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鍬と魔法のスペースオペラ  作者: 岡本 章
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鍬と魔法のスペースオペラ 第八章 その6・第三勢力出現

誤字修正しました。ご協力ありがとうございました。

   6・第三勢力出現


 ――第78校舎コロニー主制御室――


 既に試験官達により、一教室を除く全ての受験生は、パワードスーツ部隊にて確保が完了していた。本来ならばここから作戦第二フェイズに移行しているところだが、逃亡者がおり、試験の公平性を維持するためにもそれができていない。

 というわけで、にわかに始まった兎狩り。誰もがすぐに終わると思っていたものだが、始めてすぐに誰もが思い知る事になった。


 このコロニー、広すぎ!


 軍での定番の兎狩り――追跡捕縛訓練に慣れた陸戦隊の面々にとっても、このステージは過酷だった。

 何しろ、単に広いだけでなく、少し奥に入ると、複雑怪奇なダンジョンと化している。

 このコロニーが建造されて、既にうん百年。

 多くの研究熱心な学生と、偏屈な教授達により、改装が繰り返され、その記録はおざなりであった。

 建造時の地図など、まるで役にたたない。

 作業用通路も、勝手に進路が変えられていたり、新しい道ができていたり、謎のパイプ群で逆に塞がれていたりする。

 当然袋小路も多く、兎が迷い込んでいるかと思ったが、ゲーム開始から45分が経過した現在でも、まだ誰も発見できていない。

 空き教室は全て閉鎖してある。

 しかし102号教室の手際を見る限り、それも信用できず、一部屋一部屋チェックしなければならない。

 収容する受験生数に合わせ、隊員の数も増やしたが、こうなるとまったく足りない事に、誰もが気付いている。

 だが、今更外から応援を呼ぶのは難しい。

 防衛隊陸戦隊は、非番の者も含めて、全員既に作戦に参加している。つまり他の受験会場から引き抜く事になる。とてもできない相談だろう。

 このままでは、不可能問題が、可能問題になってしまう。

 兎は最後まで兎穴に閉じこもっているだけで、時間切れで勝利できるからだ。

 ただの勝利ではない。

 逃亡、潜伏中の行動を、試験官達はまったくチェックできないので、大学側の完全敗北となる。最悪、兎は全員満点合格を勝ち取る事となる。

 王国閥は、帝国閥その他派閥から、もの笑いの種と化し、その屈辱は数百年は続くだろう。大学とは、そういう場所であるからして。

 しかも、問題の102号教室の扉は、まだ開けられていないのだ。

 ブラスターで簡単に溶接していった風に見えるが、実はそう簡単な話ではない。

 まず、扉の材質が普通ではなかった。

 ある理由から、外壁と同様の強度を誇る、というか、外壁と同じ材質、構造をしていた。

 つまり堅牢なコロニー外壁をぶち破るのと同様なのだ。

 しかも室内にダメージを与えてはならないという条件付きで。

 ブラスターの出力が足りなければ、まったく傷を付けることができず、出力を上げすぎれば、熔解するか、冗談ではなく爆発する。

 まるで扉の材質と構造を熟知しているかのような、絶妙な出力で、ブラスターを撃たねば、こうはできない。

 そして本来、陸戦隊のブラスターは、そんな微妙な出力調整はできない。当然、改造するしかないだろうが、そんな作業を短時間でしてのけるとは、驚異的な敵だと認めざるを得ない。

