鍬と魔法のスペースオペラ 第十章 その1
第十章 レパルスの新たなる冒険
1・観光ツアーと考課
中央宇宙港はガラガラで、停泊している航宙艦は、一隻もない。
父様は戦闘艦100隻、工作艦100隻を引き連れてきたけれど、その悉くを[ニューブリテン]建造に使っちゃったんだから、一見、それは当たり前の光景に思える。
でも、実はそうじゃないんだ。
工程表では、[ニューブリテン]の大工場が稼働し、新設計の戦艦群を建造する事になっていた筈。
つまり[ニューブリテン]建造で、古い艦艇を再利用しつつ、領軍の装備を一新させようという計画だったんだ。
どうもおかしい。
シャド1だって、戦う意志を示さないために内部に係留したというより、まだ配備前のようだったし。
まるで工期が遅れに遅れて、[ニューブリテン]本体の就航に間に合わせるのがやっと、という感じじゃないか。
それとも予定を繰り上げて、早く出てきたのかな?
そんな事を考えているうちに、[レパルス]は一番埠頭に着港した。[アガレス]達駆逐艦隊も二番以降に続いて着港していく。
「艦の固定、完了しました。エンジンカット。到着です」
「プーニィ、ご苦労様。みんなもありがとう」
艦長達にもお礼を言って、ブリッジを後にする。
メインハッチまでは、リニアリフトを使う。先生とティナが付いてきた。
艦長達はまだ残務があるからか、同行しない。
マイモンさんは……まだ医務室かな?……ああ、すぐに回復したそうだけど、廊下もいっぱいで、動きが取れないのか。
うん、リニアリフトを確保出来て良かった。
今、教授達を野放しにする事はできない。絶対騒動になるからね。
艦内から、[ニューブリテン]の環境報告は受けている。大気組成はもちろん、重力、病原菌、放射線の有無など、一切問題ない事は分かっている。
第一、メインハッチのすぐ外には、領軍の兵士さん達が大勢活動しているのが見えているから、安全に決まっている。
なにより、最前列で僕を待ち受けているのは、父様自身だし。
父様の斜め後ろに立っているのは、執事頭のローレンスだ。
ローレンスが同行するなんて珍しいな。軍属でもないのに。
[レパルス]のメインハッチは、大きなスロープになっていて、船体最下層にある。既に開ききっているけれど、みんな僕に『最初の一歩』を譲ってくれたようだ。
「父様お久しぶりです」
父様が見えたので、その場で手を振り、駆け寄る――が、抱きついたりはしない。
「タルシュカットを出てから、もう半月ほどになりますか。
会いたかったです」
だって、僕の傍にはティナがいるから、さすがに恥ずかしいからね。
両手を広げたまま父様が固まってしまった。ちょっと罪悪感。
でも父様も大貴族だ。王家への礼儀は家族への情より優先させなければならない立場である事を、誰よりも心得ている。
父様はちょっと誤魔化すようにぎこちなく姿勢を正したあと、視線をティナに向け、優雅に挨拶した。右手を左胸に当て、左脚を軽く引き、浅く頭を下げる。
「ご無沙汰しておりますアルスティナ殿下。この度は賊徒の襲撃を受けられたとか、ご無事で何よりでございました」
ティナも見事なカーテシーを決める。
「ウィリアム様に助けて頂いたおかげですわ、お義父さま」
会って3秒で問題発言。
だがこの程度は父様も想定していたのだろう。
「いえ、タルシュカットの男なら、賊を殲滅するは本懐にございますれば」
軽くスルーして笑う……が、
「さすがはお義父さま。殲滅伯の名は伊達ではございませんね」
ティナもさる者、容赦ない追撃をかけた。
意地でも義父と認めさせるつもりのようだ。
二人とも、笑顔が妙に怖いんですけど!
「そ、それより父様。
宇宙港に僕が設計した新型艦がいないのですが、まだ造船所ですか?」
無理矢理話題を逸らせようと、気になる事を尋ねる。
話題を変えたかったのは、父様も同じ。早速乗ってきた。
「う、うむ。
現在20隻ほど建造中だが、問題があってな」
「問題、ですか」
いや、単に話題逸らしという訳じゃなかったみたい。
なんだろう。僕が想定していなかったミスかな?
