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鍬と魔法のスペースオペラ  作者: 岡本 章
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鍬と魔法のスペースオペラ 第九章 その10

   10・ニューブリテンの主


 惑星型超巨大航宙艦。

「戦艦じゃあ惑星に勝てないのなら、惑星サイズの戦艦を造ってしまえばいいじゃない」

 という、もの凄く乱暴な理屈から生まれた、大いなるロマン兵器。

 アイデアそのものは、意外なほど古くからあった。

 古くは、無人の惑星を改造して、移動可能としたもの。いや、しようとしたもの、が正しいか。

 何故なら、成功例がなかったから。

 

 第一の試みは、惑星の極点に巨大なスラスターを取り付け、推進力としたが、推力が足りず、結局軌道を変える事はできなかった。

 

 第二の試みは、エンジンをより大型化し、スラスターも数倍のサイズかつ、推進装置の数を10倍にした。シミュレーション上では、惑星サイズでも動かす事ができる筈だった。

 結果は、推力に惑星自体が耐えられず、崩壊してしまった。

 

 第三の試みは、ディフレクター・シールドを使い、惑星の質量軽減を試み、ついに軌道から動かす実験には成功した。

 だが、無人とはいえ、惑星を安定した軌道から動かした事は思わぬ悲劇を生んだ。

 

 星系に属している全惑星が軌道から外れ、悉く恒星に飲まれる事がわかった。

 実験惑星が軌道から離れた期間は数ヶ月と短かったが、各惑星の重力干渉のバランスを崩すには充分だったようだ。

 シミュレーション上では、全ての惑星(8つあった)が飲まれるまでには時間はかかるものの、恐ろしく不安定な軌道ゆえに、修正する事は当時の技術力では不可能だった。

 結局8年という早さで全部の惑星は恒星に飲まれてしまった。人的被害こそなかったものの、大量の地下資源が消えてしまった。

 その悲劇以来、無人であろうとなかろうと、惑星を改造して航宙船にする事はタブーとなったのだ。


 次のアイデアは、人工の惑星を作ろう、というもの。

 タルシュカットの[ニューブリテン]もこのカテゴリーに入るだろう。

 ダイソン球殻、それも移動可能なダイソン球殻という、とんでもないカテゴリーにも入るわけだが。

 こちらについては、既存の惑星への干渉は最低限だ。

 ディフレクター・シールドによる質量軽減も併用すれば、惑星に接近した際、ロシュの限界(巨大質量同士が接近し過ぎると、重力と潮力により相崩壊を起こす現象)も防げる事が分かった。

 だが、設計段階で頓挫する例が続出した。

 いや、タルシュカットが最初の成功例である以上、それまでの計画は全て失敗した訳で。


 理由は簡単。


 惑星サイズの人工物を反動推進で動かそうとすると、何を燃料に使おうが、絶対に足りない。

 ホンモノの惑星を使った時は、動かした時間は約15分に過ぎない。

 それで備蓄した燃料の悉くを使い果たした。

 再起動するのに数ヶ月使ったのは、燃料の充填のためだ。結局そのかかった時間が、惑星がことごとく恒星に落ちるという悲劇を生んだわけだが。

 そして、人工惑星を実用化しようとすると、仮に反物質エンジンを使うとして、惑星の、実に30%を丸々反物質プールに使う必要がある事が分かった。

 当時もっともエネルギー変換効率が良いとされた反物質でさえそうなのだから、他のエネルギー源では惑星サイズすらはみ出るかもしれなかった。いや、きっとそうなるだろう、と誰しもが思った。

 そして惑星サイズの3割を占める反物質?

 凡そ現実味がなかった。


 また、惑星級兵器というカテゴリーそのものがもたらす政治的な課題にも直面した。

 そもそも所持に関して、メリットよりデメリットの方が多いと考えられたのだ。


 確かに敵の惑星と直接五分の条件で戦える、というのは普通の航宙艦にはない魅力ではある。

 だが、それだけだ。

 惑星が持つ強力な兵器で撃ち合えば、互いにタダでは済まない。戦争目的が資源確保の場合、敵惑星への深刻なダメージは目的達成の障害となる。

 それに強力過ぎる兵器の存在は外交上不利となり、最悪、周辺国家群から袋だたきになりかねない。

 そういうわけで、惑星型航宙艦は、ダイソン球殻とは別の意味で夢の兵器だ。悪夢だが。


 そして宇大防衛隊は、悪夢の只中にいた。

 艦隊は遠巻きにしているだけだ。

 タルシュカット領軍の人工惑星[ニューブリテン]のディフレクター・シールドは強力で、艦隊の艦載兵器では、まったく刃が立たないだろう、というのが宇大の戦略AIの分析結果だし、下手に攻撃して殲滅伯を刺激したくなかった。

