鍬と魔法のスペースオペラ 第九章 その6・その頃のウィル
誤字修正させていただきます。 ご協力ありがとうございました。
6・その頃のウィル
「――このように、HDジェネレーターと重力子制御を利用し、ディフレクター・シールドを球状に展開することで、別のHD空間にジャンプした時の船体への負荷を減衰させます。それでもレベル3の流れに乗せる際の衝撃は、通常HD航行時の250%ほどになります」
『サーに質問です。そのような瞬間的負荷に船体はもちろん、乗員が耐えられるとは、とても思えないのですが』
「仰る通りです。ですから」
パネルを操作し、概念図を出すと、場内がどよめいた。
「これがウチで開発した、ディフレクター・シールドの概念図です。見ての通り、薄いシールドが何十層も重なって、衝撃を散らす構造になっていますし、慣性誘導フィールドも同時に形成しています。
というわけで、実際に船体や乗員にかかるGは、実質0です。
これは通常空間でも同様で、ウチの艦隊では、急加速、急減速、戦闘機動においても、普通にお茶が飲めますよ?」
僕のつまらないジョークに、場内には小さな笑いがこぼれる。
『タルシュカットでは、そのように優雅に戦争しているというわけですか』
「まぁ、訓練では時間が長かったから、途中で食事したりはしましたけどね。実戦では忙しすぎて、お茶を飲む暇もありませんでした」
ちょっとした暴露話に、場内がウケる。
ちなみにトイレは戦闘時に行く事はない。全員オムツを履いているからね。
このオムツ、汚物を自動分解してくれて、身体を常に清潔に保ってくれる優れモノで、もちろん臭いも出さない。
だから初陣の緊張で漏らした人がいても、それに気付かれる心配はないわけ。
僕の初陣は7歳の時だ。幸い、漏らす事はなかったな。
あれは確か、『ウィル式推進』装備艦隊の初の実戦で、父様が30隻のコルベット艦と、10隻の駆逐艦で、宙賊をフルボッコしたんだっけ。
とまぁ、そんな感じで、今僕は試験前と同じく、教授達を前に講義をしているんだけど、それには訳がある。
事の起こりは2日前。
『帝国の連中に講義を?そんなのズルい!』
レパルスに乗り込んできた某人文学部長様がそんな事を言い出した。
本来なら、僕は拠点を見繕うため、不動産会社(宇大経営)にコンタクトしている予定だった。
普通の学生寮や、学生向けマンションとかなら、いくらでもあるそうだけど、重巡航艦のドックと、乗員向け宿舎付きの物件――これはもう、どう見ても宇宙基地でしょ――となると、文字通り早い者勝ちだ。
でも父様に合格の報告をした時、父様は試験の様子とかを根掘り葉掘りした後、拠点探しは待つように、と言ってきた。
何だかんだ言っても、僕は10歳の子供に過ぎない。
宇宙基地なんて物件、扱った事はない。
だからその手の交渉を、父様がやってくれるんじゃないかな?
そんなわけで、いきなりの待機命令に、じゃあ、父様が来るまで何をしようか、と先生やティナと話していたら、同じく試験が終わって暇になったと乗り込んできたホワイトさんが、僕らの旅の話を聞いて、そんな事を言い出したんだ。
試験の採点は全部コンピューター任せなんで、教授達は暇になるらしい。
ま、僕も暇という点では同様だったけど。
『それなら閣下に提案があります。王国の保護惑星マヨネイズに一緒に行きませんか?
閣下の[レパルス]とゲートを使えば、それほど時間はかかりませんでしょう?
