鍬と魔法のスペースオペラ 第10章 その8
8・道
一瞬、ホワイトアウトしたかと思ったけれど、違った。
本当に周りが真っ白になっているんだ。
例えるなら、霧だな。
ただ、航宙艦のブリッジで、本来それはあり得ない。
「状況報告!」
……
…………
………………
叫んだけれど、反応はなし?
おいおいおい。それはないでしょう?
「プーニィ!艦長!学長!みんな!誰か返事して!」
返事がない。ただのしか……いやいやいや。
あ、そうだ。
まずはパーソナルモニターを……って、作動、しない?
いったい、どうなっているんだ……
周囲は真っ白な霧という異常事態。
でもブリッジのアラート警告はもちろん、自分のパーソナルモニターすら作動しない。
いや待て。まだ慌てる時間……だよね、これ。
パーソナルモニターの腕輪を外し、裏面のパネルを外す。
やっぱりそうか。
作動しなかった原因は、オーバーロード、つまり爆発を予期して強制終了したからだ。
どうやら外部から膨大なエネルギーが流入しそうになった、と。
問題は、そのエネルギーとやらの正体がまるで分からない事。
正体不明のエネルギー?
……魔法?
今の装備だと、マナや魔力を感知する事はできない。
でも、魔法になれば話は別。
火や風、水は普通に感知できるからね。
これは今の状況に酷似している。
エネルギーの正体こそ不明だが、何かをパーソナルモニターに流し込もうとした奴がいたのだろう。
まぁ、わざと爆発させようとした、つまり攻撃という線も捨てきれないが、普通に考えてそれはいかにも迂遠な方法だ。
攻撃したいのなら、もっと直接的に攻撃すれば良い。
だって、今の僕らは魔法には無力だから。
小さな火属性魔法でも、僕らを体内から焼くことは簡単だ。
魔力を感知できない以上、電磁シールドやディフレクター・シールドは魔力を貫通してしまう。あれらは個体や、既知の攻撃性エネルギーを防ぐよう設定されているから、逆に言えば知らないエネルギーは対応できない。
だからマナの希薄な宇大でも、そのしょぼい、しょぼすぎる魔法ですら脅威。
これがもし、より濃厚なマナがあったら?
強力な攻撃魔法を得る?いや、それは大した問題じゃない。敵から使われる分には脅威には違いないが。
必要なのは、【マジックシールド】の入手や、マナ、魔力の研究。
【マジックシールド】
魔力を防ぐ防壁魔法
レベルを上げると多くの魔法攻撃を無効化できるようになる
発動には高濃度のマナと、6属性の魔法が使える事が条件
元は魔族専用の闇属性魔法。でも魔法を研究していくうちに、人間でも何とか使える事が分かった。
というか、闇属性魔法を防ぐために【マジックシールド】は開発されたから、闇属性に対応できなければ意味はないだろう。
……というのは、建前です。
何しろ対闇属性特化魔法なら、聖属性魔法【セイクリッドウォール】が当時既にあったから。魔族の闇属性魔法(当時は魔術と呼称)に対抗する形で聖属性魔法が生み出されたのだから、最優先で開発されたはずだ。
闇属性魔法が必要とされたのは、むしろ『敵に聖属性魔法の使い手』がいたからに他ならない。つまり、人間同士の戦いだ。
【マジックシールド】の肝は、属性の相剋を利用し、反対属性の防御壁を作る事。
だから、高濃度のマナを僕らは必要とした。
宇大にあった程度の濃度では【マジックシールド】は作れないそうだ。だから例え宇大に土があったとしても、無理だったというわけ。
ま、テラフォーミングした惑星には、防疫上の必要から腐敗菌は存在しないし、植物や野生動物もいない。食物だってここ数百年は化学的に合成されたフードコアを使ったものになり、人体には腸内細菌すらほとんどなくなっているらしい。まぁ、その代替品としてナノマシーンが注入されているわけ。
僕?
普通に腸内細菌持ってますが、なにか?どうやら僕の一部と認識されているようで、別に乳酸菌を摂取せずとも、力一杯働いてくれていますです、はい。
まぁ、それはそうと、パーソナルモニターが落ちるほどの魔法を繰り出してきたからには、ここにはかなり高濃度のマナがあるという事だろう。
腕輪を弄りながら考えていたら、急に霧が晴れてきた。
うん。実は予想していた。
艦内の空気と違っていたから。
目に入ったのは、幅20メートルほどの直線道路。だけど舗装しておらず、土が剥き出しになっている。
土!開拓惑星やコロニーでは見かける事がなくなった物質だ。
そして道沿いに等間隔で植えられているのが、もっと見ない物体。
木だ。
土もそうだけれど、木も生まれて初めて生で見た。
沢山生えているが、種類は1種類。これが目的の銀河樹という事だろうか?
