-8-「思春期こえー。」
俺の千里眼は現在、距離に限度がある。せいぜい200mそこらの範囲だろう。
平日。俺は知太の通う中学校の近くに来ていた。中学校のすぐ横にはコンビニがあり、そこのイートインに座って千里眼を飛ばす。
くっそ。話だと、巳枢のヘルツ・チャンネルは本気出すと『関東圏内』って範囲でサーチとテレパシーが使えるらしい。なに一人で東京スカイツリーの能力超えてんだ。
これってのは鍛えればどうにかなるもんなのか、それとも俺の場合は色々使える分控えめになってんのか……これも調査が必要だな。
知太のクラスは……1年C組か。
入学式はつい3週間前。ぶかぶかの制服をニコニコしながら俺に見せつけて来たのを覚えている。こういう初々しいモン見ると、その度に俺は溜息しか出ねぇ。
入学にまつわる係や委員会決め、身体測定、1年間の抱負記入なんかを終わらせてようやく授業開始ってとこか。
担任の男らしき若者は、若者のくせにかなり脱力して授業を進めていた。
『じゃー……理科やるかね。の前に、君たちは理科って好きか、嫌いか。どっちー?』
まぁ、よくある導入だ。
理科好きな人ー。その合図に対し、知太は超真っ直ぐ手を挙げる。目はキラキラと輝かしく、鼻息まで荒くなっていた。
『おー、学級委員長。やる気満々じゃん。じゃーどういうとこ好きなんだね?』
知太はビッシリとその場に立ち上がり、元気な声で応答した。
『イトコのお兄ちゃんが理科の話をよくしてくれるから好きになりました!』
『ははぁ、ご親族に研究者の方が?』
『いえっ、警備員をしています!でも、理科の先生の免許を持ってます!』
け、警備員。自宅のね。
『ほぉ、じゃあ変なことは言えないな、ははは。みんな、自分はね。勉強できる人じゃなくて、やる気ある人に合わせて授業するからな。井嶋くんみたいなね。はい、ありがとさん。』
知太はしっかりお辞儀をして座る。
コイツ、学校ではこんな感じなんだな。……あんま俺の時と変わらねぇ。すげぇヤツ。
さて。そんな知太を、クラスメイトたちは期待の眼差しで見る中……一人、熱っぽい目で見てるヤツがいた。
女。出席番号は、5番。
なーまーえーはー……『有戸 理子』。アルトネリコ?
見た目、ぜんぜん変な感じしないんだが。よくいる大人しめの生徒だ。
……ま、ヤベーヤツが見た目までヤベーとは限らんか。ダンディな俺みたいにな!
一応、間違いがないか、ちょいと心ん中を失礼する。
『ちるたくん、ちるたくん、ちるたくん、ちるたくん、ちるたくん……。』
見なきゃよかった。
心に浮かんでいるイメージは確かにストーカー視点のものばかり。屋上とか草むらとか、こんなところから見てたんかってのもある。デュー◯東郷かコイツ。
中には、ゲェ。水泳の着替えしてんの覗いてるのもあるぞ。昼休みを利用して、秘密裏に男子更衣室に小さな穴開けてやがる……ゾゾゾ。
将来有望だな。その行動力がいい方向に向かえばの話だが。
俺はイートインを立ち去り、帰り道にある小学校の前で、スマホを取り出す。電話をするフリして、雇い主の巳枢にテレパシーを送った。
欄人
「よぉ、やってっか。見てきたぜ。」
『……らんにぃ。ありがと。』
欄人
「特定できたぜ。お前の見た人物像にも一致するし、中身も……あぁまぁ、色々と間違いなさそうだぜ。」
『……ん。』
欄人
「どーしてほしいん?」
『……現行犯逮捕。』
ま、そうなるよな。
現場を捕まえないことには罪を認めねぇ可能性が出てきちまう。さっきのイメージを見る限り、年にそぐわないくらいには用意周到で証拠を残さないタイプだ。
欄人
「その時が来たら、だな。うし、やらかし待ちだな。」
『……ん。』
欄人
「じゃ、偵察終わり。俺は帰って寝る。」
『……あ。』
欄人
「あん?」
『……にぃに、学校、楽しそうだった?』
欄人
「はぁ。エンジョイしてたぜ。
なんだ、心配してんの?」
『……にぃに、優しいから、心配。』
……かっ。優しいから心配ねぇ。
んだよ。
欄人
「お前が心配してる間は何あっても大丈夫だろーよ。
……心配してくれるヤツがいれば。」
……俺だって。
欄人
「カッ!
おい、そこの英単語!hが抜けてんだよ!じゃーな!」
『……そ、なの。ありがと、らんにぃ……。』
巳枢
「……。」
「巳枢くん、英作文書けたかなー?」
巳枢
「……先生。」
「はい、できたのね!どれどれ……。
……あっ。あ、あのね、巳枢くん。ここの『座る』のsitには、hは要らないかなー……?」