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鍬と魔法のスペースオペラ  作者: 岡本 章
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鍬と魔法のスペースオペラ 第二章 初めての実戦 その1 ミカン

    第二章 初めての実戦


    1・ミカン


 HD空間に突入して、5分経過した。

「全システム安定しています」

「『ミカン』起動を確認。出力10%低下」

「……相変わらず、出力食いですな」

「そうだね」

 眉をひそめる艦長に、僕は苦笑して応えるしかない。

 なにしろ[レパルス]のメインエンジンは魔改造の結果、二等戦艦並の出力を誇るようになっている。それがいくら旗艦級の量子コンピューターを3基も使っているとはいえ、全出力の一割も食うなんて、普通じゃ考えられない。

 僕はパーソナルモニターを操作して『ミカン』の音声を聴く事にした。

「艦長も聴く?」

「……拝聴しましょう。どうせ他にやる事もありませんからな」

 自動操縦のため、ブリッジ要員は実際にはやる事がなきに等しい。でもいわゆる『即応待機』のため、誰かしらは席に着いている状態だ。勝手にトイレに行く事すらできない。

 今回のHDは3時間を予定している。通常空間では5分ほど。つまり僕らは2時間55分ほど、余計に年を取るわけだね。

 宇宙船乗りは早死にすると言われる由縁だけど、医学やアンチエイジングが発達した現在、HD年齢なんか誤差のうちだろう。

 何しろ、今時、人類でも普通に300年から400年は生きる。

 確か長寿宇宙一の人類は、千歳を越えていた筈だ。

 それでも、イルヴ人等の長命種に比べればささやかなモノだけどね。

 彼らは一万歳を越えても、見た目は若いくらいだから。最高齢?知らない。

 それはそうと、暇な僕たちは、イルヴの魔女が提供してくれた音声を聴く事にした。

 とはいえ、すぐに聞こえてくるわけじゃない。


 ――HD開始から25分経過――

『――フィフィフィフィ――』

 あ、これ、他の位相にいるHDジェネレーターの重力波だ。ああ、遠ざかっていく。結構クリアに聞こえたな。

 

 ――HD開始から1時間37分経過――

『――昨年のデヴォン……星系で起きた……につ……、最終調査……が出た模様――』

 これは超空間通信を利用したニュースチャンネルだ。本来は通常空間で、専用の受信機を使って聴くものだ。さっきのジェネレーター音に比べ、音声は途切れ途切れだね。

 まぁ、今の『ミカン』の精度ならこれでも上等な方だ。


 ――HD開始から2時間12分経過――

『――の通信を……皆さん、助けてください!こちらは……空間にて、謎の……攻撃を――』

 これは!先生の勘が当たったか?

「先生!今の通信の発信元の座標を特定して!」

 パーソナルモニターの通信メニューを叩きながら叫ぶと、すぐに返答があった。

『――今やってる……捕まえた。今、そっちに送った』

「さすがだ先生!プーニィ!」

「座標、来ました!行きますか?」

「当然!自動操縦解除。位相変更!各艦に通達、我に続け!」

 チーフパイロットのアレクサンドル・エドワード・プーニィ特務中尉が、流れるような手つきでキー操作する。

 線の細い、見方によっては酷薄にすら見えるプーニィだが、こと艦の操縦にかけては領軍一の腕前を誇る。まぁ、それだけ僕の無茶に付き合わされている、一番の被害者だという事だけど。

