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鍬と魔法のスペースオペラ  作者: 岡本 章
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鍬と魔法のスペースオペラ 第11章 その3

   3・夢で逢えたら


『ロンドンに飽きた者は、人生に飽きた者だ』とは、確かサミュエル・ジョンソン博士の言葉だったか。

 確かに奇人変人の坩堝たるこの街に飽きる事など、そうそうなさそうではある。

 私は窓の近くに陣取り、通りを見下ろしている相棒をちらちら見ながらそう感じていた。


 まったく腹立たしい。

 彼の執務机の上には、私の努力の結晶である原稿が積まれているというのに、まったく読もうともせず、さっきから眼下の人々や馬車の列を熱心に観察しているのだ。

 私と契約している出版社では、多くの関係者が、その原稿が到着するのを、今か今かと待っているというのに、だ。


 その挙げ句に、だ。


「うん、やっぱり分からないや。ベル博士だっけ?人を観察していれば、その人の職業や人生そのものを言い当てる事だってできるって。

 そりゃあ職人が仕事中なら、格好で分かるさ。左官道具を持っていれば、それは左官屋だろうし、肉屋の革エプロンを身につけていれば、それはすなわち肉屋だ(外科医の事。外科医は内科医とは違い、医者というより職人扱いであった)。

 でもさ、こんな通りを歩く時は、誰だって身綺麗にするものだろう?

 ここはペルメル通り。ここを歩く人間は、ほぼ全員が帽子を買いに来ているに決まっている。サヴィルロゥを歩く人間がスーツを買うのと同じだ。

 女は兎も角、男はまったく区別がつかないよ。何しろほぼ全員がフロックコートにトップハット、ステッキといった出で立ちだ。

 紳士の格好をして、それらしい振る舞いをすれば、職人だって紳士になれるって寸法さ。

 そのためにファッションってものがあるのだからね」


 人を散々待たせておいて、この台詞。

 やれやれと呆れたいのはこっちだ。


 だからここは言い返す事にしよう。


「しかしベル博士が初診の患者のプロフィールを見抜いていたというのは事実だろう?

 だからベル博士が間違っているのではなく、単に君の観察眼が博士より劣っているというだけじゃないのか?」

「やれやれ、僕のボズウェルは辛辣だねぇ」


 彼はヘラヘラと笑う。


「ひとつ言えるのは、ベル博士の前に立った人間は博士の患者であり、皆と同じ格好をして帽子を買いに来た客ではなかったという事だね」

「……それが散々人を放置したまま、通りをひたすら観察して得た結論か」

「怒るなよ。その原稿なら入稿してもらっても構わないから」

「本当か!というか、読んでないだろうに」


 相棒は笑顔の質を変えた。


「『引きこもり男の冒険譚』だろう?まぁ、僕だったら『譚』は余計かと思うけれど。

 おまけに『引きこもってないだろう!』と読者のツッコミが今から予想されるだけに、なかなか傑作のニオイがするってものだ」


 それから彼は作品の内容をつぶさに語った。まぁ、この事件は彼が手がけたものだから、知っているのは当然とも言えるだろうが、私が加えた解釈や演出についてはとても辛辣に、皮肉をこめて評価してくれた。

 うん。どうやら本当に読んでくれたらしい……私が机に置いてから、指一本触れていないというのに、どうやって読んだのかは全くの謎だが。


「でも出版社に持っていくのは、もう少し待った方がいいよ」

「今言われた部分を書き直せという事かな?」


 今までそういう指示をされた事がなかっただけに、ちょっと意外に思った。

 何しろ一度作品化してしまえば、それはもう私の作品であり、その中で自分が死のうと結婚しようと、好きに書けというのが彼のスタンスだ。

 まぁ、出版社に持ち込む前に、一度見せろとは言われたし、作品の中とはいえ、私は彼を殺したり、結婚させるつもりはない。


 ――そもそも10歳の少年を、どうやれば結婚させられるというのだ――


 そんな事を思っていたら、違うと一蹴された。


「今からここに、別の事件の依頼人が来るからさ。ほら、今ハンサム(辻馬車)から降りてきた彼女だ。もしかしたら『引きこもり男』より面白い展開になるかもしれないぜ」

「ほう?面会の予約でもあったのかい?」

「いや?別に今日は予約は入っていないよ」

「ならばどうして依頼人だと分かる?階下の客かもしれないだろう」


 この事務所は、『ホットスパー帽子店』の二階にあるのだが、事務所への階段は内階段しかないため、依頼人は一度店内を通る必要がある。

 そのため、彼と帽子屋のどちらに用事があるのかは、とても分かりにくい。


「分かるさ。彼女は早朝の汽車に乗ってロンドンにやってきた。旅行用の外套姿だし、全体的に埃っぽい。オシャレ帽子を買いに来るだけなら、一度ホテルかどこかに寄って、それなりの格好に着替える筈さ」