 一方、タルシュカット側も、殲滅伯が一方的に通信してきて、高笑いと共に勝手に切った後は、まったく動きがない。

 戦闘衛星のようなものも確認できない。それどころか、艦隊も出てこない。


「タルシュカット側の要求はただ一つです。ウィリアム様さえ彼らに返してしまえば、平和的解決が可能かと。逆にいえば、他の方法での和平は困難です」

「しかし、それは事実上の敗北ではないか。我らが弱腰になると、タルシュカット伯だけでなく、他家までモンスターペアレントになりかねない。父兄の要らぬ口出しを許す事は何としても避けねばならん」

「今はそんな悠長な事を言っている場合か!コロニーや惑星上にいる、多くの市民や学生の生命や財産を守る事は、我々の最大の責務だ。

 そのためなら、多少の妥協はやむを得まい」

「多少で済むか多少で!よりにもよって、入試歴代最高得点の首席合格者を、試験が物足りないと抜かす親の圧力で手放すなんて、こんな事が外部に知られたら、宇大そのものが終わるかもしれんのだぞ?

 第一、それについては、散々話し合い、結論も出ていた筈だ。

 我々は、暴力には決して屈さない。

 教育者としても、研究者としても、そして軍人としても、だ」

「しかしあの時は、敵があんな代物を用意してくるなんて、誰も想定していなかっただろうが!」

「敵ではない。父兄だ」

「こんな時に言葉尻を捉えるなよ。つまらん万年野党政治家か貴様は」

「……えらいすまんかった」

「……いや、こちらこそ。さすがに万年野党政治家は言い過ぎた」

 と、普段犬猿の仲と噂されている幹部二人が、息の合った漫才をしてしまうくらいには、防衛隊上層部は混乱していた。

 ――もっともその漫才は、現状の課題を明白にしてくれたのだが。


 クリプトマンがマイモンに視線を向ける。

「ここはやはり、サーに相談すべきでは?

 何か良い知恵を授けてくれるかもしれません」

 マイモンは一旦頷きかけるが、迷う様子をみせた。

 クリプトマンは、ここぞとばかりに食い下がる。

「我々の兵器は通用しそうにない。かといって、通信は無視される。

 このままでは、どの道打つ手はなさそうです。

 殲滅伯の要求を飲むも飲まないも、結局はサーの意志でしょう。

 サーが帰りたいなら、帰れば良い。

 帰りたくないと仰ったら、我々は最後まで抵抗する。

 それが学生を守る、教育者の、または研究者の先達としての矜持というもの。

 それで敢え無く玉砕するというなら、しかたない。

 それでも、最後まで意地を通した我々は、歴史の勝利者となるでしょう。

 司令教授。ご決断を!」


 マイモンは、半眼をクリプトマンに向けた。


「時計を見なさい。今、宇大時間で、午前3時ですよ?

 私達にとっては、今は緊急事態ですが、サー・ウィリアムに私達の都合を押しつける訳には参りません。そうでしょう?」

 大上段に長演説をぶっこいたクリプトマンは、思い切り赤面した。


   ◇◆◇    ◇◆◇   ◇◆◇


『GYAAAAAOOOOSS!』

 全長20メートルのブラックドラゴンが悲鳴を上げる。

 無理もない。

 オリハルコンの剣ですら弾く首元の鱗に、鋼鉄製の鍬の先端が、思い切り突き刺さったのだから。

 鋼鉄なんかよりオリハルコンの方が、ずっと優れた金属なのは、誰もが知っている事。

 魔法で鋼を強化したのかって?

 農民である俺が、魔法なんてもの、使えるわけがないだろう?

