表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鍬と魔法のスペースオペラ  作者: 岡本 章
58/58

鍬と魔法のスペースオペラ 第11章 その8

   8・鍬と魔法


 魂魔法【夢で逢えたら】は速やかに解除されたが、事前説明の通り、魔法による悪影響は特になかった。

 それどころか、艦隊の雰囲気は実に良好。何やらステップを進めたカップルすらいるようだ……って、僕も他人の事を言えないけれど。


「つ、ついに認めてくださったのですね?」

「ウィルの事だから、それでも抜け道を探し出すと思っていた」

「抜け道も何も、本人に会ったからね。例の魔法の中で」

「アルス様にお会いになったのですか?」


 案の定、ティナが興奮している。ほんのちょっと前だったら嫉妬で狂っていたところだね。でも今はちょっと嬉しいくらいだ。


 だってアルスは僕の一部だから。


 そんな事を話しながら、僕らは小さな丘を上がっていく。


 ここは[ニューブリテン]の内側。つまりB面で、司令塔[ロンディニウム]や中央港、そして[祭壇]からもほど近い丘。通称ビギンヒル。


 つまり[ニューブリテン]のまさしく心臓部といえる。


 あれから艦隊は速攻で宇大エリアに帰還した。もう銀河樹宙域に用はなかったし、宇大の入学式まで時間的余裕がなかったから。

 あまりに忙しすぎて、ティナ達と時間を取る事も今までできなかった。できれば最初に話したかったけれど、本当にすぐにでも話したかったけれど、立場が許してくれなかった。

 それにティナ達も忙しそうだったからね。もしかしたら僕以上に。

 だからいきなり僕が前世を認めた事に、本当に驚いていた。

 

 まぁ、今までが今までだったからね。これは僕が全面的に悪い。さすがに往生際が悪すぎた、というか、悲観的過ぎたか。動かぬ証拠を得られるまでは、あまりに状況が僕に都合が良すぎて、警戒しちゃっていたんだ。


 さすがにアルス本人に会った以上、もう疑う事はない。アルスの魂の状況から、僕に前世記憶がない事も確認できた。その理由はまだ不明だが、前世記憶がない事自体は当たり前だし、一番大事な『アルス=僕の前世』という確認だけはできたから、その他の検証はこれからだ。もしかしたら一生分からないかもしれないけれど、現状はこのままでも問題はない。

 

 ちなみに学長はこの場にはいない。これからやる実験の重要性から、本人は残りたがったが、学長という立場がそれを許さなかった。ヒルコ・クマノ秘書先生に引きずられていく姿は妙に哀れだったけれどね。合掌。


 そんな訳で、僕に同行するのは、ティナと先生、父様にローレンスの4人に、とある魔法生命体1人の5人だけ。

 そう。ドリアッドだ。

 本来ならとっくに消滅している筈の彼女が生存しているのには、とある裏技を使ったから――という程大袈裟な代物じゃないけれどね。


 理屈は簡単。

 膨大なマナを生み出すアイテムをゲットしたから。とはいえ、現状ではまだドリアッドの消滅をかろうじて防ぐ程度だけれど、この実験が成功すれば、比較にならないほど膨大なマナを得られる筈だ。


 それはそうと、いわゆる『ウィル誘拐事件』の犯人であり、タルシュカットの住人どころか、宇大にも王国、帝国にも属さない彼女が僕らに同行を許されたのは、今実験の肝であるだけでなく、レパルス艦隊の全員から何故か信用されるようになったからというのが大きい。


