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Aldebaran・Daughter  作者: 上の森シハ
Chapter.xx 奸計貴族の国ロアナ【後半】
110/143

涅色(くりいろ)に問う三日月の

※台詞多めです。



 騒ぎなど無かったかのように、未だ華やかな光景が続くパーティー会場。

 人魚のような曲線美を描いてくれる上品なドレスを着た一人の女魔術師はそこを離れ、四階にある客室を訪れた。


「失礼致します」


 彼女は、一人掛け用のソファーに座っているカロルに近付いて屈むと、耳打ちで騒ぎを報告する。


「……わかった。引き続き、監視を頼む」


「はっ。お任せくださいませ」


 カロルは彼女が退室するのを見届けてから、同室に居る仲間に向かって話しかける。


「娘の行動は、読み通りだった」


 腕を伸ばせば届きそうな距離をあけて、右斜め前に立っているのはゼア。

 彼は果物を添えた甘いケーキが乗っている小皿を片手に持ち、フォークを使って雑な食べ方をする。


「政治的に危なっかしい場所でのお誘いは、これっっきりにしてくれよ。バレたらお姫さんが非難されて、オレ様の名誉にも傷が付いちまう」


 エリカを傷付ける手助けをしたのがリュイにバレると、「あなたのせいで、サマラフ様と過ごせる時間が短くなってしまいましたわ!」と、泣きながら憤慨されるのも想像できる。しかし、それくらいの埋め合わせなら容易い。



 巻き込んだ張本人のカロルは他人事のように、ふっと笑った。


「君がチャイソンを追い出されたら、アイネスが丁重に迎え入れよう」


 ゼアは口端に付いた生クリームを長い舌でぺろりと舐め取り、中腰になった。フォークの先をカロルの顔に向けて悪態をつく。


「有難いけどな、堕ちた天与騎士様って呼ばれたくねーの。

 つうか、結果的に嬢ちゃんの狙いが当たったけどよ、もしもサマラフかジョアンのおっさんが口を付けていたら大事になってたぞ?」


 注意された彼女は余裕のある薄い笑みを浮かべたまま、人差し指に嵌めてある指輪を外し、懐からハンカチを取り出す。


 

「効かない」


「は?」


「対象者以外には無効だ」


 ゼアがフォークを引っ込めて背筋を伸ばすと、カロルはハンカチを使って指輪を拭き始める。


「そういえば、私はおまえに誘導するよう指示を出しただけで、術の詳細までは教えてなかったな」


「どーせ、ロクでもない内容だろ?」


「期待に応えようか?」


「下衆い奴だぜ」


 アンシュタット専用のコートを着てフードを目深に被っている女魔術師は、テーブルの上に置いてあるホールケーキを切り分けて小皿に乗せ、ゼアが持っている皿と交換した。



「オレ様は嬢ちゃんの筋書き通り、ジョアンのおっさんの使用人にぶつかってわざとグラスを割り、因縁をふっかけた。ぶるぶる震えてて、ほんっと可哀想だったぜ」


「フッ……」


「シシリア嬢も気が弱いのに、頑張ってくれたもんだ。近くを通りかかったように見せかけて助け舟を出し、代わりのグラスをと休憩室に招いて渡した。隠術を仕掛けてあるのを伏せてな」


 カロルは拭き終えた指輪を、人差し指に嵌め直した。

 ゼアはケーキの天辺を飾っている幸福の味がする薔薇苺ハピリック・ローザベリーをフォークで突き刺し、ぱくっと口内に入れ、むしゃむしゃ食べながら続きを話す。


「アルデバランのお嬢ちゃんが運良く引っかかってくれたせいで、シシリア嬢と使用人は仲良く、天に召されましたってわけだが……」


 彼は、ごくっと飲み込んで胃に送った。

 カロルはハンカチを畳み、女魔術師に渡す。


「私はおまえに、期待に応えてもいいと言ったけれど、種明かしすると実は酷く単純なものだ」


「?」


「あの隠術は物に仕掛ける際、攻撃したい相手を指定できる」


 シシリアはグラスを二本持ち、カロルの指示に従って、詠唱時にエリカの名前を刻み込んだ。


「しかし、それだけでは不完全だ。

 術者が直接、相手に名前を確認し、本人だと声に出して認めて貰えたとき初めて術の紐は解かれる。ただ、紋の展開であって発動ではない。

 シシリア殿はゼアに拘束された使用人の所へ行き、開紋(かいもん)の詠唱を始めて待機。有効時間のあいだにアルデバランの娘がグラスへ口を付けた瞬間、術は成立して発動し、」