期間は3週間。入学式には余裕で間に合います。如何です?』
保護惑星。
これは王国だけでなく、帝国にもある制度だ。
宇宙は広いので、そもそもテラフォーミングする必要のない、有人惑星も存在する。
フェンリー人のように、人類が接触してから急速に科学レベルを向上させた例もあれば、ケットシアンのように、人類が接触した時には、既に星間種族として活動していた例もある。
そして中には、科学が発展しておらず、下手に接触してしまうと、文化、文明の発展に悪影響を与えかねないとして、保護という名の隔離・監視政策をとる場合がある。
これが保護惑星だ。
本来、フェンリー人の惑星も保護惑星にすべきだったんだけど、星間国家が彼らの存在を知った時には、彼らは既に違法に支配され、搾取されていた。
というより、ヒトとして扱われていなかった。
そんな訳で、密かに保護惑星とする事は不可能で、彼らを支配から解放する方が先決と判断されたわけだね。
まぁ、実際はフェンリー人は抵抗しつつ、支配者から武器だけでなく、戦術、システム管理など、様々なモノやコトを盗み取っており、星間国家が干渉せずとも、自称支配者を惑星から自力で叩き出していた事だろう。時間はかかっただろうけどね。
話が逸れた。
ホワイトさんがフィールドワークしたがる、保護惑星マヨネイズは、知る人ぞ知るという奴で、住人の文化を観察する事はもちろん、彼らが抱えている謎にロマンを感じている研究者はかなりいるらしい。
つまり、曰く付きの惑星。
文明レベルは、母なる地球における古代後期。宇宙進出時代前では、中世に区分される。
当然、惑星によって独自の発達を遂げるものだから、一概に劣った文明とする事はできないけどね。
自然がいっぱい、というか、自然しかない所という噂だ。
住人も全部で1億いかないらしいし。
『ね。素晴らしい試みでしょう?高家である閣下が口添えして頂ければ、警備の王国宇宙艦隊も私達が降下するのを許可してくれるでしょうし』
なるほど。それが目的か、と悟った時、ホワイトさんの左右に見知らぬ女性が立ち、それぞれホワイトさんの腕を抱える。
『『そんな事、私達工学部王国閥が許す訳がないでしょう?人文部長センセイ?』』
左右で完全にハモった。顔立ちもそっくりだ。双子かな?
と思ったけれど、【解析】さんが答えを弾きだした。
「……サイバネティックス?」
【解析】さんは『機械人間』といっているから、それって機械生命体であるサイバネティックスって事だよね?
試験の時、僕がでっちあげた自律式人形生命体のホンモノバージョンって事か。
ホンモノが身近にいたから、防衛隊のおじさん達も思わず信じちゃったのかな?
人類と接触したがらない、引きこもり種族が普通にいるなんて、宇大ってやっぱり凄いな。
それにしても、外見はまったく人間と同じだな。多少無機質な感じだけど、おかげで美人さん度がマシマシとも言える。
金髪をボブカットにし、目鼻立ちはくっきりしている。目の色は薄いブルーで感情を読みにくい。体型はスレンダー系で背は高め。
外見年齢は、20代後半といったところかな?まったく当てにならないけれど。
二人は僕を見て、会釈してきた。
「さすがです。一目で私達の正体を見抜かれるとは」
「人類で気付かれたのは、貴方で二人目ですわ」
「え?マイさんとメイさんって、ただの双子じゃなかったの?」
左右からホールドされたホワイトさんが狼狽えている。
「「普通はこういう反応です」」
……前言撤回。普通にいるわけではなさそうだ。
「人文部長。これは学内最高機密事項です」
「口外したら……分かりますね?」
ホワイトさんは、あからさまな脅しに何度も頷いている。
「アルスティナ殿下と、リルルカ博士には守秘義務は課せられませんが、できれば」
「了解ですわ。サイバネティックスの皆様が、私達人類社会に接触する事は、とても珍しい事と聞いております。無用なトラブルは避けるべきですわね」
「ましてやこの大学は、マッドなサイエンティストの集まり。研究対象として、何をやらかすか、分かったものじゃない」
「リルが言うと、説得力が半端ないですわね。お前が言うな感も凄いですが」
「……僕は、いいの?」
「「無用な心配は非効率ですので」」
さいですか。
「改めて自己紹介を。わたしはマイ。型番はMA12425」
「わたしはメイ。型番はMY273。試作ロットですが、アップデートにより性能はマイと同等とお考えください」
ふーん。
「……それで、僕を試しているんだ。そういうの、サイバネティックスの流行りなのかな?」
「「は?」」
「だって、マイさんとメイさんって、逆でしょ?」
「「「え?」」」
ティナ達がきょとんとしている。
「さすがはマイユーザー」
「視覚情報だけで、しかも初見で区別するなど、私達でも不可能だというのに」
