鍬と魔法のスペースオペラ 第八章 その5・祭の前の静けさ
5・祭の前の静けさ
宇宙大学第78校舎コロニー。
数多の校舎コロニーを持つ宇大の中でも、最大級の直系100kmの球状コロニーで、工学部を代表する有名校舎だ。
その特徴は、北半球と南半球(実際は北も南もないが、便宜上そう呼ばれている)に、それぞれ巨大な航宙艦建造ドックを有している点で、設計、実験はもちろん、実際に大型艦を建造する事ができる。
能力的には、ラファイエット社の誇る6000メートル級超大型艦[ル・ドゥタブル]の同時複数建造も可能だ。
現在は試験期間のため、24隻の建造中航宙艦は、作業を止めている。うち3隻は全長600メートルの大型艦だ。
このコロニーの大半のスペースは、この建造ドックと資材倉庫、そして加工工場で占められている。
教室は赤道周辺に定数20名の教室が1000、定数200名の講堂が30用意され、その半数ほどは実習室に改装されている。
そのどれもが外壁に接しており、窓から直接宇宙や宇大3を眺める事ができた。
数多の宿泊用個室も同様だ。
もちろんコロニー全体が強力なディフレクター・シールドに包まれているため、有害な放射線が窓から室内に入ってくることはない。
医務室に至っては、200箇所用意されているし、そのうち10箇所は大型病院に匹敵する設備を誇る。
やはり学生に航宙艦を設計、建造、運用実験までさせるとなると、事故の危険があるからだろう。
コロニー全体を管理する主制御室は北極にあり、副制御室は南極。その双方が使用不能の時に備え、重力制御、スラスター制御、生命維持、通信制御といった予備制御室が各所に点在していた。
現在副制御室と、予備制御室群には、最低限の人員しか詰めておらず、管理スタッフの大半は主制御室にいた。広大な室内の空中には、半実体化した3Dモニターが浮かび、内外の様子を映し出している。
制御室の主は、宇宙大学防衛隊のクリプトマン主任教授。
教授といっても、彼が教鞭を取ることはない。
専門は宇宙艦隊運用論。
防衛隊といっても、宇宙大学は国家ではなく、あくまで教育機関であり、軍は持たない建前である。
防衛隊は、大学の独自性、自主性を守るために存在している事になっていた。
軍ではなく、学校であるため、防衛隊の構成員も、部長、主任教授、教授、助教、講師、臨時講師、一般教員という階級で呼ばれている。
主任教授であるクリプトマンは、高級幹部だ。
本来、一試験場を監督する立場ではない。これは学長直々の抜擢であるが、その理由まではクリプトマンは聞かされていなかった。
(もっとも、理由は明白だがな)
クリプトマンは内心で苦笑する。表情はまったく変えていないが。
彼も今年の入試問題作成に加わった王国閥の一人であり、従って母国の事情には詳しい。
つい先日、高家男爵の叙爵があり、新高家男爵当人が、このコロニーに受験のため訪れている事も、もちろん承知していた。
その新高家男爵が、帝国から名誉男爵位が贈られると打診されている事も。
ある意味、王族、皇族以上のVIPであった。
しかも異常なまでに優秀で、その発明には帝国閥の教授連中まで魅了されてしまった。
受験生の艦に押しかけて、講義を受ける教授達など、前代未聞である。
しかもその動きすら、学長が裏で手引きしていた疑いがある。
何しろ、虎の子の第三ゲートは、新高家男爵専用として用意され、わざわざそこに帝国閥の工学部副部長正教授を派遣したのは学長だ。
更にいえば、お忍びで当コロニーに学長が訪れ、何かしていったらしい、という噂までクリプトマンの耳に届いている。
詳しい事情は聞かされていないが、クリプトマンの中では、新高家男爵には『学長の秘蔵っ子』なる称号が与えられている。
だからこそ、彼は期待してしまう。
大学が用意した、この壮大な『不可能問題』に対し、秘蔵っ子がどう対処するのかを。
クリプトマンは、個人的にも興味があった。
この新高家男爵は、人類初であろう、本格的宇宙艦隊戦の勝利者なのだ。
宇宙艦隊運用論の研究者として、興味が尽きない。
なにしろ、大型拠点(惑星含む)の、航宙艦に対する絶対優位が確立されている今、戦艦不要論どころか、宇宙艦隊不要論まで声高に主張する者も多いのだ。
華々しく宇宙艦隊戦をしてくれた新高家男爵には、素直に感謝したい彼は、その感謝の気持ちをもって、より一層厳しく新高家男爵を評価する気だった。
新高家男爵――つまりウィリアムの事だが――にははた迷惑な話だが、軍人気質の研究者兼教育者の歪んだ愛情とは、そんなものだ。
