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鍬と魔法のスペースオペラ  作者: 岡本 章
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鍬と魔法のスペースオペラ 第二章 初めての実戦 その2 先制攻撃

  2・先制攻撃


 敵艦隊の動きに変化はない。今のところは、ね。相変わらず王女の艦隊に対し、高速で周回しつつ、ブラスターやレーザーを浴びせかけている。

 ミサイルは使っていない、というか、今時ミサイルを装備している艦はほとんどない。

 何故なら、艦の速度がエンジン出力に依存している以上、要は小型無人艇に過ぎないミサイルは、どうしても戦闘艦に追いつけないからだ。

 それでもミサイル開発に情熱を燃やした者はいる。

「全艦、トア・ミサイル全弾発射用意」

『発射準備、既に完了しています。トリガー、サーに回します』

 そう。僕だ。今回はリルルカ先生も巻き込んで開発したミサイルを、3種類この艦隊に配備している。

 パーソナルモニターにこの宙域の3D図が提示され、僕はバーチャルキーボード操作で座標を入力していく。と同時に軽い衝撃音が響く。

 それは[レパルス]だけでなく、各駆逐艦も同様で、筒状の物体が次々と射出されていくのが艦内モニター越しに見えた。


 トア・ミサイル。

 全長10メートルの艦対艦ミサイルだが、炸薬の類は付いていない。スペースの都合上、付けられても、申し訳程度の炸薬しか積めないだろう。

 ディフレクターシールドを備えた慣性誘導推進方式だから、超小型ではあるけれど立派なノーマルドライブで、発射時は6本収束させている。たとえ本艦が停止状態でも、一気に外宇宙航行速度まで持っていくから、加速時発射で1天文単位程度の距離なら、数分で僕が指定した座標まで到達できる。

 それでも戦闘行動中の駆逐艦の戦闘機動には、やはり追いつく事はできない。

 たとえ非効率そのものの反動推進方式であろうと、駆逐艦のエンジンの方が圧倒的に大型で、出力もあるからね。

 大抵の人は、そのごく当たり前の現実の前に諦めて、ミサイルの可能性を捨ててしまったんだけど、それは無理もない話だろう。

 でも敢えて考えた。

 

 別に当てようとしなくても、良いんじゃないか、と。

 

「敵駆逐艦、次々と爆散していきます!トア・ミサイルは完全に成功です!」

「「「お見事です、サー!」」」

 ブリッジが興奮に包まれる。

「いや、今回は偶々上手くいっただけだよ」

 僕は反論したが、皆は妙な表情を浮かべる。

 本当に、僕は事実を言っただけなんだが。

 

 トア・ミサイルは、ただ目標地点に到達したら、高速で6方向に分裂し、その間にアルミ素材の網を張るだけの、ごく単純な兵器だ。

 ただし、網の規模は、一辺100kmだけど。

 名称の由来は、ニホン語の投網。つまり駄洒落兵器だけど、領軍の皆は、そもそも投網を知らなかった。

 魚を捕る道具だと言ったら、3日寝込んだヤツまでいたよ。うん、訳が分からない。

 網目は約10センチほど。上手く6角形に広げるために、散々シミュレートしたっけ。

 網やミサイル本体は各種センサーにかかりにくい加工が為されているため、超高速で戦闘行動中の艦艇が見つけるのは困難だ。

 うちの艦隊はばら撒いた側だから、当然座標は認知し、情報共有しているけどね。

 超高速戦闘を旨とする駆逐艦は強力なディフレクター・シールドを張っている。

 だが、それはビームやレーザーといった光学兵器を中和・拡散させたり(限度はあるけれど。限度を超えたら飽和してシールドは崩壊する)、センサーにかからない程度の大きさの固形物、つまり微小デブリを分解するためのものであり、大きなデブリは想定していない、というか、出力の限界で分解できない。

 そんな駆逐艦が、目の前に張られた網に、知らずに高速で突っ込んだらどうなるか。

 普通のデブリを『点』とするなら、網は最早『面』だ。ディフレクター・シールドの処理能力を遙かに超え、刹那の間に飽和、消滅する。そして自らの運動エネルギーによって、網に触れた船体は粉みじんに切り刻まれ、爆発四散する。