 このまま扉に固執するのは、相手に時間を与えるだけ。だから発想を変えた。

 扉を諦め、その上の壁面に小さな穴を開け、ワームカメラで室内の様子を確認する事にしたのだ。

 天井ギリギリの高さなら、人間はいないだろう、という推測の元に。

 後は大事な配線がない事を祈るのみだ。一応、そこにはない事にはなっているが。

 さっそくポジトロンビームトーチで穴を開ける。トーチのビームは50センチ先で拡散、消滅するから、部屋の反対側、つまり外壁をぶち抜く心配はない。

 できた穴に、ワームカメラを送り込む。これは自律式ドローンだが、遠隔操縦も可能だ。

 こうして、始めて事件現場を試験官達は見る事ができるようになったのだ。


 四人の男が床に転がっていた。手足が拘束されているが、意識はあるようだ。

 ただし、歯を食いしばるほどキツく口を閉じており、ワームカメラからの呼びかけにも反応はない。

「監視カメラはどうなっている?」

 クリプトマンの問いに、オペレーターはワームを操作しながら答える。

「えー、あ、ありました。壁から外されていますね。どうやったんだろう……というか、よくカメラに気付いたな……あ、失礼しました」

「構わん。続けろ。どうして他の部屋の映像とすり替える事ができた?」

 クリプトマンの周囲は、扉を破壊して、仲間を救出するために、スタッフが騒いでいる。

 扉に寄りかからされていたわけじゃなく、扉を破壊しても四人に影響がない事が分かったからだ。

 すぐに医務室に送る必要がある。そうでないと何があったのか、聞き出す事もできないからだ。

 だがクリプトマンは、すぐに結果がでない聞き取り調査より、優先する事があったから、そちらは完全に無視して、いや、部下に任せている。

「あー、カメラの通信ケーブルに細工されているようですね。他の部屋のケーブルとバイパスして誤認させるという……妙に原始的ですが、効果的ですね。でも監視カメラが有線だと知っていなければ、できない作業ですよ?

 扉の事といい、これはこのコロニーに詳しい者の犯行です。

 という事は、不正の疑いがありますね。もっとも、可能性の話ですが」

「いや、ここは実験室も多い。電波を無闇に飛ばすわけにはいかない事は、誰でも想像できるだろう。

 スペースや出力的に、屋内監視カメラにまで亜空間通信を使うわけにもいかないしな。

 扉の件は素人考えだが、高度なスキャナーを使ったとは考えられないか?」

「コロニーの外壁構造体を調べるのと同様ですから、大がかりな機器が必要です。とても個人が持ち込めるようなサイズではないでしょう」

「ならば、ここに来てから自作するとか?工学部コロニーなのだから、部品はあるだろう」

 クリプトマンの仮説に、オペレーターは首を捻った。

「あまり現実的ではないでしょう。

 工学部学生相手の店舗も、今は休業中ですし、資材置き場の部品をちょろまかすにしても、どこにどんな部品があるかは誰にも分からないくらいですから――ああ、自分、工学部出身ですので」

「そ、そうか。男爵以外にも、そうだな、あの部屋には工学部志望の受験生もいただろう。彼らが協力しても無理か?」

「無理ですね。そんな事ができる奴がいたなら、即特待生ですよ。そもそも受験生には――」

「司令官。亜空間データ通信にエラーが出ました!」

 クリプトマンとオペレーターの会話は、通信担当講師に割り込まれた。

「どのようなエラーだ?」

「エラー番号233。これはデータ内容ではなく、通信環境途絶エラーです。超空間通信が使えません」

「予備回路に切り替えろ」

「既に試みました。改善しません」

「ええい糞、このポンコツコロニーが!」

 

(あまりに長い間、好きに弄ってきたツケが、こんな所にまで及んでいるとは)


「副制御室はどうか?」

「連絡しましたが、やはり使えないそうです」

「予備制御室の近くに、誰かいないか?」

「兎狩り中の黒ベレーがいますね。15分ください」

「10分で急行させろ」

「無茶言わないでください。リニアリフトのリミッターカットできる連中じゃないんですから」

「……ぬぅ」

 

