鍬と魔法のスペースオペラ 第10章 その2
2・祭壇
[祭壇]は宇宙港のすぐ隣の施設だ。
直線距離にして、5〜600メートルといったところかな?
移動手段は色々あるけれど、ここは徒歩かな?
宇宙港施設の床はレーヴァント合成樹脂より高級なシャパシュ合成繊維製で、特に耐熱性、耐衝撃性に優れているが、本来は港湾施設に用いるような素材じゃない。
これも戦艦の装甲材に、資源衛星のレアメタルを足して加工した代物で、当然ながら[ニューブリテン]の外装を全部これにする訳にはいかない。
宇宙港のすぐ外には、小惑星の岩石を加工しただけの、白茶けた不毛の大地が広がっている。
荒れ地というか、本当に文字通りの不毛の大地なんだ。この辺りは特に起伏もなく、小石などの障害物もなく、ただただ不毛。
まだ出来てから間もないというのもあるのだろう。
土埃すら感じられない。
でも今は何と言っても[祭壇]だ。
近づくにつれ、細部が明らかになっていく訳だけど、かなり凝った造りだ。
ピラミッド状の下部は、金色に縁取りされた巨大な白いパネル群で構成されていて、外側から登っていけるような構造じゃなさそうだ。
頂上のギリシア風神殿の様子は、下からだとよく分からないな。
「各辺の真ん中に入り口がありまして、そこからはリニアリフトが利用できます。一応徒歩でも上に上がる事はできますが、あまりお奨めできませんわ」
そりゃそうだろう。徒歩用にあるのがスロープなのか階段なのかは知らないけれど、相当キツそうだ。
「ところで私はコレを陛下から預かってきただけで、詳細を知らないのだが、これは宗教施設なのですか?」
父様が疑問を口にすると、先生のすぐ後ろを歩いて僕たちを先導していたティナが、歩きながら振り返る。
「いいえお義父さま。[祭壇]は宗教施設ではありません。基本的には周囲のマナを集め、浄化し、再び放出する装置ですわ。
ですが今回は、別の使い方をしております。
あるものに、聖属性に変換したマナを馴染ませ、聖別化しているのですが、肝心のマナが薄すぎて、作業が思うように捗っておりません」
ティナが残念そうに言う。
うん、とっても残念だ。君が。
父様も話について行けていないのは明らかだった。
「……どうやら私の無知のせいで、よく話が分からないのですが、そもそも『マナ』とは何ですかな?」
「生命力とも、魔法の元とも言われておりますが、実はよく分かっておりませんの」
「よく分からない?」
父様はますます困ってしまったようだ。そんな訳の分からないモノに、貴重な労力と時間を割いたのだから。
しかしこの運びの任務は、王女のためにと国王が命じた立派な勅命だし、勅命の内容が、常に条理に基づいたものとは限らないわけで。
もっとも、不条理な勅命を乱発したら、国が乱れてしまうが。
「我々は、パーソナルモニターの構造を知らないのに、毎日使っています。
それと似たようなものなのではないでしょうか?」
「マイモン司令教授の言う通り。マナの正体については私も自説があるが、証明方法が確立されない事には、何とも言えないのが現状……というか、司令教授はなんでしれっと付いてきている?」
先頭の先生がぴたっと足を止めて、振り返る。
マイモンさんは苦笑した。
「いえ、私が残っているというのに、『人払いが済んだ』と[祭壇]に歩き出したので、ああ、私は良いのかなぁっと」
「良い訳がない。でもここまで話を聞かれてしまったら、仕方がない。
選択肢をあげる。
全部忘れてこのまま戻るか、これから先、私達の邪魔を一切しないと誓い……いや、むしろ協力するか。二つに一つ」
マイモンさんの目がすっと細くなる。軍司令官の目だ。
「それは……随分物騒なお話ですね。
先程、『あるものをせいべつかする』と殿下が仰っていましたが、それは宇大にとり、危険な事ですか?それを知らないと、選ぶ事はできません」
先生とティナはコテンと首を同時に傾げた。妙に可愛い仕草なんだが。
「宇大?危険な事などありませんわ。
元々宇大を想定して造ったものではありませんし」
「あ、でも、宇大には危険はないが、学長はその限りじゃないかもしれない」
「は?」
「だから、学長には危険かもしれないし、別に危険じゃないかもしれない」
うーん、訳が分からないな。
というか、ティナの香ばしさが先生にも移ったか?