 あと、僕が彼女から崇拝されている、というのが一番の理由かな?それを知った父様が妙に彼女を気に入ったのだ。

 まぁ、彼女には『生きた魔法百科事典』としての価値もあるけれど、それは僕らの間ではむしろオマケ機能だね。

 何しろ彼女が知っている魔法は、超古代の魔法文明のものだから、そのままでの利用は難しいというか、現実的ではないというか、まぁ、そんな感じなんだ。

 それは彼女から例の魂魔法で魔法を学んだ艦隊メンバーの共通認識となっている。


 確かに魔法は凄い。便利だし、現代の探知機器や防衛装備では対処が困難だ。

 今は。

 でも魔法のアドバンテージは、急速に失われつつある。


 再現性がある以上、魔法ももはや科学の範疇に入るからね。先生を中心に研究プロジェクトが活発になり、秘密のヴェールも剥がされつつある。

 それも魔法で。


 そう。ドリアッドを生かせるだけのマナが得られた以上、先生やティナは以前より使えるマナが増えたんだ。以前の数十倍といった規模で。

 先生は超越魔法とやらの復活に王手だし、ティナだって簡単な神聖魔法を使えるようになっている。

 それだけでなく、【夢で逢えたら】のおかげで、艦隊の乗員の中に、魔法スキルを持つ者が続出したんだ。増えたマナのおかげで、彼らもそれぞれプロジェクトを組み、もう始めている。

 もっとも吃緊の作業としては、この[ニューブリテン]の強化であり、ヨシミツ親方が中心となり、作業を開始していた。それもまだ帰還前からだ。日程としては半年ほどを予定している。通常空間での作業で、惑星規模という事を踏まえれば、異様に速い。

 さすがは魔法?いや、魔道具のチカラか?ううむ。いずれ詳しく話を聞きたいな。


 それはそれとして、今回の実験について。

 

 まず先生は土魔法を行使し、司令エリアにここ『ビギンヒル』を造った。


 そう。ビギンヒルは、土の丘なんだ。魔法で造られたとはいえ、ホンモノの土だよ?

 ミネラルもいっぱい。マナも十二分に含んでいる。まさに『剣と魔法の世界』の土だ。


 土でできているとはいえ、表面はそこそこ硬い。重力子を使って踏み固められた状態になっている。そういう意味では、魔法と科学のハイブリッドだね。そうしないと、こうして足で登ることができないし、風で貴重な土が飛ばされてしまうから仕方が無い。


 そうこうしているうちに、頂上に着いた。標高100メートル。うん、司令センターはもちろん、祭壇の頂上より低い。所詮は丘だ。まぁ、最初はこれくらいで充分だろう。


「主上……」

「分かってる。出てこい聖鍬!」


 ドリアッドに促され、僕は聖鍬を召喚する。そして両手でしっかり握り、地面に振り下ろした。

 うん、ただの農作業だね。

 硬い表面を耕し、最適な硬さにする。そして中心に小さな穴を開ける。

 鍬が鍬らしい仕事してる!普通だけれど、何か嬉しいな。

 そして一旦鍬を置き、腰のポーチから拳大の珠を取り出す。


 ほぼ球形で、表面には透明感がある、ほぼ黒い珠。中心部には淡い光が灯っている。


 これが植物の種だって、誰が思うだろうか?でも実際に種なんだ。


 それも、かの『大地の勇者』が直々にスキル【種召喚】で生み出した魔法の種(自画自賛)。

 どうして【夢で逢えたら】内で造った物を外部に持ち出せたのかは僕にも分からない。

 でも持ち出せる確信があったし、実際戻った時に手に持っていたから良しとする。

 ああ、僕も魔法の世界に冒されつつあるのかな?いや、いずれ検証してみせよう。

 さて。

 もうお分かりだろう。この珠こそ、ドリアッド達にマナを提供し続けている、いわゆる銀河樹の種だ。

 僕はもちろんアルスも、ドリアッドすら銀河樹の種なんて見たこともないくせに、召喚したらできちゃった、というのが実情。でも【解析】さんによればホンモノ。[レパルス]や[ニューブリテン]で科学的に分析したけれど、放射線や病原菌等の問題は見つからず。ただしMFMによる複製はできなかった。食べ物とは認識されなかったからか?

