鍬と魔法のスペースオペラ 第三章 守られし者たち
第三章 守られし者たち
大混乱に陥っているのは、襲撃艦隊だけではなかった。むしろ守られている王女艦隊の方が、混乱の度合いとしては酷いものだった。
防戦一方の最悪の状況で、突然飛来した巡航艦1隻、駆逐艦3隻からなる小艦隊。
しかもその艦隊の司令官は、通信映像で見る限り、まだ少年であった。
第一、援軍にしても、来るのが早すぎる。
宇宙基地にいる艦隊でも、編成と出発準備で最低半日、数日かかってもおかしくはない。
行動中の艦隊では、HD中の場合と、通常空間にいる場合が考えられるが、外界との情報がシャットダウンされるHDは論外として、通常空間でも、この座標に到達するまでのHD空間選定に数時間は取られる。
ところが救援に来た艦隊は、旗艦が救難信号を発信してから、1時間も経たずに出現した。まさかウィリアムの艦隊がHD中に信号を傍受したとは考えられないため、本当ならありがたいのだが、訳が分からない、と混乱していたのだ。
むしろ味方のふりをして接近を試みる賊の策略である方が、可能性として高い。
なにしろ賊の破壊工作のせいで、[ファースト・スター]のディフレクター・シールドは現在停止してしまっている。
破壊工作を実行した犯人は、捕らえた直後に自決してしまった。
その犯人は、10年近く前から王国宇宙艦隊に入隊し、優秀な成績で王室近衛艦隊に抜擢されたほどの人材であったから、幹部達でさえ動揺した。
しかも、犯人の自決とほぼ同時に、謎の大艦隊から猛攻撃を受けたのだ。
ただの破壊工作ではない。周到に準備された襲撃。
目的は明らかに王女の暗殺。
もう、誰を信じて良いのか分からない。疑心暗鬼に陥るのも当然だった。
しかも味方だとしても、戦力としてはほとんど期待できない数で、せめて敵の注意をそれなりに惹きつけてくれれば恩の字という程度。
ところが、通信直後、状況は一変する。
いままで味方に一方的に砲撃をしていた駆逐艦群がいきなり爆沈する。それらは皆駆逐艦ではあったが、その数分後、今度は敵戦艦が1隻砕け散る。
謎の自称味方艦隊の攻撃であるのは明らかだったが、どうやって破壊したのか分からない。近衛艦隊の巡航艦の砲撃では、まだ駆逐艦の1隻も撃沈できていないというのに。
ここまで戦果に差があると、もう嫉妬心も起こらない。
とりあえず、味方である事は本当のようだ。
とまぁ、[ファースト・スター]の作戦室に詰める艦隊幹部達は、苦戦中ながらも、ほっと胸をなで下ろす――と行きたかったのだが、それどころじゃなかった。
「アルス様です!アルス様が来て下さったに違いありません!」
一人歓喜に沸く、金髪碧眼の美少女。
幹部達、というか、この艦隊全員が仕える相手である、王国第二王女アルスティナの興奮が最大に達してしまった。
いつも聖女のように淑やかな彼女が、両腕をぶんぶん振っている。まぁ、その方がむしろ年齢には相応なのだが。
「アルス様!アルス様!わたくしはここでございます!」
作戦室に映し出されている、白銀に輝く楔形の艦の映像に向かって王女は叫ぶ。
「いえ、殿下。ここから叫ばれても、相手には聞こえませんから」
「ならば通信回線を直ちに開きなさい!」
「申し訳ありません。現在戦闘中でございます。今から通信をなさいますと、お相手――アルス、様?――のご迷惑になるかと」
参謀の一人が諫言すると、王女はハッとしたように硬直し、おもむろに肩を落とす。
「そう、ですわね。わたくしとしたことが、アルス様のお邪魔をする訳にはまいりません」
いきなり王女が大人しくなったので、参謀達はほっとしたが、安心するには早すぎた。
「でも、ついに、とうとう、やっとアルス様と巡り会ったのです。
もう離ればなれになる事はあり得ません。
情報参謀は、アルス様がどこからおいでになったのか、調べなさい。
あと、アルス様の艦隊を援護――いえ、それではかえって足手まとい。あの方の動きに付いていけるような貴方達ではないのですから、こちらは防御をより徹底しましょう。
ふふっ。安心なさい。アルス様のことです。あの程度の塵芥、すぐに討伐なさってしまう事でしょう。
手隙のものは、私と一緒に、アルス様を全力で応援するのです!