「スケジュールが単に厳しくて、帽子を買うために着替える余裕がないだけかもしれないぞ?」


 ちょっと意地悪を言ってみるが、彼はコテンと首を傾げた。

 反則的に可愛い。


「淑女が帽子を買うのに、スケジュールに余裕を持たせないなんて、それこそあり得ない話だね。まぁ、地球上を探せば、一人か二人はいるかもしれないけれど、そうした希少種が『ホットスパー』を利用するとは思えない」


 少年がそこまで言ったとき、事務所の扉がノックされた。つまり私の負けだ。


「おはいり!」


 少年は本業、つまり探偵の顔になった。

 

   ◇◆◇   ◇◆◇   ◇◆◇


 依頼人は若い女性で、なかなかの美人ではある。もっとも心労のせいか、少々元気がない。まぁ、何の悩みもない人間が探偵事務所に訪れる事は、そうないだろうが。

 ジョージ王朝風の旅行用の外套に、10年程前に流行った麦わら帽子はややくたびれており、階下のターナー夫人が黙って通したなと……いや、彼女は少年探偵を深く尊敬しているから、相棒の邪魔をする事はあり得ないか。

 髪はブラウンで、目は翡翠色。肌は抜けるように白い。

 綺麗な英語は教養を感じさせ、彼女自身は決して貴族ではないが、貴族を相手にできる階級……恐らくは上流階級の子女を相手にした女家庭教師といったところか。

 これでも相棒にそれなりに鍛えられてきた目だ。これくらいは分かる。


 さて、我が相棒殿の素晴らしい推理がこれから聞けるぞ――と思ったら、来客用の椅子に納まった依頼人が、突然訳の分からない事を言い出した。


「初めまして偉大なる主上にお付きの方。わたしはドリアッド。古代マナルーカ魔法文明の発掘情報魔法で、専門は魔法収集と集積になります。

 ああ、『古代マナルーカ魔法王国』についてですが、当然ながら古代人本人達が『古代』なんて名乗っていた訳ではなく、遺跡発掘と分析を担ったガルティスタ星間帝国の中央魔法省次席のララクィア第一教授がそう名付けた事に由来します。

 笑える事に、『マナルーカ』とは、ずばり『魔法』という意味だという事が、名付けから20年後に判明したため、『古代魔法魔法王国』という、もはやネタ枠としか思えない国名になってしまいました。

 それでララクィア教授はかなり可哀想な事になってしまったのですが、更に50年後、実はマナルーカ人(笑)には国家という概念がなく、従って『王国』など建てる筈もなかった、という追い打ちの研究結果が発表になりましたが、まぁ、その時はララクィア教授は既に亡くなっておりましたから、その悲劇だか喜劇だかを知る事はなかったわけです。

 えーと、余計な話でしたか?でもこれって『私』を語る上で、欠かせない情報でして。

 というのも、魔法処理された大量の呪文、概要文、魔法陣を発掘したのが、他でもないララクィア教授のチームでして、その時発掘、解読されたのが、私ドリアッドな訳です」


 あまりにぶっ飛んだ自己紹介に、我が相棒は肩をすくめた。


「つまり、貴女はそも人間ですらないと?」

「はい。その通りです」


 流れるような返答に、少年探偵は両肩をすくめてみせる。

 

「それなら何故この事務所に?生憎僕は人間専門でして、推理が通用しない超自然現象は門外漢なのですが。王立科学アカデミーや、今世間を騒がせている魔術秘密結社――たしか、『黄金の夜明け』団とかいったかな?新聞に載る『秘密結社』なんて、笑えないジョークとしか思えないけれど――の方が、貴女に相応しい場所なのでは?」