 とりあえず、無問題……本当にこれで良いのか?ううむ。


 今造ったばかりの穴に、その種を植えて、鍬の背で土をかけて埋める。うん、小さなショベルを用意しておけば良かったかも。でも、聖鍬の聖属性が必要な気がしたんだ。うん、分かっている。そんな気がしただけ。


 次にかつて【映像の銀河史】内でやったような、栄養たっぷりの水を創り、植えたばかりの土にかける。


 その間、先生達はずっと無言で僕の作業を見つめている。別に申し合わせた訳じゃないけれど、なんとなくそういう雰囲気になっているようだね。


 特に問題は見当たらない。実験を続行する。というか、これからやるのがまさに肝だ。


「農家スキル【成長促進】!行けぇ!」


 両手をかざし、対象はもちろん銀河樹の種!どっと両手から『何か』が抜けていくのを感じる。そしてそれ以上の量の『何か』が全身から入ってくる。これが『マナ』か?

 かつて様々な魔法のスキル化をした時には感じなかった。それだけ大量のマナを感じ、スキルで多分魔力に変換し……いや、【成長促進】は魔法じゃないから、また別の何かかもしれないな。


「出た!」

「「「おおっ?」」」


 誰かが叫び、みんなが反応する。僕は声を上げる事すらできない。それだけ【成長促進】の行使で手一杯なんだ。

 でも、目の前の光景は、確かに見物ではあるね。


 土から、小さな芽がでたかと思うと、みるみるうちに成長し、苗木になり、すぐに若木へと成長する。若木はそのまま大きくなり、すぐにも巨木へとクラスチェンジしそうな勢い……というのはいささか大袈裟か。


 取りあえず、30メートル級に育った時点で、一旦スキルを止める。なにしろ銀河樹から放出されるマナの量が半端ない。魔法スキルを持たない僕ですら感じ取れるくらいだから、先生やティナの様子が心配だ。2人とも踞っている。咄嗟に2人のバイタルを調べたが、数値上は問題はない。


「へ、平気ですウィリアム様」

「前の世界で似た経験をした。少し待てば慣れるから」


 ううむ。2人がそう言うなら、今は信用するしかない、か。

 まったく、前世の記憶がないというのは、こういう時もどかしいな。


 ともかく、2人が回復するまで、銀河樹の成長促進は封印だね。

 銀河樹自身も、急成長しすぎは良くないだろう。根だってきちんと張りたいだろうし。


 僕は生まれたての若木――銀河樹的には、の話だけれども――を見上げた。


 不思議な木だ。


 中央の幹は、あくまでまっすぐ天を目指すが、枝は随分と自由だ。太い枝から細い枝が生えるのは、それが当たり前だから分かる。でも、その逆もあるし、不自然なほど歪みのない、まっすぐの枝もあれば、渦を巻いているのもある。なんだありゃ。迷路のつもりか?

 葉の形も様々で、広葉樹風のもあれば、針葉樹風のもある。あれでは、葉だけ持ってきて、見た目で銀河樹の葉と判別するのは難しいだろう。博物学への挑戦としか思えない。

 全体的に、何だか色んな木を接ぎ木した合成品のように見えるね。でも、不思議と統一感もある。かつて【映像の銀河史】で見た巨木とは随分雰囲気が違う。これもまだ若木だからだろうか。

 ドリアッドの話だと、花も咲かせるらしい。虫も鳥も介さないくせに。というか、魔法文明が接触してから、銀河樹が種を生み出す事すらなかったそうだ。

 ドリアッドが銀河樹の種の形を知らなかったのは、そのせい。


 銀河樹には、種を存続させるとか、増やすとかの発想がなかったのだろうか?

 現に一度滅びかけた――いや、アルスがいないと滅んでいた訳だし。

 もう、生命として色々間違っている気がしてならない。

 でもそれは、僕ら科学文明から見た『間違い』でしかないのかも。

 だって……


「ふふ、ふふふふっ」

「そう……これよ、これ」


 聖女と魔女。2人の生まれ変わりがおもむろに立ち上がる。もう大丈夫なの?


