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鍬と魔法のスペースオペラ  作者: 岡本 章
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鍬と魔法のスペースオペラ 第11章 その5

   5・元星間レーサーの愉悦


 慣性誘導装置。

 サー式推進(正式名称はウィル式推進法)の肝だが、普通はショックアブソーバーとして使われているので、技術蓄積もその方向で進んできた。

 そのせいか、あまりに激しく、具体的には人間の反応速度を遙かに超えるスピードで操作し続けると、機体の機動に衝撃吸収機能が付いていけなくなってくる。

 どれくらいの速さかというと、0.02秒内で操作し続けると、そうなる。

 普通はそんな操作をすると反応すらしないが、ここはサーの魔改造機体。しっかり操作はできるし、機体もその通りに動きはする。

 だが、完全にGを殺す事ができない。まぁ、身体が潰れるような事態にならないだけ幾分マシだが。


 ともかくこの僅かなタイムラグのせいで、進行方向に向かって落ちるような錯覚を覚える。つまりGというより、引っ張られているわけだな。

 この『進行方向』というのがミソで、異様に細かく動いている現状では、搭乗員はあらゆる方向に激しく揺さぶられるような感覚に陥る。

 操縦している俺は問題ないが、同乗者にとってはたまらない筈だ。


 だから同乗者の1人が激しい乗り物酔いに陥っているのはむしろ当然だろう。

 もう1人がピンピンしているのがむしろ異常なのだ。


 その理由もまた明白。彼は【状態異常無効】を持っているから。

 そう、サーだ。複製だそうだが、サーはサーだ。


「懐かしいですねぇ。しかもいつもと違う仕様とはいえ、ジャベリンでこういう場所を飛んでみたかったんですよ」

「そういえば、アスタロットをスカウトしたのも星間レース中だったね。こんなダートコースじゃなかったけれど」


 俺の背後の中席にいるサーが楽しそうに答えてくれるのが、ヘルメットのバイザーに投影されたモニター越しに見える。

 更に後席でグロッキーな3人目は今はどうでもいい。というか、魔法伝授の基本は済んでいるのだから、素直にピットで待っていればよいものを。


 そう。

 今俺達がいるのは、アステロイドベルト宙域。この星系に惑星はなく、そのなり損ねが無数に漂っている状態。資源の宝庫ではあるが、現在はこの機体のテスト中のため作業関係者はお休みだ。もっともそれはそういう設定、というだけで現実ではない。

 今最後列席でぐったりしている情報魔法、ドリアッドの【夢で逢えたら】内での話だ。


 俺はそこで、ドリアッドなる自称情報魔法から魔法に関する情報を受け取った。

 もちろん受け取るだけで実際に魔法が使えるようになる訳ではないが、この【夢で逢えたら】内では話は別だ。いくらでも自由に再現できるから、当然のように俺でも魔法が使える訳だ。

 そして魔法の感覚を心身に叩き込み、現実世界に帰還後、学長が宇大で保管している『銀河樹の欠片』のマナで実行し、サーにスキル化してもらおうという作戦である。


 作戦名『スタディ・オブ・スカーレット』。


 無茶と無謀のうねりの中、たった一本の赤い糸をたぐり寄せる奇跡を求める作戦で、無数の幸運を必要としているが、生憎うちのサーはその手の冒険が大好きだし、俺達被害者はサーの無茶振りには慣れっこだから、今更泣き言はなしだ。


 ちなみに俺が今修行している魔法は大別して2種類。


 【思考加速】と【身体強化】。

 どちらも『とてもよくある魔法』で、基本セットで憶える類だそうだ。それも当然だろう。頭の回転が速くなっても、身体がついていけなければ意味がないからな。


 というわけで、会得したら早速こうして試しつつ、慣れていこうという段取りだ。


 もっとも紆余曲折はあった。なにしろドリアッドはサー拉致事件の実行犯。

 主犯は銀河樹そのものとはいえ、実行犯は実行犯だ。

 サーが倒れた……いや、正確には診断の後、疲れたから寝るって話だったか……の原因がサー自身にあったとはいえ、本来なら許されない話。

 こうしてサーを独占できる機会を設けてくれた事、サーの将来に役立つ魔法を直接会得させてくれる事の2点で実質チャラにしてやってはいるが、仲間の中にはそれでもコイツを許さないヤツも出るだろうな。