 農家スキルでちょっと使い勝手を良くしただけだ。

 もっとも、スキルを戦闘じゃなく、農作業のために工夫しているのは、少なくとも近所じゃ俺だけだけど。

 だって、折角スキルなんてモノがあるなら、利用しなきゃ勿体ないじゃないか。

「死にさらせぇやっ」

 再び鍬を持ち上げる事なく、そのまま振り抜く。

 容赦なく首の鱗も、肉も、骨も抉り、ブラックドラゴンはそれ以上悲鳴を上げることなく、逆に頭部を地に落とした。

 頭部の双眸からゆっくりと光が失われる。

「他人様の畑を荒らすからだ。ちったぁ思い知ったかこのボケがっ」

 反応がない。

 どうやら仕留めたようだ。


 竜の血が、俺の畑に染みこんでいく。

 畑の土に悪影響を与えなければいいんだが。


「……まさか、倒したのか?」

「黒竜は、王様の騎士団でもかなわないんだろ?Sクラスのモンスターじゃないか」

「いや、成竜だから、SSクラスだ」

「「「すっげぇ!つか、意味わかんねー!」」」

 畑の周囲に集まった冒険者達が騒いでいる。

 村の衆は避難しているからな。ここにはいない。

 騒ぐのは構わないが、畑を荒らしたら殺すぞ。

「おーいアルス!その竜どうすんだ?

 王都に持っていけば、オークションで大もうけできるぞ?」

 顔なじみの冒険者の呼びかけに、俺はブラックドラゴンの死体を見つめる。

 

  農家スキル【鑑定】

 

 ブラックドラゴン『ガルガロン』

 種族 暗黒種邪竜

 所属 魔王軍 竜騎兵師団 階級※※※

 特技 暗黒ブレス 噛みつき テールクラッシュ 暗黒の爪 ※※※

 利用可能部位 全部(捨てる所はありません)

 農家スキル特効箇所 血液(そのまま畑の肥料になります) 

           骨(焼いて砕き、骨粉にすることで、畑レベル上昇)

           内蔵(ミンチして乾燥させると肥料になります)

           魔石(※※※)

           牙(※※※)

           爪(※※※)

           眼球(※※※)

           脳(※※※)

           鱗(※※※)


 良かった。ドラゴンの血は毒じゃなくて、肥料になるのか。

 それはそれとして、

 やはりコイツも魔王軍とやらだったか。

 時折畑を荒らしにくる害獣の群れだ。

 害獣死すべし。慈悲はない。

 だが、死んだ害獣は有効活用させてもらおう。

 

 納屋から大型の草刈り鎌を持ちだした。

 誰かが「死神の鎌だ!」と叫んでいるが、気にしない。

 料理スキルを使って手早く解体していく。

 本当は吊せれば良いんだけど、吊す場所も道具もないから仕方が無い。ドラゴンは少々大きすぎる。

 当然血がドバドバ出るが、肥料だというから気にしない。

 もっとも、土に栄養があり過ぎても問題だから、後で調整する必要はあるけどね。

 

 捨てる場所はないというが、少々手に余るサイズだな。

 取りあえず、肉は自分が食べる分は確保し、残りは冒険者達や村人に配ることにした。

 泣いて喜ばれた。

 

 それにしても、俺の【鑑定】はまだまだ分からない箇所が多いな。

 それでも旅の魔法師に聞いたら、異常らしいが。

 ま、農家スキルの【鑑定】は、鑑定士のそれとは随分違うようだから、考えてもしかたがない。

 取りあえず、利用法が不明でも、特効箇所とされた部位は保存しておこう。

「【作物収納】」

 農家スキルを使って、人にあげる分以外の部位を全部収納しておく。作物というだけあって、中身が劣化しないのはありがたい。

「出たアルスの無限収納魔法!」

 冒険者の一人が叫ぶ。だからこれは魔法じゃなく、単なるスキルだから。

 スキルは魔法のような奇跡の産物じゃなく、ただの技術だ。誰でも使おうと思えば使える代物に過ぎない。

 ただ、大抵の人は戦闘にしか使えないと思っているし、第一工夫が足りない。

 実に勿体ない話だ。


「なぁアルス。竜だったらオークションにかけないか?

