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鍬と魔法のスペースオペラ  作者: 岡本 章
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鍬と魔法のスペースオペラ 第10章 その5

  5・マナの木


「なるほど。確かにマナを感じる」

「ですわね!急にこの部屋のマナの濃度が高まりましたわ!」


 凄いな二人とも。

 何の計器も使わずに、マナを感じ取っているよ。

 でも、そんな事よりも、だ。


 木だよ木!


 例え干からびていようが、欠片だろうが、本物の木を僕は生まれて初めて見た。

 いったいどんな木だったんだろう。

 それとも、まだ本体は残っているのだろうか?


「【○○○】……いや、【ファイア】」


 先生が呟くと、杖の先に、小さな炎が出現した。

 まさか、本当に先生も魔法が使える?

 魔女だ。魔女がここにいる。

 でも先生は結果に満足していないらしい。ほぼ無表情のままだが、ほんの僅かに眉をひそめている。


「ウガリティア語より、こちらの言葉の方が、この世界での魔法行使の効率が良い……?」

「ウィリアム様の【ライト】がこちらの言葉でしたので、その可能性が高いという貴女の仮説が証明されましたわね」


 ティナが感心すると、先生はいや、と首を振る。

 

「あくまで事例が一つ増えただけ。アゼルバート、その辺りはどう考えている?」

「ウガリティア語はもちろん、魔族語も使いましたが、やはりこちらの言語の方が、魔法との親和性が高いようです。

 あくまでも『この世界では』という条件がつきますが。

 ……あと、とても言いにくいのですが、できればこの学長室内で、攻撃系魔法の行使は遠慮してくださいリル奥様」

「……悪かった。今後気をつける」


 『奥様』と呼ばれたのがよほど嬉しかったのだろうか。先生が素直だ。

 まぁ、そういうロールプレイングな訳だろうけど。


「ならば回復系なら問題ありませんわね?【ヒール】」


 今度はティナが唱えると、僕の身体がポワッと光り、ちょっと疲れが取れた。


「ありがとうティナ。なんだか疲れが取れたよ。最近忙しかったからね……って大丈夫?」


 ティナにお礼を言っている最中、なんとティナがぽろぽろと涙をこぼした。

 え?泣かせた?


「わ、悪い。何か変な事言っちゃった?」

「ち、違うのですウィリアム様」


 ハンカチを素早く取り出してティナの顔に当てると、ティナははにかむように笑った。

 うん、泣き笑い顔も破壊力抜群だな。

 なんだこの可愛い生き物は。

 

「この世界に転生してからというもの、ずっと魔法を使う事ができませんでした。

 理由はごく単純で、この世界のマナが薄すぎたからです。

 [祭壇]を作りはしましたが、それでも集まるマナはとても魔法の行使までには至らず、宮廷においてすら、陰ではわたくしの正気を疑う者も多いかと存じます。

 ですがついに、ついに、再び魔法が使えるようになったのでございます!」


 ティナは両手を可愛く握りしめて力説する。

 うん、感動的だ。

 

 それにしても思い込みって凄い。

 前世なる得体の知れないモノを信じる事で、それだけで魔法なんてこれまた得体の知れないモノを使えちゃうのだから。

 まさに、奇跡としか言いようがない。

 【解析】さんが教えてくれた魔法の定義。


 【魔法】

 周辺のマナを魔力に変換し、起こす奇跡的現象


 ね。やっぱり奇跡だ。

 でもね。


 勇者スキルにより、属性魔法【ファイア】【ヒール】のスキル化に成功しました


 ほら。これで全部台無し。折角の奇跡が、ただのスキルに成り下がる。

 長年の努力がついに実って喜んでいるティナを余所に、あっさりコピーしてしまったというのは、如何なものか。

 なんかズルした気持ちになってしまう。

 そんな僕の視線を感じたのか、ティナが無垢な笑みを浮かべてくれた。

 余計罪悪感が生まれるというのに。

 ところが。


「ウィリアム様!それで、【ヒール】はちゃんとスキルになりまして?」

「は?」


 満面の笑みで確かめてくるティナに、僕はマヌケな声をあげてしまった。


「ウィルの事だから、大丈夫に違いない。もちろん【ファイア】もスキルになっている筈」


 先生もない胸を張る。ナンデ?