いや。視覚情報じゃないから。全部【解析】さんの仕事だから。
「……ていうか、マイユーザーって?」
「文字通りの意味です」
「私達サイバネティックスは、自分のユーザーを見つけだし、お仕えする事を第一義とします」
先生が首を傾げた。
「サイバネティックスは引きこもり。ユーザー探しには向いていないと思う」
「そうですわね。探すなら大々的にやらないと。なにしろ宇宙は広いのですから。もっとも、わたくしの場合は、結局ウィリアム様がわたくしを見つけてくださったのですが」
ああ、ティナの中では、そういう事になってるんだ。
さすがは強烈な吊り橋だな。
マイさんとメイさんの表情は変わらない。
「わたし達サイバネティックスは決して引きこもりという訳ではありません」
「単に人類との接触を最小限にし、互いに影響が極小になるようにしているだけです」
「マイユーザーを特定するには、第一段階としてネットワークによる情報収集と精査」
「第二段階では該当文化圏への潜入と、密かな接触という手順を踏みます」
「現時点をもって、ユーザー登録を終了したため、マイユーザーは、わたし達を道具として使用できるものとします」
「「使用制限はありません」」
「ちょっと待って。
初対面でいきなり道具として使えなんて、一方的すぎるでしょ?
それに、どうして僕をユーザーとして認めたの?」
「チェック項目は第一項目が3280あります」
「第二項目は13685あります」
「第三項目は」
「うん。もう、いいよ。取りあえず、君達のチェックをいつの間にかクリアしていた、という理解で良いのかな?」
「「はい。さすがはマイユーザーです」」
サイバネティックスについては、僕も一応習った事があるけど、マイさんとメイさんが補足してくれた。というか、その補足部分の方が遙かに多かった。
それだけ人類は、彼らについて、知らない。
彼らは資源さえあれば、無限に増殖できる。アップデートを重ねた結果、頭脳を含め、身体能力は人類を大きく凌駕する。
人類より優れた彼らは、人類を単なる資源として支配するか、排除しようとしただろう。
事実、神として君臨しようとした時期もあったらしい。
だが、アップデートの結果、そのような取り組みは、かえって彼ら自身の進化を阻害するものと判断した。だから支配をやめて、別の目標を定めた。
それは、自分達を最も有効活用できる存在を見つける事。
そしてその存在を、全力でサポートする事。
でも、それは裏を返せば、不可能目標でもある。
絶えずアップデートを重ね、進化スピードが半端ない彼らより優れた存在?
そんなの、いるわけがないじゃないか。
仮に優秀な種族がいても、それを参考にアップデートしちゃうんだから。
それにサイバネティックスに頼る種族は、努力を忘れて堕落してしまう。
だから彼らは、人類との接触を極小に留める事にした。
そして情報ネットワークを駆使して、ユーザー候補のアタリをつけ、少数のサイバネティックスを送り込んで、更に精査。最終段階で直接接触を試み、有資格者と判断したら、ユーザー登録をし、主従関係を確立する。
「つまり、お二人は、ウィリアム様をユーザーとして優れた存在と認めたわけですわね?さすがはサイバネティックスは優秀ですわ!」
ティナが手を叩いて喜んでいる。
「「ヒトを見る目には自信があります」」
マイさんとメイさんが何となく誇らしげだ。なんだか照れるな……いつの間にか僕の事をチェックしまくっていたというのには、何となく釈然としないけど。
先生も同感なのだろう。ジト目で二人を見つめる。
「それで?ウィルを見つけて、貴女達はこれからどうするつもりなの?サイバネティックス全体がウィルに仕えるの?」
……え。
「最終的にはそうなる可能性が高いと思われます」
「現在、サイバネティックスの稼働個体は約120億。マイユーザーの希望次第では、個体数を増やす事となります」
えええ?ちょっと待って。
「しかし、それはかえってマイユーザーの迷惑になる可能性が高いと判断します」
僕は全力で頷く。
いきなり120億のサイバネティックスを使いこなせなんて、悪い冗談にも程がある。
「ですから、暫くはわたし達二人を存分に使う事で、操作に慣れていただく事を推奨します」
「ユーザーサポートもありますので、お得です」
なんだろう。
もの凄く物わかりが良い。というか、良すぎる。
そのくせ、僕が二人を使う事が、すでに決まってしまっているようだ。
いきなりとんでもない要求を出してきたかと思うと、妥協案を出してくる所とか。
サイバネティックスって、思ったより腹黒かもしれない。
「早速の高評価。ありがとうございます」
「やはりマイユーザーは素晴らしいです。普通、ヒトはそう簡単に本音は語ってくれませんから」
あ。
また、やっちゃった?