「いや、実際のところ、私にもよく分からない。スキルやマナのサンプルが少なすぎるし、検証しようにも、『魔法の張り紙』を見たのはウィルだけ。
それが魔法の物体なのか、使い捨ての魔道具なのかも分からない。
だからそれを提供したと思われる学長が何者なのか、謎。
敵なのか、味方なのか、味方のふりをした敵なのか。
分かっているのは、学長が魔法を使えるという事だけ」
いや、先生はどこまでも先生だった。
今までティナと何やらやってきたのも、魔法やスキルを科学的に検証していたのだろう。
「えーっと、つまり、魔法を科学的に検証しようにも、できないから分からない、と。
でも学長さんが魔法を使えるって、どうして分かったのさ」
「簡単。
魔法を使えないと、魔法の物体を生み出す事も、魔道具を作る事もできないから」
ちっとも簡単じゃありませんでした。
「すると僕は無理なんだね。魔法を使えないから」
【解析】さんによると、そういう事になっている。
でも見た魔法をスキルとしてコピーはできるんだよな。
「現状、私もティナも魔法を使えないのは同じ。
あくまで今のところ、だけど。
マナが濃くなったら分からない」
ちょっと待って。
ティナはともかく、先生まで魔法を使う気なの……あ、そういや『魔女』ではあったか。
「あ、だからマナを集める[祭壇]を造ったわけか」
ようやく話が見えてきた、と思ったら、ティナはあっさり首を横に振る。
「違いますわ。今お話したように、今はあくまであるもの……ウィリアム様の武器を聖別化するためだけに機能しております。
マナが濃ければ魔法の使用も可能になるかもしれませんが、今の濃度では、聖別化すら微妙な量しか集まりませんの」
「武器?やはり危険なのでは?」
マイモンさんが気色ばむ。
そりゃそうだろう。
魔法なんて得体の知れないものに関係する『武器』なら、警戒するのも当然だ。
「いや。お二人がウィルに必要だと判断したのなら、私は支持しよう。
現状、学長に魔法とやらにアドバンテージがあり、彼が本当に味方かどうか怪しいのなら、自衛のためにも必要となる筈だ」
ここで父様が弁護に出た。
さすがはオゥンドールクオリティ。
身内を守るためなら、どんな得体の知れないものでも許容する。
そしてこの艦は惑星の形をしていようと、あくまで軍艦。
父様と僕の判断が全てであり、例え防衛隊の司令教授であろうと文句は言わせない……まぁ、その武器とやらが合法的なものである限りは、だけど。
「えーっと、その武器って、どんなものなのさ」
それが大量破壊兵器の類だと、大いに拙い。
でもティナは僕の不安そうな顔を見て、くすっと笑った。
「ご心配には及びませんわ。ご覧になれば、すぐにご納得いただけるかと」
つまり、今明かす気はないと。そうですか。
マイモンさんも納得からは程遠い顔付きだ。
「それで……私が求められる協力とやらも、明かしては貰えないのでしょうね」
「ああ、それなら簡単。
その武器をウィルが宇大内で持ち歩く許可を出すだけ。
防衛隊のお墨付きがあれば、ウィルが動きやすくなる」
「そんな訳の分からないモノ、許可なんて出せる訳がないじゃないですかァ!」
うん。ちっとも簡単じゃありませんでした。
「いずれにせよ、見てみなきゃ、何とも言えないよね」
という訳でさっさと行こう、と思ったら、うん、すぐに着きました。
そりゃ、すぐ近くだからね。
四つあるという入り口の一つの前に立つと、オートスキャンが働いてティナを認証、あっさりと扉が開いた。
父様が[祭壇]の詳細を知らなかったわけだね。
何でも[祭壇]は、王都星にあったものを、そのまま岩石の繭玉で包み込み、他の機動資源衛星に紛れて運び込んだらしい。
受け取る時も王様に中身を確認する事もなく、岩石パッケージを開封して、ここに設置する時も、一切のスキャンをしなかったそうだ。
それだけ父様は王家を信用している訳で、さすがは王国貴族といったところだけど、マイモンさんからしたら、堪らないだろうね。
もっとも、[ニューブリテン]自体が軍艦である以上、今更だけどさ。
入り口を抜けると、短い通路が延びていて、左右にいくつかの扉と、突き当たりにはリニアリフトの扉が見えた。
左右の扉は、上の階へ繋がる階段や、メンテナンス用通路に繋がっているそうだ。
僕らはリニアリフトに乗り込む。