「おいおいウィル。君は今の彼女の話を信用するのかい?」


 鉄格子付きの病院の方が相応しい気がする。

 もちろん、彼女が我々を揶揄っている可能性を除けば、だ。

 いずれにせよ、少年諮問探偵が扱うような事件じゃないだろう。


「話自体はそれなりに信用できると思う。その理由は彼女のドレスさ」

「ドレス?」


 見たところ、普通の外出着にしか見えない。相当流行遅れではあるが。


「おいおいしっかりしてくれよ。そもそも『縫い目のない』ドレスなんか、現在の大英帝国をもってしても前代未聞じゃないか。

 それこそ魔法で作った、とか言われても納得してしまいそうになるよ」


 来客は微笑んだ。

 

「ふふっ。その通りです。このドレスは魔法で創りました。というか、この事務所も、窓の外の景色も、貴方方の肉体も、全部魔法――正確には第三期ティレミー朝星間文明で開発された魂魔法【夢で逢えたら】にて創造されたものです」


「なんだって?」


 私は思わず自分の両手を見てしまう。これが魔法で作られた、偽りの肉体だって?


 私は狼狽えていたが、少年は冷静だった。


「繰り返しますが、オカルトは専門外です。貴女が魔法生物だと主張するのはご自由ですが、僕らまで巻き込むのは関心しません。ましてや今度は魂魔法、ですか。今流行の降霊術――幽体離脱――でも行うのですか?」


 19世紀も半ばを過ぎてから、一部の紳士淑女の間で、少人数の降霊術の会合が開かれるのが流行りつつあり、私も相棒もその風潮に眉をひそめていた。

 さすがにタイムズのような『お堅い』新聞では扱われる事はないが、大衆紙ではゴシップ記事の穴埋めに丁度良いのか、よく載せられている。

 だが自称霊媒師はおしなべて詐欺師であり、幽体離脱の証拠写真もシーツなどを利用したインチキに過ぎない。

 幽体離脱――エクトプラズム――の写真を叩いて相棒は激高したものだ。

 

「下らない!下らないトリックだ!こんなものも見抜けないのでは、もう文学的犯罪などは望むべくもないね!」

 

 まだまだ写真機も一般的ではないゆえに、写真とは現実をありのままに映すと多くの人々が考えており、詐欺行為はそうした心理を利用したもの……らしい。

 ……とまぁ、相棒の意見を常に受け売りする私ではあるのだが、出版社にコネがある私でも、その事実を公にするには少々勇気がいる。

 それだけ大衆は超自然現象を信じている――或いは全て承知で楽しんでいる。

 だから下手な反論は野暮でしかない可能性があり、こうした居間での会話なら兎も角、マスコミを使うのは下策だ。


 もっとも、ここでは杞憂ではあったらしい。


 ドリアッド女史はきょとんとした。


「幽体離脱、ですか。幽体、とは魂の事ですよね?

 普通、魂が肉体から離れたら、死にますよ?

 というか、魂が肉体から離れた状態を『死』というのですから。

 ――もっとも、死の概念は、文化や科学、魔法の発達具合によって、かなり違いはあるのですけれど、それでも魂が肉体から離れちゃったらアウトです。

 魔法でも蘇生魔法の類による治療が必要となりますね。いずれにせよ魂魔法は幽体離脱とはまったく異なります、というか、離脱されては困ります。

 えーっと、まずは魂そのものについてですが――」


 彼女はすっくと席から立つと、おもむろにイーゼルにかかった小さな黒板を使って、魂の構造についての講義を始めた。

 三層の円をまず描いて、


「――この中心部にあるのがコーザル体、その周囲にあるのがアストラル体、そして外周部にあるのがエーテル体になります。

 ――ああ、これはこの星における名称で、マナルーカとは関係ありませんからね?

 そして一般的に転生するのは核であるコーザル体のみであり、アストラル体とエーテル体は肉体の死亡と共に分解します。

 ですが希にアストラル体の一部もコーザル体にくっついて転生してしまう場合があり、これがいわゆる前世記憶、ないしはアストラル記憶と呼ばれるもので――」


   (中略)


「――とこのように、魂魔法【夢で逢えたら】は、魂を肉体から離脱させる事なく、安全に、魂レベルで逢いたいと思う相手と出会い、疑似的な体験共有を可能とすべく開発されたものです」


 うん。彼女にとっては丁寧な説明なのだろうが、さっぱり分からない。相棒の方をちらりと見たが、さすがの天才少年探偵も魂だの魔法だのは専門外なのだろう、軽く肩をすくめて苦笑していた。

 しかし女史の演説もとい説明は止まらない。止まってくれない。

 

「重要なポイントは3つ。

 1つめは、逢う相手、そしてシチュエーションはあくまで魂レベルで望む相手と場合であり、意識的に選べない事。

 2つめは、魂魔法の特徴なのですが、どれだけ体験しようと、リアルでは時間の経過はないという事」


 ここで彼女はまっすぐに私を見た。


「――お気に召しましたか?