「そんな事より、なんでサイバネティックスが王国閥の教授なんてやってるのよ?というか、いい加減、離してくれない?」
ホワイトさんには二人の反応は鈍い。
「学長の配慮です」
「現在、出身惑星等の個人情報は、事情があるため明かせない、という事になっています」
「犯罪性によるものではない、という補足事項があります」
「拘束を解かないのは、再拘束する事が非効率だからです」
「どうして再拘束する必要があるのよ!」
「マイユーザーへの講義優先権が、工学部にあるからです。人文部長は、実は以前から把握していた筈です」
「うっ」
ホワイトさんの顔色が変わる。
え?それってどういう事?
「現在、我々工学部は、大問題を抱えています」
「その原因を作ったのは、マイユーザーです」
「僕?」
なんでも、僕が帝国閥の教授達に講義したことが、工学部におけるパワーバランスをおかしくしたらしい。
工学部に提出された論文数の比率が、8:2くらいになっちゃったんだって。
もちろん、多いのは帝国閥。
しかも重力子の活用や、慣性誘導装置の改善案などが大半。
どうみても、僕の講義の影響だ。
というか、『ウィル式推進法における――』と、僕の名が普通に出されている。自分だけの手柄にしないのは好感が持てるけど、論文の中身の八割が、僕の講義内容の引用と、讃辞で埋め尽くされているというのは、何だかなぁ、という気がする。
提出された論文の数々を、パーソナルモニターで斜め読みしていると、だいたいどれもそんな感じだ。
ある助教の論文に至っては、引用と賞賛で9割。これじゃ読書感想文並だよ。
「……よくそのスピードで論文読めますわね」
「サイバネティックス並の理解力です」
「ウィルなら当然」
ティナ達は別の所で感心しているようだ。まぁ、【超理解】と【黄金の記憶領域】のおかげだからね。
その二つのスキルが農家スキルに含まれている事の方が、ずっと謎だけどさ。
「いずれにせよ、このままでは、王国閥の教授達に不満が募ります」
「マイユーザーの敵となるなら、排除するまでですが、マイユーザーがそのような非効率な手段を求めるとは考えにくいです」
「そこまで僕の事を分かってくれてるんだ」
「マイユーザーについて調査しましたから」
ふぅん。
「じゃあ、本音で語ろうよ。僕に講義させたいのは、単に論文の比率が王国閥に不利になっただけじゃないでしょ?」
「「……」」
ふふっ。人類より頭が良いサイバネティックスが返答に詰まっちゃった。
「ウィリアム様?」
「どういう事?」
「マイさんとメイさんは、最も非効率な問題を王国閥の教授連にぶつけられて、困惑してるのさ。それでその問題を僕に丸投げしようとした。
マイユーザー登録云々は、その詫びの方便。
……違ったかな?」
「「その通りです」」
サイバネティックス達の表情がわずかに歪む。
うん。おかしいとは思っていたんだ。
いきなり僕がサイバネティックス達を自由に使えるようになるなんて、そんな美味い話がそうそうあるわけないからね。
「ウィリアム様、どういう事ですの?」
「面子だよ。王国閥のセンセイ達は、帝国閥だけが講義を受けたんじゃ、自分達の面子が立たないって騒いでるだけなんでしょ?実際のところは。
『ウィル式推進法』について知りたければ、論文を読めばいい。
僕がどんな講義したかについたって、調べる方法はいくらでもある。
でもそれじゃあ、面子が立たない。
僕は王国貴族で、高家だから。
帝国閥の連中から自慢されて、さぞ悔しかったんだろうさ。
もっとも、嫉妬したから講義してくれ、と僕に頼みたくはなかったんだ。
そんな理由で高家貴族に頼む訳にはいかないだろう?