「HDジェネレーターや亜空間コンバーターを含めた重要機関が、まったく製造できなかったのだ」
「僕の設計ミスですか?」
「いや……」
父様が視線を逸らす。
「やはりHD空間で、一から超精密部品を作るのは難しいらしい。[ニューブリテン]の重要機関はほぼ流用だから何とかなったがな」
そういえば、[ニューブリテン]はすぐに作る予定ではなかったっけ。もちろん、HD空間で突貫で建造するなんて、想定外もいいところだったりする。
たしかにHD空間は、かなり過酷だ。
ディフレクター・シールドで守られているとはいえ、人体では感知できない程度の振動はあるから、精密部品の製造に向いていないのは分かる。
特に亜空間コンバーターやHDジェネレーターは、製造プラントは普通、地震活動のない惑星の地下深くか、衛星軌道上の専用コロニーに設けられるのが普通なくらい、製造にはデリケートな環境が要求される。
「しかし[レパルス]のヨシミツ工房長はHD空間内で、よくウィル所望の機材を開発したりすると聞いているが?
だから我々でもできるかと思ったのだが。
工作艦100隻分の工作機械と、熟練の職人集団だぞ?」
「ヨシミツ大尉は例外です。彼の指先センサーは、先端工作機械以上の精度ですし、工具の扱いにしても、タイミングの取り方にしても、神業ですから」
本当、あんな神職人が、なんで辺境の領軍にいるのか、謎だ。
まぁ、僕や先生がしょっちゅう無茶振りをしているけど、むしろ燃えると言ってくれる、いい人だからかな?
「大尉に話しておきます。この[ニューブリテン]の工場長を兼任させて、必要な機材を作ってもらいましょう。
もちろん[ニューブリテン]の全体チェックの後になると思いますが」
だんだん不安になってきた。
大丈夫かな?この超巨大艦。
でもヨシミツ親方に任せておけば、大丈夫だと思う。
むしろ彼を外したら絶対怒られるね。
「それで構わん。船体自体は概ね完了しているから、後は重要部分の製造と取り付け、そして調整だな。数は予定通り20だ。
どれくらいでできる?」
僕のパーソナルモニターに、作業の具体的な進捗状況が送られてきた。
確かにモナカは出来てる感じだ。
でも、肝心な部品がごっそり抜けている。
取りあえず、亜空間コンバーターとHDジェネレーター、今回の設計の目玉たる主砲基部は新規に作らないといけない、か。
もっとも、設計自体は終わっているし、同クラスの艦なら同一規格でいける。
というか、20隻全部戦艦なんだから、ある程度統一できるか。
それなら更に工期は短くできるだろう。
「納期ですか……そうですね、工場地区の出来にも左右されますが、親方……もとい、ヨシミツ大尉の腕なら、一ヶ月もあれば余裕かと」
「つまり、ウィルの入学式前後という事かな?」
「そうなります」
うっし、と父様が小さくガッツポーズをする。
そうか、入学式、父様は出たかったんだ。
でも、僕と先生が作業に加わったら、もっと早く終わっちゃいそうだ、と思ったら、先生が僕の袖を引いた。
「……ウィル。今回は悪いけどこれ以上手伝えない。一応既に設計の手直しはしておいたから、それで勘弁して欲しい」
あれ?先生にしては珍しいな。
今度の戦艦は、僕が一から設計した初の一等級や二等級戦艦の筈。まぁ、もっと大きな[ニューブリテン]という例外的な存在はあるけれど、流用パーツが多い同艦とは違い、新機軸の嵐だ。
当然先生はノリノリで関わると思っていた。
設計に勝手に手を入れたようだけど、そんなのはいつもの先生のノリなら、関わっているうちには入らない。
設計変更の箇所と、その理由は詳しく説明が書かれるのがルールだから、その辺りは心配していないんだ。