 もっとも、一辺100kmの正六角形の網なんて、外宇宙ではニアミスすら奇跡なくらいの小ささだ。狙った所に獲物がいなければ捕れないのは漁と同じ。

 そこでどこに網を張るのかを設定するのが、僕の仕事になる。

 何故正規の軍人でもない僕にその仕事が割り当てられているのかというと、漁のセンスがあるから、というのが先生の意見で、何故かその珍説が領軍でまかり通ってしまったからだ。

 だいたい、生きた魚なんて見たこともないのに、漁のセンスがあるって言われても困るんだけど。

 でも、相手のコースを捉え、ランダム回避を当て込んでトア・ミサイルを展開すると、面白いように網にかかっていく。大漁だと先生だったらそう言って、僕をからかうだろうな。今は[魔女の引きこもり部屋]で別の仕事をしているから助かっているけど。

 敵艦隊の構成は、当初は駆逐艦30隻、軽巡航艦15隻、二等戦艦5隻、そして一等級超大型戦艦1隻といったところだった。

 王女の艦隊への包囲攻撃は、駆逐艦と軽巡が行い、二等戦艦は分散して王女艦隊の動きを封じようと、さらに外周を遊弋している。

 恐らく旗艦であろう、大型戦艦はさらに離れた所に、軽巡2隻を護衛にして待機している。指揮に専念するためか、こちらも何らかのトラブルを抱えているのかは分からない。

 超大型戦艦の存在は不気味だけど、今は駆逐艦と巡航艦を叩いておくべきだろう。

 幸い、彼らはまだ僕らに対して、何の手も打てていない。相変わらず王女の艦隊に集中している。

 停戦勧告している以上、僕らの存在には気付いている筈だけど。

 多分敵も艦隊戦に慣れていないため、すばやい対応ができていないのだろう。

 まぁ、艦隊戦に慣れているヤツなんか、いるわけないんだけどね。

 取りあえず、今のうちに敵を少しでも減らしておこうと、トア・ミサイルを宙域に合計100発ほど展開させたんだけど、緒戦の結果は予想以上だった。

 駆逐艦8隻撃沈。

 爆散した駆逐艦は、数百万〜数億に及ぶ大小様々なデブリとなって、かつての同志に襲いかかった。

 比較的大きなデブリが直撃すれば、駆逐艦は僚艦の後を追う事になるし、巡航艦でさえ当たり所が悪ければそうなる。

 そして、慌てて速度を落とした駆逐艦や巡航艦に、レーザーやブラスターを当てる事は難しくない。只でさえ微小デブリの雲にマトモに突っ込んでしまい、シールド飽和直前の艦艇に至っては、一撃で撃破できてしまう。

 うん。艦隊戦をマトモにできるのは、少なくとも重巡以上の、強力なディフレクター・シールドを装備した艦だけで、機動力=防御力を謳っている駆逐艦や軽巡では、戦闘で生じたデブリによって、下手したらこちらが何もしないうちに沈んでしまう。

 実際に艦隊戦を経験してこなかった弊害だろうけど、元々狭い宙域で密集して戦闘するなんて、高速戦闘を旨とした彼女達の仕事じゃないわけで。

 そういう意味では、今の脅威は2等戦艦5隻と、不気味なまでに動きを見せない敵旗艦という事になる。

 その旗艦。正体は【鑑定】でとっくに分かっている。例によって外装にはそうと分からないようにハリボテが大量に貼り付けられていたが。流行っているのかな?


 エリオット社が誇る一等戦艦[ル・ドゥタブル]級。

 一等艦の基準は、大きさ。全長1500メートルを超える戦艦を1等級としている。つまり大きさの上限はない。

 王女の座乗艦[ファースト・スター]も全長2500メートルだからかなり大きいけれど、[ル・ドゥタブル]級はその倍以上の、約6000メートル。こうなってくると、戦艦というより宇宙要塞だね。