 俺だってサーのフォローがなければ、どう判断したかは分からないし。


「でも良かったよ。アスタロットの機嫌がなおってくれて」

「いえいえ。サーのスキルを増やすためなら、俺らがゴチャゴチャ言ってる場合じゃないですからね。それに学長の欠片の影響がどれくらいか知りませんが、実戦で魔法が使えたら相当有利ですし」


 人間の反応速度の限界を超える機動は、機体のコンピューターに任せれば可能だが、それだと無人機と変わらなくなる。

 そして無人機は、脆い。

 どういう訳か、どれだけ上等のAIだろうが、天才パイロットの操縦パターンを組み込もうが、本物の人間(ただし一定以上の経験を積んだ本職に限る)には敵わない。とにかくあっさり撃墜できる。


 これは戦艦などでも同様で、プーニィの話によると、無人艦はやはり弱いそうだ。

 もっとも、そういう事情でもなければ、どこの宇宙艦隊も無人になり、宇宙に出る人間は旅行客くらいなものになっているだろうよ。


 ともあれ俺は魔法さえ使えれば、無人機以上の機動性を誇る有人機のパイロットになれる訳だ。つまり控えめに言っても人類最強のパイロットという事だ。

 そうでなくても俺は、タルシュカット宇宙軍で5指に入る。単純に戦果だけならダントツのトップスコアだ。しかしそれはサーのおかげで戦艦を撃沈した事によるものだから、他のエース達は納得しないだろう。


 しかーし!

 こうして魔法をいち早く会得する事で、俺のエースの地位は揺るがぬものとなるだろう。

 つまりサーお抱えの座を、他のヤツに譲らなくて済むという事だ。


 うん。実にめでたい。


 それにしても、ドリアッドのお奨めを素直に聞いて良かったと、今ならつくづく思えるってものだ。【思考加速】と【身体強化】か。


 しかもその2つをマスターしたと彼女が判断したら、更に別の魔法も教えてくれるそうだ。現状でも人類最強なのに、更に強くなれるって事か?

 もしかしたら、非人類まで含めても最強になれる?つまり宇宙最強?


 そうなれば、いよいよサーは俺を手元に置き続けてくれるだろう。

 もはやプーニィなど、ライバル視する必要性すらなくなるってものだ。

 まぁ?親友でもあるからな。

 ヤツもそれなりにサーの役に立つ男ではあるし、いくらパイロットとして俺の方が遙かに優秀だろうと、気性として俺はでかい戦艦を操るなんて御免被りたいから、サーの艦の操縦はヤツに任せたままで良いのだ。


 それにしても、プーニィの奴、会議の時は随分荒れていたが、ヤツもドリアッドを許せたのかな?

 これで妙に意固地になり、結果魔法の会得を逃したとしたら、現実世界に戻ったとき、指を指して嗤ってやる。


 ――その時の俺は、まさか[レパルス]メインパイロットであるアレクサンドル・エドワード・プーニィ特務中尉を含めた[レパルス]のパイロット職全員が、俺と同じ魔法選択をし、似たような事を考えている事など、まるで想像もしていなかった――


「でも、魔法を覚えるのは良いけど、この『ジャベリンMS』を持って帰れないのがちょっと残念ですね」

「諸元を覚えていてくれたら、あっちで造るよ?」

「俺はメカニックじゃないんですよ?愛機のジャベリン2なら、基本整備くらいならこなせますが、コイツは荷が重すぎる」


 そうなのだ。

 今俺達が乗っている機体は、ベースこそ愛機のジャベリン2だが、魔法使用を前提にした特殊改造機で、MSとは『マギ・スペシャル』の略だ。

 そうでもなければ、俺のピーキーな操縦に機体が付いていけないからな。


「でも僕は満足していないよ。やはり改造機だと限界あるからね。魔法使用を前提とするなら、やはり専用機体を開発しないと」

「おっ、魔法専用機ですか。何だか燃える展開ですね」

「だよね。エンジンも一から開発したいし、小型機開発のノウハウはそれなりに積んできたつもりだから、少なくとも現行の小型艇相手のガチ戦闘はもちろん、星間レースでも圧勝できるような機体を造れると思う」

