鍬と魔法のスペースオペラ 第10章 その9
9・五風十雨
どうしよう、どうしようとただ狼狽えるのは王国貴族としては失格だ。やはりやせ我慢して、さも平然と振る舞うものだろう。
うん、本当に余裕あるな。
というのも、サバイバル必須アイテムのほぼ筆頭たる水の確保ができているからだ。
「勇者スキル【ウォーターボール】」
僕の詠唱に応じて、僕の目の前に直径10センチほどの水球が現れ、空中にぷかぷか浮かんだ。
水属性と風属性をミックスした魔法を勇者スキルでコピーしたものだ。
単に水を出すだけなら、水単体属性【ウォーター】で充分なのだけれど、ここには容器がないから、風属性を加えた複合攻撃魔法【ウォーターボール】が必要になる。
そう、攻撃魔法だ。ただし目標が未設定なので、空中で待機状態になる。
そこを飲むわけだね。
さすがは先生。冒険前の実験が役に立ったよ。
まさか、こんな形で助かるとは思わなかったけれどね。
おかげで喉の渇きとは無縁でいられる。
でも、問題はある。
「……やっぱり、あんま美味しくない……」
なにしろこの水。魔力を変換して作っただけに、純粋に純水(誰うま)。H2O。ミネラル分まったく無し。こういうのが好きな人もいるかもだけれど、僕としてはいただけない。
所詮ウガリティアの魔法は軍用なので、味は2の次、3の次なんだろうね。
元々火属性に対抗して、消火用に開発されたそうだし。
でも、ウガリティアの事情、というか設定なんか、僕の知った事じゃありませーん。
「という訳で、農家スキル【品種改良】!改良対象は勇者スキル【ウォーターボール】!パラメーターオープン!」
そう。【ライト】の時は、【解析】さんのガイドで、Y/Nだけだったけれど、その後【品種改良】スキルを【品種改良】しました。てへっ。
どうせなら、より精密に、こだわりを持って改良したいからね。
僕の目の前に、今度は仮想キーボードとモニター画面が現れた。
モニター風にしたのは、その方がカスタム内容を把握し易いし、キー操作感覚で弄れるのが楽しいから。
先生やティナに見せたら、
「「スキルが現代風に進化した(しましたわ)」」
と大騒ぎになったっけ。
折角改良できるなら、より使い勝手が良いようにするのは、当たり前だよね。
その時も調子こいて、色々弄ったなぁ。
それはそれとして、さぁ、始めよう。
まず、簡易改良かカスタムか選ぶ項目が現れるので、カスタムを選択。
次に添加する素材を設定。
極微量のナトリウム、カルシウム、マグネシウム、カリウム。
超極微量のバナジウムは隠し味。
もちろん、実際は配合比も精密に設定しているよ。
でも長くなるから、ここは秘密という事で。
添加物は水1000mlに対し、僅か24mg。
いわゆる軟水の中でも、かなり低い硬度。硬度が高すぎると吸収しづらいからね。
水温は、そうだな。今は14度に設定。水分補給にはこんなものでしょ。
本当なら、これら添加物を魔法で作るには、土属性魔法、それも割と高度な魔法である【ストーンクリエイト】が必要らしい。
まったく、マナをエネルギーやら物質やらに変換するというのだから、魔法ってのは本当にとんでもないな。
そして、ある意味魔法以上にとんでもなのが農家スキル。
魔法をコピーするだけの勇者スキルとは違い、別に土魔法を必要としない。
ひょっとしたら、添加物の化学式を僕が知っているから、というのもあるかもしれないが、相変わらず農家スキルは使い勝手が良すぎる。
ちなみに何をどれくらい入れると美味しくなるかを知っていたのは、散々MFMで試したから。
まさに経験はチカラなり、こだわりは命を救う(大袈裟)。
最後にカスタムした内容をセーブして、反映させる。
名前は安直に【ウォーターボール改】にした。
では早速。
「【ウォーターボール改】!」
再び水球が空中に出現。見た目はさっきと全く変わらないよ。
ま、当然だけど。
だがしかーし!
一口飲んでみれば、違いが分かる。
「うんまぁぁああいっ」
5時間歩き通しだったせいか、思った以上に美味しいぞ。
「ふぃい、五臓六腑にしみわたるぜぇ……って酒じゃないんだから……って、僕は未成年だっつーの」
つい嬉しくなって、【ウォーターボール改】を20個も作ってしまった。僕の周囲に浮かんだその様は、まるで超小型浮遊砲台だ。
って生命線を玩具にするのは良くないか。
でも、一度作ってしまった水球は、再び魔力やマナに戻す事はできないし……
折角だから魔法もといスキルの練習という事で、足を止めて周囲を見渡す。
聖鍬を両手で下段に構え、詠唱を始める。
「【ウォーターボール改】同時発射用意!目標!周囲の街路樹20本!