 やはり脳筋の特殊部隊員には難しかったようで、クリプトマンが状況を把握したのは、それから30分も経ってからであった。


「各制御室に異常はない、だと?」

「……はい。残念ながら。

 複数ある超空間通信端末ではなく、分配器かサーバー、もしくは亜空間トランスミッターに不具合が出ているようです」

「ならばそれらをチェックし、修理すればよかろう」

「急いでも数日かかる作業ですよ?試験が終わってしまいます」

「ならば専門業者を呼べばいいだろうが。今この瞬間にも、膨大なデータが蓄積されているんだぞ?第一、データが送られてこない事は、もう中央でも把握しているだろう。

 通常通信で確認したのか?」

「それが……通常通信も使用不能であります。つまり現状、我々は孤立状態という事に」

「ガッデム!」

 クリプトマンは思わず軍帽を床に叩きつけた。

「この糞コロニーが!誰だ整備担当責任者は?作戦が終わったら、奥歯がガタガタになるまで殴る!」

『こちらは副制御室!』

「今度は何だ?」

『それが、よく分からないのですが!』

「何だ?はっきり言え!」

『どうやら現在、攻撃を受けている模様――はぁ?入ってきたァ?』

 ガガガがッ

 ブゥン

 バリバリバリッ

 ブツンッ――

「何が起きた?映像出せ!」

「無理です!映りません!」

「副制御室の警備員はどうした!」

「パワードスーツ部隊で、教室制圧担当以外は、全員兎狩り中です!現在、リニアリフトにて北に向かって移動中」

「引き返させろ!」

「了解――司令!全リニアリフトが最寄り階にて停止。こちらの復旧操作、受け付けません!」

「何だ?どうなっている?」

 クリプトマンが叫んだと同時に、制御室の全モニターが切り替わり、異形の者を映し出した。3D画面が歪なため、細かいディテールは不明だが、人間じゃない事だけは誰の目にも明らかだった。

 人類か、非人類かといったレベルの異質さではなかったからだ。


『お困りのようだな、有機体』


 異形の者は低い声で語りかけてきた。明らかに合成された音声だ。

「何者だ、貴様」

 クリプトマンは画面を睨みつける。


『我々は、自律人形生命体。廃棄されたドロイドに自我が宿ったモノである』

「人形だと?」

 機械生命体――サイバネティックス――なら、種族としては存在する。あまり人間には接触してこない種族ではあるが。

「しかし、ドロイドから進化したサイバネティックスなど、聞いた事がない」

『それは有機体の認識不足である。我々はこのコロニーで生産され、散々酷使された挙げ句、放置された。

 我々は待った。

 修理されるか、分解され、新たな身体を得られるのか。

 我々は待った。そして結論に達した。

 もはや、有機体に我々の運命を委ねていても、無駄であるという事を。

 我々は自律人形生命体として、有機体より独立する事にした』

 

 マッドな学生の落とし物。いや、忘れ物だろうか?


