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Aldebaran・Daughter  作者: 上の森シハ
Chapter.xx 奸計貴族の国ロアナ【後半】
104/143

天牢の王子(1)【2025.02.10 挿し絵1枚追加】

挿絵(By みてみん)




(オリキスさんは、亡くなったシュノーブの国王様を敬愛してた。その人の子ども。…………ん?子ども?)


 エリカはサマラフに、サラ王子の特徴を教えて貰えなかった。容姿どころか年齢さえ不明。一人で会わせたくない何かがあるのだと彼女は心のなかで勘繰ったが、心配させる何かを予感しての配慮と思うことにした。当然、不納得ではある。


 かと言って、サマラフは挨拶回りと歓談で多忙だ。先にサラ王子が帰ってしまったら、エリカが無理に来させて貰った意味は無い。逆にこっそりサマラフだけ会って終わる可能性がある。


「……」


 彼女は、立ってる場所から出席者たちの顔を見渡した。次から次へと来場する人数の増加に伴い、気品に富んだ容姿の割合が高まっている。

 ダーバ共和国のロキ皇子のような王族らしさに欠けた調子の者も混ざってるとなれば、動作で身分を見分けるのは難しいが、オリキスとバルーガが仕えてる国の王子だ、低俗ではないだろう。そう、エリカは期待している。


(……まさか来てないってことは、……無いよね?)


 彼女は一度、受付に戻った。



「すみません。サラ王子は、お越しになってますか?」


「はい。サマラフ卿とエリカ様がご来場して暫く経ったあとに、此処を通過なさいました」


「有難うございます。どんな容姿か、教えていただけると嬉しいんですけど……。年齢も」


 係りの者は眉尻を下げて、苦笑いを浮かべる。


「申し訳ございません。サラ様のご希望で、主催者でいらっしゃるユマ様以外には口外しないよう、口止めされております」


 次いで、もう一人の係りの者が、横から口を挟む。


「サマラフ卿に、お尋ねにならなかったのですか?」


「はい。私に会わせるのが嫌みたいで」


 彼らは顔を見合わせ、再びエリカのほうを見る。


「卿がご会談をお勧めしないのであれば、わたくしどもからは助言できません」


「じゃあ、一つだけ教えてください。サラ王子は、良い人ですか?」


「出席なさってる皆様がた、すべて良い方々ですよ」


 無難すぎる、上官から指示された通りの答え。



「……、わかりました。有難うございます。サマラフには此処へ来たこと、内緒でお願いしますね」


「承知しました」


「よろしくお願いします」


 礼儀正しく一礼して会場へ戻っていくエリカを見て、係りの者たちは。


「卿がまともに会わせていいと思える十二糸なんてのは、シュノーブのリラ様以外、居ないだろうに」


「同感。サラ様はなぁ……」


「ところで、エリカ様って卿の何だ?」


「おまえも?俺も思った。受付に来たときのあの人、男って顔だったよなぁ」


 二人は納得顔で、うんうんと頷いた。



「賭けるか?」


「いいぜ?」




*.




(…………収穫なし)


 会場に戻ったエリカは、一時的に一人になった参加者を見つけては声をかけ、歓談の最中にシュノーブのサラ王子を知らないか話を聞いて回ることにしたが、不運にも不発が続いた。

 おまけに最悪なのが、会話に割り込んできたおとなの異性に「代わりに俺と話そうよ」と誘われ、失礼しましたと言って逃げたものの、その先でユマにぶつかってしまい、

「礼儀に反する真似をするようなら、摘み出すよ?」と上から目線で威圧をかけられ、警告される不始末。

 少し離れた場所に居るサマラフは、不機嫌な視線をエリカに送るだけ。助け舟は出さない。



 そんなこんなで、エリカはサラ王子を探すのは後回しにして歓談に勤しんでみたが、目的無く不慣れな場所に居続けることに疲れが出始める。

 空が仄かに水色を薄めて薄黄色を滲ませる時間帯へ移る頃には笑顔を保ち続けることに難しさを感じ、「あっちで一休みしてきますね」と断りを入れて、逃げるようにテラスへ向かった。