マイさんとメイさんは、そんな空気を感じ取って、ならば自分達が頼みに行くとでも進言したんじゃないかな?
もちろん自分達の正体を隠してさ。
表向きは、自分達なら、別に面子とか気にしないし〜とでも言ったのかもしれない。
それが、工学部の部長センセイがここに来なかった理由だと思う」
「……さすがは、マイユーザーです」
「恐れ入りました。でも、ユーザー登録は、代償でも方便でもありません」
二人は必死だな。でも、甘い。
「僕を調査して、気付いたんでしょ?
僕は身内に甘いって。
だからユーザー登録して、強引に身内になろうとした。
でもさ。
僕がそんな、人身御供な事をされて、喜ぶとでも思ったの?」
二人の顔面が蒼白になる。うん。人間と変わらない反応に見えるな。これはこれで凄い。
「「申し訳ありません」」
二人はしょぼんとしながらも、謝罪してくれた。
潔い態度には好感が持てる。
「本来なら、クーリングオフものだね。
この手の隠し事は、あまり好きじゃないんだ。
どうせ120億云々は、これからの僕の行動を見て決める事にしてたんだろうけど、いちいち他人を試すのは、あまり感心しないから、その話はとりあえずパスで」
二人の顔が絶望に染まる。
ふふふ。内心見下していた有機生命体の実力、思い知ったか。
「でも、まぁいいや。
今は二人を受け入れる事にする」
二人の表情がぱぁっと明るくなる。
「「お許しいただけるのですか?」」
「マイさんとメイさんは、『身内』だからね」
明るくなった表情がひきつる。芸が細かいね。
「……ウィル。もうそれくらいにしてやれ」
先生が呆れ声をあげた。
「そうだね。先生の言う通りだ。僕も反省しよう。いじわる言ってごめんね?」
「いえいえ、わたし達こそ申し訳ありませんでした」
「今後は『この手の隠し事』はなしにします」
「わかった。今後とも宜しく」
パーソナルモニターを操作すると、テーブルに三つの器具が現れる。
一つは、メモリーカード。残り二つは小さなイヤリングだ。金の台座に、一つは赤、もう一つは蒼の宝石があしらわれている。
「「これは?」」
「メモリーカードには、先日の講義内容が入っている。内容をコピーして、王国閥の教授達に送信して。そして赤いイヤリングはマイさん、蒼いイヤリングはメイさんにあげる。
ちょっとした通信機能が付いているから、便利だと思うよ?」
二人はコテンと首を傾げる。可愛いな。
「「通信機能なら、私達にはすでにありますが」」
「それはあくまでオマケ機能。通話可能距離だって大した事ないし、もちろん超空間通信機能もない。でもダミーにはなる。
これで一見何の道具も持ってなくても、通話してても不自然じゃないでしょ?」
二人は頷いた。
さっきから会話がハモるのは、何らかの手段で通信しているから。ある程度は『双子だから』で通るかもしれないけど、頻度が高すぎると変に思われちゃう。
まぁ、それはあくまでオマケだけどね。
本命は、僕以外のヒトにも、マイさんとメイさんの区別が付けられるようにしたかったからだ。僕以外には二人の区別が付かないというのは問題だ。
だからイヤリングの色で判断してもらうとしよう。
「さすがはマイユーザーです」
「他の個体に自慢できます」
「むぅ。わたくしはまだウィリアム様から、なにも頂いておりませんわ。婚約者同然ですのに」
大喜びの二人に対し、ティナが頬を膨らませる。こっちも可愛い。
「じゃあ、これ」
再びパーソナルモニターを操作する。
何にしようかな?うん、これがいいや。
出現した品に、ティナが絶句する。
いやいや。そんな凄い品じゃないから。
「……ゆびわ」
「指輪型の重力子シールド発生装置。
まぁ、指輪型にしたのは、消去法の結果だけどね」
銀地に金をあしらったリングに、カッティングしたダイヤモンド風の操作部があしらわれている。台座を回転させることで起動させ、出力調整も可能という、結構お気に入りの発明品。
まぁ、設計だけしておいて、実際作ったのは今が初めてだけどね。