「はいウィリアム様。ご心配をおかけして、申し訳ありません」

「これで完全復活。ウィルを守るチカラを得た私は無敵」


 そりゃ良かった……本当に、良かった。

 急に過度に濃厚なマナを浴びたら、外のマナを使う事に長けた、つまり裏を返せば影響を受けやすいのが魔法スキル持ちの宿命だ、と事前に聞かされていたからね。


 だからすぐに銀河樹を植えるのには、実は反対だったんだけれど、どうせ植えなければいけなかったし、先延ばししてどうこうできる問題でもなかった。

 なによりこの2人が強硬に主張していたからね。

 ドリアッドの延命の件まで持ち出されたら、もう従うしかなかった。


 だからバイタル表示を常に出す事を条件に引き受けた、というか、その表示は2人だけでなく、[ニューブリテン]にいる全員に義務化し、司令センターの中央コンピューターで集中管理、もし誰か1人でも異常があれば、即中止するようにした。


 遠征艦隊にいなくても、今本人含め知らないだけで、ひょっとしたら魔法スキル持ち、もしくはそれに近い体質のヒトがいるかもしれないからね。

 それに魔法と科学の相性の悪さから、実はドリアッドに頼んで、広域探知魔法をかけてもらい、魔法的な監視態勢を強化している。今のところ、問題はなさそうだ。

 というか、ドリアッドがいつになく元気そうにしている。彼女も完全復活か?


「はいおかげさまで、命拾いしました。この宙域における人的魔法災害は認められません」


 え?この、宙域?


「はい。この人工惑星だけでなく、宇大星系全域を監視しております。銀河樹の発芽と共に可能となりましたゆえ、領域を少々広げました」


 これで、少々、ね。


「なるほど。ドリアッドさんがいれば、魔法による索敵もかなり強化された、という訳ですわね」

「さすがはウィル。利用しようと近づいてきた者でも受け入れる器量は、昔から変わらない。これがさすウィルクオリティー」


 えっと、2人が妙な感心の仕方をしているぞ。


「それがウィルだからな」

「ええ旦那様。いつもの事でございます」


 父様とローレンスは落ち着き過ぎているよ。目の前で起きた怪異現象にもまったく動じていない。というか、誰も目の前で『ホンモノの植物』が生えている事自体には何も関心を寄せていないのは変でしょ。


 銀河樹はマナを生み出す装置なんかじゃないのに。それはかつての魔法文明が、そう利用してきたというだけの話。銀河樹自身にとっては、迷惑でしかなかった筈だ。


「いえ。それは動物種の勝手な感傷に過ぎません。植物種は、もっとしたたかな存在です」


 ドリアッドが妙な事を言い出した。


「食う事で繁栄する動物種と、食われる事で繁栄する植物種。価値観はほぼ正反対です。まぁ、綺麗と言われて喜ぶのは両種とも同様なので、重なる部分もあるのですけれどね」

「でも、前の銀河樹は一方的に搾取されただけでしょ?」

「いえ。むしろ剥ぎ取られる事で、銀河樹は種としてあの星域だけでなく、より広範囲に広がる事ができました。銀河樹の目論見では、その中から惑星上に根を下ろす個体が出る筈でした。