てっきり銀河樹というくらいだから、数百メートルの高さを誇る巨樹だとばかり思っていたが……まぁ、この木もでかいけれど。
まっすぐに伸びた幹は、太さ3〜4メートル。
高さはよく分からないけれど、100メートル近くはあるだろうか。
母なる地球にあった杉によく似ているかもしれない。
ただし幹の表面はツルツルで、とても登れそうにはないが。
そして30メートルほどの高さから、枝が伸びているが、こちらは曲がっており、母なる地球でいうところの、桜に似ていた。今は花を付けていないが。
そんな木が街路樹のように……いや、これはモロに街路樹でしょう。
そして僕は、そんな道のど真ん中に立っていたわけだ。
木の向こうには暫く土が剥き出しになっていて、さらに向こうは森になっているようだ。
普通に考えて、何者かが森を拓き、道を通し、街路樹を植えた、という事だろう。
テラフォーミングした開拓惑星じゃない。
「……保護惑星」
テラフォーミングするまでもなく、生存環境が整った惑星。
要は発展する前の地球のような存在。
有人惑星も多く、彼らの発展を阻害する事のないよう、立ち入りには厳格な規制が敷かれている。
ちょっと前に、王国の保護惑星マヨネイズへの探査旅行に誘われたっけ。
要は王家にパイプを持つ僕のコネを利用したかったのだろうけれど、その程度で降下が許されるほど、保護惑星のセキュリティーは甘くない。
でも、保護惑星というのも奇妙だ。というか、あり得ない。
なにしろ、ついさっきまで、僕は艦隊と共に旧ギヒノム星系にいた。
そして、少なくとも周囲1光年の範囲に、有人惑星どころか、星系1つなかったんだ。
超新星残骸すらない。
つまり、分からない事は沢山あるけれど、特に注目すべきは2点。
まずは、ここはどこだ、という事。
二つ目は、どうやって僕をここまで運んだのかという事。
第1の疑問に関しては置こう。
手がかりもないのに考えても仕方がない。
第2の疑問については、技術的に難しい。
取りあえず人体を転送するテクノロジーは、僕らには無いはずだからだ。
転送の方法論としては2つ。
1つは物体をエネルギーに分解し、転送し、現地で再結合させる。
2つめは、物体をエネルギーに分解するまでは同じだが、その情報を現地に送り、現地にある物質を流用して再現させる。
まぁ、ぶっちゃけ、実現不可能な技術だ。何しろエネルギーになった物体を再び物質化させるには、とんでもない量のエネルギーが別途必要になり、その制御が非常に困難で、そんな事をするくらいなら、普通にシャトルでも何でも使って、送った方が効率的だ。
2つめに至っては、もはや空想科学ですらなく、単なる妄想レベルだ。
なにしろ、現地調達する物質の当てがないまま送り込むなんて、無謀極まりない。
また、これらの研究に関して、宗教界から猛反発があった。
魂を電送できるのか、現地に送られた人間は、送られる前と同じ人間なのか。
差異のない差異は、差異ではない。
アイデアの提唱者はそう反論したそうだが、だいたい魂の存在そのものが未だ立証できていない現状では、差異がない事を証明できない。
そんな経緯もあってか、無機物ならともかく人体転送なんて研究者としては異端も異端。それでも研究する学者はいない事もないけれど、未だ分解したエネルギーの再物質化には成功していないと聞く。
ま、エントロピーなにそれ美味いの状態の話だからね。よほどの技術革新がなけりゃ、無理でしょ。
そして最強のご都合主義の権化たる、魔法様の登場となる。
しかもパーソナルモニターを一度ダウンさせた容疑者としても魔法は最適なわけで。
というわけで、取りあえず僕をここまで誘拐したのは、魔法という事にしよう。
で、だ。
魔法のせいというのは良いけれど、それじゃあ、その魔法を使ったのは誰だ、という事になる。
まぁ、僕の知る限りでは、空間魔法なんてとんでも魔法を使えるのは、学長という事になるけれど、彼の日頃の態度や自己申告した経歴を鑑みるに、彼は犯人ではない。
少なくとも、師らしい僕に何の警告もなく、いきなり送り出すというのはないだろう。
それに彼がそんな高度な転移魔法を使えるなら、数百年も宇宙空間を漂流するなんてしないだろうし。
まぁ、彼の言う事が全部でまかせならアリアリだけれど、それならそれで、もっと上手くやるだろう。
少なくとも空間魔法なんて僕らに見せないだろうし。
多分今頃、思いっきり責められているだろうな。
タルシュカットの連中は、僕が絡むと過激になるから。
まぁ、それもまた、送られたのが僕1人だというのが前提だけれど。
とまぁ、そんな訳で、一定以上の知性がある学長なら、そんな馬鹿な真似はしないと考えられる。
では、誰か?
