鍬と魔法のスペースオペラ 第九章 合格 その1 一足先の合格発表
遅くなり、申し訳ありませんでした。
第九章 合格
1・一足先の合格発表
「かんぱーい!皆さんお疲れ様でしたー」
第78校舎コロニー占拠事件解決から6時間後。
コロニー北半球エリアの講堂では、盛大な宴会が開かれていた。
参加者は、タルシュカット受験艦隊の面々と、宇大防衛隊陸戦隊及び第3次試験工作員の面々だ。
眼球と視神経の再生手術が無事に終わったブラーエ氏の姿もある。やはりブラーエ氏は大学当局のスパイだった。情報を僕らに流しつつ、誘導し、混乱させるのが任務だったんだってさ。同時に理学部の現役院生でもあった。
将来は宇大で教職に就きたいらしく、こういうバイトをやっておくと、有利に働くという噂らしい。あくまで噂だけど、ブラーエ氏自身の将来がかかっている情報だからね。きっと信頼度が高い噂なんだろう。
また会う事になるかは分からないけど、お互いやった事を水に流す事にしたよ。ブラーエ氏は高くついたバイトだといって苦笑していた。
それにしても、こんな和解の場を設けるなんて、さすがは宇大だね。
実に懐が深い。
ただ宴会の名目が、『サー被害者懇親会』というのは、どうなんだろう?
アイデアを出したのがタルシュカット領軍側なんで、ジョークか、普段の僕や先生に対する皮肉だろうね。
実際、今回、特に後始末に苦労をかけたという自覚はある。
通信の破壊、リニアリフト制御をはじめ、各種インフラへのシステム干渉、一部乗っ取り。極めつけはパージした有人教室や医務室、主制御室の再接続と原状復帰だ。
各教室のパージシステムは、大事故における緊急脱出を想定している。
つまり、本来はコロニーを放棄する事が前提で、後の事はあまり考えられていない。
すばやくコロニーから離れるため、パージにはスラスターが使われる。
つまり、教室に面したメイン通路は、スラスターの炎に炙られる事になる。
ディフレクター・シールドがあるから、教室が射出された後に、直接宇宙空間に晒されるわけじゃないけど、それでも内装は滅茶苦茶だ。メイン通路の壁材のレーヴァント合成樹脂は、スラスターの放射熱に耐えられる材質じゃないので、教室に面した側の壁は全滅。
通路の反対側の壁は、所々穴が空いて、主要なケーブルを焼き切ってしまった。
単純な断線の復旧くらいなら、うちの工房で使っている作業ドロイド[B・C]シリーズで充分対応できるけど、今度の復旧作業は、熟練の人間の判断力が必要だった。
おかげでこの6時間、工房長のヨシミツと、その助手のミラーナは、それこそ馬車馬のように働いた。
超空間通信に必要な亜空間トランスミッターは、ミャウさんが通電中の基板から無理矢理引っこ抜いたため、修理不能なまでに破損してしまったし、基板そのものにも不具合が出たので、基板ごと交換が必要だったけど、そんなものは手元にないから、複製するのに手間がかかった、という風にね。
まぁ、そんな犠牲者の献身のおかげで、パージした教室は全て元の位置に戻ったし、主制御室も、今では元通りだ。
もっとも、主制御室とのランデブーには、色々トラブルもあったけどね。まぁ、結果よければ全てよし、だ。
そんな訳で、コロニー復旧に尽力した人達をねぎらう会、という案には僕も賛成だった。
宇大防衛隊の人達だって、僕らがかき回して以来、マトモに食事にありつけていなかったのだから、さぞかしお腹が空いただろう。
ノーサイドの後は、互いに健闘を称えあえばいい。僕らは紳士なのだからね。
残念ながら、受験生のほとんど――102号教室組以外の全員――はダウンして、現在私室で爆睡中。
そりゃそうだろう。
彼らからすれば、これから第3次試験、と思っていたら、いきなり武装した兵士が乱入してきて、拉致監禁、脱走を図った人達もあっという間に捕縛されてしまった。
そうこうしているうちに、今度は教室ごと宇宙に放り出され、兵士達も混乱している。
そんなカオスに耐えられるほど、素人さんの神経は太くなかった、という事だ。
教室がコロニーに戻されたとたん、倒れる受験生が続出。とてもその後の面接ができる状態じゃない事は明らかで、まずは休養をとってもらう事になったそうだ。
それで、だ。
大勢が大いに飲み食いしている講堂の一角で、僕ら102号教室組は一列に座らされていた。食べ物もなければ、飲み物もない。
2メートルほど離れて、細長いテーブルが置かれ、そちらの席には、男女一名ずつが座っている。
女性は、人文学部の学部長で、メアリ・ホワイト正教授。シルバーブロンドのおばさんで、若い頃はさぞかしモテただろうな、といった顔立ち。いや、高嶺の花すぎて、かえって彼氏ができないパターンかもしれない。
「高家男爵閣下。何か失礼な事を考えていませんか?」
おっと危ない。例の癖がでないよう気をつけていたけど、顔に出ちゃってたのかな?