二番照準修正上下角プラス2度!四番右舷3度修正!
各砲照準ロック終了、自動追尾装置セットオン!
各砲発射準備よろし!
発射カウント初め。
5・4・3・2・1・今!」
20個の水球は勢いよく飛んでいき、それぞれ別の街路樹の根元に命中した。まぁ、街路樹とはいえそれぞれ巨木だ。マトモに飛びさえすれば、命中させるのは難しくない。
「全弾命中!」
再び右手で聖鍬を肩に担ぎ、左手で小さくガッツポーズを取る。
本来、スキルに詠唱は必要としていないし、戦闘中にのんびり詠唱なんてする暇は基本的にないだろう。
でもスキルの練習には丁度良いし、ティナや先生からも、戦闘時以外に詠唱をしておくとイメージし易くなり、無詠唱時の魔力消費効率が良くなると言われている。
何よりコイツは上がるよ!
まぁ、ただ水の塊を木の根元にぶち当てたってだけだから、街路樹の正体が、実は水が弱点の異星人とかでもない限り、別にどうって事は……
グラッ
……え?
今、ちょっと揺れた……?
水をぶっかけた手近な一本に近づいて観察する。
うーん、ただ根元が濡れているってだけだな。
……
…………
………………ふむ。
この星に来て、初めて起きた変化だ。
もし僕の考えが当たっているとすれば、これは唯一の突破口になるかも。
ここは1つ、やってみるか。
仁王立ちになり、背筋を伸ばす。
聖鍬を一回転させ、刃床部を地に付け、垂直に立った柄の先端に両手を乗せる。
名付けて『偉そうな騎士様の構え』!得物は鍬だけどさっ!
「農家スキル【雨乞いの奇跡】!」
掛け声と共に、僕の頭上に次々と水球が現れては落ちる。
ある水球は街路樹に。
またある水球は道路に。
道路の外の荒れ地に。
荒れ地の外に広がる森に。
水球の数はどんどん増え、落ちても落ちても出現する。
それはさながら雨のように。
雨は僕の周辺のあらゆるものを濡らしていく。
これは先日の魔法スキル化実験の時に演習場で試しに作ったスキルだ。
勇者スキル【ウォーター】を大量広範囲、かつ連続して発動するようにしたもので、局地的だけれど、擬似的に雨を降らせる事ができるというもの。
使用MPは40MP/秒。
マナ回復量は125MP/秒だから、余裕で回復量の方が多い。
それだけなら、別に農家スキルである必要はないのだけれど、今回はただの【ウォーター】ではなく、【品種改良】を使って弱アルカリ性の肥料に少量の窒素を混入している。
というのも、【解析】さんがここの土地が異様に痩せている事を指摘したからだ。
とてもじゃないが、植物が育つ環境じゃないらしい。
でも、見ての通り、森もあれば街路樹もある。
もちろん、木の生命力が想定以上にあり、痩せた土地に強いだけ、という可能性はある。というか、最初はそう判断していた。
なにしろ知らない種類の木だったからね。
木によっては、下手に栄養を与えすぎるとかえって良くないのも普通にあるようだし。
でも、どうやら違ったようだ。
スキルで作った軟水のミネラルウォーターをちょっと与えただけで、根が反応した。
それこそ地面を揺らすほど。一瞬だったけど!
だったらいっその事、栄養満点の雨を降らせたらどうなるんだろう?
反応は……きた、来た、きったぁあああ!
ズズズズズズズゴゴゴゴゴゴゴッ
地面が揺れだした。地中の根が躍動しているのが、足の裏から感じ取れる。
それに街路樹(サクラモドキと命名)の枝も僅かながらに動いて、葉でより雨を受け止めようとしているようだ。
木々が喜んでいる。
ならばもっと調子こいてやろう。
スキル化した風魔法で、雨を舞わせる。
「大いなる雨よ!恵みの雨よ!更に大地を満たし、大いなる豊穣の糧となれ!」
地揺れが、いや、もはや震度3クラスの極地地震だ。
滋養の雨は風で舞い、散ってゆく。
当然地震の範囲も広がっていく。
どうだ誘拐犯!面白いものをみせてやったのだから、さっさと僕を解放しろ!
僕は聖鍬を振り上げ、天にかざしながら、【品種改良】のパラメーターを呼び出し、すばやく操作する。
「どうした大地よ!まだ足りないか!もっと欲しいか!