「最上階。神殿へ」
ティナが音声入力で指示すると、リニアリフトは独特のモーター音を響かせて動き出す。
最初は横向きに軽いG。続けて上昇。[レパルス]のに比べると、かなりゆっくりとしたスピードのようだ。あくまで体感だけど。
ここまでの様子は、確かに宗教施設っぽくはないな。通路も航宙艦でよく見るタイプだし、リニアリフト内部にも装飾らしい装飾はなく、ごく普通のものだ。
でも、目的の最上階に着いたら、様相は一変した。
外から見えた円柱群。縦方向に沢山の溝が刻まれた石柱は、真ん中がやや太く、上下が僅かに細くなるエンタシス構造。
壁は一切なく、外から柔らかい風が吹き抜けていた。
天井は一見巨大な一枚岩に見えるけれど、実際にはとても軽い材質だそうで、仮に落下しても潰される事はないそうだ。
また、四方の端には手すりらしきものが設置されているけど、それがなかったらちょっと危ないな。地上から数百メートルの高さがある訳だから。
正方形の床に、三重に規則正しく配置された円柱群の内側は、やはり数百メートル四方の広間になっており、その中央部にある小さな台座以外には、何もなかった。
屋根にも内側から見る限り、装飾はないし、床もただの石畳だ。
見た限り、全て真っ白な石で造られている。自然石ではないのだろうけれど。
装飾らしい装飾は、柱の溝くらい。
レリーフもなければ、天井や床にも、何も装飾はなかった。
でも、なんとも荘厳な雰囲気に包まれた空間ではある。こういうのには詳しくないけれど、きっと細かい計算がなされているんだろうな。
外からは、ソル2の柔らかい日差しが斜めに差し込んでいた。ソル2は位置的に真上にあるのに、どうやっているのやら。まぁ、その程度の光の演出なら、どうとでもなるか。
そして、中央の小さな台座。一辺1メートル程の立方体で、やはり白い石製と思われる。
台座だと分かるのは、上に物が乗っていたから。
僕らはそこに向かって歩く。何しろ、他にめぼしいものが何もない以上、目的のブツはそれ以外に考えられないからね。
近づくにつれ、その正体が分かってくる。
同時に、父様やマイモンさんの表情に変化が見られた。
明らかに、戸惑っている。
20センチ×50センチの、やや湾曲した金属製の板は、一方が薄く、反対側が3センチほどの厚さがあり、厚い方には、長さ1メートル程の黒い棒が垂直に取り付けられていた。
「これは……なんでしょう?長柄の白兵用武器でしょうか」
マイモンさんが呟くけれど、父様にも見当もつかないらしく、首を横に振る。
先生は無表情のようだけど、内心興奮しているのだろう。瞬きをする事すら忘れ、台座をただ見つめている。
首謀者のティナはというと、両手を組んで両膝を床について、なにやら祈りだしていた。
ここって、宗教施設じゃないんだよね?そうだよね?
そして僕は……この物体に、見覚えがあった。
でも同時に、生まれて初めて実物を見たのも確かだ。
だって、コイツを使う職業のヒトは、今の文明世界の住人では、一人もいない筈だから。
もし仮にいたとしても、もっと進んだ道具を使っている筈だから。
これは……一本?一振り?の、鍬だった。
鍬。
大昔、農家が使っていたという、畑や田んぼを造るため、土を耕すための道具。
フードコアの浸透で、食料を直接作る必要がなくなった現代では、これほど無用な代物はないだろう。
先生はこれを武器と言っていたけれど、今時、コイツの戦闘力は皆無に近い。
固くなった土を柔らかくするのには使えるだろうけれど、パワードスーツの装甲にダメージを与えられるとは、とても思えない。
それどころか、個人用の電磁シールドさえ破れるかどうか疑問だ。
見たところ、金属部分はただの鉄のようだし。
一応、【解析】さんを試してみるか。
[聖鍬レベル1]
聖属性を与えられた鍬
魔物や魔族に対して僅かに特効あり
使用者に農家スキルがある場合、全ステータス+1
使用者に農家スキルがある場合、全スキル経験値補正+10
使用者に農家スキルがある場合、クリティカル補正+5%
材質 鉄 鋼 合成繊維
うーん、正直微妙。
というか、魔物とか魔族とか、何のことやらだね。
それにスキル経験値とかはともかく、ステータスって何の事だ?
でも、まぁ、なんだ。
農家スキルを持っている僕が使う分には、多少お得といったところかな?