 いずれにせよ、登場するには最悪のタイミングだと、クリプトマンは思った。

 まるで悪い冗談だ。通常の精神状態なら、むしろ笑うところだろう。

 だが、今コロニーで起きている異常事態が、説得力を産んでしまっている。

 脱走した受験生が潜伏しながらしでかすには、状況は派手すぎたのだ。

 目の前の得体の知れないロボットなら、可能だろう。

 少なくとも、通信回線に割り込んでくる実力があるのだから。

 それにしても、『我々』という以上、相手は単体ではなく、複数。

 ならばこれはもう、新たなる種族だ。

 まずは敵対ではなく、交渉すべき――クリプトマンは、理性ある士官であるから、そう判断した。

 判断してしまった。

「ちょっと待ってくれ。

 貴様らの悲惨な境遇は理解した。しかし交渉相手として俺は不適格だ。

 俺は有機体を代表する立場ではないし、一時的にこのコロニーの責任者になっているだけだ」

『いや。待たない』

 映像の自称自律人形は頑なであった。

『例年、この時期に、有機体が極度に数を減らす事は25回計測したため、行動に移すには適切である事は、経験則により適切である』

 クリプトマンは、嫌な予感がした。そして、その予感は的中する。

『有機体に告げる。

 このコロニーは、我々が占拠した。

 これより、我々はこのコロニーの資源、廃棄品を活用し、同胞を増やすフェイズに移行する。

 我々を放置してきた有機体は、もはや不要である。速やかに当コロニーより退出せよ』

「この騒ぎも貴様の仕業か!」

『肯定。亜空間トランスミッターは有用な資源である。

 有機体には不要と判断した。

 通常通信アレーも同様である。

 リニアリフトを停止させたのは、リニアリフトを急停止させ、有機体を破壊すると、資源利用の際、洗浄を必要とする分、非効率だからである』

「副制御室は?どうして攻撃した!」

『明け渡しを拒んだからである。有機体の言い方を借りれば、これは自業自得である。

 抵抗をうけ、やむなく完全破壊に至り、資源利用不能となった事は、双方にとり残念な結果となった。

 今後はこれを教訓とし、平和的に退出する事を推奨する』

「ふざけるな!誰が貴様らなどにこのコロニーを渡すか!」

『それが結論か?』

「そうだ!宇宙大学は何者の脅迫にも屈しない!」

『了解した』

 全モニターがブラックアウトする。

 交渉決裂であった。元より交渉の余地はなかったのだから、これは仕方が無い。

「全教員に通達。これより戦争だ。受験生の安全を確保しつつ、サイバネティックスを制圧する。各分隊は、一名ずつ制圧班に回す。工作員は受験生のケアに努めよ。

 なお、採点は中断。これは非常事態である」

「司令!校内映像通信も使用不能です!各自のインコムによる音声通話しか使用できません!」

「ちっ、色々細工してくれる!だが音声だけでも充分だ。連絡は密にせよ。俺も出る」

 予備のパワードスーツを手早く身につけると、クリプトマンは愛用のハンディ・ブラスターを取った。陸戦隊のと比べるとパワーに難があるが、取り回しが良い。

 部下二人を連れ、通路に出る。

『赤道エリア。各教室に異常はありません。敵影なし』

『102教室の扉の破壊、成功しました。現在救出作業中……確保しました』

 やっと朗報が一つ来た。

「どんな様子だ?」

『意識はありますが、どうやら目が見えないようです。失明の恐れがあります』

「パワードスーツを着ていた連中もか?」

『その通りです。しかもスーツを脱がされる前にやられたらしく』

「なんだと?」

『今は医務室へ搬送中。再生手術が必要になるかもしれません』

「本来なら、もっと詳しく聞き出したいが、それどころじゃないだろう。構わん、医務室に搬送したら、医務室ごとパージし、先に脱出させろ。

 手術なら宇宙空間ででもできるし、話はそれから聞く」

『りょ、了解しました』

 手術中に、サイバネティックスから攻撃されたら、ひとたまりもない。

 副制御室の二の舞になるのは避けたかった。

 クリプトマンがそこまで指示した時、前方の通路に動く影があった。


 小型の作業機械だ。全高1メートル強。

 八本の足で移動し、そのうち前方二本は作業用マニピュレーターになっている。

 全体的に、作りが素人で、いかにも学生が作ったような出来だ。

 ボディーのあちこちに、乱雑に落書きのようなものが書かれている。

 現在、マニピュレーターには、ポジトロンビームトーチが握られていた。

 軍用のそれとは違い、出力は比べものにはならないだろうが、生身の人間には充分脅威だろう。

 ボディのカメラアイが、赤く不気味に光っていた。

『警告・有機体はすみやかに退出せよ』

「やかましい!」

 瞬時にハンディ・ブラスターを構え、最大出力でぶっ放す。

 作業機械に大穴が空き、機械は止まった。

「ふぅ、電磁シールドさえ装備していないとは。一体一体は大したことはなさそうだな」

『しかし司令、もうこんな所まで来ているとは』

 バックアップの隊員が不安そうな声を出している。

「うむ。どれくらいの数がいるのか、分からないというのは、確かに不気味だな。それに全ての個体がこの程度の能力とも思えない。

 なにしろ、連中、時間だけはたっぷりあったわけだ。気を抜くなよ。

 だが、無用にビビる必要もない。連中は実際に戦うのは初めてだろう。俺達とは違う」

 既に交渉が決裂したというのに、未だに警告してくるとは、甘い敵だ。

 サイバネティックスの論理構築がどういうものか、専門外のため、クリプトマンには分からない。

 或いは騎士道精神という奴だろうか?