宜しい、ならばくれてやるっ!
天地宇宙の生きている力よ!雨風となりてこの地に舞い降りよ!
農家スキル!【五風十雨】!」
たった今作ったスキルだ。
風雨の勢いは激しさを増したが、それだけじゃない。
10秒おきに、栄養たっぷりの雨と、ただの水の雨が切り替わる。木の根は栄養価の高い水より、混ざり気のないただの水の方が吸収し易いと聞いた事がある。
まぁ、それはあくまで母なる地球での一般論であり、この星の植物にも適用されるかどうかは分からない。
むしろ、どんな成分で、どんな濃度の液体肥料がより吸収されるかを検証する意味の方が理由として大きいかな。
これこそ【解析】さんの真骨頂といえよう。
対象の植物への最適解を見つけ出し、必ず豊作に導くスキル。
それが【五風十雨】だ……という設定にしてある。
まぁ、上手くいったら御喝采、といったところだね。
実のところ、ここの木々の飢えは半端ないようで、どんな栄養素も喜んで吸収している。おかげで大地の揺れは激しくなる一方で、パワーアシストと体幹機能を補助するジャイロがなかったら、到底立っている事はできないだろう。
だが、それで終わりじゃなかった。
『緊急事態発生。強制回避ムーブ始動』
靴が自分の判断で重力子を放出し、僕の身体は空中に投げ出された。
次の瞬間、それまで立っていた道が砕けて、下から巨大な根っこが持ち上がる。
サクラモドキ達が容赦なくなぎ倒されたり、吹き飛ばされたりと、なかなか悲惨な絵面となっているが……サクラモドキの根はあの巨大な根と繋がっているのか……いや、地下茎とかそういうのじゃなく、あのサクラモドキ、実は巨大な根に寄生していたようだ。
そしてあの巨大な根こそ、この地震の原因だ。
とにかく太い。恐らく15メートルはあるだろう。
そしてかつてはまっすぐ地面に埋まっていたのだろうが、今は踊るようにうねっている。
サクラモドキで無事なものは見える範囲には最早いない。
だんだん分かってきた。
僕がついさっきまで広い道だと思っていたのは間違いで、はじめに巨大な根があり、サクラモドキはその根に寄生した。
そして効率よく養分を吸い上げるために、他の植物は何らかの方法で排除したのだろう。
等間隔に植えられているように感じたのは、それがサクラモドキが敵を排除できる限界距離だったってだけ。それより密集すると、サクラモドキは同族でも容赦なく枯らすのだろうね。
そうやって、よく整備された道風の何かができあがるわけで、つまり人の手などまったくかかっていない、街道でも軍用道でもない、ただの自然の営みの結果だった。
巨大な根がどこまで続いているのかは分からない。ここまで強烈な反応しているという事は、枯れてはいないと思うが、幹らしきものはここからは見えない。
靴の重力子では、長くは飛べない。というか、飛ぶようにはできていない。
当然落ちるけれど、落下速度の調整くらいはできる。
問題は、どこに落ちるか、だ。
どうにも、地上には安全な所はなさそうだ。
巨大な根が暴れ回っているからね。
吹き飛ばされているサクラモドキも充分脅威だ。別に僕を狙っているわけじゃないのだろうけれど、元々巨木だし、折れた枝とかが大量に飛んでくるんだ。
僕は聖鍬を振って枝を払ったり、幹の上を走ったりして回避。
まったく、資源衛星坑夫じゃないんだぞ僕は。
……まぁ、空間機動訓練やっててよかったけれど。
と、そんなこんなでやっと着地!と思ったら、地面が消えた!
どうやら地表の土の部分は極薄で、地中は例の巨大な根がぎっしり詰まっていたみたい。
遠くの森の木々も全部吹き飛ばされちゃったらしい。あっちはあっちでやはり寄生樹の一種だったようだ。
そしてうねりまくっている巨大な根は、何故か僕を避けていく。
となると、僕は当然ただ落ちるに任せる事に……って、ちょっと待て!
再び靴の重力子を操作――って、効かない?
別に惑星重力に変化はない。僕程度の重量なら、靴の重力子が奪われる事はありえない筈。15Gの重力惑星でも対応できる筈なのだから。
パーソナルモニターでも、機器の作動不良は検出できない。
機器で計測できない異常事態といえば……魔法?
このタイミングで?
そのまま落ちていくしかない。
ったく、誘拐犯さん。もうちょっと何とかならないのかな?
僕の扱いが丁寧なのか雑なのか、今ひとつよく分からないよ!
って、結構余裕あるな、僕。