鍬と魔法のスペースオペラ 第10章 その10
10・銀河樹
「【ライト改】」
大分暗くなってきたから、僕から30センチほど離れた位置に【ライト改】を灯す。
うーん、やはり木の根は僕を避けているのがよく分かる。
僕の現在の速度は……時速350km?
周囲が巨大すぎるせいで、どうやら速度を見誤っていたようだ。
思っていたより随分速い。
というか、息も普通にできるし、身体に強烈な風が当たるという事もない。
多分、僕の周囲を空気の層で囲い、守ってくれているのだろう。
やはり、僕を殺す意図はないようだ。
突然、脈絡なく、木の根のトンネルを抜け、広大な空間に出た。
うん。広大。
広大すぎる。
真っ暗な空間で、周囲に星の光。
つまり、宇宙空間……の映像だ。
だって周囲に空気を感じているし、気温だって変化がないから。
ま、それはそれとして。
正面には青い、というか緑の惑星。
衛星はなし。
向かって上の方に黄色い恒星。
僕はまっすぐそこに向かっている。
惑星に接近するうちに、惑星の周囲に人工物を多数発見。
大艦隊だ。千隻は超えていそうだ。
要塞らしきものも見える。
ただ、どこの星間国家のかは分からない。
王国や帝国のなら、何となく系統が分かるけれど、そのどれにも当てはまらないんだ。
基本形状は、パンケーキ。つまり中央が少し膨らんだ円盤型。ただしゴツゴツとした構造体に覆われて、滑らかさは皆無。色はライトグレーを基本として、赤や青の識別色らしき装飾がそこかしこに、といった感じ。
噴射口らしきものは見当たらない。それこそ、大気圏内用のスラスターすらないんだ。
どうやら僕の知らない推進方法を使っているらしい。
僕は大艦隊を無視する形で、そのまま大気圏に突入し、ゆっくりと降下していく。
巨大な森だ。そして微妙に見慣れている。
サクラモドキの街路樹に、微妙に離れた寄生樹の森。
さっきまでいた、あの星だ。
その星の中を突っ切ったら宇宙に出て、また同じ星に戻ってきたわけだ。
ただ、違いはある。
一目で分かる、超巨木。
巨大根街道は空からだと何本も見えるが、その超巨木に伸びているという事は、件の根っこはあの超巨木のなんだろうな。
さっきはあんなの見えなかったけれど。
高さ1万メートルはありそうな超巨大ランドマークだから、どこからでも見えそうなものだけれど。巨大根街道もある事だから、さっきいたのが惑星の裏側という事もないだろうに。
そして、さっきとの違いがもう1つ。
雲霞のような航宙船の大群が、超巨木に群がっている。
多くは中型艦。多分工作船。
何隻かの工作船を指揮していると思われる、全長数kmの工作母艦も多数いる。さしずめ工場艦といったところかな?
そして全長数十kmの超大型輸送艦も多数。
やっている事は、分かりやすく伐採作業。
レーザーか何かで巨木の枝を切り取り、トラクタービームか何かで母艦に運び入れている。
滞空している輸送艦は、おもむろに上昇していき、別の艦と交替しているようだから、恐らく工作母艦から物資を受け取っているのだろうけれど、あまりに多くの船が飛び交っているものだから、どう運んでいるのかは分からない。
と思っていたら、工作母艦が僕に近づいてきた。
いや、僕の方が近づいているんだ。
そして上部デッキに降り立ったと思ったら、そのまま外部装甲を突き抜けて内部に侵入してしまった。
装甲材を通過する時、スポンジ状の構造体が見て取れた。
うーん。凝った映像だよね。それにしても、金属にしか見えなかったけれど、不規則な空間、つまり「すが入っている」状態の装甲材なんて、考えた事もなかったな。
敢えて弱く作る意味なんて、あるのだろうか?資源の節約にはなるだろうけれど。
そんな事を考えているうちに、広い空間に出た。
ここが工作母艦の作業スペースらしい。大工場だ。
運び込まれた枝は、細かく裁断され、統一された規格に沿って加工されていく。
長辺約30センチ、短辺約10センチ、厚さ約3センチの長方形の木片。
細かい模様が描かれた焼き印を押されていく。
とても見慣れた木片だ。
そう。例の銀河樹の欠片。
学長が持っていた物は破損が激しかったが、こちらは新品。加工したてのできたてホヤホヤ。
という事は、普通に考えて、外の超巨木は銀河樹という事で良いのだろう。
銀河樹の木片は金属製の専用ホルダーに収められ、大型の容器に並べて収められ、出荷されていく。
完全に流れ作業。広い作業スペースにどれだけのラインがあるのか、見当もつかない。
そして多くの作業員が実に忙しそうに働いていた。
見た目はとても奇妙な連中だけれど。
身長は120センチから150センチといったところ。
寸胴の円柱型のボディーの底に、数十本の短い足が生え、ボディーの側面には12本の触腕が等間隔で生えている。頭部がどこにあるのかは分からない。