「術をかけたシシリア嬢と、生け贄になった使用人は一瞬で死んだってわけか。

 オレ様には、ちんぷんかんぷんだ」


「何が?」


「グラスが使われたのは一本だぞ?かけた術の強さに応じて、二人分の命が消費されたってことか?」


「不正解。もう一つ仕掛けがある」


 ゼアは口端を下げて半眼になり、


「あー、女のヤキモチっつうのは怖い怖い」


 と、煽ったが、彼女がその程度の発言で(かん)に障る女ではないことを知っている。


「嫉妬などという低俗な表現はやめてくれ。大切な仲間を守るためだよ」


「世話を焼いたってか」


「あぁ。アルデバランの娘が罠に嵌まらず助かっていたとしても、サマラフは娘を傍らに置くことで身近な人間が危険に晒されると考え、娘もまた、自身の存在がサマラフの人生を妨害すると自覚する。

 私は両者にとって、良心的なことをした」



 ゼアはケーキを半分切り崩し、口を大きく開けて口内へ入れる。


「わからねぇことと言えば、もう一つ。サマラフの奴、二重で馬鹿だよな。お姫さんに配慮したのはわかるが、姉さんに贈り損ねたお古なんざ着させるとか、あのお嬢ちゃんも可哀想だろ」


「リュイ殿は何と言っていた?」


「『同情したわ』」


 ゼアは、同じ男に想いを抱く恋敵への哀れみに受け取った。カロルは背凭れに体の重心を預け、肘掛けに手を乗せる。


「だろうね。顔を見た瞬間わかったよ。

 百体もの妖魔で糸を編み、エルフの生き血で染めた鬼作だと彼女は知ってるから、」


「ぶはっ!」


 ゼアの口から吹き出したケーキの欠片が、カロルの顔にかかった。


「げえぇぇ、野蛮すぎだろ。いよいよ気が狂ったか」


「……」


 謝罪も悪びれもされないことにカロルは冷めた表情をし、女魔術師が慌てて差し出してきた別のハンカチで丁寧に、静かに顔を拭う。


 ラディンドール伯とは変わった愛好家を相手に商売をしていた仕立て屋だったが、彼には裏の顔があった。魔物や妖精などの部位を使って素材を作り、衣服を縫って、高額で売っていた。闇取引限定で。

 リュイやサマラフの義姉が知っていたのは、周りに顧客が居たからだ。



「私は評価するよ。サマラフの判断を。

 あれを身に付けているうちは、光輝陰隠と呪文(ワーミー)を除いた属性による攻撃を放たれてもすべて無効化される」


「鉄壁の防御か。当時は姉さんを護りたいからって、よくやるぜ」


「それも不正解だ。姉君のほうから、サマラフに作ってくれと頼んだ」


「異常だな」


「エルフの死体探しと妖魔を倒すのを手伝った私でさえ、気分が悪くてぞっとしたよ」


 カロルの目に映ったサマラフの義姉の印象とは、体が夜に同化して姿が見えない、目だけ見える黒猫のような怖さを秘めている女だった。

 血の繋がりを持たない義弟を溺愛し、結婚が決まってからも執着心を持たせ、亡くなってからは影のなかから縛り付けている不気味な存在。


 だが、性格や容姿がイセとも義姉とも対照的なエリカによって、サマラフは解放された。



「嬢ちゃん。モノリス伯爵の処分はどうするんだ?」


「シシリア殿には財産を取り上げず、追求しない代わりに、君の命一つで済ませてもいいと約束した。

 伯爵は愛娘が消されたことで、考えを改めるだろう。アンシュタット一族の武器に使用する素材の質を、故意に落とさせてアイネスに輸出していたのは罪深いからね」


 カロルがダーバ共和国のロキ皇子に何か知ってるか尋ねたところ、シシリアはユマに献上される予定だったと返事があった。自発的に、アイネスに不利益を与えてロアナに媚びるにしては愚策。ユマは、わかりやすくバレて不利益を被ることに加担する男ではない。


「私にも不可解なことがある。

 ウォンゴットの一件ではアルデバランの娘を殺そうとして失敗した呪文刑吏(ワーミーヘンカァ)が居たが、私は接触するよう命じていない。モノリス伯爵の我々に対する冒涜も、どうやら何者かが裏で動いてるようだ」


「シュノーブかイ国。いや、理由は無いか」


「躍らせて様子を見るのもいいけれど、顔を出さなかったら無駄な時間になる。

 我々はアルデバランの娘が助かったときのことを考えて、次の策を講じよう」


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