 全体的なシルエットとしては、紡錘型になるのかな?艦尾には巨大なメインスラスターが鎮座しているから後方は一端絞られてから大きく膨らんでいる。

 本来はとても優美な艦なんだけど、賊の艦は例のハリボテのせいで台無しになっている。

 特徴は、艦の前方4分の3が、空洞になっている点。非戦時には僚艦のドックとしての機能が付与されているが、本命は外殻内側に隠されている光学兵器群。

 外殻が6つに分かれて展開する様は、まるで宇宙の百合の花であり、放たれるエネルギーの奔流に耐えられる艦艇はないとされている。

 まぁ、恒星の中を突っ切れる艦がいるなら、話は別だけどね。

「名付けて『フルール・ド・リス』だってさ。ブルボン砲とも呼ぶけれど」

「……はぁ」

「救いは、一度撃ったら、冷却やら破損部品交換やらで、最低3時間は撃てなくなるくらいだけれど、分からないよね」

 僕の問いに、艦長は首肯する。

「はい。彼らがそんな切り札を持っているのに、今まで王女に使わなかったのが、謎です」

「まったく、先生の『嫌な予感』はいつも僕の想像を超えてくる。いつもの事ながら、堪らないよ」

「ほう。魔女の予感絡みですか。なるほど、サーがワクワクしている訳ですな。ならばこちらも敵の想定を越えてやるまでです」

「ふふっ。艦長も結構楽しんでるじゃない」

「まさか。魔女の被害者代表として、せめて少しばかりの役得を願っているだけです」

「べつに今回の事件は先生が起こしたんじゃないんだけどな……」

「論功のお言葉を期待しています、サー」

 論功って、もう勝った気でいるよ、この人、いや、この人達。

 思わず呆れちゃったけど、その時入った通信のせいで、さらに無駄に盛り上がってしまった。

「アスタロット大尉のジャベリン2が、たった今、敵戦艦を撃沈しました!トア・ミサイルだけでなく、マキア・ミサイルも有効です!」

 ブリッジ内は爆発的な歓喜に包まれた。

「見たか!これがサーのチカラだ!」

 いえ。アスタロット大尉の実力と、後は運だと思います。

 というか敵戦艦よ。

 

 牽制用の兵器で撃沈されるなよ。情けない。


   ◇◆◇   ◇◆◇   ◇◆◇


「よし!」

 宇宙戦闘機[ジャベリン2]の狭いコックピットの中で、[レパルス]艦載機アルファ中隊隊長ことエドガー・A・アスタロット大尉は、小さくガッツポーズをした。

 隊長といっても、[レパルス]が搭載している艦載機は全部で5機。うち戦闘機は3機しかない。たった3機で中隊を名乗っているわけだ。

 そもそも『艦載宇宙戦闘機』自体、外宇宙での戦闘を想定したカテゴリーではない。

 アステロイドベルトのような障害物が多い宙域で、その小ささを活かして戦闘するスタイルがとられる、というか、本来それしかできない艦種なのだ。

 艦載機である以上、大きさの制限は厳しく、大きなエンジンが積めない。つまり推進力もエネルギー兵器もシールドも、充分に使えない。

 駆逐艦や巡航艦に襲いかかりたくても、まったく追いつけない。

 まぁ、理屈だけで言えば、艦載機には艦載機ならではのアドバンテージもなくはない。

 母艦の速度に自機の速度を上乗せできる。

 宇宙船ならではと言うべきか。実に簡単で、誰でも思いつく利点ではある。

 だが、この利点を活かす事が、これまで誰もできなかった。

 発進するだけなら良いが、戦闘機動をすると、戦闘機のエンジン程度では、発生する慣性を中和するほどの慣性誘導装置の出力を賄えず、パイロットがコックピットの染みになってしまう。

 ところがタルシュカット領軍では事情がまったく異なる。

 艦載機のような超小型艦艇にも、当たり前のように慣性誘導方式――領軍正式名称『ウィル式推進』――領軍内通称『サー式推進』が採り入れられている、というか、ウィリアムが最初に実験してみせた小型艇が、まさに艦載機と同級だったから、ある意味一番こなれたサイズだったりする。

 ちなみにその時のテストパイロットが、民間レーサー上がりで、ウィリアムが直接スカウトしたアスタロットであり、彼は普段から[レパルス]のチーフパイロットと、どちらが『サー』の最大被害者であるか、つまりどちらがより彼の趣味に貢献しているかを争っていたりする(イルヴの魔女ことリルルカ女史は少年と共犯関係にあるから被害者枠から勝手に除外されている)。