僕が知らない奴。
という事は、【解析】さんでも分からない。
何でも分析できる【解析】さんだけれど、実は僕がまったく知らない事は分析できない。
ギヒノム星系について分かったのは、単純な話で、
欠片に情報が記載されていました
との事だったりする。
かつて人類が自分達のメッセージを彫り込んだ黄金板を搭載した外宇宙探査機を送り出したように、例の欠片に様々なメッセージが記載されていたようだ。
かつてあったという、銀河系の衝突から計算した年代が記載されていた事から、56億7千万年という数字を割り出し、文字の対応表から『ギヒノム』という固有名詞を解読した。つまり実際に『ギヒノム』という発音で正しいのかどうかは分からない。
そんな調子だから、僕の両側にそびえ立つ木々についても分からない。
おっと、パーソナルモニターの再起動に成功したぞ。
これでやっと動ける。
えっと、まず周囲の環境をば。
重力はほぼ1G。正確には0.98G。
大気組成は地球環境とほぼ同じ。有毒成分は検出できず。
放射線量も同様。
つまり僕の【状態異常無効】の有効範囲内だという事だ。
まぁ、僕を殺すつもりなら、もっと簡単に宇宙空間に放り出せば済む話だから、その点はあまり危険視していなかった。
でも、まったく無防備というのも何だから、一応武装はしておくか。
といっても、腰にレイガンやブラスターの類は装備していない。艦内でそんな物騒な物を身につけるのは、むしろ危険だからね。
というわけで、取っておきの武器を出そう。
「【農機具召喚】!出でよ聖鍬!」
別に詠唱は必要としないし、そもそも【農機具召喚】なんてスキルは知らない。知っているのは【農機具収納】であり、聖鍬をそこから取り出すだけのこと。
うん、つまりあくまでノリの問題だ。
それにどこかで僕を監視している可能性がある犯人に、見せつけてやる意味も、一応ある。
空中に出現した聖鍬を右手で掴んだ。
さて、道は前後に伸びている。どちらに行くか。
ま、どっちでも構わないけれど――うん、ここは1つ、偶然の神様に頼るとしよう。
聖鍬の柄を刃から抜き、地面に立てる。ワンタッチで簡単に刃は外れた。手入れのために割としょっちゅう柄を外していたからね。
手を離すと、当然柄は倒れる。うん、こっちにしよう。
再び柄に刃をセットして、肩に担ぐ。
一瞬、土壌サンプルでも採取しておこうかと思ったけれど、今はやめておこう。変な細菌はなさそうだし、僕の健康はスキルで守られているが、念のためだ。
のんびりとしたペースで歩く。
靴やズボンのパワーアシストのおかげで、何時間でも疲れずに歩く事はできる。だいたい、僕の肉体年齢はこれでも11歳なのだ。鍬を担いで生身で歩きの旅はきつすぎる。
幸い道路はちゃんと整備されていて、変な凹みも出っ張りもない。樹脂製の床より足に負担はなさそうだ。雨が降ればその限りじゃないだろうけれど、幸いその気配はない。
気温はやや高め。でも上着を脱ぐほどじゃない。むしろ着ていた方が便利機能のおかげで快適になる。
本当、貴族服って便利。
もっともティナの話だと、タルシュカットほど貴族服に機能を付ける事は珍しいそうだけれど。辺境なもので、すみません。
それにしても、風景の変化がないな。
先に何があるのかも分からない。
つまり、帰る方法がまったく見当もつかないんだ。
これって、かなり不安になるぞ。
パーソナルモニターのレーダー機能は大した事がない。便利なのは、[レパルス]などとリンクして情報をやり取りできるからであって、母艦と連絡がつかない現状では、最小限の働きしかできないんだ。
【解析】さんにしても同様だ。未知の物体に関しては、あまりに無力だと思い知らされた。
それでもまぁ、情報はそれなりに得られた。
例えば周囲の街路樹。
どうやらこれらは、件の銀河樹ではないようだ。
あくまで街路樹の表皮の組成との比較によるものだけれど。
ちなみにこれは【解析】さんじゃなく、パーソナルモニターのセンサーの仕事。
幹の中身は分からないけれど、まだ切羽詰まった状況じゃないし、僕にとっての銀河樹のイメージとも異なる。
何より、ここまできちんと整備された街路樹を、興味本位で傷つける事なんてできない。
整備している人達と敵対するような真似は慎むべきだ。
僕は自分の興味で散々現地を引っかき回し、挙げ句星ごと破壊してしまうような、パーソナルモニター向け配信ドラマの無敵艦長じゃないから。
その艦長は普段は肉弾攻撃で改造人間すらノックアウトするくせに、詭弁を弄して超コンピューターを自壊させるような知性を持つ、それこそ超人だからなぁ。