「もちろん、わたしはモテましたよ。旦那にも恵まれて、孫が10人おります」
へぇ。それは素晴らしい。
ちなみに彼女も王国閥だ。
「まずは、皆さんにおめでとう、と言わせてください。全員第3次試験合格です。これから面接を始めますが、余人はいざ知らず、皆さんの合否には関係しません。よって、皆さんの宇宙大学合格が決まりました」
いきなりの朗報に、仲間達の顔が綻ぶ。まぁ、そうなるだろうね。
今回の第3次試験に、宇大は屈辱的な敗北を喫した。
これで後の面接で不合格にしてしまったら、3次試験の報復と捉えられかねない。
もっとも、僕としては、それ以前の問題を抱えてるんだけどね。
僕は手を挙げた。
「部長先生。質問宜しいですか?」
「はい。どうぞ閣下」
ホワイトさんはにこやかに頷く。
まぁ、目はちっとも笑ってないけどね。この場で一番怒っているのは、多分彼女だろう。
「質問は二つあります。
一つめは、部長先生のお隣で、さっきから僕を睨んでいる方がいらっしゃいますが、ご紹介はないのでしょうか?」
そう。ホワイトさんの隣に座っている、ごついおじさんが、さっきから僕を凄い目付きで睨んでいるんだ。
「置物です」
「はい?」
「ですから置物ですから、閣下がお気になさる必要はありません。ひょっとすると、この後、多少喋るかもしれませんが、今時、喋る置物など、別に珍しくもありませんから、やはりお気になさる事はないかと」
んなわけあるかい!
まぁ、今度の作戦の現場責任者ってところだろうね。思いっきり面子を潰されたって顔をしてるから、そうなんだろう。
「それで閣下、二つめのご質問は?」
「はい。実は、僕の受験資格についてなんですが……」
僕はゆっくりと仲間を見渡す。みんなきょとんとした顔付きをしているよ。まぁ、まだ誰にも話してないからね。
「実は第3次試験の際、試験監督の方に聞こうと思っていたのですが、とても聞ける状況ではなかったので、今に持ち越しました。
第1次試験の後、少ししてから、タルシュカットに第3次試験の案内が来ました。つまり僕は第2次試験を受けていません。
これはどういう事でしょうか?
102号教室のみんなも、第2次試験について何も言っていなかったので、特に不審な事はなかったと想像できます。
これが大学側のミスや不正行為ならば、僕に第3次試験の受験資格はないという事で、ただ今の合格発表は、僕には適用されないと思います。つまり、失格です」
きっぱりと言い切る。
ほとんどのヒトが、驚愕していた。
僕を睨んでいた軍人のおじさんさえ、ポカンとしている。
最初に硬直が解けたのは、意外にもアッシモ氏だ。
「なんだそりゃ?なんで閣下が合格辞退しなきゃならねーんだよ!」
続いてミャウさんが憤慨する。その勢いに乗じたのか、他のみんなも続いた。
「うん、おかしいニャ。宇大がミスしたなら、それはサーのせいじゃないニャ」
「オイラもそう思うっス。でも、黙っていたら合格なのに、どうしてここで喋っちゃうっスかねぇ」
「それが貴族の矜持というものなのでしょう。もっとも、今時、そういう貴族様が王国、帝国含めてどれほどいらっしゃるものなのか……とても興味深いですね」
「我は、サー以外にはほとんどいない、に一票入れます。サーは我ら一族の秘を知るほどの御方なのですから」
「お兄様が珍しく正論を。でもサーが不合格――いえ、失格なら、我らも合格辞退すべきなのでは?
