鍬と魔法のスペースオペラ 第一章 旅立ち その2 レパルス
2・レパルス
ローレンスから外套と帽子を受け取り、みんなで宇宙港のドックに向かう。
手荷物はない。もう艦に届けているからね。
巨大なドックは発着場を兼ねているので、今日はここから直接出発する事になる。
家族全員でフライングプラットフォームに乗り込み、ほどなくして僕らは父様のいう所の、『あの艦』を見る事となった。
まぁ、僕は弄り倒す都合上、もう見慣れた光景ではあるけれど。
機動重巡航艦[レパルス]。
ウェブリー・インダストリー製の試作艦。楔形のスマートな艦で、全長800メートル、最大幅100メートル。
HDジェネレーターを3基も備えた野心作だが、去年開かれた王室近衛軍のトライアルで、ヨツバ重工の[アタゴ]に敗れ、その後紆余曲折あって(というか、ウェブリーから直接売り込みをかけられて)父様が購入したわけだ。
負けた船、と言ってしまえばそれまでなんだけど、別に性能が劣っていたわけじゃないんだって。大人の事情って何だろう?
それはともかく、交換部品とかはともかく、宇宙でただ一隻の艦というのは燃える!
しかも、今回の受験騒動のため、僕専用艦として登録されたのが3ヶ月前。
3次試験が行われるのは、約1ヶ月後だ。
2次試験が免除になったとはいえ、それだけ準備期間が長かったのは、僕としては都合が良かった。
まぁ、移動時間を考慮しての配慮なんだろうけどね。
宇宙は広いから。
それはそれとして、いくら大貴族の子弟といえど、10歳のガキが、そう簡単に専用艦なんか手に入るわけがない。
ないったらない。
ホレイショ兄様やジョージ兄様だって、未だに専用艦なんか持っていないのだから。
まぁ、ホレイショ兄様は、ここタルシュカット3と、この恒星系のもう一つの有人惑星タルシュカット4を行き来するのが精々だし、ジョージ兄様は王国宇宙艦隊の軍人だから、二人とも特に必要としないのだろう。
僕に専用艦が与えられたのは、宇宙大学ではそれが必要となるからだ。
宇宙大学というだけあって、全ての学部学科で宇宙での活動は必修なんだけど、貴族の子弟は宇宙船を自前で用意するのが普通らしい。
もちろん用意できない学生には大学側が貸し出す制度はあるんだけど、貴族なんて矜持が息をして歩いているようなものだから、用意できないくらいなら退学を選ぶらしい。
ま、父様がウェブリーの売り込みに乗ったのだって、レパルスの同型艦がいないからだもんね。珍しいから目立つだろう、というただそれだけの理由で。
ううむ。僕を含めて貴族という生き物は実に度し難い。
もっとも普通は貴族の子弟でも、実習期間の前に用意するのが普通で、受験の段階で宇宙船を用意するのは、気が早いというか、過剰な自信というか。
父様に言わせれば、宇宙で一隻しかない専用艦を用意した方が、宇大側がびびって、面接で有利に働くだろうとの事だ。
そんな事で有利になるほど甘くはないと僕は思うけれど、折角のプレゼントだから、ありがたく受け取る事にした。
というわけで、それならばと調子に乗った僕が、いいだけ[レパルス]を弄り倒すのは、当然の流れというものだろう。
「――以上が、改装内容になります」
艦を前にして、父様達に報告したのだけれど、反応はあまり芳しくない――というか、みんな呆然としている。
「な……なんだ、その改装……いや、それはもう改装とは呼べないのではないのか?」
父様。改装は改装ですよ?それ以上でも以下でもありません。ありませんとも!
だいたい、準備期間が3ヶ月しかなかったんだ。本格的な開発にはもっと期間がかかろうというものでしょ。領軍の施設と人員だけはいつものように自由に使わせて貰ったため、結構思い切りやらせて頂いたけれど。
領軍の宇宙船に手を加えるのは今回に始まった事じゃないが、慣れって怖いね。
外見上の大きな変更点は、艦尾にあった無駄なメインスラスターを廃した事と、側面に艦載機用の大型ハッチを三つほど付けた事くらいかな?
艦載機が増えたおかげで、艦種が重巡航艦から、機動重巡航艦に変わっちゃったけど、それ自体はあまり大きな変更点とは言えないよね。
「いや、大きすぎるだろう、変更点……」
ホレイショ兄様が何か言っているけれど、聞こえなーい。
ジョージ兄様が僕の肩に腕を乗せてきた。重い。
「なぁウィル。その新兵器、王国軍に回してもらえないかねぇ」
「どの新兵器ですか?」
「全部だ全部!これが実験兵器じゃなく、実用化すれば、我が軍の能力は飛躍的に伸びる!いや、戦術レベルで対艦戦闘の概念そのものが変わりかねない!