『全教室のうち、78%制圧完了』
『22番教室。受験生が他の受験生を肉の盾にして抵抗中。怪我人が出る恐れあり。応援を要請する』
『35番教室。逃走中の受験生を確保。教室に連行する』
『35班。無用に手荒な事はするなよ?気付かれないよう、上手くやれ』
『了解』
(ふむ。思ったよりも抵抗が激しい。今年の受験生は優秀だな)
クリプトマンは内心微笑んだ。
第3次試験。内容自体は単純だ。
非武装の受験生を少数ごとに振り分け、分断しつつ、パワードスーツで武装した兵士により制圧する。
当然、通信は一切遮断。外部からの援助も見込めない。
受験生は、これが本当の襲撃か、試験であるか、判断に迷うことだろう。
受験生に紛れ込ませた工作員により、その迷いは助長される。
その中で、どう各人が判断し、行動するか。
無防備な受験生が、パワードスーツを装備したプロの防衛隊員に敵う筈もなく、従って受験生に勝利条件は最初からない。
降伏し、諦めるか。
一旦従いながらも、時間を置いて交渉し、何らかの譲歩を引き出そうとするか(本当の賊相手なら悪手でしかないが)。
隙をみて逃亡し、外部に助けを求めるか。
制圧するパワードスーツの防衛隊員も、紛れ込んだ工作員も、試験官であり、受験生の行動を逐一チェックしている。何を発言したのかはもちろん、それこそ指の動き、目の動きまで。
当然教室内に設置された監視カメラの映像も貴重なデータとなる。
そしてそれらデータはコロニーの中央コンピューターで精査され、超空間通信にて中央に送り、順位を決める。
場合によっては、受験生が死亡する事故もありえる、危険な試験であった。
もちろん試験官は安全確保を第一優先とするが、それでも事故は起きるだろう。
実は他のコロニーで、現時点で数件そういった事故が起きている。
心臓麻痺で、受験生二人が医務室に送られていた。幸い、命に別状はなかったが、彼らは当然不合格である。
宇宙ではどんな事でも起きうる。この程度で心臓を止めてしまうようでは、宇大生は務まらない。
ちなみに、身障者については、別のコロニーで、別メニューで試験が行われているので、そちらはクリプトマンの関与するところではない。
(さて、件の教室はどうかな?)
作戦の第一段階が、ある程度の目処がついた事もあり、クリプトマンの興味は、例のVIPがいる教室に向く。
かの教室の制圧に向かったのは、一般教員ではあるが、凄腕のベテラン3名であり、工作員は現役の理学部院生だが、訓練成績トップの優秀な学生であった。
工作員担当に現役の学生を使うのは、学生特有の空気感を持っているからだ。防衛隊員や一般教員を使うと、何となくバレる可能性が高い。
完璧を期すために、本物の工作員を使えればベストだったのだが、試験内容は毎年変わるから、その手は使えなかった。
教育機関はすなわち情報機関でもあるので、その手の工作員も宇大にはいるが、比較的少数であり、現在関わっている事案も多いため、この試験のために借り出すわけにはいかなかった。例え学長肝煎のVIPがいるとしてもだ。
まずは件の教室の監視カメラの映像を呼び出す。
(うむ。いたいた)
既に制圧していたのか、と、クリプトマンは内心肩を落とす。
部屋の中央に、受験生達が踞り、周囲をパワードスーツ姿の男達が立っている。
例え天才貴族だろうと、所詮は素人の少年。
このような不測の事態には対応できなかったという事だろうと、クリプトマンは思った。
(で、例の少年は、どいつだ?)
カメラの視点を操作し、少年を特定する……が。
いなかった。
踞っている受験生に、人類の少年はいない。人類はいても、どう見ても成人ばかりだ。
どういう事だ、とカメラをあちこちに向けるが、特に異常は見受けられない。
「102班。状況を報告せよ」
応答がない。
「125班。一人102号教室へ急行せよ」
『了解』
分断作戦が裏目に出てしまった。
学生が収容されている教室は離れて設定されており、行き来に時間がかかる。
無性に長く感じられる2分後、報告が来た。
『教室の扉がブラスターで溶接され、中に入れません!』
「破壊し、突入せよ。中に人が残っている可能性が高い。怪我をさせぬよう留意せよ!いや、ちょっと待て。一人じゃ危ない。追加の応援が到着するまで、待機。いいか、警戒を厳にするのだ」
『り、了解しました!』
「総員、警戒態勢!黒ベレーは102号室へ急行せよ。敵はすでに教室を脱出し、どこかで潜伏している可能性が高い。監視班はカメラだけでなく、無人機での捜索を開始。
兎狩りだ!