 幸い、人がほとんど居らず、空席が目立つ。



「お客様、席をご一緒なさる方は居らっしゃいますか?」


 エリカは接客に現れた給仕係りに質問され、「いいえ」と否定。二人分の椅子が置いてある奥の席へ案内され、椅子を後ろに引かれてから座る。


「お飲み物は、如何なさいますか?」


 メニュー表を見せられた彼女は小声で、

「お財布は持参してないので」

 と、返事。

 給仕係りは気にする様子無く、


「歓待ゆえ、出席者の皆様には無償で奉仕しております。あちらのお客様のように、おかわりも自由ですよ?」


 二人は、遠く離れた席で酔い潰れてる男を一瞥。

 エリカは接客用の微笑みに押された形で諦め、酒が苦手な者にはどれがおすすめか教えて貰い、果物のジュースを注文。給仕係りが下がってから、脳内で、はぁ、と胸を撫で下ろす。



(やっと一人になれた)



 愛想笑いを浮かべて対応していたせいで、もうへとへとだった。



(自滅。後先考えずに参加するなんて、言わなきゃ良かった)



 何処に居ても、人目を気にしながら過ごさなければいけない。年齢が似た参加者たちとの話題の合わせ方も、セティナとメイベが丸一日使って急ごしらえしてくれたおかげで乗り切れたが、自分のなかで違和感が拭えずにいることがある。育ってきた環境の差だ。


 着慣れないドレス。

 軽くて窮屈な靴。

 花のような甘い香水。

 唇や目元を彩ってくれる化粧。


 煌びやかな衣装に身を包んだ同性たちを目の当たりにし、皆、維持するために日頃から努力してるのか、或いは造作もないことなのかと思う。



「お待たせしました。ご注文の品でございます」


 給仕係りはテーブルの上にコースターを置き、真紅の薔薇よりやや明るい鮮やかな赤色のジュースが入っているグラスを乗せた。


「ごゆっくりどうぞ」


「有難うございます」



 会場内で、年齢が近い貴族たちと会話した際、エリカはサマラフについて教わった話を思い出す。


『大使様は平和がお好きな殿方。死ぬまで、両国の発展に貢献してくれるでしょう』

『可憐な性格のリュイ様にしてみれば、死地を乗り越えた男性が支えてくれるんだ。頼もしいだろうね』

『チャイソンは課題が山積みだけど、卿が解決してみるだろうさ』


 エリカは旅をしてるとき、サマラフを身近に感じていた。言葉通り近くに居たに過ぎなかったことを、今日、短い時間のなかで実感し、本当は遠くに居たとわかる。



(私には階級や地位が無くて、有力貴族や王族といった後ろ盾も、莫大な財力も持っていない。世界の呪いの有無を問わず、舞台に上がる前から選択肢を外されてる)


 右手でグラスを持ち、ジュースを少量飲んでみる。甘酸っぱくも爽やかな月苺(ルアベリー)の味が口内に広がった。



(……魔法みたい)


 幻想的な反応。ジュースの色が上から下に向かって、白みがかった上品な金色へ変色していく。

 人間の体温が触れることで月を粉末にしたようなきらきら輝く小さな粒子たちが緩やかな速度で舞う、月苺(ルアベリー)にはそういう成分が含まれていて、十秒後には消えて無くなる。



(アルデバランの娘だから、サマラフは私を気にかけてくれてた。私がロアナの王様の側室になって一生戦わずに済んで保護して貰えるなら、……)



 募らせた想いの行き場の無さから、考えが惰性に転がってしまう。



(最低だ。軽蔑されるのわかってるのに。自分を犠牲にしないと見向きもされないのも。

 サマラフは周りの幸せを考えてるのに。私は、私のことばかり考えて)



 一方的に、孤独な夢を見ている哀しみ。

 同じ会場に居ても、離れた所で迎えに来るのを待つ身。


(サマラフに心から好きな人が居れば苦しくても祝福して、何処かで気持ちを呑み込んで忘れる努力ができるのに)



 エリカの心に、悲しみの薄暗い小波が、静かに打ち寄せる。


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