ちなみに今回造船するのは、新たな総旗艦予定の一等戦艦[ウェストミンスター]及び同型艦の[セントポール]、二等戦艦の[ヨーク]級5隻、[ニューハンプシャー]級5隻、[ブライトン]級5隻、[オズ]級3隻で計20隻。
[オズ]級はちょっと変わっていて……
「強襲戦艦はこの際どうでもいい。今私が注目しているのは二つ。
一つは、学長。
もう一つは、ティナの【祭壇】。
というわけで、早々に人払いを頼みたい」
「人払いかね?」
父様は左右を見渡す。出迎えの領軍士官達は見るからに動揺しているね。
そりゃそうだ。
彼らは過酷な10ヶ月を乗り越え、[ニューブリテン]を造り上げたのに、ねぎらいの言葉すらなく、すげなく追い払われては堪らないだろう。
でも、先生が追い払いたかった人達は、彼らではないと思う。
「父様。実は宇大の教授達が[レパルス]や駆逐艦に同乗してきました。史上初の惑星型超巨大航宙艦にして小規模ダイソン球殻ですからね。
研究者なら、万難を排して乗り込みたくなるのは当然でしょう?」
父様の目尻が下がった。
「いや、ウィルが初めて一から設計した大型航宙艦、というのが抜けているぞ。
そうかそうか。では機密レベルが許す限り、見学を許そう。
ローレンス!」
「イエス、マイロード」
ローレンスは優雅にお辞儀をすると、パーソナルモニターを操作する。
するとすぐに空中に20代の女性士官が映し出された。
『こちらタルシュカット領軍広報局TBCのサンタイムズ大尉です。
マイロードのお許しが出たので、私達はサーのお客人を歓迎致します。
ご希望があれば本艦の見学ツアーを開催しますが、ご承知の通り、本艦はあまりに巨大で、漫然と見学すると、数ヶ月はかかると予想されます。
ゆえに今回は、いくつかコースを当方にて提案させていただく手法をとらせて頂きます。
なにとぞご理解とご協力のほど、宜しくお願い申し上げます。
詳しくはお手元のパーソナルモニターにてご確認ください』
大尉が流れるように挨拶すると、空中の画像は、[ニューブリテン]の各所の紹介映像を映し出す。
かなり編集に凝っているなぁ。
大尉のコメントもそうだけど、相当準備してきたんだろう。
ただ待っているというのも馬鹿らしいと、ローレンスがどこからかテーブルと椅子を用意させ、僕らはちょっとしたアフタヌーンティーを楽しむ事となった。
ローレンスが淹れてくれる紅茶は絶品だ。
とはいえ彼もMFMを使っている、つまり元はフードコアである事には変わりはない。
僕と同じく、プログラムを修正しているんだ。
というか、基本的なやり方は僕がローレンスに教えたんだけどさ。
でも、僕よりローレンスが淹れたお茶の方が美味しいのは、こだわりの差だろう。
茶葉の指定や熟成の仕方、お湯の温度、硬水か軟水か、酸素がどれくらい入っているか、蒸らし方、その時間など、こだわるポイントはいくらでもあるからね。
今回はミルクティーのようなものに、スコーンのようなもの、一口サイズのチョコケーキのようなものといったラインナップだった。
ティナが感動して執事頭に会釈したら、恭しくお辞儀を返していた。
やがて各地から内火艇が集まってきた。
内火艇とは航宙艦に搭載された連絡用の小型艇のことで、惑星やコロニーへの連絡任務に主に用いられる。緊急時には、脱出ポットと併用される事もあるけれど。
ちなみにタルシュカットでは大きさによって区別され、大型のものは[ギグ]または[ランチ]、小型のものは[カッター]と呼ばれているんだ。