 HD中の突然の位相変更。

 高速亜空間の流れは、位相によって異なる。

 HDは、自分の目指すコースと同じ高速亜空間を特定して、その流れに乗ることで超光速航行を可能とする訳だけど、逆に言えばHD中には基本的にコース変更なんかできない。

 もしそれが必要なら、普通は一度HDを解除し、航路を特定してから、再度HDを行うだろう。だがそれをやると、大幅な時間ロスになる。

 そこで目標まで続く高速亜空間をHD中に特定し、無理矢理その空間に乗せる。

 救難信号、というより通信か?を受けてから、数秒経つから、目標地点をとっくに通り過ぎている。恐らく数光年は離れてしまっただろう。

 そこまで戻るという事は、まるっきり逆方向の流れに侵入する事を意味する。

 普通なら死を覚悟の暴挙だが、プーニィが操る[レパルス]はもちろん、随伴艦隊にとっても慣れたものだ。

 慣れさせたのは僕だけど。

 訓練とは、まさしくこういう時のためにやるものだから。

 うん、僕は間違っていない。

 僕は僕で、目標推定座標と星図を照らし合わせ、HD解除地点の情報を引き出す。

「HD解除地点は外宇宙。恒星系じゃないし、宇宙気流もない。自然星間物質はごく微量と考えられる。だが戦闘が予想されるため、ディフレクター・シールドを最大に設定」

『ウィル』

 おっと、先生から艦内通信が来た。

『新装備のアクティブ・ステルスを試したい。許可して』

 一番のネタ兵器でしょ、それ。

「アクティブ・ステルスねぇ……確か、全艦隊に装備したんだっけ?」

『そう。許可して』

 ちらりと艦長を見ると、彼女はわざとらしく肩を竦めていた。

「多分、戦闘に入ったら、重力波の変動ですぐにバレちゃうと思うけど……ま、いいか。先生、任せる」

『任された』

 あっさりと通信が切れる。相変わらずのマイペースぶりだ。

 艦長も慣れているのか、苦笑するしかないみたい。

「サーの玩具に、敵は度肝を抜かれるでしょうな」

「さぁどうだろう」

 敵、ねぇ。あまり現実味がない話だ。

 結局救難信号そのものが間違いでした、なんてオチだったら、用心通り越して臆病だと笑い話で済むんだけど。

 まぁ、宇宙では臆病な位が丁度良い。

 僕はオープンチャンネルに繋げる。これで艦内だけでなく、随伴艦にも話ができる。

「各艦、総員に告げる。本艦は救難通信を傍受したため、現場に急行中である。総員戦闘配置につけ。全武装オンライン。各艦載機を出す事も考えられるため、対艦兵装を装備の上、発進準備を整え待機。これは訓練ではない。繰り返す。これは訓練ではない」

 なにしろ、謎のなんたらの攻撃を受けたらしいからね。まぁ、現場は混乱しているだろうから、一応事故と事件の両方を想定しておこう。あと、悪戯も。一応ね。

「もうすぐ目的地だ。どんな祭が起きているか知らないが、僕は僕の艦隊の皆なら、必ず任を全うできると知っているからその積もりで。オーナーより以上終わりッ」

「「「「「イエッ・サー!サンキュー・サー!」」」」」

 ブリッジ内で復唱が響き渡る。

 さて、鬼が出るか蛇が出るか。

「HD解除カウントダウン。5・4・3・2・1・今」

 プーニィの合図で、艦隊は揃ってHDを解除する。

 ブリッジ正面と側面の非実体スクリーンが周辺の様子を映し出す――まぁ、処理された擬似的映像だけどね。宇宙では肉眼だと距離すら掴めないし、第一遠すぎる。

 だが、その処理された映像は、僕たちの誰も想定していないものだった。


 艦隊戦。


 散々あり得ないとか断言しておいて、正直これはないわぁ。

 そりゃ資源開発衛星群、つまりはアステロイドベルト宙域とかで、宙賊の集団を領軍が駆逐するなんてのも、艦隊戦と呼べなくもない。あれだって、一応数十隻規模同士になったりもするからね。

 でも宙賊は小型から精々中型艇程度で、障害物が多い関係上、領軍もコルベット艦を率いる駆逐艦といった構成で、しかも艦船の絶対数、装備の質の違いから、戦闘というより、駆逐、酷い言い方をするなら駆除と言うのが適切だろう。

 実際、領軍としては、戦闘で必要以上に小惑星を傷つけないように気を配る方が重要だったりする。

 昔は領軍どころか、テラフォーミング中の惑星を襲う大宙賊なんてのもいたらしいが、そんな手合いはここ200年は聞かないそうだ。

 ――では、これは一体何だ?


 中心部に優美な2500メートル級一等戦艦を据え、[レパルス]と同じ800メートル級巡航艦10隻で球形陣を敷いて防御に徹している艦艇群を、50隻ほどの艦隊が包囲し、一方的な砲撃を加えている。

 こうしちゃいられないぞ。

「レリッサさん、停戦勧告!」

 通信士官のレリッサ・プラーフ中尉の反応はいつも速い。

「イエッ・サー。『こちらはタルシュカット受験艦隊。この宙域にて戦闘行為をしている者達に告げる。ただちに戦闘を中止せよ。繰り返す。ただちに戦闘を中止せよ』……救難信号を出している艦から返信、来ました、サー」

「繋げ」

「イエッ・サー。繋ぎます」

 正面モニターに、王国宇宙艦隊の制服をきっちり着こなしている、初老の男性が映し出された。やや焦った表情だ。まぁ、生まれて初めての艦隊戦で、しかも襲われている側としては、ベテラン司令官でも焦って当然か。

『来援感謝する。我々は王国宇宙艦隊第3方面軍、第21独立艦隊。私は艦隊司令官のアルバート・シュトローク少将だ。

 HD航行中、ディフレクター・シールドが急停止し、通常空間に戻った途端、謎の艦隊から無警告で攻撃を受けている。今のところ、こちらからの呼びかけに反応しない。

 現在の戦況は、遺憾ながら当方に不利であるので、助勢願いたい』

 うん。この人、少し嘘をついているね。でも困っているのは確かなようだ。

「タルシュカット受験艦隊のオーナー、ウィリアム・C・オゥンドールです。賊の駆逐は僕らが受け持つので、閣下の艦隊は防御に専念してください。無闇に撃たれると、僕らにまで当たってしまいますので」