 ちょっとした部位でも大金になるらしいぜ?」

「そうだそうだ。SSクラスのモンスターだからな。捨てる場所なしだし」

「たとえば牙を加工して造った剣は、もれなく魔剣になるって話だ。ドワーフ共がヨダレをたらすぜ」

 へぇ。魔剣になる素材か。凄い農機具が造れそうだな。

 今のところ※※※なのは、俺の加工技術が足りないのか、他にも素材が必要なのか。

 この村には野鍛冶がいない。

 だから農機具は自分で造るか、遠くの街の鍛冶屋に出かけて、依頼するしかない。

 俺は前者だ。

 俺が街に出かけると、その間、畑の面倒を見る奴がいなくなるからね。

 オークション?

 王都まで出かけるなんて、うちの畑に死ねと?


 この時の俺は、それから半年もしないうちに、王都に出かける羽目になるとは、夢にも思っていなかったんだ。


 ……

 …………

 ………………あれ?

 また変な夢をみた。

 いや、自覚しよう。

 これは、その、アレだ。

 願望夢というヤツだ。

 夢の中の僕は、またまたアルスだった。

 何だか最近は、アルスになる夢ばかり見ている気がする。

 情けない。まだ僕はアルスの生まれ変わりになりたいのだろう。

 しかも何故か、アルスは勇者じゃなく、農民だったし。

 夢らしく、ドラゴンを倒したりしてたけれど、ドラゴンを倒す農民って……

 僕にも農家スキルがあるから、アルスもそうであって欲しい、というカバーストーリーまで作っちゃうなんて、余程の未練なんだろうね。

 

「【ライト】」

 部屋の照明じゃなく、空中にふわりと光球が浮かぶ。光の強さも自在だし、光球自体、自由に動かせる。

 敵の網膜を直接焼く事だってできるくらいだ。

 これは農家スキルじゃなく、勇者スキルの賜物。

 そう。僕には勇者スキルもある。

 もっともこれは、低級魔法を模倣するスキルでしかない。

 大した事はないが、工夫次第では、大した使い方もできる。

 弱い勇者も、やり方次第では魔王すら倒せる。

 そういう意味での勇者スキルなんだろう。

 ティナが惚れ込んだ偉大なアルスの勇者とは、意味がまるで違う。

 第一、ティナの勇者アルスは、架空の人物だ。輪廻転生は、宗教哲学の産物であり、現実的じゃない。

 来世に響くから、善行を積みなさい、というアレだ。もしくは自称故ゲルボジーク氏のように、別の目的を隠すための方便か。もっとも故ゲルボジーク氏は、隠す気0だったけれど。


 時計を見ると、午前6時。

 10歳児としては少々早いが、早すぎるという事もない微妙な時間。

 取りあえず、いつものように簡易メディカルチェック。

 うーん、相変わらずというか、何というか。

 背がちっとも伸びてないな。まだ成長期になってないという事か。

 父様も兄様達も、平均より高いんだ。希望を持とう。

 領軍のお姉さん達の中には、僕は今のままの方が、可愛いからイイ、とか言ってる人もいるけれど、僕としてはさっさと成長して、格好良いと呼ばれたい。

 もっとも成長したところで、格好良くなれるかどうかは分からないけど、父様や兄様達、そして母様を見る限り、期待しても良いと思う。

 さて、今日は何をしようか、と悩む時間はなかった。


 ポーン


 パーソナルモニターから音が鳴って、マイさんの3D画像が浮かび上がった。

 

『おはようございますマイユーザー』

「おはようマイさん」

 

 マイさんとメイさんは、僕がメディカルチェックを終わらせるタイミングで、交替でモーニングコールをしてくる。

 もっとも、すぐに二人ともモニターに映るから、交替もへったくれもない気がする。

 堂々と艦のシステムに介入しているわけだけど、サイバネティックスにはプライバシー云々を言っても通じないところがあるからなぁ。彼らにハッキングするなというのは、僕らに息をするなと言うのに等しい。

 サイバネティックス同士は情報共有しまくるけど、人間には明かさないから、かろうじて人類の尊厳は保たれている、といった感じ。

 一方でサイバネティックスが、僕らに個人的な秘密を武器に、なんらかの交渉をしてくる、なんて展開はあり得ないんだってさ。

 でも僕はその世迷い言を、フラグの一種だと思っている。

 

 それはそれとして。

 

「今日は何か予定は入ってた?教授達への講義は、昨日で終わったと思うけど」

 

 宇大への建前上は、マイさんとメイさんは僕の講義のアシストとして僕の秘書みたいな事をやってるけど、それも昨日終わった筈だ。

 なのに二人とも、[レパルス]を降りる気配は微塵もなかったりする。

 まぁ、サイバネティックスとして、僕をユーザーと認めてしまった以上、それは理解できるんだけどさ。

 自分達の正体を宇大に秘密にしているから、その辺はどう考えているのかな?