「えーっと、うん、どちらもスキルになったけど」

「それは良かったですわ」


 ティナが年齢不相応に立派な胸を押さえて安堵の表情。

 先生はさも当然という風に頷いている。

 どうやら怒ってはいないらしい。むしろスキル化を望んでいた?


「何とか発動には成功しましたが、それでもマナが通常より薄いので、ちゃんと一度でスキル化できるか心配しました」

「ウィルは予想もしていなかった【ライト】のスキル化を成功させている。杞憂」

「あら。リルだって心配していたじゃありませんか」

「むぅ」


 どうやら二人とも、僕の勇者スキルにより、自分の魔法をコピーさせたかった様子だ。

 でも、何故だろう?


「もちろん、ウィリアム様の御身を守るためですわ」

「本当はもっと多くの魔法をスキル化させるべき。でも、マナは薄いし、私達もこの世界で高度な魔法を練り上げる経験が足りない。

 幸い、研究成果は出ている。将来に期待してて」


 二人にとっては、何故もへったくれもなかったようだ。自分だけが魔法を使えるといった独占欲はないのかな?


「もちろん、ある。でもウィルの安全性が高まる事に比べれば、他はどうでもいい」

「それにいくら勇者スキルでも、スキル化できる魔法には限界がありますから。

 わたくし達がかつてのようにそれぞれの魔法を極めれば、充分お役にたつ事はできますわ。でも……」


 ティナの視線が、例の木片に落ちる。


「マナの発生源がこれだけですと、やはり高位魔法は困難ですわね……」

「うん。マナが薄い」


 先生もちょっと不満そうだ。

 いや。

 ちょっと待って。


「あの、学長先生は、例のオフセットゲートに魔法を応用しているのですよね?そして必要なマナは、この木片から得ているわけで」

「その通りです我が師よ。あと、できましたら、私の事はアゼルバートと呼び捨て願います」


 あくまでその設定でいくのか。


「でも、学長先生の名前は、ヤング・A・スタンフォード、ですよね?」

「はい。正式には、『ヤング・アゼルバート・スタンフォード』です。ちなみに初代学長から代々ミドルネームに本名を入れております。

 いつ、我が師にお会いできるか不明でしたので」

「はぁ」


 まさかミドルネームにそんな秘密があったとは。

 というか、それ本当の話?

 まぁ、偶々だろう。仮にミドルネームがAじゃなかったら、秘密のミドルネームがあった事にすれば良いだけの事だし。

 ちなみに僕の『ウィリアム・C・オゥンドール』のCは、クリストファーの略だ。

 別に洗礼名という訳じゃない。というか、我が家に洗礼を受ける習慣はない。

 単に父様と母様達の間で、僕の名付けの時、候補を二つまでなんとか絞り込のだけれど、そこからがなかなか決まらなかったという。

 どうせなら両方つけちゃえ、という割といい加減な理由でこうなった。

 貴族では実はよくある話だ。


「で、話を戻しますが、オフセットゲートで何万光年も離れた場所にゲートを作るなんて派手な魔法を賄えるほどのマナは、どうやって確保しているのです?」


 どう考えてもおかしいでしょ?

 でも、学長はニコニコしている。

 

「ご慧眼恐れ入ります。ですがご心配には及びません。

 確かに惑星上において、転移系魔法のマナ消費量は半端ないですが、オフセットゲートで消費されるマナは、極少量で済むのです。

 理由は単純で、宇宙は広いですが、同様にほとんど物質がありません。ですから魔力を遮る抵抗がないので、数十万光年でも魔法が通るのです。

 そして一度ゲートを開いてしまえば、距離は関係なくなりますので安定させる事ができるのです。

 これが攻撃魔法などとの違いですね。

 さすがに宇宙でも、超長距離の魔法直接攻撃はできませんし、この木片が生み出すマナの範囲は、この星系周辺域までが限界。

 第三ゲートを含めたオフセットゲート施設は、まさにその限界ぎりぎりの所に設置してあり、またゲートを開く先もまた、星間物質が極度に少ないオープンスペースに限定しているのも、先程申し上げた抵抗の問題をクリアするのが目的なのです」


 ふむ。

 魔法が奇跡的現象とはいえ、制約もある訳か。

 もちろんゲートによるミサイル攻撃といった、魔法の間接利用は可能だろうけれど、それは政治的理由によってできないから、今は考えなくて良い、との事だ。

 あくまでも、今は。


「つまり、この木片を私達が借り出してしまうと、宇大は魔法が使えなくなる?」


 先生が杖を脇にかかえ、両手をワキワキさせながら学長に尋ねる。こりゃ本気で欲しがっているな。

 魔法を純粋に使いたいからか、それとも新たな研究対象としてなのか。

 学長逃げてー!