内火艇の艇長は[コクスン]という役職だけど、下士官以下からは[スウェイン]と呼ばれている。何か由来があるんだろうけれど、知らない。
元々遠征艦隊の各艦に搭載されていた内火艇群は、スラスターを軽く吹かしながら宇宙港に整然と着陸していく。
『グラ・スゴー方面に向かわれる方々は、こちらになりまーす』
『ニューマン島の公道サーキットでは、地上車の体験操縦が楽しめまーす』
『ダート・ムーア方面はこちらです』
『湖水地方はこちらになりまーす』
客寄せの声に釣られたのか、各艦からぞろぞろと教授達が出てきて、係員に誘導されながら目的の内火艇に向かう。
定員に達した艇から順次出発し、次の内火艇が着陸する、といった具合だ。
まぁ、まだできたばかりの人工惑星だし、安全確認だって万全じゃない。
さっき、親方達を乗せた[ヘファイストス]が[レパルス]から発進していった。たぶんこれから地獄の日々だろうね。
そんな調子だから、教授達に見せられる部分は、けっして多くはないと思う。
「それでも、他人より早く[ニューブリテン]の内部を拝めるというのは、役得にゃ。
この艦?惑星?からは、儲け話の匂いがプンプンするにゃ」
ミャウが狩人の目をして言い放つ。
「凄いッス。こんな人工惑星、見たことないッス」
「人工惑星そのものが、相当珍しいからな。ウチの地元じゃまったく考えられねぇよ」
「ダイソン球殻も人類史上初だそうですね。もう滅びてしまった文明では実現していたかもしれませんが……」
「さすがはサーの設計という事でしょうか。大いなる翼を得られたようで、なによりです。
今は久しぶりの親子団らん。
我らはしばらく席を外すとしましょう」
「そう言いつつも、さきほどからパーソナルモニターで真剣に行き先を検討しているお兄様です」
「それではサー。また後程」
102号教室組のみんなは纏まって動くようだ。
性格も趣向も違うから、てっきりばらけると思ったんだけどね。
いずれにせよ夕食は一緒にする予定だから、手近な見学コースを選んだらしい。
とまぁ、そんな調子で[レパルス]達から大量にヒトが出てくるわけで。
そうなれば、身動きができるヒトもいる。
「これは一体、どういう事なんですか!」
こめかみから血管が浮き出るような勢いで、僕らに問い詰めてくるヒトも出る。
宇大防衛隊司令教授のアム・マイモンさんだ。
貴族相手とは思えないような態度に、父様の視線が鋭くなる。
「……どなたかな?」
「宇大防衛隊のアム・マイモン司令教授と申します閣下」
マイモンさんはキリッとした敬礼をするが、眼光だけでヒトを殺せそうなくらい怒っている。椅子を勧められ、父様の正面に座るが、ローレンスが用意したお茶には手をつけそうにないな。
「映像通信の時とは、お姿が随分変わられましたね。タルシュカットには、若返り薬もあるのですか?」
「ああ、あれは単なる特殊メイクだ。ちょっとした悪戯だよ」
「いたず……フェアリーゼ星間王国の貴族として、それはどうなのでしょう?」
「もちろん、意味はある」
父様は両肘をテーブルについて、指を組む。
「あの時は、30年も無駄にする愚かで、聞く耳をもっていなさそうな、狂気をはらんだ親を演じる必要があったからな。
どうだ?かなり引いただろう」
「ええ、とても話し合いに応じてくださるようには見えませんでした。
すると、サーの言う通り、全ては冗談だったのですか?
サーを故郷にお連れするのではないのですね?」
マイモンさんの怒りは少し収まったようだ。
まぁ、領軍上げて揶揄われたと分かると、別種の怒りがこみ上げそうだけれど。
「さて。それを決めるのは私ではない」
対する父様は指を組んだまま、僕を見た。
「どうするウィル?