 

『ご心配には及びません』

『幸い、マイユーザーが選んだ受講コースが特殊なので、今後もサポートさせていただきます、という大義名分を得ましたから』

『昨日、最後の講義の後、マイユーザーへの恩返しが何が良いか、と教授達が集まったのを幸い、提案しました』

『講義の本当の報酬は、教授達にも内緒ですので』

「へぇ……」

 

 相変わらず、手回しが良すぎるマイさんとメイさんだ。

 

 それにしても報酬、か。

 

 教授達に、慣性誘導式推進法を講義する見返りに、僕は宇大の学長直々に、宇大が誇るオフセット式人工ワームホールゲートの秘密を教えてもらえる事になっている。

 本当なら、昨日、最後の講義の直後にでも、学長にアポイントメントを取っても良かったんだけど、意外なヒトから待ったがかかった。


 僕の家庭教師。先生ことリルルカ女史だ。

 

 先生は僕が誤魔化される事のないよう、学長の説明に同席する事になっていた。

 というか、そもそも先生が知りたがっていたから、僕が講義の報酬として要求して、通ったんだ。

 その時は本当に吃驚したものだ。

 何しろ、ゲートの秘密は、宇大最大の機密事項だ。一般の教授はおろか、学部長クラスですら知らない秘密。機密レベルがとんでもなく高い。

 仮にも王国の学界に昔発表した、つまり秘密でもなんでもない知識の解説の報酬としては、まったく釣り合っていない。

 だから僕としては、学長の気が変わらないうちに、さっさと教えてもらおうと思っていたくらいなんだ。

 でも、肝心の先生が止めた。

 しかも、その理由が驚愕モノだ。

 なんと待つ理由は先生本人ではなく、ティナにあったんだ。

 

 ティナ――フェアリーゼ星間王国第二王女アルスティナ殿下。別名『放浪の世直し電波姫』で、僕の自称婚約者だ。

 もっとも王様と僕以外にとっては、『自称』は外されているみたい。

 

 それはそうと、彼女の言う事には、なんでも、王都星から大事な設備が送られてくる手筈なので、到着まで待って欲しい、との事だった。

 大事な設備?

 ゲートの秘密を検証するのに必要な計測機器だろうか?

 でも、既存の計測器では、ゲートの秘密は暴けないのではないだろうか?

 もしそれが可能なら、もうとっくにどこかの国が暴いているんじゃないかな?

 王国と同程度の科学技術力とすれば、例えば帝国とか。


 それに、秘密秘密と言ったけれど、実はもう、当たりは付けてある。というか、でっかいヒントを貰っている。

 入試の時に遭遇した【ライト】の魔法。

 そう、魔法だ。

 この科学万能の時代にバカバカしい、と言いたい所だけど、その魔法を模倣したスキルは試験で大いに役立ったから、言えない。

 それどころか、僕は魔法には大いに可能性を見いだしている。

 なにしろ、生身で完全武装のパワードスーツ兵を鎮圧したんだから。

 それも基本となる低級魔法を模倣しただけのスキルで。

 それだけの結果を出している以上、期待してもいいじゃないか。

 

 そして、驚くべき事に、魔法に詳しい人がいたんだ。

 もの凄く近くに。

 

 誰あろう、それがティナだった。

 なんでも前世では回復魔法や神聖魔法の国一番の使い手だったそうだ(棒)。

 生まれ変わっても、魔法の素養は無くなっていないけれど、王国では魔素が薄すぎて、魔法が使いにくいらしい(棒)。

 うーん、はっきり言って、香ばし過ぎる。さすがは電波姫だね。

 とまぁ、そんな具合なので、期待する一方で、胡散臭さも爆発している。

 

 ただ、宇宙では絶対はない。

 ついさっきまで常識だった事が、一瞬で覆る事だってある。

 それが宇宙だ。


 だから、ティナが送らせているという、件の施設がどれだけ胡散臭かろうと、見る前から全否定する気はない――


『マイユーザー、どうかなさいましたか?』

 