 先生の『借り出す』期間は異常に長いから!寿命の概念がない種族だから!

 

「はいリル奥様。我が師を狙う不届き者がいると思われる現状、魔法対策は最優先ですので、持ち出しに関しては問題ありませんが」


 いやいやいや。学長、それは問題ありまくりだよ。

 

「ちょっと待って。それは拙いよ。どうせオフセットゲート以外にも、魔法は使われているのでしょう?」

「はい、その通りです我が師よ。まぁ、オフセットゲート以外には、たいして使われてはおりませんが。

 宇大で魔法を使えるのは、現状私だけですし」

「オフセットゲートだって、言わば宇大の看板だよ。それがいきなり使えなくなったりしたら、各国が黙ってないし、第一、宇大が孤立しちゃう。

 先生。木片の持ち出しは無しという事で」

「……むぅ。ウィルがそこまで言うなら、仕方ない。次善策を練ろう」

「さすがはウィリアム様ですわ。ご自身が狙われているというのに、他者を思いやるそのお姿。見惚れてしまいますわ」

「まったくです。我が師の身の安全しか考えぬ我々にはない発想ですね」


 いやいやいや。

 愛が重すぎる二人はともかくとして、学長は宇大の事をもっと思いやってよ。

 というか、そういうロールプレイングなんだろうけどさ!

 まったく、ティナの電波を矯正させるためとはいえ、学長も無茶な事を。

 オフセットゲートは、宇大の安全保障の肝だろうに。

 まぁ、先生も承知の上だろうから、どこかで折り合う手筈だったのだろうけれど。


「単純な次善策だけどさ」

「お。ウィル、何か思いついた?」

「別の木片を探し出すってのはどうかな?できればもっと大きいのを」


 恐ろしいほど単純な手ではある。

 この木片が宇大星系から持ち出せないなら、別の木片をゲットすれば済む。

 まぁ、それができれば、誰も苦労しない訳だが。

 案の定、学長は困った顔になった。


「確かに我が師の仰る通りなのですが、この木片自体、手に入れたのはまったくの偶然でして」


 なんでも、今から1000年ほど前。

 ウガリティアなる異世界から魂の分体を飛ばし、この世界に肉体を創造した学長こと当代魔王アゼルバートは、この世界のマナが枯渇しているために極度の魔力不足に陥り、危うく命を、正確にはこの世界での肉体を失う危機に直面した。

 なにしろ、生身の状態で宇宙に漂う羽目になっていたのだから、それこそ魔法でもないと堪らないわけで。

 

 いやぁ、はっはっは。あれには参りました、と笑う学長がシュール過ぎた。


 そんな事なら、どこかの有人惑星上にでも出現させれば良かったと、悔いるも時既に遅し。

 魔力不足のため、大気圏に突入してしまうと、そのまま燃え尽きてしまう事は明白。

 そしてその状態のまま宇宙を漂流する事、実に400年に及んだ。


 どんな生命力だよ。

 一応、現状維持できるだけのマナは体内で作られていたから、との事だが。


 そしていい加減諦めかけた時、同じように宇宙を漂う木片と出会い、マナを得た。

 それからは早かったという。

 手頃な星系を見つけ、開拓。

 僕、というか、勇者アルスの転生体を発見するためと、この世界の事を知るために研究所を設立。研究所を拡張させ、入植者を呼び込んでいるうちに、研究所はいつしか教育機関としての機能が充実していった。

