-7-「パラノームっていうのか、この能力。」
俺は引きこもりっつっても完全籠城ではない。用があれば外に出る。
逆に言えば、用がなきゃ外に出ない。俺に用があるわけもないんで、自然と外に出ない引きこもりが完成するってわけ。
今日も部屋に閉じこもる予定だったが、巳枢からのメッセージを受けて……俺はあの公園に来ていた。
ブランコに腰かけ、スワンプマンの現れた公園の中心を眺めていた。どこぞのガキどもがキャッチボールをして遊んでいる。
結局、ありゃあなんだったんだ。俺はどうなったんだ。元に戻るとかあるんか。なにもかもが謎のままだ。
巳枢
「……らんにぃ。」
亡霊のように横から現れた巳枢。超ビックリしてブランコからひっくり返っちまった!
欄人
「きゅ、急に出てくんな!」
巳枢
「……はい。」
なんとも生気のないヤツ。コイツも女装させれば売り子に使えそうな見てくれだが、なんか気配が縁起悪そうなんだよな。えんがちょ。
巳枢は一枚の手紙を渡してきた。読めってこと?
拙い文字で書かれたそれは、どうも本人が書いてきたもののようだ。
欄人
「なになに。喋るの苦手だから手紙にしたってか。ま、いんじゃねぇの。
『なんでそうなったの?』か。」
俺は巳枢に粗方話す。スワンプマンとの出逢いを。
欄人
「パセリ、セージ、ローズマリー、タイム。パラノーム。なんか意味分かるか?」
巳枢はこっくりと頷く。スマホを取り出し、一本の動画を見せてきた。
それは『スカボロー・フェア』というタイトルの曲。どうも欧米の民謡が元の曲らしい。その歌詞の中に、まさに四つの香草の名が出てきたのだ。
巳枢
「……魔除け、の葉っぱ。」
欄人
「はーん。日本で言うとこのヨモギみたいなもんか。
しかしまぁなんで?」
巳枢もそれは分からない。ただ単にコイツは洋楽好きで、聞いたことのあるフレーズだったってだけらしい。
だが。巳枢は辿々しく応えた。
巳枢
「……『パラノーム』。
……このチカラの名前。」
欄人
「へ。超能力の呼び方なの?」
巳枢
「……そんな、気がする。」
そんな気が、ねぇ。
欄人
「でよ、俺になんでパラノームが備わった?」
巳枢はやはり首を振る。なんだ、超能力でなんでも分かるんじゃないんか。
そんなこと思ってたら、巳枢が手紙を指差して読ませてきた。
欄人
「あんだよ。
えー……。『らん兄はなにが得意なの?』。はーん?」
なんでも、パラノームってのはそう何個も持ってるもんじゃないらしい。
巳枢は自分のパラノームを『ヘルツ・チャンネル』と呼んでいた。近くの気配を察することができ、さらには相手の脳波とチャンネルを合わせて意思疎通ができる……要はサーチとテレパシーが使えるってわけか。
欄人
「俺はなんでもできたぞ。」
その言葉に、リアクションの薄い巳枢が目をまん丸くしていた。
巳枢
「……ほ、ほんと?」
欄人
「あぁ。浮かせたり、読心したり、火ぃつけたり、電気出したり。千里眼もやったし、あとなにできるんだろうな。」
巳枢の目が急に変わった。俺への尊敬の眼差しだよ。おいおいおい。
巳枢
「……らんにぃ、すごい。」
欄人
「ガハハ。」
さらに手紙を読ませようとしてくる。
手紙の終盤には、いよいよ俺に求めた救いについて書かれていた。
『にぃにがストーカーされてる』。
欄人
「……えぇ?」
なんでもここ最近、知太の周囲に人の気配を感じるらしい。その人はどこに行っても付いてきているようで、弟としては心配で仕方ないのだとか。
欄人
「誰なん?」
巳枢
「……同級生?」
どうとも、そのストーカーは知太の入学式に行った時に同じクラスの中にいた女生徒らしい。
ははは、モテてんだ。ははは。
欄人
「やる気無くした。」
巳枢
「……お願い、らんにぃ。」
欄人
「んなの俺の仕事じゃねぇだろ。警察だ警察!」
巳枢
「……お願い。」
NPCかコイツは、同じこと繰り返して。
巳枢はポケットからカードを取り出した。それを俺の膝に置く。
欄人
「なにこれ。」
巳枢
「……お手伝い料。」
3000円分のAmaz◯nカードだった。
……小学生が出すにしては高給だよな。コイツなりの努力なんだろうな。
はぁ。
欄人
「仕方ねぇ。これ前金な。成功したら有り金全部よこせ。」
巳枢
「え……。」
甘い。ガキだからこれで許されると思ったら大間違いだ。世間の厳しさだろーが。
巳枢は次第に目が潤んできた。そうだ、社会の辛さを心に刻め。冷たい水の中を震えながら登っていけ。
知太
「くらァーーーーッ!!!」
脳天にめり込んだ手刀。頭髪がモーゼの十戒みたいになり、激震が走る。
欄人
「ぐぎょォーーーー!!!」
知太
「お兄ちゃん!巳枢泣かせるってどんだけゲスいことすれば気が済むの!?
あぁよちよち巳枢、怖くない怖くない!僕が付いてるよー!」
巳枢
「……ぐすん、にぃに。らんにぃ、いじわる……。」
知太
「そうね、イジワルね!ごめんね!許してあげて、ああいう生き方しかできない人なの!」
欄人
「聞いていればこのヤロウ……!」
知太
「このヤローはこっちのセリフだよ!
もー、なに言われたの?大丈夫?」
しかし、巳枢はなにも言わなかった。パラノームを持っていること、兄にも秘密にし続けるつもりなんだな。
家族に秘密にしてること、ゲスの極みの俺に話すってのはよ。コイツも相当こたえてたんだろうな。パラノームを持つという孤独に。同じヤツがいて嬉しかったんだろう。
これだからガキは騙されんだよなぁ。俺みたいなクソヤローに。
ふと、気配を感じた。
木の後ろか。女、たしかに女のガキだ。
……ふーん。マジだったのね。