鍬と魔法のスペースオペラ 第11章 その7
7・大地の勇者アルス
「俺はいったい誰なんだぁあああ!」
両手で頭を抱え叫ぶアルス。何だ何だ?
「えっと、アルス、ですよね?」
恐る恐る声をかけると、アルスはキッと僕を見た。
「アルス?それが俺の名前なのか?というより、君は俺を知っているのか?」
勇者が詰め寄ってくる。迫力が凄い。さすがは勇者だ。
「は、はい!知っています!えっとですね」
取りあえず【解析】さんの情報を読み上げる。
「名前はアルス。称号は『大地の勇者』。職業は兼業農家で、副業は国王」
「農家が本業で、副業が王様?普通逆じゃね?」
「普通はそうなんでしょうけど、何かこの方がしっくりきません?」
「そっか?……うん、そう言われてみりゃ、そうかもしれん」
アルスはふむふむと頷く。分かる。僕もさっき農業初体験したけれど、普通の貴族やっているよりしっくりくるもん。
「普通の貴族は巨大宇宙戦艦を開発したり、新型推進法の講義を大学でやったりしませんが。しかも10歳で」
ドリアッドが何か言っているけれど、スルー。
「正妻が4人……4人、だって?」
「そうなのかって、何だ?その顔」
「1人目はティナの前世。2人目は先生の前世。あと、デルネアとかいう魔族の女性が3人目だとして、4人目は誰なの?」
「知らん。まったく身に覚えがない!」
「ちっ、【解析】さんの情報にもないか……ドリアッド、どうなっているの?」
「ですから分かりませんって。とにかくこちら……アルス、さん?の魂の構成が変なんですよ!だからここまで再現するのが本当に大変で」
「具体的に」
「魂の核……コーザル層は異常ありません。ですが、転生記憶を司るアストラル層が不自然過ぎて、ほぼスキルのみで構成されておりました」
「……どういう事?」
ドリアッドの説明によると、人間の魂は、概ね3層に分けられるそうだ。
一番外側がエーテル層。主に魂の保護を目的とした、一種の膜のようなもの。
その内側にあるのがアストラル層。魂レベルにおける記憶が主に司られる。
そして最奥にあるのがコーザル層。魂の核であり、そのヒトそのものとも言える。
普通、転生するのはコーザル層のみであり、アストラル層とエーテル層は、死亡と共に分解されてしまう。
でも魂の構造とは、実際はそんなに単純じゃない。ゆで卵のようにきっちりと層が分けられている訳ではなく――ホンモノのゆで卵なんて見たことないけれど、ドリアッドの説明だとそうなる――コーザル層の一部が剥離してアストラル層の中に混じっていたりする。
その場合、転生した際、旧アストラル層の一部も巻き込んだ状態で魂を新構成させる。
これが、前世の記憶がある理屈になる。まぁ、その辺りは多分に僕の仮説がはいっていて、ドリアッドはそこまで深く考えた事もないらしい。前世記憶にしても、そういうものだ、程度の認識なのだ。これだから科学を知らないヤツは。
何か足りないと魔法で満たし、疑問を抱く事がない。
まぁ、ドリアッドへの不満はそれくらいにして、肝心なのはアルスの魂の状況だ。
僕の魂の問題でもある。何故なら今のアルスは僕の魂からできているから。
コーザル層には問題はない。ちょっと安心した。何故ならコーザル層は、僕の魂の核でもあるのだから。
問題はアストラル層。
前述した通り、普通付いてきたアストラル層の一部は、言わば偶然の産物であり、明確な前世記憶として思い出せる事は非常に希だ。
僕を含め、前世記憶なんてないのが当たり前であって、ティナ達が異常なのだ。
何しろ別にアストラル層は記憶を司る専門層な訳ではないからだ。実際記憶を司る部分はアストラル層のごく一部に過ぎない。
ティナみたいに、前世の記憶を丸ごと引き継いでいるのには、何か秘密がありそうだ。
そしてアルスの場合は、ティナより更に不自然だったりする。
何しろ名前を含め、生活面で大事な事は一切覚えていないくせに、農家スキルと勇者スキルだけはきっちりと引き継いでいる。