アルス様!アルス様!アルス様!」
『ア、アルス様!アルス様!アルス様!』
強制的に始まった『アルス様』コール。
プライドはズタズタにされた参謀達であったが、彼らの本当の懸念は別の所にあった。
幸か不幸か、彼らは『アルス様』が何者か、よーっく知らされていた。
それこそ王女が長年追い求めてきた、『前世の夫』の名前だったからだ。
王女が物心ついてから、いや、それどころではない。
まず、生まれた状況が異常だった。
普通は、生まれた時、人は泣き声を上げるものだ。まぁ、「おぎゃー」という奴だ。
ところが、彼女が生まれた時の第一声が、
「アルスタマ」
であった。産んだ王妃だけでなく、産科医や助手達全員が聞いている。
そこからアルスティナというファーストネームが決まったのだが、それはあくまで新生児の奇蹟というか、あくまで偶然そう聞こえただけで、むしろ王族の神秘の一つにしたかった大人の都合に過ぎなかった……筈だった。
異常は続いた。
王女は言葉を憶えるのも早く、二歳の頃には大人と同様に喋る事ができた。計算に至っては、数字と記号を理解した時には、四則演算を既にマスターしていた。
王室どころか、人類最高の天才児。
大人達は色めき立ったものだが、因数分解で躓いた。
「前世ではなかった計算法なのです。さすがは進んだ文明ですね。魔法がない分、科学が発達したのでしょう」
王女の台詞に、彼女の家庭教師は絶句した。
「……魔法、でございますか」
たっぷり深呼吸した後、家庭教師は尋ねた。相手が5歳程度なら、童話の影響とかと考えただろうが、王女はまだ2歳。それに彼女がまず求めたのは、この世界の歴史書をふくめた専門の学術書の類といった、年齢不相応のものばかりであり、物語の類は今まで見向きもしてこなかったのだ。
「この星ではマナが薄すぎて、魔力を練る事が困難なのです。魔法が発達しなくても、それは当然でしょう」
幼児は平然と答える。その平然ぶりが、むしろ不気味だった。
それから王女は蕩々と前世について語り始めた。
夫の事。魔法と魔族の事。妖精の事。夫の事。夫の事。夫の事。
「そうです。アルス様を捜し出さねばなりません。わたくしはその為に、その為だけにこの世界に転生したのですから」
「あの、その、殿下はその、アルス様?をお捜し出されて、それからどうなさるおつもりなのでございますか?」
恐る恐る家庭教師が訊くと、王女は何を当たり前の事を訊くのか、と少々呆れながらも答えるのだった。
「再びアルス様に添い遂げる為に決まっているではありませんか。その為に、世界を救った転生ポイントの多くを使ったのです。それ以外の選択肢などあり得ません」
――コイツはヤバい。
家庭教師は思った。
王女は頭が良すぎて、おかしくなったのだと。
間もなく王女の『アルス様捜し』計画は実行に移される。
関わった誰もが、あまりにも無茶な計画だと絶句したものだ。
どこかの星にそれらしき人物がいると聞くや、王宮に呼びつけたが、身分が軽い者を軽々に王宮に呼ぶ訳にもいかない。
ましてや王女は相当無理をして、折角呼んだ相手を一目見るなり、
「あなたは違いますね。お帰り下さい」
と一蹴してしまうばかり。
さすがに王家としても横暴過ぎる話だが、王女に甘い国王夫妻は、幼すぎる王女の変わった婿捜しだと苦笑するだけで、彼女に叱責すらしない。
実際、王女は『アルス様捜し』以外では、我が儘も言わず、学問各種はもとより、礼儀作法も完璧にこなした。
「前世でも、小国ではありますが、これでも王女でしたから」