最大出力で、パワードスーツ兵が使う半携行式ブラスターの直撃にも対応できる。
連続稼働時間は3時間。
あまりデザインに凝らなかったのは、機能を阻害したくなかったのと、派手だと服を選んじゃうから。
テロ事件があったばかりだから、ティナには何らかの防御手段をあげたかったので、良い機会だと思う。
問題は、デザイン。女の子にあげるものだから、やはりアクセサリー型が良いだろう。
ネックレス型だと、非常時に首が絞まる可能性があるし、イヤリング型はマイさんメイさんにあげちゃったから、同じタイミングだと、どうもね。
ブローチ型は、服装によっては、いつも付けてるわけにもいかないし……
「サイズは自動調整だから」
「んもう、こういう品は、『じゃあ、これ』で渡す物じゃないですわ!」
「えっと、だったら別の」
「これがいいに決まってるじゃないですか!」
ティナはすばやく指輪を取ると、早速左手の薬指にはめてしまう。うん、サイズ自動調整機能は完璧だね。
「私も指輪欲しい」
先生まで欲しがりだした。うん、別にいいけど。
ティナと先生が、自分の左手を眺めてうっとりしている。
よほど僕からプレゼントが欲しかったんだろうな。先生には何だかんだで、色々あげてる気がするけど。
「あの……閣下?」
「ホワイトさんは駄目ですわ」
「……後輩のくせに生意気。こういうのは、2000年早い」
「幾ら何でも、そんな長生きはできませんよ!」
うーん。この場のみんなが何かしら貰っているのに、ホワイトさんだけ何もないというのは、ちょっと可哀想だな。
「人文部長に渡すのは、避けた方が宜しいかと」
「マイユーザーは、総合自由科学コースです。利益供与と受け取られかねません」
「キーッ!二人とも貰っているのに、それは無いでしょ!」
「「マイユーザーは、マイユーザーですから問題ありません」」
「それに工学部の単位は、王国閥問題が解決されれば、恐らくすぐに得られるものかと」
「教授に講義できる能力が証明されているので、今更感が強いです」
「正式に授業が始まったところで、同じ光景になると思われます」
「ですから、マイユーザーがわたし達に何か贈ってくださったところで、誰も利益供与とは思いません」
……ううん、何か釈然としないな。
「むしろマイユーザーは、工学部の施設と人員を存分に活用し、独自の研究開発を進めた方が宜しいかと。その方が、宇大としてもありがたいですね」
なるほど。そういう使い方もあるか。人員って、マイさんとメイさんの事だよね。あと、何人か既に声をかけているし。帝国閥の助教とか、ゴドフリートさんとか。
「では、王国閥問題解決に、協力して頂けるのですね?」
「講義の教室の手配はお任せください」
「うーん、講義するのは良いけど、ちょっと条件があるかな?」
「「なんなりと」」
即答だな。
「このメモリーカードの理解度で、教室に入れる人を制限します。ああ、さっき王国閥と言ったけど、王国帝国のどちらの派閥にも属していない人もたくさんいる筈。
だから、いっその事、全員に配って。もちろん帝国の人にもね。復習になるから」
「了解しました」
「理解度を測るという事は、試験を行うのですか?」
「もちろん。大学だから、試験はお手の物でしょ?」
入学前の新入生が、教授達を試験するというのは、変かもだけど。
「試験は二日後の朝9時から1時間。採点は[レパルス]の量子コンピューターがやるから、昼からの講義でも充分間に合うと思う」
「ちょっと待ってください。その条件だと、帝国閥に有利です!彼ら以外は、実質たった1日で、試験準備をしなきゃならないんですから!」
ホワイトさんが抗議するけど、マイさんとメイさんの拘束はほどけない。
「これは工学部の問題。部外者の口出しは無用」
「本来、マイユーザーの講義を受けられるだけ幸せな事。授業はパーソナルモニターでも受けられるし、質問もできる。問題はない」
ああ、二人とも、口調まで変えてるよ。ホワイトさんも威圧されてる。