まるで母なる地球の海にいるという、イソギンチャクみたいな連中だ。
彼らは銀色の宇宙服に身を包み、作業をしている。
いや、宇宙服じゃなく、単なる作業着かもしれないけれど。
まぁ、1つだけ言えるとしたら、コイツらが略奪者だという事くらいだろう。
なにしろ惑星上に、コイツらの生活基盤らしき物が欠片も見当たらない。
そして銀河樹に対する敬意もまったく感じられない。
あれほどの巨木だ。この惑星の住人だったら、まず確実に信仰の対象くらいにはなっていると思う。
まぁ、まったく信仰心がない文化もあるから、一概には言えないかもだけれど、それにしたって、あれほど一強の存在を迂闊に傷つけたら、生態系にどれだけの影響を与えるか想像つかないものだろうに。
そういった事への配慮がまったくないのだから、略奪者とみなされても文句はいえまい。
もっとも、僕にそう思われようが、コイツらには知った事じゃないのだろうけれどね。
どうせこれは、過去の映像だ。
しかも56億7千万年も前の。
でも、なんだろう。
胸の辺りが、とてもモヤモヤする。
そのまま床を突き抜けて、再び艦の外へ。
というより、工作艦が上昇していく。
他の艦達も同様に。
どうやら、この星での作業が終わったようだ。
なにしろ――
……
…………
………………銀河樹が、なくなっていたから。
略奪者の作業ペースから考えて、どうやら映像を編集して、時間短縮したらしい。
実際の伐採、加工にどれくらい時間をかけたものやら。
それにしても……
「なんなんだよ……」
胸のモヤモヤが気になって仕方が無い。
眼下には、超巨大クレーター。
可能な限り掘ったのだろう。すり鉢状になっていて、あの巨大な根が露出していた。
根からはマナが採れなかったのだろうか。
それとも、単に規格が合わなかったからなのか。
作業効率的に、割が合わないと判断されたのか。
いずれにしろ……
「ふざけんなよ……」
高さ1万メートルを超えていた超巨木。
銀河樹の名にふさわしいと、僕も思った。
普通に考えて、一本の木がそこまで育つのに、どれだけ時間がかかったのか、まるで見当もつかない。
マナが採れるから
恐らく、それだけが目的で、ヤツらは銀河樹を伐採したんだ。
木片の焼き印は、産地証明。品質保証の意味もあったのかもしれない。
そこから考えて、この時代には、銀河樹が生えている星は複数あったに違いない。
だからこの悪行も、あのイソギンチャク野郎共にとっては、日常の一コマに過ぎないのだろう。他にもあるから気にしない、と。
「でも、許せない……」
そうだ。許せない。
伐採するなら伐採するで、どうして植林して次に活かさない?
銀河樹は、根さえ残っていれば、再生するとでも思っているのだろうか?
でも僕は見たんだ。
サクラモドキの街道を。
あの時代、表向きの強者はサクラモドキだった。
土地は枯れ果て、サクラモドキは銀河樹の主根から養分を搾取していた。
他の寄生樹は、銀河樹の枝根に頼らざるを得ないくらい。
つまり最初に僕が案内された惑星表面は、この伐採から時間がそれなりに経った後なのだろうね。ただの映像にしてはリアルすぎたけれど。
多分、この星は銀河樹に頼った形で、生態系のバランスが取れていたのだと思う。
それが急に失われ、壊れた。
自然の力で対応できないほど。
つまり、もはや人の手で何とかしないと、この星は駄目になってしまう。
農業、林業の介入が絶対必要な状態だ。それも緊急に。
でも、加害者はさっさと星を見捨てて、去ってしまった。
さっきの惑星表面の状態が長く続くとは思えない。やがて根は枯れ、全ての植物は滅びるだろう。
滅びた植物が肥料になり、生態系が再生する可能性は低い、というか、間に合わない。それくらい土地の痩せ方は尋常じゃなかった。
まぁ、銀河樹一本に頼り切った生態系も歪といえば歪だけど、それがこの星の自然の状態なら他人がどうこう言うべきじゃないし、もし銀河樹が自然に枯れたら、それこそ巨大な肥料として土地を再生させていたのだろう。
数百万年、数千万年サイクルの再生。
星に動物はいなかった。
植物しかいない星では、自然のサイクルはそんなペースなのかもしれないな。
でも、全ての根幹が失われた。
どうしてこうなった。
マナが、採れたから
「それは分かってるって」
愚か者共には分からなかった
それがどういう意味をもつのか
「え?」
恵みをもたらす者よ
時を越え
宙を越え
託そう
大いなるチカラの源を
ただ
今は復讐あるのみ
「え?ちょっと、今の声、【解析】さんじゃなかったの?」
視界が、弾けた。
星が砕け、エネルギーなのか物質なのか、よく分からないが、大いなる奔流となって周辺宙域のあらゆる物を砕いていく。
黄色い恒星も一瞬で砕かれた。恒星って砕けるんだ。固体じゃないのに、凄いな。
あ。略奪者の艦隊発見。と同時に消滅。
おいおい。復讐ってこの事?