 隠れミステリーファンの、エリザベート・L・ホープ中佐殿?」

「ぐっ」


 いきなり夢から覚めたような感覚。

 だが、周囲の風景は変わらず、かの愛すべきロンドンの下宿部屋兼探偵事務所のまま。

 でも、頭ははっきりしてきたぞ。


 ああ、そうだ。

 私はエリザベート・L・ホープ。

 誇り高きタルシュカット領軍中佐にして、航宙艦[レパルス]の正規艦長。

 現在は新設中のオゥンドール高家男爵家軍の幹部候補でもある。

 断じて少年探偵の相棒にして記録作家などではない。

 まぁ、少年探偵の格好をしたサーは可愛すぎて鼻血ものだが。


 ともあれ、ここは19世紀ロンドンなどではなく、魔法による疑似空間という事か。

 もっとも、この女の言う事が事実なら、だ。

 似たような事なら、現代の技術で充分可能なので、これが魔法だという根拠にはならない。だがつい先刻まで、私は自分が航宙艦艦長である事すらすっかり忘れ、サーの相棒をロールプレイングしていたのだから、暗示の類にかかっていた可能性は高いか。

 それが化学的、もしくは技術的なものによるのか、はたまた本当に魔法によるものなのかは現時点では不明……ではなく、現状、魔法と考えるしかない。


 というのも、我が艦隊付近に余所の航宙艦などいない。[レパルス]の索敵性能は一線級の偵察艦や一等旗艦級戦艦にも引けを取らないから断言できる。

 それに現在我が艦隊は、それこそ銀河樹捜索のために無数の探査機を展開中なのだ。


 その目を掻い潜る技術を持った異星人文明があるとしたら、もう色々諦めるしかないが、あまり現実的でないのも確かだし、状況が状況だけに、これは魔法だ、と考える方が自然なのだ。


 だがいずれにせよ、私(魂?)がこの女の手の内にある事だけは確かという事か。


「――私は、捕虜なのか?」

「これは攻撃魔法の類ではないので、捕虜という概念は馴染まないかと。

 今申し上げた通り、リアルでは時間経過はありませんし、魔法の解除はいつでも可能です。また魂魔法は幽体離脱とは違うので、魂に危険はありません」


 最後に付け加えたのは、先程の問答に対する皮肉か。

 ふむ。解除はいつでも可能、と。

 ならばすぐにでも、と言いたい所ではあるが、一方これはチャンスでもある。


 なにしろ、サー誘拐事件の最有力容疑者ともいうべき相手からの接触なのだから。

 まぁ、魔法を介しての事だそうだから、これは間接的接触であり、相手を拘束できないのは百も承知。

 だが、動機を含め、取り調べは可能だろう。


 ――いや、その前に確認しておかねばならない事がある。


「いくつか聞きたい事があるが、まずは確認したい。

 ……この『サー』は、ご本人の魂、そのものなのか?」


 女の視線が泳ぐ。ま、まさか……


「……はい。お察しの通りです。こちらの御方は、主上ご本人の魂そのものではなく、複製品になります。

 この艦における主上の人気は留まる事を知らず、実に9割近くの人員がお相手に主上を選ばれました。

 お相手を意識的に選ぶ事ができない中、これは数値としては尋常ではありませんが、同時に納得できる数字でもありますね」


 それはまったく同感だ。初めてこの容疑者と意見が合った気がする。

 うん、たしかにサーご自身に選ばれなかったという一点だけは少々残念ではあるが、このシチュエーションに限ってはむしろ僥倖といえる。


「……ふむ。となると、サーご自身が誰をお選びになったか、多少は気になる所ではあるが――それを踏まえて質問だ。

 この複製品とやらの記憶が、サーご本人に反映される事はあるのかな?」


 容疑者の視線は明後日の方向のまま。嫌な予感しかしない。


「……いいえ。複製品はあくまで複製品。能力や性格はご本人と同様ですが、記憶のリンクはありません。

 実のところ、現時点で千人を超える複製の疑似体験の記憶など、とてもご本人に転送できるものではありませんし、そもそも『夢で逢えたら』にそのような機能はありません。

 あくまで、ご本人の魂の経験しか記憶できませんから」


 さも残念そうに言うが、私は大きく息を吐いて安心した。


「――お気に召しませんでしたか?」

「いや、とんでもない!素晴らしい!安心したとも!うん、上等だ」

「はぁ」


 女は気の抜けた返事をしたが、私にとっては福音である。

 なにしろ泣く子も黙る超硬派の鬼艦長と知られた私が、よりにもよってサーをかのベイカー街の名探偵に見立て(しかもオリジナルの設定まで加味して、だ)、その相棒を嬉々として演じていたなんてサーに知られたりしたら――