いや、考えてみればそれら引き継いだスキルだって不自然だ。
何しろ、他人の魔法をスキル化するくせに、前世で覚えていた筈のスキル魔法を一切覚えていないのだから。
農家魔法だって不自然といえば、不自然だったりする。
それはレベルの存在。
どうせ引き継いでいるなら、何故農家スキルレベル1スタートなのか。
第一、スキルの存在すら最近になって自覚した訳で、最初は特異体質だと思っていたくらいだ。お陰で余計な回り道をした気がする。
「そうですね。簡単な属性魔法すら覚えていないくせに、神の如き偉大なる農家スキルを使えるなんて、主上は凄すぎます」
ドリアッドは僕をディスるのか、崇めるのか、はっきりして欲しい。
まぁ、彼女が農家を崇拝したい気持ちは、何となく分かる。
銀河樹の魔力で出来ている彼女からすれば、植物を育て増やし、改良まですると同時に、刈り取りもする農家という存在は、神であり悪魔でもあるからね。
まぁ刈り取るのは誰でもできるから、彼女からすれば前者の方を注視しているのだろうけれど。
「でもアルス様の状態はともあれ、主上の懸念が晴れたのですから、実に僥倖と言える成果であり、魔法冥利に尽きるというものです」
おいおい。この異常事態も『ともあれ』で済ましてしまうのか。これだから魔法文明の住人は。
「これで私の存在意義は満たされました。もう心残りはありません。魔法アンデッドなんて洒落にもなりませんからね。アンデッド魔法はアリですが」
おいおい。ドリアッドがまた変な事を言い出したぞ。
ちなみにアンデッド魔法は、アンデッドを造る魔法で、あの微妙に懐かしい自称死霊魔法使いゲルボジーグの得意魔法とされている。実際はそんなの使ってなかったけれど。
魔法アンデッドというのは、ドリアッドのような魔法生命体がアンデッド化したもの、らしい。元々生命体じゃない魔法が生命体化し、それが今度はアンデッド化?意味が分からない。ともあれ、ドリアッドのような魔法生命体からすると、アンデッド化は屈辱らしい。
ついさっきまで自分が生命体である事すら自覚していなかったくせに。
ああ、逆か。生命体でないくせに、いきなりアンデッド化する事が屈辱だったのか。
それにしても、もうすぐ死ぬみたいな言い方だな。
「はい。その通りです。私はもうすぐ消滅します。理由は――まぁ、どうでもいいですか」
「いや、どうでも良くないから」
「主上にはお分かりでしょう?この宙域の銀河樹の魔力残滓はもうすぐ枯渇します。何しろただでさえ少ないのに、私が大規模魔法を強行しましたからね。いくら科学的思考に疎い私でも分かりますよ」
「魂魔法って、そんなに大規模なんだ」
「対象が1艦隊の全乗員ですからね。それなりに大規模になります。ああ、もうすぐ、私は消えます。いい魔法人生でした……ちらっ」
ドリアッドがわざとらしく目配せしてくる。というか、『ちらっ』とわざわざ口にしている。
「ああ、銀河樹の復活もままならず、一応眷属ポジの私の、いかに不甲斐ない事でしたが、銀河樹の魂に、良い報告ができそうです……ちらっ」
何か、微妙にイラッとする展開だな。ティナ達が銀河樹の抹殺に走っていた気持ちが分かってきた気がするよ。
「あー、状況は未だによく分からないんだが、要は俺は君でもある、という認識でいいか?」
すっかり蚊帳の外だったアルスがいきなり復活した。ああ、彼は僕自身でもある訳だから、もしかしたら外目から見た僕も、こう映るのかもしれないな。
「あ、はい」
「だったら助けよう。俺と君で、この魔法生命体とやらを」
「そりゃあ、助けられるのなら、助けたいですけれど」
経緯は微妙でも、ドリアッドにはとても世話になった。まぁ、そんなのなくても、助けられる命は助けたい。それが人間というものだ。
「君ならできる。いや、俺達、というべきかな?でも直接俺達に頼む事はできないらしい。この女の行動から、そう理解できる」
さすがは【超理解】の持ち主だ。僕と同じ結論を導いている。