 そうすれば各星間国家に情報網が構築できるので、よりアルスの発見に繋がると考えたからだ。

 こうして宇大の基礎ができあがっていく。


 比較的早かったとはいえ、木片と出会ってから宇大ができあがるまでにかかった年月は、100年を越えている。

 つまり、宇大の歴史は、約500年弱。

 自称当代魔王アゼルバート氏が僕に出会うのに、その倍以上の年月をかけた事になる。


 実に壮大な設定だ。

 普通は信じないだろう、そんなの。

 でも先生は感心した風を装い、ティナに至っては感動のあまり涙ぐんでいる。


「そして500年間、我々は木片の出処を調査し、研究を重ねて参りましたが、出処はおろか、木片の年代測定すらできていない状況なのです」


 確かに、宇宙の漂流物の調査は、現代でも難しい。

 受ける紫外線量が一定である事が前提のアイソトープ検査は無理だし、軌道計算も遠距離になればなるほど、不確定要素が多くなっていく。

 大昔に超遠距離で起きた超新星爆発の衝撃波なんか、データそのものがなさすぎる。

 惑星その他の重力で起きるスイングバイだって、各恒星系や、それに含まれる惑星の軌道計算が必要なわけで、データが膨大になりすぎるし、今ではその惑星や恒星そのものがなかったりする場合もある。

 多くの研究者が匙を投げた事だろう。


 ふと、例の木片を見る。


 【銀河樹の欠片】

 ギヒノム星系中心部の銀河樹から56億7000万年前(銀河連邦標準歴基準)に剥離した破片

 少量のマナを放出する

 

 えーっと。

 過去の研究者の人達、ごめんなさい!


   ◇◆◇   ◇◆◇   ◇◆◇


 【解析】さんの信頼度について、うちの領軍ではまったく問題なく信頼されているけれど、学長はどうなんだろう、と思っていたけれど、


「さすがは我が師。たしかに我が師の【解析】ならばそれは事実と認めざるを得ません。

 なるほど、『銀河樹』ですか。まんまのネーミングですね。ウガリティアでいうところの、『世界樹』の宇宙版といったところでしょうか」


 あっさり信じてくれました。

 でも、問題はそこじゃなかった。


「ギヒノム星系?聞いた事がありませんな」


 学長の記憶はもちろん、宇大のデータバンクに問い合わせても回答は得られなかった。

 先生の記憶にもなかったようで、しきりに首を捻っている。

 当然うちの艦隊や、[ニューブリテン]にいる理学部天文学科の教授達にも訊いてみたけれど、誰もそんな星系は知らないという。


「ウィリアム様。ここはやはり、【解析】してみるのが宜しいかと」


 ティナの言う事ももっともなのだけれど、


 【ギヒノム星系】

 かつて存在していた星系

 56億7000万年前、超新星爆発に似た現象が起き、消滅

 座標EZー678・975・363

 

 うーわー。

 ドン引きした僕の様子から、一切を悟ったのだろう。

 学長が目をキラキラさせながら確認してきた。


「どうやら、分かったようですね」

「うん……」


 宇大やタルシュカット領軍のデータバンクはもちろん、最先端の研究をしている天文の専門家ですら知らない星系、というか『元』星系について、あっさり回答してくれる【解析】さんが無敵すぎる件。


 そして証拠もなにもないのに、あっさり信じるお歴々。


「うーん、見つかりませんねぇ」


 宇大が誇る総合軌道望遠鏡[ミセス・ゴダイヴァ]を私的に操作して、学長自ら目当ての方角を探してくれている。

 いくら学長はある程度権限があるとはいえ、利用の割り込みは後々禍根を残しそうだ。


「問題ありません。元々この時間の利用者だった者達は、軒並み利用を延期しておりますから」

「え?」

「なんでも、[ニューブリテン]に設置される複数の天文台について、重要な会議をするらしいです」

「何それ、僕は聞いてないよ」

「問題ない。それよりも[ミセス・ゴダイヴァ]でも見つからないというのは異常。超新星爆発なら、中性子星とかパルサーとか爆発屑とか、色々ある筈。それとも全部ブラックホールに呑み込まれた?」

「56億年も前ですからね」


 確かにティナの言う事にも一理ある。母なる地球ができた頃より昔の話だ。


「ですが、ブラックホールがあった痕跡すら見つかりません。それこそ、初めから何もなかったかのように、です。

 だからこそ、むしろ怪しいとも言えますが」


 学長が不敵に笑う。


「何の手がかりもない状態ならば100%見逃す自信がありますが、ここまでお膳立てを我が師がしてくれた以上、見逃す訳には参りません。

 幸いと言っては何ですが、何もない空間とされていますから、ゲートは設置し放題です。

 我が師よ。共に行きますか?」

「もっちろん!」


 即答した。

 さぁ、新たな冒険に出発だ!


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