托葉が落ちる頃に(2)
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ドアを閉めたときに鳴ったカチャッという軽い音を合図に、治療後初めて、エリカは静かに瞼を開いた。
「……サマラフ?」
セティナと交替で入室した彼は、目を覚ましたのがアルデバランの娘ではなかったことに安心した。ベッドに近付き、椅子に座って話しかける。
「具合いはどうだ?」
「あんなに苦しかったのが嘘みたい。サマラフたちが助けてくれたの?」
「幸運にも、奇跡が重なったおかげだと言ったほうが正しいな」
「有難う」
病み上がりとあって弱々しい笑み。
サマラフは微笑み返したが、
「犯人は見つかった?」
その質問に表情を曇らせる。
「……エリカ。俺とジョアン様の所へ報せに来る直前、誰かと言葉を交わしたか?」
質問返しを受けた彼女は、シシリアの顔を脳裏に浮かべた。即答していいのか言葉に詰まり、視線を逸らして考えるフリをする。
(誰かが嫌疑をかけられてる状況か、訊いていいのかな……?もしもジョアンさんが共犯者だったら庇うだろうし、シシリアさんが無実だった場合、私が名前を出せば、罰を受けるかもしれない)
彼らが親子だと思い込んでるエリカはどう答えるべきか悩み、肯定も否定もせず黙り込む。
サマラフは返答を待っているあいだ、エンとの会話を思い出していた。
『事が起きる前、エリカ殿を尾行させて貰いました』
『あの子が参加するのを、君は事前に知っていたのか?』
『いいえ。オリキス殿から皮膚の色や髪色、名前も聴かされていたので、もしやと思った程度です』
エンの言葉を、サマラフは取り敢えず信じることにした。
『それで?』
『シシリアという令嬢、ご存じですか?』
『知ってる。死体で発見された』
『……でしょうね。
エリカ殿は彼女に話しかけられ、名前を確認されて本人であるのを認めた直後、首裏に紋を張られました。かけられたのが隠術とあって、相手が何をさせたいのか目的を知らずに、私から声をかけて引き止めるわけには行かず』
『当然だ。君の主はヤシュ家の者。ましてや、エリカは……』
サマラフは言いかけて途中で黙り、話を本題に戻す。
『エリカはシシリア嬢と会話したあと、誰かと会っていたか?俺が毒殺される話を聴いたらしい』
『ドアの前まで引き返し、聞き耳を立ててすぐ駆けて行くのが見えましたから、そのときでしょう。
私が通りかかった頃には室内から閉められたあとでしたが、年齢が中年くらいの男が二名居たのと、もう一名、何者かの気配があったことはわかりました。
男の一人は……』
エンが教えてくれた名前はロアナの重臣で、アイネスに親しみを抱いてる者だった。
サマラフはエリカが眠ってるあいだにユマの許可を得て、重臣の男に聴取を受けさせた。同室に居たもう一人の男も一緒に。
二人は「シシリアを側室に迎えたらアイネスはモノリスの罪を理由にロアナを責め、制裁を下す。我々はそれを未然に防いだのだ」と、罪を認めた。呆気ないほどに。
ジョアンとサマラフを良く思っていなかったから、ついでにエリカを巻き添えにしたとも言ったが。
「覚えてないならいいんだ」
「その人が犯人だったの?」
「……。エリカは、ダーバ共和国のモノリス伯爵を知ってるか?」
「初めて聴く名前だよ?」
「じゃあ、伯爵の娘シシリア嬢は?」
エリカは耳を疑った。
「…………ジョアンさんのじゃ、なくて……?」
「ジョアン様に娘は居ない」
「そんな……」
「シシリア嬢に何を言われた?」
「名前を訊かれて、サマラフが私を捜してるって」
「機会を伺って様子を見に行きたいと思ってはいたが、誰かに君を捜しているとは話していない。シシリア嬢とは会場で挨拶どころか、会わなかった」
エリカは絶句し、呆然とする。
「俺は後悔してるよ。パーティーへの参加を許したのは誤りだった」
「…………無理を言ったの、私だから……」
落ち込みかけたエリカは、大事なことを思い出す。
「ねぇ、サラ様は?会った?」
「オリキスの目的は明かして貰えなかったが、シュノーブに一度来てくれと誘われた」
「まだ滞在してる?」
「今朝ロアナを発って、自国へ帰った」
生死を彷徨っているあいだにパーティーは終わり、無慈悲にも時間は経過して、会う約束は白紙になった。
間に合わず立ち会いも叶えて貰えなかったエリカは目頭を熱くさせて俯き、掛け布団を弱々しく掴む。
会場内で頑張ったことが、無駄に終わってしまった。
「……。私、馬鹿みたい……」
何のためにツラい思いをしてまでパーティーへ参加したのか。
サマラフは、拳を作って涙を堪える姿を見ても宥めない。元々サラに会わせるつもりなど皆無だった。
「エリカ。今回の件でユマ様から俺に注意が来た」
「!?」
「一部の参加者を不安にさせた責任を追及する声が第三者から出ていて、審議されている。
君との旅が、此処で終わるかもしれない」
追い討ちをかける言葉にエリカは顔を上げた。頭のなかは真っ白になり、全身から力が抜けていく。
サマラフはやや深刻そうな表情で、可能性について話した。
「そうなったら、一人でシュノーブへ行って貰うことになる。パーティは解散だ」
恋は実らなくても近くに居られる時間はまだ残っていると思っていたエリカは現実を受け止めきれず、急に孤独になるのも含めて沈んだ表情をする。
視線を落とし、小さく頷いて、か細い声で返した。
「……元々一人だから、平気……」
「ロアナからシュノーブ行きの船が出ている。少し長めの船旅になるが、もし離れ離れになっても、俺はずっと君を大事に思ってる。それだけは忘れないでくれ」
(…………私が、我が儘を言ったせいだ)
全部、自分で壊してしまった。