多分、僕らでなんとかする事はできるのだろう。どんな魔法を使ってそう結論したのかは知らないけれど。
ドリアッド自身も、理由は教えてくれそうにない。だってそれは彼女にとって重要ではない、というか、理由なんて無関心だからね、魔法文明の住人は。
「……時間がなさそうだから、駆け引きなしで行こう。僕、ないしアルスとのタッグで何とかなるんだね?」
ドリアッドが殊勝な感じで頷く。無言だ。
「君の消滅の原因は、ずばりマナ不足。銀河樹が失われて久しい。マナの提供元がなければ、いつかはこうなる事は決まり切っていた」
ドリアッドが再び頷く。
「僕が君をスキル化できるとは思えない。というか、スキル化したところで、君のパーソナリティーまで移植できるかどうか、賭けにもならないと思う」
多分ドリアッドをスキル化したところで、ただの魔法情報集積スキルになるだけな気がする。
一度はその手も検討したのだろう、ドリアッドの表情が少し歪む。
「なぁウィリアム……ウィルでいっか?どうして急にこの女は黙ったんだ?」
お。アルスが疑問を口にしたぞ。魔法文明の住人のくせに、随分僕に思考法が近い――って、僕自身でもあったか。
それに……おっと【解析】さんに続いて、【超理解】発動。
なるほど、アルス自身は魔法適性がなく、魔法で何でも満たしてしまう、というある意味思考停止からは程遠い生活をしてきたから、と。
教育制度の遅れから、科学的思考までは行き着かなかったようだけれど、工夫と努力で何とかしてきた、と。
「口に出さない、いや、出せないのには理由があると思うよ」
「自分の生き死にが関わっているのに?ああ、むしろ生き死にが掛かっているからか」
「社交性はあるが、社会性には欠ける。だから社会道義的理由は排斥可能だね」
「ま、社会性といっても、この女の社会はとっくに崩壊しているし、そもそもその社会の住人ですらなかったからな」
スキルを活用しているせいか、アルスは自身の事すら思い出せないくせに、実に理解が早い。それどころか僕の思考法を真似てきた。
さすがは僕の前世。こうなると、僕がもう1人いるようなものだ。
実に頼りになる。
「社会道義的理由でなければ……宗教的道義?」
「魔法生物に宗教?……いや、ありえるか」
「崇拝対象は銀河樹、或いは」
「「農業!」」
思わずハモってしまった。
そりゃそうだろう。
植物から生まれた存在が、農家に願い事をするなんて、畏れ多いと感じても不思議じゃない。いや、むしろ自然だ。
まさにリアル『神に願いを』だ。神は願い事を叶えてくれるマシーンじゃないんだから、その願いはリアルであればあるほど不敬そのもの。
でもここまで分かると、ドリアッドの願いも見えてくる。
「うん。確かに僕らなら何とかできそうだ。というか、僕らにしかできない。僕はまだ農家スキルのレベルが足りないし」
「俺ならそのレベル差を補える。ただし、この魔法が維持されている間限定だけどな」
「頼りにしてるよ、先輩」
「おう、任せとけ後輩。こうなったら品評会レベルを目指すぞ」
「おおっ、伝説の品評会?」
「伝説も何も、ウィルの世界の歴史だろうが」
アルスが苦笑する。ま、その通りだけれどね。
品評会とは、まだ人類が母なる地球にへばりついていた時代にあった風習だ。
宇宙に農業が持ち出されなかったゆえ、とっくに失われた風習。すなわち伝説。
その肝は、ずばり農家の実力のアピール。つまりは腕試しだ。
伝承が限定的だから詳細は不明だけれど、あくまで生産した青果物の評価で決まり、農家の総合的な実力を試されるらしい。
金賞が一番凄いのか、農林水産省大臣賞が一番凄いのかはよく分からないけれど。
アルスがそれを知っているのは、僕の記憶を読んだのだろう。多分彼の【解析】さんと【超理解】を使って。
「じゃあ、早速始めるか。時間は確かになさそうだしな」
「りょーかい。では最初は例によって【解析】さんから」
「おう!」
偉大なる『大地の勇者』との初めての共同作業はこうして始まった。