この合格は、サーあってのものなのは明白ですからね」
「ミも、そう思ウ。肉体言語に、嘘と後悔の言葉はなシ」
いけない。話が妙な方向に進み出したぞ。
「ちょっと待ってよみんな!みんなまで合格辞退する事はないよ。ていうか、一生僕のトラウマになるから、そういうのやめて!」
「そ、そうだぜ手前ェら。閣下の言う通りだ。俺達が合格辞退したら、閣下の負担になるって気付けよ」
「……そんなこと言って、合格をフイにしたくないだけニャ。見損なったニャ」
「何とでも言いやがれ。俺には、後がねぇんだよ。手前ェらとは違ってな」
アッシモ氏の声が沈む。
「俺がこの年で受験したのは、それだけかかったって事だ。手前ェらと違って、俺は学校って奴に通った事はねぇ。そもそも、レーダー星系には平民向けの学校はないからな。
物心ついてから、ずっと働いてきた。家族みんな、そうだった。
中には身体を壊して、早死にした奴もいる。姉貴も、弟も、お袋もそうやって死んだ。
こんな生活から抜け出すには、学と箔を付けるしかねぇ。
まぁ、それも世話になった工場長の受け売りだがな。
そうさ。俺には何もねぇ。空っぽな人間なのさ。
工学部を志望してたのも、工場での生活が一番長かったってだけだ。技術もねぇ。
だから、閣下のおかげで合格しただけで、俺の実力じゃねぇって、大学で後ろ指指されても、別にどうってこたぁねぇんだよ。事実だしな。
宇大さえ卒業できりゃ、家族を養う職だって、選び放題だからな」
――重い。ブラックホール並みに重いよアッシモ氏!
「ふふふ。何を甘い事を仰っているのです?」
わぁ。一番怖いヒトが笑い出したよ。
「何だと?いくらマルコの旦那だろうと、言って許せねぇ事だってあるんだぜ?」
「皆さんが合格辞退を言い出したのは、その方が得だからに過ぎません。だから計算が甘いと言っているのですよ」
「……どういう事だ?」
「皆さんは、このまま宇大に通うよりも、サーにどこまでも付いていく。つまり、サーの家臣になった方が、はるかに得である事に気付いたのです。
新興の高家男爵家の家臣。あなたの言う、学と箔を付けるには、これ以上ない条件です。
もっとも、譜代の方々に比べると、新参の見習いスタートですが、私達には、同じ試験を経験した仲間というアドバンテージもある。
あなただって、自分と家族だけが這い上がるより、サーのお力で、故郷のレーダー星系ごと変えてしまった方が、ずっと良い未来が勝ち取れるではないですか?
サーの覚えがめでたくなるほど、忠節を尽くせば、それもけっして夢ではありません」
「……なるほど。確かに俺の考えの方が青臭かったか。悪かったよ」
うわぁ。マルコ氏があっという間に丸め込んじゃったよ。みんなも呆れたような顔をしている。軍人のおじさんもそうだし、ホワイトさんは……あれ?機嫌が良さそうだ。
まぁ、みんなが宇大合格を辞退しちゃったら、その責任は当然取るつもりだけどさ。
家臣になりたいというなら家臣にするし、商売したいというなら援助もしよう。それだけの力ならあるつもりだ。
おっと、みんなの目が輝いてる。今、声に出てた……?っておい。おじさんに向けては言ってないぞ。
こほんとわざとらしい咳払いをして、ホワイトさんは言い出した。
「変な方向で話がまとまりつつあるようですが、はっきり申し上げて、みなさんは間違っています。
まず始めに申し上げますが、高家男爵閣下の2次試験免除は、大学当局のミスでも、不正でもありません。第1次試験の結果に基づく、宇宙大学の伝統に従っただけです。
第1次試験は10教科1000点満点。
閣下は1200点で、ダントツの1位です」
おおっ、と場内が沸いた。どうやら宴会をしている連中も、僕らの話を聞いていたらしい。あれ?何人か、隠し持っていたハンディ・ブラスターをホルスターに収めたよ。あれは領軍の海兵だ。それ、どうするつもりだったのかな?