細かい作法の違いを憶えれば、どうという事はない、との事。
本当のところ、彼女の前世話を本気で信じている者はいない。
それは王家の人間でも同様だったが、恐らく優秀すぎる王女が、脳内で創り出した設定なのだろうと思っていた。
実際、前世云々を抜きにすれば、王女は実に優秀であったのだ。
単に優秀だっただけではない。とても優しい性格であり、メイド達従者の粗相も優しく諭すし、『アルス様捜し』のために組織した情報網も、自然災害や地方貴族の失政をいち早く察知し、住民支援を王家に進言する事に使う事の方が、はるかに多い。
おかげで民衆から付けられた渾名が『世直し電波姫』。少々不敬ではあるが、愛情と感謝を込めた渾名ではあったから、公称される事はなかったものの、各恒星系に渾名が広がっていくのを特に咎める者はいなかった。
それから7年。
アルスティナ王女の『アルス様捜し』は加熱するばかりだった。いちいちアルス様候補を王都星に呼びつけるのは面倒だと、父王に懇願して、専用艦を含めた艦隊を手に入れ、噂を聞くや、直接赴いて検分するようになってしまっていた。
星間王国の王女が軽々に星々の旅に出るなど、前代未聞。
しかもその目的は、本命は当然『アルス様捜し』ではあるが、災害救助や地方領主や代官の不正摘発の効率を上げるためでもあった。
というわけで『世直し電波姫』から『放浪の世直し電波姫』と渾名が進化した。
アルスティナが世直しをするのは、元より彼女が慈愛の精神の塊のような性格であった事もあるが、
「アルス様なら、困っている人は当然お救いになられるでしょう」
との事。前世の夫に巡り会った時、恥じないためという。
まぁ、そんな理由は、彼女自身以外にはどうでもよい話。
助けられる民衆から見れば、文句なく理想の英雄であり、救世主そのものだが、探られる領主や代官からは、痛くもない腹を探られるようで面白くない。
だから王女は平民からは人気があったが、貴族や領軍関係者からは内心嫌う、とまではいかなくても、敬して遠ざけられる感はあった。貴族や領軍では彼女の渾名から『世直し』が除外されるのはその為だ。
ましてや本当に不正をしている輩なら尚のこと。必死に実態を隠そうとするに決まっているし、王女についてのねつ造した悪評を、貴族の星間情報ネットワークにそれとなく流し、風評被害で王女の行動を抑制しようと計る者までいた。
もっともそうした余計な事をして、かえって王女の諜報網に探られ、不正の証拠を掴まれたマヌケな貴族もいたが。
そうした事情もあり、アルスティナは、専用艦[ファースト・スター]を偽装し、文字通りのお忍び旅をする事にした。『アルス様』を捜すのにも都合が良い。
王女に子息を売り込もうとする貴族や大商人も多かったからである。
もちろん、公務に絡んだ儀式や式典の類を欠席した事はない(その時は専用艦の偽装を解いたのは当然の事である)し、勉強も旅の中、きっちりとやってきた。魔法の練習(?)も欠かさない。まぁ、本人の言うところのマナ不足のせいで、それはあまり上手くいっていないようだが。
そんな生活を続けてきた今。
本来9歳に過ぎない王女は、HDを含めれば11歳になってしまっていた。王族でそんな年齢でHDを使いまくった人物は、他にいない。
参謀達は思う。
優しく賢く、美しい姫君が、怪しい妄想のせいで、大事な一生を棒に振ろうとしている。
そんな事は許されてはならない。本人のためにも、国のためにも。
だから、アルス様候補捜しは、王女とは真逆の理由で、熱心だった。