「そいつは楽しみだ」


 何だか懐かしいやり取りだな。

 やっぱり複製だろうとサーはサーということだ。

 そうだ。俺がまだ現役レーサーだった頃、サーはまさに俺達の度肝を抜く機体をひっさげて、俺達のレース場に殴り込みをかけてきた。

 そして『少なくとも今年度の星間レースでは圧勝できるよ』と嘯いて、その場で俺をその機体に放り込んだものだ。

 今の俺があるのは、その結果だ。


 ちなみに当時のサーの機体は、敢えてサー式推進を表に出していなかったせいか、その異様な高性能にも関わらず、ほぼ無名のまま表舞台から消えていった。

 機体名は『ジャスティス』。

 正義というより、公平という意味合いが強いと、その時サーは笑っていた。


 うん、レース馬鹿だった当時の俺でも、それがまったくの嘘ではないものの、本当の事全部ではないって、すぐに気付いたさ。


 当時のレース業界は、古株の大手造船メーカーが牛耳っており、彼らの地位を少しでも揺るがすような新型機が出場すると、次のレースではその機体が出られないよう、レギュレーション変更までやってのけるような状態だった。それでいて自社の機体はどう見ても違反もので、エンジンやアフターバーナーのサイズすら違う、もう隠す気ゼロの非道いヤツだった。


 だから公平性をサーが強調したのは分かるが、やはりサーが振るったのは正義の槍だったのだろう。


 俺達の『ジャスティス』は、その時のレギュレーションを完璧に守っていたにも関わらず、他の機体を周回遅れにしてしまった。


 恒星付近から第9番惑星の外周まで含めた、1つの太陽系まるまる使ったコースで、だぜ?当然大会新記録で優勝した。

 レース後、某メーカーが難癖をつけ、徹底的な機体調査が行われたものの、これまた当然ながら不正は一切見つからなかった。

 その様子があまりに見苦しかったせいで、そのメーカーはレース業界から撤退し……というか、今はもう、企業自体存続していなかったりする。


 え?何かやっただろうって?


 い、いやぁ、俺は当時は無関係だったが……噂によると、サーの親父さん達がぶち切れちまったらしく……うん、殲滅伯って事だな。


 ジャスティスは伝説として消えたが、まぁサー式推進法が注目されている今、すぐにでもレース用機体として各メーカーが試すだろう。何しろ航宙艇スポーツはまさに宇宙の実験室だからな。

 そして魔法が俺達の独占状態でいる限り、仮にタルシュカットがレース業界に殴り込みをかけたら、圧勝が約束されるわけだ。うん、あまりにズルすぎるから、そういう未来はけっして訪れないが。


「僕がオリジナルじゃなくてゴメンね?オリジナルだったら、この実験データを持ち帰る事ができたのだろうけれど」


 俺が黙っていたのをどう取ったのか、サーが謝ってきた!


「え?いやいや、そういう事じゃないんです、サー。

 ただ、今のサーの台詞から、ちと昔を思い出しまして。

 ……てか、わざと言ったんですよね?」


 後席のサーがちろっと舌を出した。


「いや、こんな操縦しながら雑談できるアスタロットだから、どれだけ意識が散漫になったら事故るかな?と思ってさ。なにしろこれは現実じゃないからね。どこまでも攻められるよ?

 ……まぁ、事故ったら死ぬほど痛いとは思うけれど」

「そ、そうですかね?」

「魔法をかけた当人すら……人間じゃないくせにこの通りだからねぇ」

「……」

「納得しました、サー」


 折角だからと自ら志願しておきながら、ドリアッドは完全に燃え尽きていた。


 ……追加の魔法伝授、大丈夫、だよな?


 一抹の不安を抱えながらも、俺は操縦を楽しんでいた。

 それはそうと、オリジナルのサーは、いったい誰をパートナーに選んだのだろう?


 普通に考えたら、あの2人のどちらかという事になるが、それが明らかになったら、艦隊は勿論、タルシュカット本領も荒れるかもしれないな。


 ――そう。サーと一緒にいたいのは、性別関わらず大勢いるだろうから、『サーに選ばれた者』の名誉たるや、凄まじいの一言に尽きるだろうから。

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