「1000点満点で、1200点?計算がおかしくねぇか?」
うん。アッシモ氏に同感だ。
「タートル級輸送船のHD中の航路再計算問題。あれはいわゆる、不可能問題です。
解決不可能な問題に直面した時、どうするか。
その反応をみるための問題でした。
大抵の受験生は、積み荷過剰による航路超過を計算に入れたうえで、一旦安全な場所でHDを解除し、再計算をするという物でした。
それがあの問題の罠で、実際そのようにすると、タートル級では船体が崩壊します」
そうなんだよね。わざわざ[タートル級]と書いてあったから、怪しいと思ったんだ。
「積み荷をHD空間に放棄し、船体を軽くする、という回答も多かったですね。
確かにそうすれば船体の負担は軽くなりますが、放棄し、ディフレクター・シールドの外に出た積み荷はバラバラになり、加速したデブリと化した積み荷はメインスラスターを直撃、哀れ輸送船は爆発四散します」
ああ、それも分かっていた。アレ?みんなの顔色が悪いぞ。
どうやら罠にかかったらしい。
HD経験があまりないと、陥りやすい罠だよね。
まぁ、うちの艦にはメインスラスターがないから、その手も実は使えるんだけどさ。
「HDジェネレーターを装備した、緊急脱出艇で、全乗員を退去させる、という回答もありました。乗員の安全を優先するなら、正しい選択です。
もっとも、問題はあくまで航路再設定ですので、正解とはなりません」
あちゃぁ、という顔になったのはドミンゴ君。
ひょっとして、ホワイトさん、みんなの回答を元に喋ってる?
「あの……サーは、どういう回答を導いたのでしょうか?」
マルコ氏の目が輝いているよ。
「高家男爵閣下の回答は、出題者が予期もしないものでした。
まず、積み荷超過が、規格違いの予備HDジェネレーターである事に着目し、動力に直結させ、出力を増大させます」
うんうん、と天翼族が頷く。そこには気付いていたらしい。
「次に、乗員全員が宇宙服を着用。生命維持関連をはじめ、不要な電力をカットし、全出力をHDジェネレーターと重力子制御装置に回します。この配分はとても高度なもので、算出された答えには、工学部長が歓喜していましたよ」
ホワイトさんが僕を見てニッコリ。僕もニッコリ。うん、ここには自信がある。
「そして重力子制御装置により、ディフレクター・シールドの出力は、実に220%に達します。普通は重力子制御装置は耐えられず、故障すると思われたのですが、実際に試したところ、約5分間耐える事が証明されています。
そしてHD空間をジャンプし、別のHD空間に侵入します。文字通り、航路を再設定したわけです。
この航法は我々宇宙大学でも未知のものでしたが、タルシュカット領軍では日常的に行っているそうですね?」
「はい。その方が簡単ですからね」
一度HDを解除しようとすると、安全な場所を決定しなきゃならないし、そこに別の船がいたりしたら、大事故になりかねない。
そしてタートル級程度の航法コンピューターだと、再設定にも時間がかかりすぎる。
下手したら、何日か無駄になりかねない。
ただでさえ、タートル級のHDジェネレーターはランクが低いので、タルシュカットの艦と比べて、何倍、いや何十倍もHD航法でも時間がかかるんだ。
あれ?簡単、という単語に、ホワイトさんが引きつっているよ。
「ま、まぁ、そういう訳で、高家男爵閣下だけが、無事にタートル級輸送船を目的地まで導く事ができたわけです。
配点は20点満点。
ただし、我々が予想もつかないやり方で、目的を達成した場合、200点の加点が設定されていました。合計1200点となったのは、こうした理由からです」
仲間のみんなは、ほえーという顔をしていた。
みんなは当然知らないだろう。
このHDジャンプ航法が完成した日を記念して、タルシュカットでは祝日となった。
それだけ、完成までは地獄の日々だったんだ。
まぁ、その地獄を生み出した元凶の一人が言うことじゃないんだけどさ。
「不可能問題は、毎年設定されますが、過去200年で、大正解に至った受験生は、3人だけです。その3人の名は公表されていませんが、その後の宇宙史に多大な影響を残しているそうです。
そして宇宙大学では慣例として、不可能問題克服者には、特典として、第2次試験を免除するようになっているのです。
ですから、高家男爵閣下の第2次試験免除は、当然の結果であり、誰にもはばかる必要はありません」
「ありがとうございました。おかげで納得できました」
「それは良かったです。それでは、話を続けてもよろしいでしょうか?」
「すみません。お時間を取らせてしまって」
「いえいえ。こちらこそ、第2次試験免除の理由を事前にお伝えすべきでした。要らぬ心配をおかけしてしまいましたね――それでは改めて、本題に移らせていただきます。
改めて申し上げておきますが、これからの質問には、是非正直に答えていただきたいですが、隠したい事がありましたら、どうぞ遠慮無く。
もう貴方方の合格は決定しておりますので、合否には関係ありません」
ホワイトさんが念を押してくる。
もう、誰もが分かっているだろう。
問題は、もう合否なんかじゃない。
これから志望する学部を決める、椅子取りゲームが始まるって事を。