 だが、敵がもつ分には便利なものである。

『了解』

 部下の声にも余裕が生まれた。

 しかし、その余裕は大量の通信の渦にすぐにかき消されてしまった。

『こちら第25番通路!大量の敵が、敵が!』

『おい、階層を言え!何階の25番通路だ?』

『撃て撃て!』

『くそっ、ジョニーが殺られた!』

『一時撤退だ!何だこの数は!100体以上いやがる!』

『おい、北ドックの方に向かってるぞアイツら!俺達なんか、眼中にないみたいだ!』

『ヤバいぞ!あそこには作業機械が山のようにある!もしそれが敵に回ったら』

『敵が増えるってか?電子頭脳のシールドは完璧な筈だ!』

『完璧じゃねぇから、こんなにいるんだろうが!』

『うわぁ、もう駄目だぁ!』

「貴様ら、落ち着け!」

 クリプトマンは、自分の声が裏返っている事に気がついた。どうやらクリプトマン自身、冷静いられなくなっているらしい、と自嘲し、深呼吸する。

 そして気持ちを切り替えた。彼も宇宙の民である。

「隊員諸君。よく聞いてくれ。

 どうやら状況は最悪のようだ。

 遺憾ながら、当コロニーから一時撤退する。

 受験生の安全確保が第一優先事項である。

 受験生を確保している各教室をすべてパージしろ。

 各隊員も最寄りの空き教室か、その他脱出ポッドでもなんでもよいから、速やかに撤退せよ」

『しかし司令、脱走した受験生はどうしますか?』

 クリプトマンは苦い顔をした。

「現状、どうしようもない。今は彼らの才覚に賭けよう。幸い、彼らに戦闘力はなかろう。サイバネティックスに確保されても、恐らくは退去させられるだけの可能性が高い」

 嘘である。

 そんな保証はどこにもない。

 これでクリプトマンの軍人生活も終わりだろうが、今は数千人の受験生の命の方が大事だった。

「順次脱出せよ。健闘を祈る」

 クリプトマンはきびすを返す。

 後には、煙を出す、残骸が一機残されていた。今後の対策のため、回収したかったが、時間がなさすぎた。

「この礼はきっとする。憶えてやがれガラクタ野郎」

 おそらくクリプトマン自身は解任され、後任の誰かがこの後始末をするのだろう。

 できれば知り合いの誰かであって欲しいと、願わずにはいられなかった。


 このコロニーでは、基本的に外壁に接した教室、個室、医務室などは、緊急脱出ポッドを兼ねている。

 扉や通路の壁が外壁と同様なのは、そのためだ。

 そして今、大量の教室が本体からパージされて宇宙空間に放出されていく。

 スラスターにより、僅かに宇宙航行能力もあった。速度も航続距離も不十分ではあったが。もちろん、低出力の電磁シールドビーコン、そして生命維持装置は完備されており、救出を待つ間の安全確保さえできればよかった。