見ての通り我々はHD空間内で、ダイソン天蓋型の移動式人工惑星の組み上げに成功した。
人類史上初らしいから、王国、帝国問わず、我々の技術力は突出していると言っても過言ではあるまい。
ならば大学にわざわざ行かずとも、タルシュカット領内でウィルは好きに研究開発しても、我々ならば応えられると思うのだが」
父様はまっすぐ僕を見据える。
なるほど、そう来たか。
「うちから宇大生を出す事は、一族の悲願だったのではないですか?」
そうなんだ。
そんな悲願があるから先生は実力テストと称して、僕に入試を受けさせた。
だが、父様はニヤリと笑う。
「その通り。
だが、ではなぜタルシュカット家の悲願が宇大合格だと思う?」
「僕らが辺境の野蛮人じゃないって、他の貴族達に示したかった、とかですか?」
父様は小さく頷いた。
「恐らくはそんなところだろうと、私も思う。
だが、それを言うなら、ウィルが高家に叙爵される事で、充分に目的を達したとも言える。もはやウィルを単なる田舎貴族と軽んずる家があるとは思えないからな」
組んだ指先がピコピコと動く。
これは父様の機嫌が相当良い時の癖だ。
「僕が、ですか?オゥンドール家そのものではなく?」
「家格よりも、ウィル自身が幸せに生きる事の方が、はるかに重要だ。
実際、高家となったのはウィル個人だしな。つまり貴族籍上では、オゥンドール高家男爵家はオゥンドール伯爵家の分家ではなく、独立した貴族家だ。
もちろん、家族の縁はそのままだから、結果的に我ら親族も軽んじられる事はもうあるまい。それどころか優秀な息子を持って羨ましいと、猛烈に嫉妬されるであろうな。
ふははは。嫉妬の視線が心地よいわ」
うん。貴族とは、そういう生き物だからね。
成功者を羨み、嫉妬で足を引っ張ろうとするのも貴族。
それを他者より優れていると、敵からも認められたと喜ぶのも貴族だ。
「で、どうする?」
父様の目が、僕を試すように……いや、違う。
試されているのは、僕じゃない。
ちらりとマイモンさんを見る。
縋るような目だ。
父様と違って、言葉でプレゼンをする気はないようだ。
まぁ、宇大だしね。
今更宇大の魅力をアピールするのも何だし、軍のマイモンさんでは荷が重いだろう。
そもそも宇大に興味がなければ、受験するわけがない。
「もちろん、僕は入学しますよ。
そのためにここに来ましたし、試験も受けました」
「そうか。わかった」
父様は頷き、マイモンさんは安堵の息をついた。
「それに父様だって、拠点とするために[ニューブリテン]を造ったのでしょう?
この艦は、僕が好きにして宜しいのですよね?」
「もちろんこの艦はウィルのものだ。
でないと私は王家への反逆者となってしまう。
まぁ、それはどうでも良いが、ウィルに迷惑をかけたくないからな」
王家が大型艦や惑星の開発を認めたのは、あくまで僕、オゥンドール高家男爵家に対してだ。オゥンドール伯爵家じゃない。
だから[ニューブリテン]の開発者はあくまで僕で、父様は建造を手伝ったに過ぎない。
まぁ、アレだね?
夏休みの自由研究の実質製作者は、父親だというヤツ。
僕は小学校には通った事はないけれど、そういう話はよく聞く。
領軍にはそういう立場の人は多いし、僕自身、研究テーマの相談を受けた事もある。
その時請われて作った、『アサガオ育成シミュレーション(ベータ版)』は、なぜかその年の領主賞を取った。
植物なんかタルシュカットには一本もないから、興味を引いたのかもしれないな。
それはそれとして。
「ローレンス」
「はい、マイロード」
父様は背後に控えたローレンスを呼ぶと、言いつけた。
「本作戦は全て終了した。オールオーバー」
「了解しました。各部署に通達します」