僕の視界が切り替わると、他の星の銀河樹達も同様に弾けるのが見えた。
銀河樹って、リンクしてたわけ?
そしてそこでも略奪者の艦隊が巻き込まれた。
まさに作業中だっただけに、より悲惨だ。
シールドを張った艦もあったが、無意味だった。
破壊の波動はどんどんエスカレートしていく。
有人の星系も、無人の星系も関係なく、容赦なく滅ぼしていく。
当然、例のイソギンチャク野郎共の母星を含む星系も、実にあっさりと消滅した。
それにしても……とばっちり、酷くね?
銀河樹、無関係の星間国家も容赦なく滅ぼしてただろ。
無関係ではない
同罪の者共のみを選んでいる
大いなるチカラを使う器量も知恵も資格もないまま暴走していた
放っておいてもいずれ滅んだ存在
今介錯してやるのがせめてもの慈悲
ふーん。まぁ、復讐って言ってたしな。
今まで散々銀河樹を切り倒し、滅ぼしてきたんだ。
逆に滅ぼされる側にまわったところで、恨み言をいうのは筋違いか。
ていうか、僕は傍観者に過ぎないしね。
大昔、56億7千万年も昔の事。
母なる地球がまだできる前の事。
スーパー他人事。
まぁ、イソギンチャク野郎共も、林業、せめて農業を知っていれば、別の未来もあったかもしれないな。他の星間国家もさ。
或いは、知っていたけれど、捨てたか。
そう考えた時、ちょっとゾッとした。
だって、今の僕らだって、農業を捨てたのは同じだから。
そんな状態で、もし今、銀河樹があったら?
マナを手っ取り早く手に入れるために、イソギンチャク野郎と同じ轍を踏むかもしれない。
そして、いつかぶち切れた銀河樹に滅ぼされる、と。
そうなると、マナが薄くて、魔法が使えない現状は、むしろ喜ばしいものなのか?
世間の大半の人々は、魔法を知らない。
宇大で少々使われているけれど、宇大の人々だって、使われている事すら気付いていない。
だったら、このまま人知れず、魔法を封印してしまう、というのは手じゃないかな?
いや、そうはならない
大いなるチカラは再び目覚めた
他ならぬ
恵みをもたらす者
選びし者
託されし者によって
……つまり、僕って事?
って銀河樹さん、僕はまだ何もしていないのだけれど?
……
…………
………………今度は無視かよ。
映像の方は、どうやら復讐は終わったらしい。
僕はなにもない宇宙空間にいる。
星はない。星系もない。
少なくとも、近くには。
銀河樹の根も見当たらない。
つまり、ワームホールを抜けた後のオープンスペース、そのままだ。
なるほど、これが『超新星爆発に似た現象』の実態か。
そりゃ、マナの素が全部自爆したんじゃ、マナが薄いのも当然か。
あの様子じゃ、全宇宙規模で似たような事が起きたんだろうな。
魔法を中心に栄えていた文明圏は完全に滅んだと考えて良いだろう。
銀河樹の奴、僕に何かを託すとか言っていたけれど、こんな状態で、何を託そうというのだろうか。
過去の事実?教訓?
いや、それだと奴の言っていた事と矛盾する。
奴は、魔法が復活するような事を言っていた。
大いなるチカラとは、ずばり魔法の事だろうから。
って事は、僕に魔法のチカラを授けるってか?
魔法系スキルがない僕に?
授ける相手、間違えてない?
どうせなら、先生とか、ティナとか。
学長でもいいや。ちょっと、いや、大いに胡散臭いけれど。
「我が師よ。その評価は少し傷つきますよ」
「え?」
僕は、[レパルス]のブリッジに立っていた。
 