いつか、諦めてくれるように。前世の話を、自分の妄想だと認めてくれさえすれば、王女は完璧なのだから。
もしくは、彼女が『アルス様』と認めてくれるほどの逸材が実在してくれるなら、それはそれで構わない。いや、王女が傷つくことなく、万事丸く収まるのだから、当然そっちの方が良いに決まっている。
もっとも、その候補の競争相手は、王女の脳内妄想による理想の男性なのだから、実際勝てる訳がないのだが。
ところが、いや、とうとう、と言うべきか。
王女自ら『アルス様』と認めてしまう人物が、唐突に現れてしまったのだ。
自分のピンチに、白馬ならぬ、白銀の巡航艦に乗って助けにきてくれた謎の王子様。
しかも登場と同時に大戦果。
最高の吊り橋効果。
電波王女でなくても、このインパクトは絶大だ。
王子様願望がほんの少しでもあれば、まず確実に落ちる。そんなシチュエーション。
あとは、その王子様の正体だ。
美醜はこの際置く。問題は性別と年齢。未婚か既婚かも贅沢は言えない。
フェアリーゼ星間王国は一夫一婦制と決まってはいないから。
貴族は世継ぎを求めるため、一夫多妻な事が多いが、逆に一妻多夫な家もある。女系当主の家もあるからだ。多夫多妻の家すらある。一つのコミュニティーを一家とする文化圏もあるからだ。
だが、『アルス様』が女性だと困る。パートナーが同性では、子孫を残せない。王家としては問題だ。例え王位を継がないとしても、体裁が悪すぎる。
年齢の差も問題だ。今時、50歳、60歳差程度なら別に気にする者はいないが、さすがに200歳、300歳も差があったら、王家が王女の婚姻相手によほど困っていると、国内貴族や外国から侮られる元となってしまう。まぁ、これは相手が人類の場合だが。長命種であればそれも問題ではなくなる。
幸い、救援艦隊の正体は分かっていた。自ら名乗っていたからだ。王女の艦隊となれば、そこから調べ上げるのは簡単だ。
王国内の合法的な艦隊であれば、必ずフライトプランを王国に提出するから。
『該当艦隊は、フェアリーゼ星間王国、タルシュカット領軍所属、受験艦隊。
艦隊司令は、ウィリアム・C・オゥンドール殿。タルシュカット伯爵の三男に当たります。フライト目的は、宇宙大学への受験との事です』
情報室からもたらされた一報に、作戦室は沸いた。
「タルシュカットとは、これはまた、すごい田舎の星だな」
「今まで我々の情報網にかからない訳ですな」
「受験、となれば、まだ若いだろうか」
「現役伯爵の御三男となれば、当然そうだろう」
「宇大受験というからには、相当優秀なのだろう。これは期待できそうだ」
「いやいや、かの御仁の戦果を見ているだろう。これが優秀でなくてなんだ」
「というか、あの艦隊。動きが変すぎるぞ。メインスラスターが見えない」
「ええい、そんな事は後にしろ!今はウィリアム殿個人のデータが欲しい」
「貴方達、うるさすぎ」
王女の低い声に、参謀達は黙り込む。王女は情報室から直接引き出したのだろう、3D画像を自分のパーソナルモニターでうっとりと眺めていた。
それはウィリアム・C・オゥンドールの全身像であった。彼女はそれを拡大したり縮小したり、回転させたりして、あらゆる方向から確認している。
「アルス様……いえ、今はウィリアム様、というお名前ですのね。姿形は変わっても、このわたくしの目はごまかせません事よ?ふふふ……さて、貴方達」
参謀達の背がびくっと伸びる。
「誰がアルス様の応援を休んで良いと言ったのです?