ローレンスはテキパキとパーソナルモニターを操作し、父様は実に晴れ晴れとした表情になった。
「あの、つまり、サーはこちらで預からせて頂いても」
「構わんよ。元々そういう話だったしな。
我々が今回のような『暴挙』に出たのは、あくまで依頼によるものだ」
「依頼……」
初めはぱぁっと明るくなったマイモンさんだが、父様の話が進むにつれ、笑顔が凍り付いていく。
「宇大の勝利条件は二つ。
一つは、ウィルが宇大に留まると決める事。
もう一つはこの[ニューブリテン]と戦い、撃破するというものだが、まぁ、これは不可能問題になるな。
宇大も大好きだろう?『不可能問題』。
ウィルには、1次試験と3次試験の、二回も仕掛けたくらいだからな」
父様の口元が皮肉に歪む。
まぁ、貴族だからね。この程度の皮肉など、可愛いものだ。
マイモンさんの頬は引きつっているけどね。
「宇大が勝利条件を満たしたので、試験は終了した。
おめでとう、合格だ。
まぁ、緩すぎる勝利条件だからな。合格自体は不思議じゃない。
問題は、評価だろう」
父様はまるっきり他人事のようだ。いや、実際に他人だから当然か。
「基本戦略レベルはCプラス。
平和的解決を求めたのは評価できるが、判断をウィルに頼りすぎだ。
今回ウィルはお姫様だからな。お姫様に頼りきりの騎士では主人公にはなれん。
戦術レベルは悪くはないな。Bマイナス。
艦隊の配置には工夫が見られた。身を挺して互いの射線を遮る、というのはあの状況ではなかなかに勇気がいる事だ。
だが、戦闘衛星を敢えて外したのは少々頂けない。平和交渉のアピールのつもりだろうが、我々を信用しすぎだ。
諸君は宇大を、多くの学生や教師達を守る立場である事が大前提なのだから、もっと強気でも良かっただろう。まぁ、そうなると今度はタカ派の暴発が怖いが、それを制御するのも諸君の実力なのだから。
最後に戦闘レベルだが、白兵戦による奇襲で当方の拠点の制圧を狙ったのは良いが、結局一つも制圧できなかったので、評価はCマイナス……と言いたいところだが、フラッグポイントに最接近した部隊は、57メートルと、こちらの予想を大きく上回ったので、一段階上がって基本評価はC。
どうせウィルの入れ知恵だろうが、最初から演習用装備だった点は加点要素となるが、その一方、演習だからといって、ちょっと死にすぎだ。
平均死亡回数が15回というのは、うちの白兵屋達が呆れていたぞ。
もっとも、充分に補給ができている軍事拠点の制圧など、難しくて当たり前だからな。
この演習が宇大にとって、実になれば良いと思う。
よって、総合評価はC。もっともこれは私個人の評価であり、あくまで参考点だ。
ローレンス」
「はいマイロード。今し方データ送信が終了しました。
先方からは、報酬については問題なく履行されるという事です」
「うむ」
父様は満足げに頷いたが、マイモンさんは不安そうだ。
「あの、データの送り先を教えて頂くわけには……」
父様はニヤリと笑う。
「もう試験は終了したのだから、教えるのは構わんよ。
というか、ウィルやリルルカ、そして殿下にはお見通しのようだが」
「学長」
「怪しいヤツ。どうにも気に入らない」
「ですわね」
即答したら、マイモンさんはガクッと肩を落とした。
「あんにゃろう……何が交渉は任せろよ――」
「ああ、緊急時の対外交渉権は学長案件だそうだな。
良かったじゃないか。その判断は間違いではない。きっと高評価だろう」
いえ、そういう問題じゃないと思います。
でも、まぁいいか。学長は確かに胡散臭いけど、どうにも敵とは思えない。
『敵に回らない限り、相手を肯定的に考える』というのが、オゥンドール流の人生哲学だし。
それに、[ニューブリテン]を沈めるのが、不可能問題?
とんでもない。
今のままじゃ、とんだ欠陥品だよ?