 ――うん、死ぬしかないな。


 気を取り直して、取り調べといこうか。


「ならば次に確かめておきたい事があるが、答えてくれるか?」

「何なりと」


「先日の事だ。サーが突然拉致され、奇妙な体験をなされた後、ご帰還された。

 だがその間、サーご自身はこの艦から一歩も離れていないし、拉致された期間もこの艦ではノータイムであった。

 実にこのシチュエーションに似ているとは思わないかね?」


 駆け引きも何もない。ど直球で尋ねる。

 それが相手の不興を買おうが、知った事ではない。

 例えそれで死のうが構わない。

 魂の安全を保証されているとはいえ、それは言わば口だけの話だ。当然信用も保証もないが、そもそも軍事行動における保証なんて、期待する方がおかしいのだから。


 だが、私が理不尽にこの女に殺されたら、サーはきっとお怒りになる。

 いや、絶対お怒りになると確信できる。


 この女もサーを『主上』と呼ぶからには、サーを怒らせるのは下策と知っているだろう。

 ある意味、それだけが私の文字通りの命綱だ。


「――確かに状況が似ているといえば、似ていますね。

 ですが先日主上に示したのは、魂魔法ではなく、単なる情報魔法に過ぎません。

 まぁ、かくいう私も情報魔法には違いないのですが、私は特級魔法ですから、あのような上級魔法――正確には情報魔法【映像の銀河史】如きとはレベルが違います」


 偉そうに、かつあっさり自白しやがった!


「つまり、サーの拉致を認めるのだな?」

「拉致?何の事です?

 私はただ、『この宙域に来ても、銀河樹は本体どころか欠片すら入手する事は物理的に不可能』という事実をお伝えしただけですが。

 むしろ貴重な情報伝達者と称えても宜しいのですよ?情報魔法だけに」


 容疑者、いや自白したから犯人か――は、まったく悪びれる様子もない。

 

「それにより、サーの体調が崩れてもか?」

「魔法構造上、【映像の銀河史】を体験しても、体調を崩される訳がないのですが。それに主上には【状態異常無効】の農家スキルがおありだった筈。

 ゆえに体調を崩される事自体が奇妙すぎます」

「加害者がよく言う。サーは6時間も異常体験をなされ、挙げ句その時間がなかった事にされたのだぞ。症状は時差呆けに酷似。一回の睡眠にてご快癒された事だけは、不幸中の幸いであったが」

「はぁ、寝不足ですか。なるほど、主上は偉大な存在とはいえ、まだご年少にあらせられますからねぇ。『寝る子は育つ』とはまさに至言です」

「……古代にもあったのか、その言い回し」

 

「ありますとも。少なくとも15の文明に類似した格言がございます。それにしても、主上はやはり凄いですねぇ。【映像の銀河史】でバーチャル体験ですか。魔法学者に聞かせたら、『ありえない』と一蹴される事でも平気でやり通せるとは、さすがとしか言いようがありません」


「うん?ちょっと待て。その【映像の銀河史】とやらでは異常体験はしないものなのか?というか、サーの魂の複製までしておいて、今初めて知ったのか?」


 魔法をかけた当人が想定していない事態だとしたら、よほど危険ではないか。

 ちょっと殺意が湧いたかも。


「魂の複製に関し、私が手を加える部分は、精々シチュエーション設定程度で、記憶はノンタッチです。主上が農家スキルを持っている事は、以前情報収集した際判明した事で、【映像の銀河史】をお見せした理由でもあります。

 尚、同魔法による健康被害は、魔法構造上ありえません。なにしろ提供される情報量が多すぎるため、脳に負担をかけないよう『夢の中での映像提供』という形で、少しずつ閲覧する形式なのですから。