 マイさんが心なしか心配そうに訊いてきた。僕は頭を振る。

 

「いや。ちょっと考えてただけ。じゃあ、今日はもう、予定は特になし?」

 

 たまにはゴロゴロするのも悪くない。

 もしくは、宇大の施設を探検するとか。

 102号教室組のみんなと遊ぶというのもいいかも。

 

『実は……ご報告すべき事があります』

 

 マイさんが言いよどむなんて珍しいな。

 まぁ、それほど長い付き合いでもないけど、サイバネティックスに関する先入観もあるかもね。

 

「続けて」

『……本日午前2時48分に、HD解除した艦がありました』

「僕が知っている艦?」

『はい。マイユーザーが設計なされた艦ですので』

 

 僕のパーソナルモニターに、件の艦のデータが送られてきた。

 これは……!

「どうして起こしてくれなかったのさ」

 

 午前3時前といえば、早朝どころか夜中だ。でも当直士官はいるし、マイとメイは絶対起きている。定期メンテナンスの時でさえ停止しないのがサイバネティックスだから。

 能力が多少落ちるそうだけどね。

 

『父親が息子の枕元に贈り物を置いた時、起こすのは野暮というものですから』


 なるほど。言いよどんだのはそのせいか。

 僕が自分で気付くまで黙っているか、それともユーザーのサポートの徹底として、僕に報告するかで迷ったんだろう。

 きっと当直士官達の意見も聞いたんだろうな。

 それですぐに起こすことはしないが、起きたら直ちに報告する、という妥協案に落ち着いた、と。

 本当、有機生命体ってのは非論理的だ、とか思っている事だろうな。

 

『艦名は[ニューブリテン]。惑星型超巨大航宙艦のネームシップです。

 大陸の形も妥協なく設計図通りですね。

 外観から判断する限りでは、艦体の艤装は終了しています。環境保全衛星ソル1、ソル2は確認できましたが、攻撃型衛星シャドシリーズは未確認です。

 なお、マイユーザーが就寝中と思っているようで、呼びかけは現在までありません』

 

 なるほどね。

 

『あと、この件に関連して、追加報告がございます』

 

 追加報告?なんだろう。

 

『実は午前3時27分に、当艦に来客がありました。宇大防衛隊の最高幹部二名です。

 身元に間違いはありません。

 マイユーザーに面会を希望しておりましたので、やむなく第二応接室に通しておきました。本来なら門前払いするところですが、夜中に艦の周囲で騒がれても難儀ですので』

 

 午前3時27分?

 

「って事は、2時間半も待たせてるわけ?」

『このような些事でマイユーザーを起こすわけには参りませんし、先方からも、くれぐれも起こしたりはしないでくれ、と嘆願されました。

 もっとも嘆願の必要はありませんでしたが。

 私達が、宇大の都合をマイユーザーより優先させるなどあり得ませんから。

 ――彼らを追い返しますか?』

「いや、会うことにするよ」


 即答した。

 惑星型の超巨大艦が出現したんだ。

 防衛隊としては、相当慌てただろうな。

 国家の存亡をかけた緊急事態に思えたに違いない。

 それを些事扱いされ、2時間半も待たされた挙げ句、容赦なく追い払われたりしたら、それこそ立つ瀬も浮かぶ瀬もないじゃないか。


   ◇◆◇   ◇◆◇   ◇◆◇


 3時間近く応接室で待たされ(途中トイレに2回行ったが)、私――宇大宇宙艦隊司令教授アム・マイモン――と、サー・ウィリアムに面識があるゆえ随伴したクリプトマン主任教授は、[レパルス]のクルーに案内され、オーナールームに向かった。

 時刻は午前6時15分。

 サー・ウィリアムは当年10歳。HDを入れても11歳だという。

 つまり、子供だ。しかも貴族だ。

 貴族の子供が起きるには、少々早すぎる。

 まさか、私達のせいで早く起きる羽目になったのだろうか。


 だとしたら――拙い。


 殲滅伯ことロード・ヘンリー卿を説得できるのは、サー・ウィリアムだけだ。

 つまりサー・ウィリアムの機嫌に全てがかかっていると言ってよい。


 そこまで気を遣うくらいなら、通常の貴人相手の手順に従い、まずはメッセンジャーを送り、通信の許可を得て、アポイントメントを取るべきだろう、という事は重々承知している。