 もっとも、その目論見は敗れましたが。やはり動物種と違い、脳と呼べるものがなかったため、対処法を考える事もできませんでしたが」

「はぁ」


 なるほど。銀河樹には、己の種を増やす手段がほぼない。花を咲かせても受粉できない。何故なら、花粉すら存在しないから。

 実もなるが、中には種もない。銀河樹自身は魔法も使えないため、魔法で解決する事もできない。


 では、どうして花を咲かせて、実もなるのか。そもそも何で大量のマナを放出するのか。


 すると【超理解】が仕事して、あっさり答えを得られた。


 全ては、自分に関心を寄せるため。

 銀河樹自身の身体、つまり枝葉や幹に利用価値を生み出し、採取されるため。


「銀河樹の誤算は、銀河樹の身体の性能が良すぎたため、関わった魔法文明に農業と呼べるものが生まれなかった事でした」


 ドリアッドが僕の答えを補強する。


 最近のドリアッドは、科学文明に触れた影響か、僕らに近い分析能力を得ている。

 だから仮説を立てる事ができるのだろう。


「いえ、そんな大層なものではありませんよ。ただ、アルス様が魔法文明で生活していたにも関わらず、農家を営んでいたと聞きましたからね」


 ふむ。いや、それだけの材料で類推できたなんて、ドリアッドの成長は凄いな。まぁ、結論に至るまで色々すっ飛ばしている気はするけれど。


 それはそうと、なるほどアルスのいた世界――ウガリティア――には、世界樹はあったが、銀河樹ほどマナを放出していた訳じゃない。というか、ウガリティアはマナを放出する植物が大半で、世界樹はエルフなど、一部種族が神聖視するだけの、ちょっと特別な巨木に過ぎなかったらしい。特級薬剤エリクサーの材料の1つ、というのが大きかったそうだ。


 ともあれ、ウガリティアでは、アルスだけでなく、大勢の農家がいた。林業も盛んで、森を管理し、間伐の名目で伐採もし、同時に植樹もしていた。

 そういう意味では、人間と植物は共生関係を築けていたんだ。


 でも、銀河樹の魔法文明は違った。

 あまりに膨大すぎるマナを利用し、強力な魔法をいくらでも創れた。

 食料、水、その他生活に必要なもの、全てを魔法で造れるほど。

 言ってしまえば、魔法的にMFMも実現し、航宙艦すら造り出せたんだ。

 そういう意味では、ウガリティアより恵まれた魔法環境にあった訳だけれど、それがむしろ仇となったんだね。


 何の疑問も抱かずに。自然の仕組みを一切知る事もなく。知ろうともせず。

 ただ望むだけのモノを得られた世界。ひたすら満たされるだけの世界。


 結果、銀河樹を接ぎ木して増やそうなんて、誰も考えなかったんだ。

 それが銀河樹の大誤算。まさかの過剰性能による危険性を含んだ危うい世界。

 欲しいものをいくらでも与えられた当時の動物種は、基本的に温厚だったらしいが、それでもイレギュラーは生まれるものだから。


 とある動物種は、とても強欲だった。そして何か知らないけれど、権力欲に取り憑かれたらしい。

 そして周囲を唆し、銀河樹の独占を目論んだ。

 周囲の星間魔法文明に戦争をふっかけ、戦火は急速に広がり、結果共倒れに終わる。


 似たような事は、時間をかけて繰り返され、幾つも文明が起こっては消えていった。


 それだけなら、まだ銀河樹自身は痛くても耐えられたが、遂には『敵のマナを生み出す元を破壊する魔法』なる、デタラメな魔法を造られ、行使されてしまう。

 とてもマヌケな事実だが、その魔法を開発した者は、自分も敵と同じマナの素、つまり銀河樹由来である事を知らなかったらしい。可能性すら認識せず、ただ敵が滅ぶ結果だけを望む、魔法文明の欠点から出た結果だ。


 結果、銀河樹は破壊され、宇宙に広がっていた欠片も悉く破壊された。


 僕が見た【映像の銀河史】の滅びの場面は、こうして実現した訳だ。

 けっしてアレは、銀河樹の復讐なんかじゃない。銀河樹はただの被害者でしかない。まぁ、加害者を生む原因でもあったけれど。


 学長が持っていた欠片は、その兵器発動の時、偶々HD空間にいた航宙艦が装備していたもので、破壊を免れていたから、その時は助かっただけの事。結局乗員の寿命が尽きたか何かして艦は失われ、宇宙を漂流する事になった訳だ。