いやまて、そうなると対抗手段を先に開発しておかないと、帝国のヤツらが同じ物を出して来た時に困るか……」
普段はよく言えば豪快、悪く言えば大雑把なジョージ兄様の様子がおかしい。眼光が鋭いし、言っている事もまるで戦略家のようだ。
「あの。既に外宇宙で実証実験は重ねていますので、事実上実用化しています。それに今回新機軸の装備に関しましては、類似品を使用された場合に、対抗するための機能も搭載済みです」
「なんと、そこまで先回りして開発していたか」
「当然です。ちょっと思いついただけの装備なので、似たような事を考える人は結構いるでしょうからね」
「「「「「いや、それはない」」」」」
全員の声がハモる。いやいや、そんな筈はないでしょうに。
「第一、こんな『艦隊戦を前提とした装備』なんて、実際に使われるケースは限定的でしょうからね。だから考えたとしても、実際に開発してしまう馬鹿は僕くらいなもの、というのが現実でしょう」
「「「「「はぁ?」」」」」
いや、それが現実というものなのだ。
「だって、20年前にあったという、王国とガイスト帝国との戦争だって、艦隊戦なんか一度も起きていなかったと記録にあります」
「そ、そりゃ、そうだが。でもよ」
ジョージ兄様の頬が引きつる。
そうなのだ。
宇宙艦隊戦――そりゃ、男の子的にはロマン溢れる展開ではある。
でも、そんなイベントは、実際にはほとんど起こらない。
何故なら――宇宙は広いからだ。
身も蓋もないけれど、それが現実というもの。
狭い宙域に、両国軍の艦隊が出会う確率は、とてもとても低い。
そもそも、相手の拠点を攻撃し、破壊するか奪取するために艦隊というものは出撃するものなのだから、戦力の消耗は避けたい。
特に長征艦隊が迎撃艦隊に待ち伏せなんかされたら堪らない。
何しろ、戦艦だろうが宇宙要塞だろうが、そもそも敵勢力に移動するだけで、かなりの労力であり、宇宙の場合、その労力の用意は艦内スペースに物理的に制約される。
ただでさえ、人員が艦内に生きるだけで、相応にスペースを食うというのが、宇宙という過酷な環境なのだ。
そして苦労して戦略目標に辿り着いたとして、その相手が惑星レベルとなると、戦力差は絶望的という、厳しい現実が待っている。
何しろ惑星が使えるエネルギー量は、外征艦隊など比較にならないほど膨大だ。
ドラマとかだと、無防備な惑星に宇宙艦隊が襲いかかる――なーんて展開が普通だし、場合によっては一発で惑星を破壊するとんでも兵器が出てきたりするし、その手の兵器は実在する。
でも、惑星側だって似たようなレベルの兵器を、遙かに大規模に活用できるわけで、せっかく目的地に辿り着いた攻撃艦隊は、惑星の防御システムに一瞬で撃滅されてしまうのがオチというものなのだ。
そもそもテラフォーム済みの惑星は、人が生きていくのに必要な処置はとっくに済んでいるし、重大な環境破壊兵器が使われても対処できるだけの技術力はある。
だって、人が住む事ができない惑星を、人が住めるようにできるわけでしょ?
しかも惑星破壊兵器なんて、一度使ってしまったら、今度は敵に使われるし、他の星間国家をも敵に回しかねない悪手でしかない。
というわけで、惑星を防衛する艦隊、なんて存在も、実際は主役である惑星の攻撃が出した大量のデブリを掃除するだけの、簡単なお仕事だけしかやる事がなくて、そんな事にわざわざ戦艦を使うまでもないわけだね。工作船とその母艦で充分だ。
でも、余った艦隊を敵に侵攻させれば、今度は返り討ちに遭うだけ、という結果になる。
恒星系間ミサイル?要は無人艦なわけだから、条件は一緒。
だから星間国家同士の戦争なんか、開戦と同時に手詰まりになるものだし、王国と帝国の戦争だって、実際そうなってしまった。
儲かったのは、軍需産業と、マスコミ、そしてエンターテインメント分野の各産業くらいなものだったという。
開戦したものの、まともな戦闘は一度も起きず、結果、戦死者が一人もでなかった、という歴史上希有な出来事だったんだ。
まぁ、そのおかげで、両国民の間に憎しみが根付く事がなかった、というのは良かったといえば良かったのかもね。
では、何の為に高い予算を使ってまでして、宇宙艦隊なんて存在するのか。
一番大事な仕事は、宙賊を含めた、治安維持活動だね。
宇宙には、資源がいっぱいある。
小惑星帯なんか、ダイレクトに掘ればいくらでも手に入るし、未開発の無人惑星なんて掃いて捨てるほどある。
だからマジメにコツコツと働けば良いのだけれど、それらをかすめ取ろうとする輩は必ず出るものらしい。
だから商船や採掘母艦を狙ったり、時には客船を襲う物騒な連中もいる。
宇宙艦隊は、そうした人々を守ったり、賊を討伐するのが主任務となる。
でもまぁ、無防備ないしは軽装備の民間船にとっては凶悪な宙賊だろうと、所詮は彼らも民間人に過ぎず、国家そのものや貴族が威信(というか予算)をかけた宇宙艦隊の敵ではなく、捕捉されたら最後、サーチアンドデストロイを絵に描いたような結果になる。
まぁ、小型の宙賊船がアステロイドベルトに逃げ込んだりして、実際の掃討作業は結構大変らしいけどね。
大変というだけだけど。
艦隊の機動母艦には、それこそそうした任務に特化した小型戦闘艇が、山ほど搭載されているからね。
だから僕が考えたネタ兵器なんか、それこそはなっからお呼びじゃないわけだ。
「そうかな。私もジョージと同様に、これらの装備はきっと役に立つと思うよ。
なにしろ、私達のウィルが開発したのだからね。
役立たずなどという事はあり得ない。
例え艦隊戦がなくとも、役立つシチュエーションはあるはずだ」
ホレイショ兄様が断言すると、全員が深く頷く。
いや、いわゆるネタ装備にそこまで感心されると、むしろ恥ずかしいんだけれど?
「うん、恥ずかしがっているウィルは可愛いなぁ」
ホレイショ兄様が僕の頭を撫で、皆は妙に温かい視線を送ってくる。
ちぇっ、揶揄われただけか。皆さん、人が悪い。
「では、気をつけて行きなさい」
「あなたは病気一つしたことはないけれど、それでも身体には気をつけるのよ?」
「はい。行って参ります」
父様と母様の声に見送られて、僕は[レパルス]の艦内に入った。