「プーニィの奴、サーからトア・ミサイルを貰った事を散々自慢していたが、こっちの方が遙かに凄いではないか。

 戦艦だよ戦艦!雑魚とは違うのだよ雑魚とは!」

 アスタロットは己に与えられた武器の方が、敬愛する『サー』に貢献できたと勝ち誇っていた。

 

 マキア・ミサイル。


 外見は元より、構造もトア・ミサイルに似ている。やはり6本のミサイルを収束させ、アルミ素材の網を展開させるものだ。

 もっともこちらは艦載機搭載を考え、さらに小型化してはいるが。

 トア・ミサイルが網の罠を張って、敵がかかるのを待つ、言わばパッシブな兵器であるのと逆で、こちらは網を敵に高速でかける、アクティブな兵器だ。

 今回、アスタロットが繰る宇宙戦闘機[ジャベリン2]は対艦装備として、このトア・ミサイルを左右の主翼(小さいので大気圏内で揚力を得るのは無理)の上下に1基ずつ、合計4基装備している。

 武装はこれだけだ。それ以上積むと質量が増大し、戦闘機のエンジン出力程度では、慣性誘導に悪影響が出てしまう。

 もっとも、いくら高速でマキア・ミサイルの網をぶつけても、戦艦のシールドを抜く事はできないと彼らの『サー』こと、ウィリアムは計算していた。

 抜く事はできなくても、シールド全体を高速で包み込んでしまえば、かなりの負担にはなるだろうから、それで構わない、と。

 結果は、全然予想とは違っていたが。

 それにより、自軍は歓喜に沸き、晴れてバトルシップ・バスターの栄誉を得たパイロットは、『サー』に更なる尊敬の念を抱いたものだ。


 もっとも、その結果は、あくまで偶然の賜物でしかない。


 まず、アスタロットが捕捉した敵艦の進行方向が、偶然アスタロット機の方に向いていた。これが逆であったら、[レパルス]+[ジャベリン2]+マキア・ミサイルの推進力をもってしても、戦艦には追いつけなかっただろう。

 次に、アスタロット機を敵戦艦もまた捕捉していた。戦術コンピューターは直ちに分析したが、データベースに該当機はなかった。

 独自開発した機体で、輸出もしていないどころか、特に公表すらしていないのだから、当たり前といえば当たり前だが、それを戦術コンピューターは脅威と判断。すぐに撃墜すべしとした。

 発見から判断まで、コンマ何秒もない。人間が判断する時間的余裕はなかった。

 艦首中央のレーザー砲座がアスタロット機に照準を合わせ、射線上のディフレクター・シールドを一部、正確には一辺60センチの正六角形の形に解除する。

 ちなみにマキア・ミサイルの存在も探知はしていたが、肝心の網を見逃したため、それらは戦艦の周囲を飛び抜けるだけの飛翔体だと見做され、脅威とは考えなかった。

 その判断の甘さが、戦艦の運命を決定した。

 マキア・ミサイルが張った網に、戦艦は自ら飛び込んでしまった。

 もちろん戦艦のシールドは強力なため、シールドの負荷は最低レベルでしかなく、網の殆どは瞬時に消滅してしまう。

 自ら開けた穴に飛び込んだ破片を例外として。

 網の破片は、[レパルス]+[ジャベリン2]+マキア・ミサイル+戦艦自身の速度で、戦艦のレーザー砲台に激突する。

 砲台に装甲板はない。もっとも戦艦の装甲であっても、そんな速度で激突する物体に耐えられはしなかっただろう。

 破片はそのまま戦艦の中心を貫き、艦尾に抜けていった。

 だいたい、宇宙船というものの中心線上には、メインエンジンを含めた各種ジェネレーターやエネルギーセルなど、重要な施設が密集しているものだ。そこを貫かれてしまったら、結果は悲劇的なものになるに決まっている。

 戦艦はアスタロット機など無視すれば良かったのだ。あくまでそれは結果論だが。

 そしてその喪失の影響は、決して小さくはない。

「今頃、敵艦隊は大混乱しているだろう」

 アスタロットは微笑を浮かべ、次の獲物を物色するのであった。


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