『……了解した』

 シュトロークさんは、一瞬、何言ってんだコイツ的な表情を浮かべたけど、すぐに無表情になり、僕の要請を了承してくれた。

 そして僕が戦う相手を決めたのがブリッジ要員に伝わったせいか、俄に周囲が慌ただしくなっている。

 そう、戦闘は既に始まっているんだ。


「前進第一戦速」

「ぜんしーん。だいいちせんそーく」

「ランダム回避開始。味方に当たるなよ?訓練の成果を見せろ」

「イエス・マム」

「各艦、アクティブ・ステルス分離を確認。『魔女の引きこもり部屋』にて集中制御開始」

「制御確認しました」

「艦載機発艦せよ」

「ジャベリン2、アルファ中隊、発進を許可する。アルファ中隊、発進を許可する」

「各機発進確認」

「各砲座、敵艦をロック次第、随時発砲」


「では戦闘行動に入ります。閣下もどうかご無事で」

『感謝する。生き残ったらまた会おう』

 通信が切れた。

「嘘つき閣下も大変だ」

「は?彼はサーに嘘をついたのですか?」

 艦長の表情が険しくなる。

「閣下にも事情があるのさ。宇宙艦隊の第3、21独立艦隊とか言ってたけど、そんな訳がない」

「え?データ参照したら、ありましたし、艦の構成も正規のものでしたよ?」

 情報士官のカーロス・ベル中尉が首を捻った。

「独21の旗艦は1等級戦艦[ベローナ]。随伴は重巡のみで構成され、駆逐艦は基本的に配属されていません。広範囲探査、超長距離行軍のため、航続距離が優先された艦隊です。艦隊司令官はアルバート・シュトローク少将42歳。声紋、角膜も登録された通りで、本人に間違いありませんが」

「そりゃデータ上は間違いないだろうさ。そう正規登録したんだろうからね。ところがどっこい、[ベローナ]なんていう戦艦は、王国には実在しないんだ」

 僕は正面モニターを遠隔操作し、防戦一方の味方艦隊を映し出す。

 もちろんそれは画像処理されたCGだ。実際にそう見えるわけじゃないからね。

 宇宙では光が当たらない場所は真っ暗だし、ここは外宇宙だから、光源はもの凄く限られている。彼女らは反動推進式だから、スラスターの僅かな光しか肉眼では見えない筈だ。

 それを画像処理して、はっきりと宇宙船全体が見えるようにしている。

「あの艦の正式名称は[ファースト・スター]。王国第二王女座乗艦だよ。

 外装の一部を交換した、ちょっと凝った偽装だけど、バレバレだ。随伴艦も同様だね。

 つまりあれの正体は、王室近衛艦隊だ。重巡の中に、[アタゴ]級が3隻いるよ。この[レパルス]に勝った船だ。そうか、既に量産しているって事は、最初からどの船が採用になるか、決まってたんだね。俗に言う出来レースって奴だ」

 つまりは、それが大人の事情って事なんだろうけど。

「バレバレって、見抜けるのはサーくらいなものですよ。相変わらず、サーの特技は規格外ですな」

 艦長の声に呆れが混じっている。

 でも仕方ないじゃないか。分かっちゃうものは分かっちゃうんだから。

 昔から艦に限らず、対象に注目すると、相手の情報が何となく分かる。

 それなりに専門知識をつければ、その精度はどんどん向上する。

 僕はそれを【解析】と呼んでいる。僕の特技の一つだ。

 脳にインプラントを入れていない僕が、何故そんな事ができるのかは分からない。

 そんな僕だけど、今となっては誰も不思議にも思ってくれない。慣れって怖い。

 艦長に至っては、別の事が気になるようだし。ちょっと嫌そうに眉をひそめる。

「それに……フェアリーゼ星間王国の第二王女といえば、[放浪の電波姫]ですか」

「艦長。ブリッジでその言い方は拙い。不敬になる(棒)」

「申し訳ありません、サー(棒)」

 注意する僕も、受ける艦長も、台詞が棒読みだ。

 

 フェアリーゼ星間王国第二王女アルスティナ・D・フェアリーゼ。

 

 王位継承権、現在第二位で、公表されている画像データを信じる限り、清楚でお淑やかな美少女だが、幼い頃より奇行と妙な言動が多く、ついた渾名が[放浪の電波姫]。

 平民からは愛されていて、[放浪の世直し電波姫]と修正されるらしい。ま、どちらにせよ電波姫である事には間違いはないな。

 当年9歳だが、HDを入れると11歳。何とそんな年齢で僕の二倍飛んでいて、結果肉体年齢としては同い年になっている。

 それだけ飛んでるから、放浪の、なんて付くんだけれど。

 もちろんそれは凄い事で、王族では普通考えられない事だけど、その動機が凄まじい。

 なんでも、前世の夫を探しているそうだ。

 

 うん、電波が強すぎます。

 

 正直あまり関わりたくないが、立場上そうもいかない。

 王族を貴族の息子が見捨てたなんて知られたら大変だし、元々困っている人を見捨てる事はできないしね。

 まぁ、今回は『困っている人』兼『困った人』なんだろうけど。

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