乗っている艦の乗員が優秀だという点では、負けていないと思うけれど。
でも無敵艦長の物語では、番組の時間の都合上なのか、地上に降り立つと5分以内に何かしらのイベントが起きたものだけれど、僕の場合は、特に何もない。
巨大モンスターに襲われる事もなければ、怪しい異星人と遭遇する事も、今のところない。単に街路樹が綺麗な土の道があるだけだ。
まるでピクニックだね。
これで、先生やティナがいれば、楽しかったのに……
先生がここにいたら、念願の土魔法をゲットして、僕にスキル化を強要して。
ティナがここにいたら、この星を異世界認定するかもね。
剣と魔法の世界、ウガリティア、か。
アルスの件さえなければ、充分面白い世界だと思うよ。実際、魔法はこの世界でも発動できる事が分かっているし、再現性がある以上、充分に科学的な存在だ。
マナや魔力の感知にしたって、今できないだけで、研究する事で検証できるようになると僕は確信している。
だいたい、人類がX線を発見したのだって偶然だった訳だし、そもそも人類が文明を創れたのだって、狙って始めたものではないだろう。
今から2万年以上前。母なる地球のニホン(当時はニホンという国もなかった筈)のチバ地方(当時は……以下略)において、人類は土を焼いたら固くなる事を発見した。
そして他の地域よりいち早く土器を製造し始め、文明の基礎を築いた。
実際、地球の他の地域より、文明がスタートしたのが1万年ほど早い。
面白いのは、当時のニホン人が、他の地域の人達より優れている事を自覚しなかった事だろう。そして他種族が互いにひたすら殺し合っている間、7千年以上、争いのないコミュニティーを維持していた。
当時の他の地域の人達から見たら、ニホンこそ、それこそ異世界だよね。
まぁそのニホンだって、寒冷化など、けっして問題を抱えていなかった訳じゃない。それなりに苦労も苦しみもあっただろう。
他の地域に比べれば、そこがどれだけ天国だったかを知らないまま。
ま、そんな訳で、偶然による技術革新を期待してはいる。それにマナが豊富に得られれば、一気に可能になるかもしれないしね。
とまぁ、そんなとりとめも無い事を考え続けているのも、他にやる事がないからだ。
半ば自動化した歩み。
変わらぬ景色。
僕をここに送り込んだ奴が何者であれ、そろそろ何か仕掛けてきても良さそうなものだけれど。
いや、もしかしたらこういう環境に放り込んで、反応を見ているとか?
うーん。そういう線もありか。
取りあえず、進もう。
もしかしたら、変化があるかもしれないじゃないか。
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
――そんな事を考えていた時期が、僕にもありました。
歩き始めてから、パーソナルモニターによると、既に5時間が経過した。
相変わらず、僕は街路樹の道を歩いている。
一応パーソナルモニターの貧弱なデータベースを当たってみたが、該当する惑星は見つからなかった。
保護惑星にもこんな道が作られている星は、記録にはない。
少なくとも、王国や帝国を初めとした、主だった星間国家ではない事になる。
保護惑星の情報は共有しているからね。
マルコの母星[アスガルド]のように、本来保護惑星にすべきところを、発見者が原住民から搾取するために、発見そのものを隠匿した惑星規模犯罪を防ぐため、条約が結ばれたんだ。もっとも情報共有だけでは不完全で、将来は共同調査、摘発のための軍の合同作戦なんかも視野に入れているらしい。
でも、この惑星は、そうした犯罪惑星ではなさそうだ。
なにしろここに来てから、まだ木と土の道しか見ていないから。
奴隷扱いされた現地人も、搾取する異星人も、それどころか野生動物すら見ていない。
鳥の鳴き声も聞いていない。
――まるで、無人の惑星のようだ。
この惑星に来て、5時間以上かけて得た結論。
結局、何もない星。
誰が、何の為に、どうやって、僕をここに送り込んだのかは不明のまま。
或いは人為的ですらないのかもしれない。
という事は、帰る方法も用意されていない可能性が高い。
うわぁ。
自力での脱出、つまり航宙船の建造は難しいだろう。資源も人手もなさすぎる。
金属資源1つとっても、未だ見つからない。
なにしろ文明を匂わせるものは、この等間隔に整備された街路樹だけなのだ。
「どうしよう……」
半ば自動化した足は歩みを止めない。
でも僕は内心途方にくれていた。