なお、逃亡したと思われる兎に、レベル0はいない。発見したら麻痺にセットしたブラスターを食らわせてやれ!」
『『『ひゃっはー』』』
レベル0に指定された種族相手では、麻痺にセットしたブラスターでも生死に関わるため、使用は厳禁だ。宇宙には様々な種族がいる。
逆にレベル10の種族には、殺傷にセットしたブラスターでさえ、ほとんどダメージを与える事はできないが、そのような種族は希である。
(やはり、楽しませてくれるじゃないか)
クリプトマンは傍目でも分かるような笑みを堪えられなかった。それほどの快事だったのだ。だが、笑っていられるのは今のうちだけである事を、彼はまだ気付いていない。
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
「――それにしても、よくもまぁ、こんな迷路みたいな作業通路網で、迷いなく進めるもんだニャ」
「この翼のおかげですよ」
「この狭さじゃ、むしろ邪魔にしか思えないニャ」
「実は我々は、翼で電磁波の流れや、重力の歪みなどを感知できるのです」
「ですからパイプの中の配線が、どう繋がっているのか、追う事は容易です」
「なるほどニャ。じゃあ、サーの命令通り、まずはヤツらの喉と耳を潰すニャ」
「その次は、目ですか」
「鼻はどうします?」
「鼻は死んじゃうから駄目ニャ」
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
「――でもよ、こうしてリニアリフトの通路を使って移動するのって、危なくねぇのか?リフトに轢かれたら、一瞬でミンチだぜ」
「大丈夫っスよ。この通路はコロニー建造時の奴で、とっくに廃線っスから」
「……よく、分かるナ」
「ほら。このレールっス。毎日使ってたら、ピカピカに磨かれてるっスよ」
「……ピカピカじゃねぇか」
「何見てんスか。こんなの、ちっともピカピカじゃないっスから」
「分からン」
「わからねぇ」
「そんな事より、急ぐっスよ?もうすぐ、廃棄したリフトの場所に着くっスから」
「なんで分かル?」
「見て分から……もういいっス。黙って付いてくるっスよ。なにしろ先は長いんスからね。いちいち説明してらんないっス」
「お、おい怒るなよ。今お前に切れられたら困る」
「ミ達、迷子になル。そして飢えてしんでしまウ」
「……さすがに見捨てないっスよ。お二人はサーの貴重な戦力なんスから」
「お、おう……でもよ、何だか俺達って、一番弱くねぇか?」
「今のところ、何の役にもたっておらヌ」
「すぐに役に立つっスよ。気にすることはないっス」
「……お前、イイ奴だな」
「……うム」
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
「――やはり、ありましたかサー」
「あったね。まぁ、そういうコロニーだからここは」
「サー、動かせますか?」
「やってみる……うん、システムに侵入できた……ああ、プログラムが甘いな。まるで学生レベルだ」
「それは――学生が作ったプログラムだからじゃないでしょうか?」
「さすがにこういうのは、担当教授が弄るんじゃないの?」
「専門が細分化されていますからね。自分の得意分野じゃないと、何もしない、できない人が多くて、学生に押しつけるのは、よくある話かと」
「そういう人に限って、学生には、何でもできるようになるためにやらせる、つまり学生本人のためだとか言ってたりして」
「教授あるあるですね。サーの先生も、そうなのですか?」
「いや?あの人は、何でも自分でやりたがるタイプ。むしろ見張ってないと、何しでかすか分からないな」
「……それも困った方ですね」
「困るけど、面白くもある。だから一緒に暴走しちゃえば、制御もできるから、実は一番それが安全」
「サーも困った御方のようですね。そんな事を言って、一緒に楽しんでいたのでしょう?」
「よくお分かりで……って、できた。これでこのコロニーは我々のものだ!うはははは」
「悪役っぽい台詞を棒読みしても、迫力ありませんよ?サー」
「……うん、自分でもそう思った。でも一度言ってみたかったんだ」
「そういうのって、ありますよね。ふっ、我々に楯突くことが、どういう結果をもたらすのか、よく考えておくべきでしたね」
「……ごめん、マジで怖いからやめて」