鍬と魔法のスペースオペラ 閑話その1
閑話・惑星タルシュカット3・アルカイン軍港・屋上テラスにて
巨大な巡航艦の姿が見えなくなっても、オゥンドール一家は暫く空を見上げていた。
「……行ってしまった、な」
「……はい。行ってしまいました」
当主であるヘンリー卿が感慨深げに呟くと、長男ホレイショが応えた。
「案外、数ヶ月で卒業しちまうかもな、アイツの事だから」
次男ジョージが両手を頭の後ろに組んで、軽口を装ったが、それを冗談だと受け止めた人間は、この場にはいない。
「「「「「ありえる」」」」」
家族ばかりか、執事やメイド達まで深く頷く。
「そうなると、予定を更に早める必要がある。ホレイショ、本当に良いんだな」
ヘンリー卿の念押しに、長男はさも当然とばかりに首肯する。
「次期当主はウィルこそ相応しいと最初に言い出したのは、この私ですよ?私は可愛い弟の補佐ができれば、それで充分です。それに……」
「それに?」
「ウィルはすぐに何かしでかしますからね。少なくとも退屈しません」
色々と末弟がしでかした事件を思い出したのだろう、何ともいえない空気が流れた。
「おうよ。ホレイショ兄が政治、俺が軍事を補佐する。アイツが宇大を卒業したら、同時に俺も王国軍を退役して、領軍に世話になるわ」
ジョージは晴れやかな表情だ。
「元々俺が王国軍に行ったのだって、将来ウィルの力になるためだからな。アイツが帰ってきたら俺達は貴族位を返上し、新当主様にお仕えするさ」
一人、ウィリアムの生みの母であるエリーがふと浮かない表情になる。
「……本当に、帰ってくるのかしら。大学があの子を引き留めて、研究者に仕立て上げたりしないでしょうね。やっぱりあの子に、伯爵家次期当主はあなたよ、と教えておいた方が良かったんじゃない?」
「そうなったらそうなったで、それはウィル自身の選択だ。
将来、何を目指そうと、私は一切束縛する気はないし、止めて止まるタマでもないだろう、アイツは。
私の後を継いでくれれば良し。その道を選ばずとも、我々は全力でサポートするまでだ」
ヘンリー卿は再び天を仰ぐ。そこに息子の軌跡を探すように。
「まったく、優秀すぎる息子を持つと、抱える悩みも贅沢になるものだな」
「『異常なまでに優秀すぎる』の間違いですよ父上」
「違いない」
一同は笑った。まぁ、よくある親馬鹿、兄馬鹿の風景ではあったが、彼らは世の中にはフラグというモノがある事を知らなかった――