 そう。

 あくまで映像の閲覧であって、体験型ではないのです、はい」

「どういう事だ?」

「さぁ?このような事態は過去にありませんでした。開発も貴女方に近似した動物種であり、約4千年の利用実績のある魔法だったのですが――」


 本当に想定外だったらしく、困惑している。


「あの、ちょっといいかな?」


 少年探偵、もといサーの複製体である少年が人差し指を立てる。

 もちろん複製とはいえ、サーはサーだ。私達が愛し、仕える相手だ。


「イエッ・サー」


「一応確認なのだけれど、この僕は複製とはいえ、正確も能力も、一応オリジナルに近似している、と解釈して良いのだよね?」

「はい。主上の仰せの通りにございますとも」


 犯人が胸に手を当てて頭を下げる。

 こいつ、私が相手の時とまるで態度が違うぞ。

 まぁ、相手がサーならば当然だと納得するしかないか。


「それなら農家スキルの【品種改良】でその魔法を改良したか、【超理解】で脳内疑似体験化したか、その両方を併用してみせたか、のどれかだろうね。

 オリジナルは恐らく無意識でやったため、自覚がなかったのだろう。

 僕も当時の状況を思い出してみたけれど、2つとも実行していた。その情報魔法の性質からして時間経過はない。

 多分内容に整合性を持たせるため、水の成分を変えたり、肥料の最適化を図ったりしたように脳内変換したんじゃないかな?

 ほら、明晰夢の中で、ご都合主義の展開を自分で組み立てたりするでしょ?あんな感じで。

 ……となると、あの疑似体験の内容も改めて精査する必要があるかもしれないな。

 ドリアッドさんの示したかった内容と齟齬があるかもしれない」


 ああ、この方は確かにサーだ。

 私と犯人が悩む中、あっさりと解決策を教えてくださる。

 オリジナルのサーと同じ能力、同じ性格というのは本当のようだ。


「さすがですサー!」

「なに、基本的な事さホープ君」


 探偵ごっこの続きという訳か。


 サーはいたずらっぽく笑い、私は思わず赤面してしまった。


「まずは情報を整理しよう。

 ドリアッド女史の意図は、単なる事実の情報提供だった。

 それで違いないね?」

「はい。主上の仰せの通りにございます」


 再びドリアッドが胸に手を当てると、サーは軽く頷いた。


「銀河樹による復讐とのメッセージを受けたのだけれど」

「とんでもない」

「ふむ。一番問題になりそうなラストのメッセージは、あの劇的なラストから受けた印象を、自分で補強した結果か……かなり痛いな。

 あのメッセージがあるのとないのとじゃあ、相当見たヒトの印象が変わると思う」


 確かに。先日の会合でもラストのメッセージは出席者からかなり不評ではあった。

 もっとも復讐するのが悪いというより、サーの都合を無視して勝手に継承者に指名した事に激怒したのだが。

 何しろ復讐にせよ、そうでないにせよ、いずれにしても遙か大昔の事。

 今更騒ぎ立てる事じゃない。


「ほら、早速齟齬が見つかった。まったく、オリジナルが余計な事をしたせいで、重大な事実誤認が起きていたわけだ」

「い、いえ、サーは魔法の不意打ちを受けたのです。状況把握のため、無意識にスキルを発動させたのでしょう」

「そ、そうですとも。私の無作法が原因だったのです。いくら接触方法が限られているとしても、もっと配慮すべきでした。まさか時間停止中でもスキルを発動できると思わなかったので」

「いや。【品種改良】はともかく、【超理解】は常時発動だから。まぁ、時間停止状態でも作動するとは思わなかったけれど」


「……さすがは主上。魔法ならともかく、スキルで常時発動など、前代未聞です」

 

「いや?それが今回かえって害になったのだから、自慢にもならないよ。

 だいたい、たかが時差呆け程度で倒れるなんて、随分となまっているね。

 ていうか、衰えてる?宇宙舐めてる?」


「いやいや、サーに限ってそんな事は」

「主上はまだ年少者にあらせられます。6時間分の疑似体験で、脳がお疲れになられるのはむしろ自然の事かと」


 今までいがみ合っていた私達だが、どうやらサーを想う気持ちだけは、互いに嘘はないようだ。サーを批判するなんて、例えサーご自身としても認める訳には……


 だが、サーは己に厳しい御方でもある。


「苦しいフォローはいいよ。仮にもHD年齢で1年食い違う程のベテランが、今更時差呆けなんて如何にも鈍っている……いや、待てよ?」


 サーの表情が変わった。

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