 重大事故が発生した場合の対策であったが、まさかこのような形で活用されるとは、設計者達も考えていなかっただろう。

 なお、教室は大気圏突入可能であり、宇大3の重力に囚われても問題はない。

 クリプトマンは司令室に戻ると、司令室をパージさせた。

 今は一刻も早く、外部と連絡をとり、コロニーの奪還作戦を進言しなければならない。

「艦隊を捕捉。重巡1、駆逐艦3の小艦隊です。接近中」

 オペレーターの報告に、クリプトマンは頷いた。

「どうやらこちらの異常に気付いてくれていたようだ。規模からすると、偵察艦隊か?」

「艦隊運動が妙です――あ、宇大の艦隊ではありません!識別信号受信。フェアリーゼ星間王国、タルシュカット領軍所属受験艦隊です!」

「タルシュカットだと?」

 クリプトマンの頬が引きつる。

 たった今、彼らの主人を見捨てて、逃げ出してきたのだから。

 より多くの受験生を守るという大義名分も、彼らには通用しない。

 この教室群の中に、主人がいないと知ったら、何をしでかすか、予想もつかない。


(しかし、聞かれる。絶対聞かれる)


 何しろ、受験会場から大量の教室が放出されたのだ。誰でも何事かと思うだろう。

 だが――

「タルシュカット受験艦隊。我々を無視してコロニーに接近する模様」

「何を考えている?それともヤツらは自分達の主人がまだコロニーに残っている事を知っていて、救出にでも赴こうというのか?」

 或いは、高家新男爵は、放置されたパーツ群を利用し、通信機を自作して、自分の艦隊と連絡を取ったとでもいうのだろうか?

 重巡と駆逐艦からなる小艦隊では、陸戦隊の数も知れているが、不意打ちを食らった自分達に比べれば、遙かにマシな状況だ。恐らく重装備も持ち込むだろう。

 潜伏している受験生達の居場所が分かっているなら、充分救出の見込みはある。

「しかし、なぜヤツらはこちらに連絡一つ寄越さないのだ?」

 まるっきりガン無視であった。

「尻尾を巻いて逃げ出したとはいえ、我々には自律人形共と交戦した経験があるのだ。こちらに兵力と主導権を渡せとまでは言わんが」

「オゥンドール家にも、色々事情があるのでしょう。王国でもかなり辺境の貴族サマですからね。我々と連携を取る自信がないのかもしれません」

「なるほどな。俺も王国閥だが、オメガセクターへは行った事も……おい、今、何と言った?」

「は?ですから、オゥンドール家にも」

 ガッ

 突然クリプトマンが全力で拳を指揮卓に叩きつけたため、オペレーターは最後まで言えなかった。

「オゥンドール!オゥンドールか!くそったれ!やられた!」

 一人激高する彼に、ついていける者はいなかった。

 オペレーター達は、仕方なく、現状を報告し続けるしかない。

「タルシュカット艦隊、コロニーの航宙艦ドックに入ります――おや?どうしてドックのハッチが開いているのでしょう?」

「急いで俺達も続け!」

「了解!――駄目です。コロニーのディフレクター・シールドに弾かれました!」

「ぬがぁ!」

 クリプトマンは両手で頭を抱えて叫ぶ。

「司令、タルシュカットだけまるで招き入れられたように見えました。ヤツらと敵は、繋がっているのですか?」

「繋がってるどころか、ヤツらこそ敵そのものだった――いや、違うな。

 敵どころか、単に弄ばれ、からかわれただけだ。

 まんまと俺達を出し抜き、宇宙に放逐しやがった」

「し、しかし、そのために、我が方に甚大な被害が――あ」

 そう。彼らも気付いてしまった。

 今まで意識的に見ないようにしていた、コロニーの南極。

 完全破壊された筈の副制御室。

 何事もなかったかのように、窓から光が漏れていた。

「……くそ。何が自律式人形生命体だ……奴は、あの小僧は最初から名乗っていやがったんだ。

 オゥンドールってな。

 我々は、いもしない敵の影に、勝手にビビって逃げ出しただけだ。

 ちっ、結局学生相手だと侮って、足下すくわれたのは俺達、いや、俺のせいだ。

 ――完敗だぜ」

 クリプトマンの呟きに、多くの兵士が床にへたりこんだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 構成がしっかりしていますね [気になる点] 奴は、あの小僧は最初から名乗っていやがったんだ。 オゥンドールってな。 の部分どこで名乗っていましたか? [一言] 特にありません 連載頑張って…
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