「い、如何でしょうか?」
ティナが緊張した様子で訊いてきた。
「……持ってみても?」
「構いませんわ。それはウィリアム様のために、ウィリアム様のためだけに作られしものですから」
「ありがとう」
即答でお許しが出たので、持ってみる事に。
黒い柄には、グリップらしきものはない。まぁ、鍬だからね。元からそういうのはなかった筈。
両手で柄を握り、持ち上げてみる。柄の部分にはほとんど重さを感じないから、かなりトップヘビーだけれど、全体的にそんなに重く感じないから、10歳(肉体的には11歳)でも軽々と持ち上げる事ができた。
なんだろう。
農家スキルのせいか、かなりしっくりくる。
みんなからちょっと離れて、軽く振り回してみた。
もちろん、石畳を傷つける気はない。振り下ろす時も途中で止める。
うん。
貴族としては剣とかの方が相応しいのだろうけれど、僕的には何の問題もないな。
というか、結構気に入ったかもしれない。
今まで近接戦闘用武器は色々扱ってきた。剣、槍、戦斧、光線剣その他諸々。
でも、補正のせいだろうか、この鍬が一番戦闘力が伸びそうだ。
オマケに独特の形状のせいか、振ったときの風切り音が派手だ。
槍を振り回した時とはまるで違う。
戦斧も相当な音だったけれど、あれは重すぎて、僕の体力では鋭く振り回すのはちょっとキツかったくらいだから、とても及ばない。パワードスーツを着た時は、こうして生で音を聞く訳じゃないから、比較のしようがないし。
正確にコントロールしつつ、振り回す速度を徐々に上げていく。
柄に使われている合成繊維は、軽くて固いけれど、僅かに柔軟性を持たせているように調整されているようだ。これに負担がかからない程度にしておこうか。
今後改良するとしたら、この部分だろうな。
鉄と鋼で構成された先端部分に不満はない、と。
もちろん、材質的にもっと優れた金属ないし非金属はいくらでもあるだろうけれど、何故か手を付ける気にはなれなかった。
ティナが苦労して聖別化とやらを施してくれたからだろうか。
それにしても、妙な話だよね。
僕がティナと会ったのは、つい最近の話だ。
ティナの口ぶりだと、この[祭壇]が建設されたのはかなり前の事だろうし、鍬はそれから用意されたのだろうけれど、それにしたって忠賊貴族騒動よりずっと前の事には違いない。
ではティナはなんで農家スキル所有者専用の武器なんか用意したのだろう?
彼女の事だから、『アルス様』のために用意した、というのなら分かるけれど、それなら勇者用に、例えば聖剣とかにするのが自然だろうに。
鍬を持った勇者?
そんなの、どうやって想定する?
まさか、実は僕は本当にアルス?
アルスは実は農家だったとか?
いや待て。
そうやって自分の都合の良いように当てはめるのは危険だし、第一卑怯だ。
うん。冷静になろう。
多分、ティナはこの鍬だけじゃなく、色々用意していたのだろう。
父様が王都星を出たのは、僕が合格した後。
つまり、ティナは僕が農家スキルを持っている事を知った後という事だ。
という事は、王様が[祭壇]をパッケージする時に、他の武器を破棄した可能性が出てくる、というか、破棄したに違いない。
「……分かっていた事でしたけれど、強敵ですわね」
「……これであっさり認めてくれたら、楽だったけれど、ウィルの頭の良さが仇となった」
ティナと先生が何やら話し合っているけれど、風斬り音が邪魔して、よく聞こえない。
うん、こんなものかな?
振り回すのをやめて、先端部分を下にして床に静かに降ろす。
鍬の先端は柄に直角で、しかも僅かに内側に湾曲しているから、床を傷つける事はない。
「ウィルの槍術は、年齢の割には大したものだとは思っていたが、それ以上だな。あれほどの動きをして、息ひとつ切らしていない」
父様が感心してくれた。やったねっ。
「しかし、一般学生も多くいる大学構内で、あのような物を振り回されては困ります。やはり持ち歩く許可を出す訳には」
「問題ない」
マイモンさんの言葉を、先生が遮った。
「農家スキルに【農機具収納】があった筈。ウィル。【農機具収納】と唱えてみて」
「え?」
「いいから、【農機具収納】」
訳が分からないけれど、先生の目はマジだ。
こういう時は素直に言うことを聞くに限る。
「【農機具収納】」
変化は劇的だった。
僕の手にあった鍬が光に包まれると、次の瞬間、どこかに消えてしまったんだ。
今年ももうすぐ終わりです。でもやっと、ようやく、ついに、題名が補完されました。鍬、ついに登場(笑)
10章2幕までかかるとは、僕も実は想定外だったりします。陳謝。
来年もよろしくお願いします。