単純に沈めるだけなら、今の宇大の戦力でも方法はある。
高家になって、大型艦や惑星の開発を許されて、嬉しくて嬉しくて、ついそのままの勢いで夜中に一気に書き上げた設計図。
問題ない訳がないじゃないか。
そこに過酷なHD環境下での無茶な建造という悪条件が重なったんだ。
ヨシミツ親方を先行させたのも、とにかく急いで手をつけなきゃいけない重要箇所がいっぱいあるわけで。
その事は先日の講義でも明らかにしておいたから、観光ツアーに出かけた教授達には良い刺激になっている事だろうね。ふふふ。
「なんだかウィルが悪い顔をしているな」
「何か企んでおられるのでしょうか……そんなウィリアム様も、素敵ですわ」
「一つ確実に言える事は、この後、地獄を見るヒトが大勢出る。間違いない」
なんだか父様達が好き勝手な事を言っているぞ。
でも、すっかり仲良しになったようで、何よりだ。
「ところで、父様達が受け取るという報酬って何なんですか?」
今回父様達が冒したリスクは大きい。
傍目にみれば、タルシュカットが宇大に対して戦争を仕掛けたようにしか見えないからね。
そして、フェアリーゼ星間王国の辺境領地でしかないタルシュカットには、対外戦争権はない。
つまり、王家に対する反逆と受け取られかねないし、普通に重大な外交案件だ。
まぁ、学長もグルだったわけだし、そもそも依頼者な訳で。
王様だって、わざわざ[祭壇]を父様に託したくらいだ。つまり王様もグルだ。
それでもそこは貴族社会。
どう噂が転んで、父様に不利に動くか分からない。
ただでさえ、嫉妬されると父様自身が認めているのだから。
「オフセットゲートの無期限利用権だ。艦隊の規模は制限されるが、これで宇大タルシュカット間の移動が楽になる。
つまり、我らはいつでもウィルに会いに行けるし、ウィルだって実家に簡単に帰れるようになるわけだ。
さすがにゲートと宇大の距離を考えると、家から直接通うわけにはいかないがね」
なるほど。それは破格な報酬かもしれない。
そこまで優遇されるなら、タルシュカットの謀反とは、誰も思わないだろう。
それどころか、一辺境に過ぎなかったタルシュカットの将来像まで変わってくるかも。
これまで宇大は地政学的に孤立していた。
軍事的にはゲートを利用することで、宇大はどこの国にでも、一方的に攻撃を加える事すらできた。
今までは、あくまで教育研究国家として、平和的な存在と認識されてきたけれど、永久にこのままであるという保証は、どこにもない。
だからこそ、各国家は学生や教授達を宇大に送り込むことで、友好関係を維持してきた。
そしてそれは同時に、宇大にとっても安全保障の重要な鍵ともなった。
宇大卒業生達が国家の重鎮となり、一方で学閥を形成する。
王国と帝国が、一度は(誰も死ななかったけれど)戦争をしながらも、今は友好的なライバルで居続けているのも、この学閥の影響もあるに違いない。
両国の官僚が、元は学友だったりするわけだから。
ところが今回、その『名誉ある孤立』が崩れた。
タルシュカットには独自の外交権はないけれど、事実上、宇大と同盟関係になったと周囲からは解釈されるだろう。
父様の口ぶりでは、行き来できる艦隊の規模は最小限だろうけど、それでも小規模ながら貿易も可能だ。
そして何より、技術交流と、それに伴う技術移転。
どう考えても、タルシュカットには益しかない。
確かにうちの技術力も大したものになっているとは思うけれど、基本的に発展しているのは、主に先生と僕の興味を引いたジャンルに限られ、歪ともいえる。
まぁ、みんなに頼まれて進めた事業もかなりあるから、そこまで酷くはないとは思うけどね。
それでもあらゆるジャンルに最先端の研究の手を伸ばした宇大の方が、総合力で圧倒している。
当然、グルである王様だって、報酬の件は承知しているだろうから、黙っている訳がない。今まで半ば放置されてきた辺境デルタセクターだけど、これからは単なる辺境ではなくなるわけだ。
艦の行き来は増えるだろうし、中継地点の星系だって大いに潤うだろうね。
つまり、王国と宇大が同盟関係になる日も近いわけだ。
こうなると、帝国はどう動くのだろう。
一度も行ったことはないけれど、一応名誉男爵らしいから、僕とも無関係ではない話だ。
「ウィル」
先生が僕の袖を引いた。
「人払いが済んだ。さっさと[祭壇]に行こう」
相変わらず、空気を読まない先生だ。でも確かに興味はあるな。
 