あの御方の素晴らしさの一端を知り、感動したり期待したりする気持ちは分かりますが、わたくしはアルス様の応援をしろ、と命じたのです」
「あ、あの、あの御方を、『アルス様』と呼ぶべきなのか、『ウィリアム様』と呼び直した方が良いのか、我々としては判断に困っているのです」
参謀の一人が咄嗟に言い訳したが、アルスティナの表情はパッと明るくなった。
「もっともな疑問ですわ。わたくしにとっては、どちらも同じ意味ですが、貴方達にはそうではなかったのですね。分かりました。今は『ウィリアム様』で統一しましょう。さぁ。応援なさい」
『ウィリアム様、ウィリアム様、ウィリアム様』
突如『アルス様』コールから、『ウィリアム様』コールに変わる作戦室内。だが、参謀達は確かに聞いてしまった。
「ふふふ。考えてみれば、あの方を『アルス様』と呼んで良いのは、今やわたくし一人の特権なのですよね……ふふ、ふふふふ」
王女の小さな呟きを。
考えてみれば、今まで『アルス様』を捜す事、もしくは推した人物を『アルス様』と王女に認めさせる事、そして最終目標として、実際には『アルス様』なんていないと王女に諦めさせる事しか考えてこなかったが、もし、王女が本当に『アルス様』を見つけてしまった時、正確には王女が『アルス様』とみなした人物が現れてしまった時、王女がどうするか、自分達がどう振り回されるのか。
そして公式認定『アルス様』がどうなってしまうのか。
参謀達は今まで考えてこなかった、いや、敢えて避けてきた事態に直面してしまった事に初めて気がついた。気がついてしまった。
(ひょっとしたら、とんでもない迷惑をウィリアム殿にかけるのではないか。そしてその尻拭いをするのは、我々になるのは確実路線。どうしたものか)
ウィリアムは、小艦隊で大艦隊に殴り込みをかけ、王女を救いに来た。隠密行動をどう見破ったかは分からない。
いや、そもそも王女座乗艦である事を知らず、単純に救難信号に応えただけかもしれない。だが、いずれにせよ、英雄的行動であるには違いない。
そして結果を出しつつある。まさに英雄の誕生だ。彼と王女が無事にこの戦いを切り抜けた時、王家が放っておく訳がない。
彼は幸い、辺境とはいえ伯爵家の三男。跡取りではない筈で、入り婿として王家に迎え入れられる可能性は極めて高い。
英雄として、現国王、次期国王の右腕として……いや、場合によっては玉座につく可能性すらあるだろう。
当人がそれを望むかどうかすら関わりなく、だ。
そんな人物にかかる迷惑の尻拭い……一つ間違えば、どういう事になるか、考えただけでもゾッとする。
参謀達は暗澹たる気持ちで、まずはウィリアム・C・オゥンドールなる未知の人物のデータを可能な限り集め、対策を練らねば、と心に誓うのであった。
自分達の保身のために、彼らは必死だった。
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
「ジャベリン2全機帰還しました。機体及びパイロットに異常なし」
「それは良かった。艦載機は整備デッキに搬送。パイロットはレベル3のメディカルチェック後、休憩室へ」
「イエッ・サー!」
整備デッキに送るという事は、今作戦で艦載機の再出撃はない。それより初の艦隊戦で、機体にどういうダメージが残っているか、データを取っておかないと。
「先生。アクティブ・ステルスの調子はどう?」
『順調。今のところ、問題はない』
正直当てにしていなかったけど、意外と使えているみたい。
アクティブ・ステルスだけじゃなく、全体的に順調に推移していると言えるかな?
いや、少々順調過ぎるくらいだ。
そろそろ敵にも動きが出る筈だ。余程の阿呆でもない限り、僕らの存在を無視し続ける事なんかできないだろうから。
ただ、懸念はある。
敵旗艦のブルボン砲だ。あれが動いていない以上、僕らは王女を人質に取られているも同然だ。
だから一発、どこかで撃たせちゃうのが良いだろうね。
元々連射はできない仕様だし、外観の良さから中堅以上の貴族にはそこそこ人気があるものの、実戦にはどうかな、と言われ続けてきた艦だから、劇的な改装は行われていない筈だ。
なにしろ、決戦兵器のある旗艦級戦艦、という時点で、もう微妙。
元々は大型要塞の表面をジュウジュウ焼くために開発されたが、当の大型要塞の方が、潤沢なエネルギーを使って、もっと凶悪な兵器を持つに至って、いきなり無用の長物と化してしまった。
艦隊旗艦が敵と差し違えるわけにはいかないからね。
では対要塞ではなく、対艦隊兵器として運用すれば良いのでは、とされたものの、今度は艦隊戦そのものが起きなかったため、運用論はあくまで机上のものだ。
結局、艦隊旗艦に決戦兵器を持たせる事自体、疑問視されるようになってしまったわけで、以来、メーカーでも研究は進んでいない。予算を回してもらえないんだろうね。
だから、ブルボン砲が単発なのは、ほぼ間違いない。
敵に先生みたいな、特殊な人材でもいない限り。
『ウィル。何か失礼な事を考えてない?』
「気のせいだよ、先生。先生だったら、あの[ル・ドゥタブル]のブルボン砲、例えば連射できるように改造できる?」
『……簡単ではない。消耗部品をユニット化して、交換を容易にするにせよ、如何せん必要箇所が多すぎる。[ル・ドゥタブル]を複数用意する方が、まだ現実的』
「旗艦級戦艦は保有数が限られてるんだけど。勝手に複数持つのは違法でしょ」
『王女を襲うのは、合法?』
そりゃそうだ。
「思い込みに流されるなって事だね。ありがとう先生」
『どう致しまして。それより敵に動きがありそう。アクティブ・ステルスの正念場。私、頑張る』
いつものように、一方的に通信が切れる。
敵に動き、か。
宙域図を見ると、確かに包囲にほころびが出ている。いや、正確には王女の艦隊を包囲するのを止めた……?