 だが、サー・ウィリアムが私達より先にロード・ヘンリー卿と連絡を取ってしまう事を私達は何より恐れた。

 サー・ウィリアムが父親の命令に従うにせよ反発するにせよ、宇大に対する影響は大きすぎる。

 

 サーが従えば、宇大は希有な学生と周囲の星間国家群からの期待を失い、破滅する。

 

 サーが反発したら、宇大そのものを巻き込んだ大戦争に発展しかねない。

 そうなったらタルシュカットの戦力――宇大の戦力の4倍を誇るであろう人工惑星――により、宇大は壊滅する。


 ――破滅か、壊滅か――


 だから私達は、サー・ウィリアムとなるべく早く接触し、穏便に事が進むよう、図らねばならない。あくまでも、穏便に。


 リニアリフトのおかげでオーナールームにはすぐに到着できた。

 プシュッと空気が抜ける音がして、扉が開くと、彼がいた。


 フェアリーゼ星間王国高家男爵、サー・ウィリアム・オゥンドール卿。

 3D画像よりも可愛らしい、とても可愛らしい貴族然とした(ホンモノの貴族だから当たり前だ)美少年で、髪は青みがかったシルバーブロンドで、目は利発そうな翠色。

 だが時折ちらっと目の色が虹色になる気がする。珍しいが、王国貴族の子弟の間では、そういうのが流行っているのだろうか?

 背格好は普通の10歳といったところで、目の色に合わせたのか、グリーンのベストが似合っているが、私の好みにバッチリ合っているのは、やはり彼が穿いているベージュ色の半ズボンだろう。

 やはり貴族の子供は、半ズボンが大正義だと思う。

 

 いや、別に私はショタコンというわけではない筈だ。

 宇大付属小学校(人文学部教育学科の付属小。高校まではエスカレーターだが、大学への推薦枠はないため、宇大に進むためには普通に受験する必要がある)の小学生に欲情したりはしない。

 サー・ウィリアムの3D画像データを見た時も、美少年だとは思ったが、それ以上の感情を持つことはなかった……筈だ。

 ……

 …………ちょっと自信がなくなってきたけど。

 

「[レパルス]へようこそ。僕はサー・ウィリアム・オゥンドール。僕達はあなた方を歓迎します」

 

 サー・ウィリアムが微笑を浮かべた。まさしく天使の笑顔というヤツだ。

 しまった!なんという失態。

 緊張しているうちに、先に歓迎されてしまった。

 貴族、それも艦のオーナーに対して、これは礼を欠いたかも。

 これもサー・ウィリアムが天使過ぎるのが悪い。いや、サーは悪くない。

 クリプトマンが怪訝そうな視線をちらりとこちらに向けてくるが無視する。

 それどころではない。

「失礼しました。私はアム・マイモン。宇大防衛艦隊の司令教授をしております。クリプトマン主任教授はご存じですよね?」

 正直に謝って、自己紹介する。幸い、サー・ウィリアムはさして気にする様子はない。

 ……良かった。

 ひょっとしたら、美少年貴族として、相手がドギマギして初動が遅れるケースに慣れているのかもしれない。

 

「はい、入試の時にお世話になりました。どうぞお二人ともお掛けください……ところで、お二人共、朝食はまだですよね?」

「は、はぁ」

 さすがは貴族のオーナールームというだけあって、機動巡航艦とは思えない高級なソファーだ。でもその座り心地を堪能する暇もなく、思いがけない事を訊かれ、とっさに生返事をしてしまう。

「2時間半も待機させられて、さぞかしお腹が空いた事でしょう」

「い、いえ、当直士官の方が、お夜食を差し入れてくださいました」

「当直?」

 サー・ウィリアムは小首を傾げて右手の人差し指を顎に当てる。

 か、可愛すぎる!

「あー、昨夜のブリッジ責任者はプーニィか。って事は、ベーグルサンドのようなものに、コーラのようなものですね。彼曰く、『張り込み差し入れセット』だそうで、夜食の定番だそうです」

 私達が頷くと、サー・ウィリアムちょっとばつの悪そうな顔になった。

「お客様に、いきなりジャンクフードじゃ面食らったでしょう?」

 私達は両手と顔をぶんぶんと振る。

「いえいえ、とても美味しかったです」

「ウチの司令部は基本メシマズなので、助かりました」

 クリプトマンが余計な事を口走る。コイツ、帰ったらシメる。

 

 ちょっと微妙な空気になったが、サー・ウィリアムは微笑一つでそんな空気を華麗に吹き飛ばしてしまう。

「それでは僕もこれから朝食ですので、宜しければご一緒してください。アレルギーの有無や、特に嫌いな食材はありますか?