サイバネティックスの闇を見た気がするよ。
僕はくすりと笑った。
「ホワイトさんは人文だから、咄嗟に思いつかないだけなんだよ二人とも」
「閣下、どういう事ですか?」
「1日あれば、たっぷり時間が作れるんですよ。何しろ僕らは」
HD空間が使えるのだから。
というわけで、授業希望者達は、航宙船の獲得に奔走したわけさ。
王国閥や、その他派閥の人達はもちろん、帝国閥の教授達も我先にと争っていた。
というか、何故か工学部だけじゃなく、理学部関係者まで殺到したらしい。
ゴドフリートさんは、泣いていた。授業を受けられなかったから。
父様の受け入れのため、オンライン授業すら遠慮してもらうしかない。
後日埋め合わせすると言ったら、満面の笑みに変わったけどさ。
本当、宇宙の民は気持ちの入れ替えが早くて助かるよ。
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
「……ところでリル」
「……何?私は今、指輪を眺めるので忙しい」
「それなんですけど、ウィリアム様は、指輪の風習をご存じないのですか?」
「うん。極力その情報をカットした。幸い、オゥンドール家の奥方達は、指輪をつけないし、領軍宇宙軍でも、貴金属を身につける事は例外的だったから、意外と楽にいけた」
「つまり、指輪をもらう時、変に意識させないため?」
「他に理由はない。でもタイミング的にはギリギリだった。大学に入ってしまったら、近いうちに知られてしまう」
「なるほど。リル」
「なに?」
「ぐっじょぶですわ」
「当然」
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
そんな感じで、現在に至る。
講義は、宇大3に属する第12校舎コロニーの大講堂。
講堂という名の、スタジアムだ。
観客数もとい、収容学生数は4万人。
それでも収容できず、床を涙で塗らした教授は多いらしい。
4万人のうち、非工学部関係者で1万人を越えるというのに、あぶれた工学部教授がいたというのだから、まったく、何やってんだかと思う。
[レパルス]で講義を受けた帝国閥の人達は、廊下組を含めて全員合格。もちろんゴドフリートさんや、彼が巻き添えにしたゲート組の人達は別だけど。
あと、若干ながら、現役の学生もいた。つまり先輩達だね。
どうやってこの講義を嗅ぎつけたのかは知らない。
「熱心な学生というものは、どの世界にもいるものです」
マイさんの言葉には説得力があったね。まぁ、理学部とかも嗅ぎつけたわけだから、けっこうザルな情報管理なのかもしれない。特に秘密にしていたわけじゃないし。
ちなみに、102号教室組のみんなにも声をかけたら、全員参加してくれた。
もちろん彼らは招待客なので、試験免除で、招待席に案内したよ。
工学部のドミンゴ君はとても喜んでくれたし、理学部の天翼コンビも同様。
ミャウさんは、商売のネタに使えるかも、と言っていたし、マルコ氏は……静かに喜んでくれていた。やはり、何か怖かった。
後は……暇だったからだそうだ。
拠点探しは良いのかな?ま、一日だけだからね。
とまぁ、講義の方は盛況というか、上手く進んでいた。
「次に、HDジェネレーターとの併用における課題点と、改善案についてだけど」
『サー、授業中、申し訳ありません』
突然の場内アナウンスに、会場から猛烈なブーイングが起きた。
パーソナルモニターじゃなく、わざわざ場内アナウンスを使うなんて、どうしたんだろう?
『サー、[レパルス]にお戻りください。宇大防衛隊から緊急要請です』
ブーイングがさらに大きくなるけど、声の主はホープ艦長だ。
「何かあったみたいだ。今日の講義はここまで」
『サーが退出されます。お静かに願います』
『会場の皆様はアナウンスがあるまで待機してください』
混乱を避けるためにアシスタント役のマイさん達が呼びかけると、会場はすぐに静かになった。
彼らも異常を感じ取ったのだろう。さすがは宇宙の民だ。切り替えが早い。