『マナ濃度上昇中。マナ計測器に異常ありません』

『[ニューブリテン]構造強化、現在200%。更に上昇中』

『魔道具【質量調整装置】の発動確認。潮汐力の調整に入りました。星系内の各惑星に与える影響がより軽微になります』

『通常機器に影響はありません。各システム、オールグリーン』


 パーソナルモニターを通じ、各方面から報告が入ってくる。うん、計画通りだ。

 量子コンピューターで何度もシミュレーションをやったとはいえ、これで一安心だね。


 まったく、実験が失敗したら、下手したら宇大星系が滅ぶかもしれないというのに、むしろこの星系での実験を強いられるとは思わなかった。

 それも学長だけでなく、全教職員や今この星系に残っている全学生の総意として、だ。


 いくら入学式前で現役学生が少ない時期とはいえ、無謀すぎるでしょう。

 まぁ、避難を呼びかけ、実際少なくない学生がこの星系を離れてはいるけれどね。


 ちなみに、星系規模でヤバい実験をするのは、僕が初めてのケースではない。

 というか、実は珍しい事ですらないらしい。そのためのゲート緊急使用訓練だってしているという、嫌な用意周到さを宇大は発揮してくれた。


 教職員の避難率は、まさかの0%。おかげで避難したい学生は『いつもより』とてもスムーズに行動できたそうだ。ゲート前の渋滞がなかったからね。


 えっとね。色々講義とかはしたけれど、僕はまだ学生ですらないんだよ?

 何この信用度の高さは。


 それどころか、多くの教授連がこの[ニューブリテン]に更に乗り込んできて、様々な独自の機器を使い、今回の『世紀の大実験』の様子を観察している。まぁ、この科学文明にいきなり魔法なんて持ち込んだからね。注目したいというのは分かる。多分自分の専門分野に、どれだけ魔法が関わってくるのか、それを確かめたいのだろう。


 もちろん、王国や帝国の意向というのもあるに違いない。或いは第三勢力、その他の意向もあるだろう。当たり前だけれど、その中には敵対勢力すら紛れ込んでいるに決まっている。


 それでも、この実験はあくまでオープンにする必要があった。敵が銀河樹の存在を知り、奪うか破壊するかの行動に出る事も踏まえた上で、だ。

 敵が魔法を独自に持っている危険性がある以上、秘密にするデメリットより、味方の防衛力を高め、研究を進めるメリットを取った訳だね。


 え?敵が魔法を持っているかもしれないというのは、単なる杞憂で、むしろオープンにする事で藪蛇になるかもしれないって?

 それは僕らも考えたさ。

 でも、学長の存在が、それを否定した。

 学長は生まれ変わりなんかじゃなく、この世界に一部転移してきた、いわばウガリティア人(魔族だけれど)の分体だ。

 僕がアルスの生まれ変わりである事がはっきりした以上、学長の話も絵空事ではなくなった。

 つまり、何らかの形でウガリティアとこの世界を繋ぐ事は、魔法的には可能という事。

 個人としては、精々分体を派遣するに留まったようだけれど、これが集団だったら?


 それに異世界って、ウガリティアだけじゃないと思う。

 だとしたら、どこかの異世界から、膨大なマナを得る手段だってあるかもしれない。


 それに、この宇宙は広いんだ。


 銀河樹だって、これ一本とは限らない。敵に僕と同じような農家スキル持ちが生まれ、【種召喚】を使うかもしれないし。


 このように、敵が魔法を得られる手段なんて、いくらでも考えられるんだ。そしてウガリティアで使っていた以上、彼らが魔法を必死で得る流れになるのは、むしろ当然だろう。


 それに、ここは宇大だ。


 初のダイソン球殻式航宙艦というだけで、あれだけのヒトが[ニューブリテン]に集まったんだ。これだけ探究心の塊みたいな連中に、銀河樹だの魔法だのといった『美味しそうなネタ』、いつまでも隠し通せる訳がないでしょうが。そしてバレた後が面倒過ぎる。


「むしろそれが本音」

「うっ」


 さすがは先生。よく僕の事が分かっているじゃないか。

 まぁ、それはそれとして、だ。そろそろ宣言しよう。


「今回の実験の第一段階はこれで成功したと宣言します。ただし経過観察は継続。第二段階の発動は現状未定ですが、検討は行うものとします。実験に参加した皆様、お疲れ様。避難した人達への報告願います」

『『『サー!イエッ・サー』』』


 パーソナルモニターから盛大な返答があった。

 うん、取りあえずは、少しは休める、かな?