 もっとも、元は全部フードコアですけれど。

 大丈夫、父が来て3時間になるそうですが、動きがない以上、朝食の時間くらいは待ってくれますよ。父はよく、『飯を食わねば何も始まらない』と言っておりますし」

「はぁ」


 ――そして、出されたのは。

 前菜にシリアル(プラスミルク)にグリーンサラダ。

 前菜とメインの間にトーストにバターにヨーグルト。

 メインはブラックプディング(ハンバーグのようなもの)、ソーセージ、ベーコンエッグ、ポテトスコーン、たっぷりのマッシュルーム炒め。

 デザートはフルーツ盛り合わせ。メロンやパイナップルなど。

 飲み物は果汁100%のオレンジジュースと温かいミルクティー。

 なんでもスコットランド・ブレクファースト・メニューというらしい。

 とても美味しいが、量も凄い。

 ちょっと奇妙な事に、メニューの数々をサー・ウィリアムは説明してくれたが、その全ての最後に『――のようなもの』と付け足されるのだが。

 ちなみに、もの凄い量を食べた気がするものの、使用したフードコアは通常量だそうだ。

 昨晩遅くに深刻な事態を抱えて右往左往していたのが嘘のように、今は幸せな気分に包まれ、貴族の美少年と朝食を楽しんでいる。


 うん。色々おかしい。


「何だか父がご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありませんでした」

「いえいえ、私共と致しましては、お父上様が穏便にお帰り願えれば、それで構わないと思っております」

「それは大丈夫だと思いますよ?何しろ父の用事は、もうほとんど済んだも同然ですから」


 サー・ウィリアムはティーカップを片手にニッコリ笑う。

 そうなのだ。

 何が一番おかしいって、この期に及んで、サー・ウィリアムにはまったく危機感というものが感じられないのだ。

 激怒した父親が、無理矢理連れ戻そうとして、やって来たというのに。

 しかも、そのための準備に、30年という月日を費やして。

 医学が発達し、人類でも数百年もの寿命を得てはいるが、それでも30年という期間は人生にとって、けっして短くはないのだ。

 鬼気迫るというか、狂気というか。

 さすがに他国とはいえ、領主貴族に対し、そう指摘する事は憚られるが。

 だが――


「30年?何かの間違いでしょう」


 サー・ウィリアムは信じてくれない。


「いえ、確かにそう仰っていました。確かに惑星級航宙艦の予想戦力は脅威ですが、それ以上に、私としては、お父上の執念が恐ろしいのです」


 私が危惧すると、サー・ウィリアムは瞬くと、少し表情を変えた。


「なるほど、そう来た、か……」


 整った眉を僅かにしかめて何やら呟くと、再び明るい表情に戻る。


「分かりました。どうやら僕も動くべきのようですね」

「お父上を説得して頂けるのですね?」

「いえ。それは貴女方のためにならないでしょう」

 サー・ウィリアムは訳の分からない事を言う。

 やはり天才というものは、よく分からないものらしい。

 穏便に解決するため、説得を依頼しに来たのに、それが悪手?

 しかも宇大のためにもならないとは?

 だが『天才』はしばしば思考の手順を飛ばしてしまうものらしい。

「作戦を伝えます――」

 いきなり彼のパーソナルモニターから、3D画像、それも[ニューブリテン]の詳細画像が映し出され、私達は聞き入らされる。

 強引に、否応なく。

 だが、妙に心地よい。

 でも、肝心の作戦内容ときたら……

「これは……?」

 正直、訳が分からない。

 どう考えても、これで勝てる道理がないではないか。

「大丈夫ですよ。僕が真の[ニューブリテン]の主ですから」

 サー・ウィリアムは天使の笑顔を浮かべる。

「主が好きにする分には、構わないでしょう?」


 ――ひょっとしたら、天使と悪魔は、似た存在なのかもしれない。

誤字報告ありがとうございました。

さっそく修正させていただきます。

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