、ナナチは気付いた。


「だけど納得できない。私が助けに入ったのは間違いだったの?見て見ぬフリをするのが正しかった?」


「大使は、ちょっとやそっとじゃ死なないよ。まぁ、苦労に慣れすぎてる人生ってのが災いしてはいるよね」


「英雄になったときから?」


「ううん。聴けば、君は同情心を強めることになる。それじゃあ、男と女は、特に駄目なんだよ」


 過去の不運を一方的に理解したつもりになると、相手の幸せを望んで助言をしたくなるときが病気のように出てくる。次第に、心の在り方や行動にまで口を挟み、無意識に操作したい欲が膨張。やがて関係は破裂する。

 仮に、男女間の想いが成就して共依存というカタチに発展すれば、可哀想と愛を混同して錯覚を起こす。



 ナナチは、

「君たち似てるね」と言い、右手で拳を作ると親指を立てて、自身の心臓を指す。


「肝心な部分が閉じてる」


「どうしたら、開くことができるの?」


 彼は右手を下ろし、一つ小さく頷いた。


「前向きなのはいいけど、方法じゃなくて自覚だから、こういうの」


「……じゃあ、自立するってこと?」


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