「ウィリアム様、おめでとうございます」

「ウィル、お疲れ」


 ティナ達も柔らかい笑みを浮かべている。


 その時。


「主上、下がって!」


 ドリアッドの警告に、僕は後ろに跳ぶ。と同時に上から落ちてくるモノを反射的に掴んだ。


「「「なっ」」」


 咄嗟の事に、ティナ達は動けなかった。いや、父様は携帯式小型ブラスターを構えているし、ローレンスは光線剣を抜いていた。実戦派の父様はともかく、ローレンスの反応速度が謎過ぎる。


「えっと。これはどういうつもり、なのかな?銀河樹サン?」


「攻撃、なのか?それとも」

「何とも判断に困りますな」


 いや父様達、今生まれたての『実験成果』にあからさまな敵意を浮かべながら言う台詞じゃないよね。


 第一、僕の貴族服には重力子によるシールドがあるからね。実験結果如何では必要だろうと、今は常時展開しているから、『ただ頭上から落ちてきた物体』なんて、まったく脅威にはならないよ。

 まぁ、魔法攻撃には対処できないから、絶対安全とは言えないけれど、銀河樹自身は魔法を使えない筈だし。

 そもそも脳もないから、意志もへったくれもない。


「でも、植物にも感情はありますわよね?」


 そう。ティナが言う通り、脳がないくせに、植物には感情がある事は、立証されている。それは母なる地球にあった植物での話だけど、ドリアッドによれば、植物共通のものとして考えて構わないらしい。

 つまり、綺麗だと言われて、喜ぶというアレだね。


 すると、今僕の手にある物体は……


 それは、一本の枝。ただし、正確にまっすぐな棒状で、どこから、どう見ても。

 僕は聖鍬のファイバー製の柄を取り外し、枝と取り替えてみる。


 うん。ぴったりハマる。まるであつらえたように。いや、実際にあつらえたのだろう。

 何しろ、刃を固定する留め具まで生えているのだから。材質は木。つまり銀河樹だ。


「これは、お礼、なのかな?」

「ウィルのお陰で56億7千万年ぶりに復活できたから、気持ちは分かる。でもお礼にしてはささやか過ぎる。これから存分にこき使ってやるからそのつもりでいるように」


 先生が物騒な事を言い出している。そのせいか、銀河樹がぶるっと震えたような気がした。


 ――聖鍬のレベルが上がりました


 おっと、【解析】さんからの久々のメッセージだ。


 [聖鍬レベル2]


 聖属性を与えられた鍬

 魔物や魔族に対して少々特効あり

 土を耕した時、魔力土に変換

 使用者に農家スキルがある場合、全ステータス+5

 使用者に農家スキルがある場合、全スキル経験値補正+20

 使用者に農家スキルがある場合、クリティカル補正+10%


 材質   鉄 鋼 銀河樹の枝


 おおっ、少し性能が上がっているよ。というか、初めて農機具としての特殊機能が付いた訳で。うん、その方が鍬として正しいと思う。魔力土というのが、どのようなものか、分かったような、分からないような、だけど。

 先生の土魔法のように、マナを豊富に含んだ土の事だろうか?


 ま、実際に農作業をやってみれば、すぐに分かるだろう。

 幸い[ニューブリテン]なら、畑にしても田んぼにしても、いくらでも土地はあるし。


 うん、何だか燃えてきたぁ!


「あの、ウィリアム様。その前にきちんと学生生活を送られてはいかがかと」


 おっと、ローレンスにツッコまれちゃったよ。何だか微妙に締まらないけれど、僕の本当の戦いはこれからだ!


一応これで第一部完となりますが、最後のウィル君の独白はただのギャグで、彼の冒険はまだまだ続きます、というか、この第一部自体がプロローグなんですよね。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] めっちゃ巻いてる&同時更新なので、とうとう来たか…と思いましたが ジャン○式第一部完!ではないようでよかったです
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