「敵艦隊より入電。会話を希望しています。繋げますか、サー?」
通信士官のレリッサさんが報告してきた。
「繋いで。あと」
「顔面のデータを情報班に回します」
「さすがだレリッサさん」
「サンキュー・サー!」
小僧にすぎないとはいえ、僕の立場はオーナーだ。直接褒められれば悪い気はしないのだろう、レリッサさんの頬がちょっと紅い。そして得意げな顔を周囲に見せる。
もちろんそんなのは一瞬の事で、正面モニターにすぐに男の上半身像が浮かび上がる。
どうやら[ル・ドゥタブル]級のブリッジの指揮卓らしい。
年齢は40代後半といった所かな?険しい表情をしている。
まぁ、戦艦をはじめ、多くの駆逐艦、そしてそれらに乗っていた部下達を失ったんだ。これでにこやかだったら、別の意味で凄い奴だが。
『よくここまで来たな。それは褒めてやろう。だが、ここが貴様の死に場所になる』
「初対面の相手に、いきなりご挨拶だな。まずは名乗ったらどうなんだ?宙賊でも、名前くらいはあるんだろう?」
『宙賊だと?』
男は僕を視線で殺す気なのか、もの凄く睨んできた。
『俺は魔王軍四天王の一人、ゲルボジーグ。人呼んで[死霊軍団長ゲルボジーグ]だ。くくくっ。一度倒した相手が時空を越え、再び現れたのに驚いたか』
「……うん。驚いた」
ちらりと艦長を見ると、彼女も肩をすくませている。
「えーっと、シリョウ使いのゲルボジーグさん、だったっけ?」
『どうして微妙に片言なのだ!』
「そりゃまぁ、ね。そんな事より、貴方はちょっと病院で検査してもらった方がいいと思う。責任能力の有無とか、裁判で重要になるし……まぁ、犯した罪が罪だから、いきなり無罪、って事にはならないと思うけど」
『き、貴様!俺を憐れみの目で見るな!』
「そんな事言われても、ねぇ」
宙賊かと訊かれて、いきなり魔王軍四天王と名乗られても、正直反応に困る。
「(むしろ狂人を演じて、罪を軽くしようという策略なのでは?)」
「(なるほど。艦長の言う通りかも。今になって、犯した罪の大きさにびびったとか?)」
『そこ!何をこそこそ相談しとるか!
……ふん。死地において、その人を食った態度。変わらぬな、アルス・オースティン。俺は貴様のそういう所が大嫌いなのだ』
おっと。また知らないワードが出てきたよ。
「アルス・オースティン……って、誰?」
その一言が、相手の逆鱗に触れてしまったようだ。
『貴様の事だ貴様の!王女を救いに来ておいて、今更誤魔化そうとしても無駄だぞ[大地の勇者]よ!我が復讐の剣の味、とくと味わうが良いわ!』
通信は一方的に切れてしまった。
えーっと。
「取りあえず、有罪、でいいよね?」
「そ、そうですねっ。王女を襲った自覚はあるわけですからっ」
艦長の言いたい事は分かる。
できるだけ、関わりあいにならないよう、さっさと始末してしまおう、という訳だ。
それにしても、[アルス・オースティン]に[大地の勇者]ねぇ。
どこかで聞いた事があるような……でも忘れちゃいけない事なら、僕が編み出した記憶法[黄金の記憶領域]から消去される訳がないから、きっとどうでも良い記憶か、何かの勘違いだろう。
うん、気にしない。