鍬と魔法のスペースオペラ 第八章 その3・いよいよ試験会場入り!
誤字修正しました。協力ありがとうございました。
3・いよいよ試験会場入り!
調子に乗って、待機していた期間はほとんど魔法の練習と改良に費やしてしまった。
いや、僕は魔法が使えないから、あくまでスキルに過ぎないし、魔法的なスキルは相変わらず【ライト】系だけなんだけどね。
【ライト】
勇者スキル
マナを変換し、周囲を照らす
光量は使用マナに依存
スキルレベル2
【ライト改】
勇者スキル【ライト】の独自改良スキル
対象を選択すると、光らせる事ができる
対象数、光量は使用マナに依存
スキルレベル5
改良バージョンの方が熟練度が高いのは、更に派生スキルができるかな?と、調子にのったせいだ。
ちなみにどちらもレベル1だと光量の調整ができず、使用マナも一定だったけれど、レベル2になると、調整できるようになった。
特に【ライト改】は、複数光らせると、マナの使用量がぐんと跳ね上がる。
もっとも熟練度を上げると使用量が減っていくから、レベル5になった今ではほとんど消費しないで済むようにはなったけど。
農家スキルも【マナ自動回復】のおかげで、レベル3に向上した。おかげで回復量は125/秒にまで劇的に上がっている。
これなら、一日中【ライト】を普通に使っている分には、回復量の方が大きいから、何ら問題はない。あまり明るすぎても不便だし。
【解析】さんのレベルは6のままだ。
あれから色々試してみたんだけど、大元の農家スキルは上がっていくのに、【解析】さんは上がっていない。あの時はたまたま上がるタイミングに過ぎず、レベルが上がるほど必要な経験は多くなっているんだろうね。
とまぁ、スキルの研究と練習、そしてお楽しみの改良の件は一旦ここまでにして、今は試験に集中しよう。
というわけで、今僕は指定された会場に来ている。
元は教室なんだろうけど、机や椅子は撤去されており、がらんとした空き室だ。広さは【レパルス】のブリーフィングルームの半分といった所かな?
つまり、割と狭い。
そんな狭い部屋に、複数の男女が待機させられている。
人類もいるが、明らかにそうじゃない種族もいる。
以前通路で見かけた、背中から羽根が生えている人達。
地球で愛玩動物として飼われていた犬や猫に似た人達。
額に第三の目がある、三ツ目のは虫類みたいな人。
小柄だが、全身がっしりとした体格で、髭もじゃで、何か豪快そうな人。
「いや、こう見えてもオイラは人類っスから。ドゥエルグ系っスけど」
ドゥエルグ星系の居住惑星は一つで、古い植民惑星だ。
まだ惑星規模の重力制御ができなかった頃に開発され、今でも居住限界ぎりぎりの高重力惑星として知られている。
そのせいか、ドゥエルグ系の人は小柄で、がっしりとした体型の人が多い。
「あ、これは失礼しました」
髭もじゃの人に謝ると、髭もじゃの人は笑顔で右手を軽く振る。
「いやいや。オイラこそ、今度はどんな異星人――星間種族が来るのかとワクワクしてたっス。オイラより背が低い人だから、もしやと思ったっスが、人類だったんスね。
失礼っスが、お幾つになられるんで?」
「10歳です。HDを入れると11歳ですが。申し遅れました。僕はウィリアム・C・オゥンドールと申します」
「あ、これはご丁寧に恐縮っス。オイラはドミンゴ・エルラッハ。17歳っス」
「ひょっとして、工学部志望ですか?」
「あれ?どうして分かったんスか?」
「指先を見れば、誰でも普通に分かると思いますよ?うちの工房長も同じような指をしてますから」
ヨシミツの指もこんなだった。指先が変形するほど工具を使いまくると、こうなるらしい。
「『うちの工房』って、坊ちゃんは工房を経営している一族の御方っスか?」
ドミンゴさんは目を輝かせている。
「い、いえ。言葉が足りませんでしたね。『うちの工房長』というのは、僕の艦の工房の主という意味でして」
「航宙船に工房があるんスか?単なる工作室じゃなくて」
「そんな事言ったら、工房長に殺されます。単体ではクラス1に過ぎませんが、艦載している工作艇と合体させると、クラス2の工房として機能しますから」
「クラス2!ど、どんな工作艇載んでるんスか!」
「やかましいぞそこの毛玉!」
ドミンゴさんが絶叫すると、部屋の奥の壁に腕を組んで寄りかかっていた大柄の人に怒鳴られてしまった。目付きが凄く怖いんですけど?
「ったく、これから3次試験で緊張してるってのに、仲良く雑談かぁ?しかもうち一人はまだガキだってか?どんな脳内インプラントで試験誤魔化してきたのかは知らんが、宇大舐めんのも大概にしやがれってんだコラ!」
「ごめんなさい」
ここは素直に謝っておこう。
だってこの大柄の人。人類ではこの部屋での最高齢。35歳だよ?
いくらアンチエイジング技術が進んで、人類でも寿命が大幅に伸びてるからといっても、普通は別の人生を選んでいる年齢でしょう。
特に仕事をしているようには見えないし、【解析】さんも職業・学生としか教えてくれていないし。
「な、なんだその哀れんでるような目は?」
いや、狼狽える必要はないって。分かってるから。うん。
「まぁまぁアッシモ君。ここは抑えて抑えて。それにオゥンドール様は優秀な貴族サマだ。仲良くしておいて、損はないと思うよ?」
なんと仲立ちしてくれたのは、ブラーエ氏だった。
「何というか、偶然だね。いや、運命かな?また会えて光栄だよオゥンドール卿」
「いえ、こちらこそ知り合いがいて心強いです」
と言うしかないじゃない。
大男ことアッシモ氏は毒が抜けた顔をした。でも不機嫌には違いないけど。
「ちっ。お貴族サマかよ。さぞかし平民には手が届かないような、上等なインプラントを仕込んでもらったんだろうな。正直羨ましいぜ」
えーっと。僕は体質でインプラントの類は受け付けないんですけど……ここでそれを言うのは拙いかな?
【状態異常無効】
農家スキルのオリジナルスキル
常に有効
毒物無効・麻痺無効・精神攻撃無効が融合・進化したもの
これにより、外部からの魔法的、薬物的、魔道具を含めた物理的刺激による、あらゆる状態異常を無効にする
ただし、無効にするのは状態異常のみであり、ダメージを減少させるものではない
え?これも農家スキルだったの?
つまり、インプラントだけじゃなく、ワクチンの予防接種とかも無効になっちゃったのって、全部このせいだったわけ?
……あれ?
生まれてすぐに受けた接種も無効だったのがこのスキルのせいだって事は、僕は生まれた時は既に農家だったって事か。
「どうしたの?オゥンドール卿」
「……いえ、職業って、いったい何だろうって思いまして」
「……なんだよ、皮肉か?」
アッシモ氏の目が剣呑だ。
「そういう意味じゃなくてですね。どうやら僕の天職が、今や誰も就いてないような職業だったらどうすればいいのかなって、ふと思っただけです」
「なんだそりゃ?貴族サマってのは、妙な事を考えるもんなんだな」
アッシモ氏は呆れかえった。まぁ、そうなるよね。
「まぁ、俺もいきなり怒鳴りつけたりして悪かったよ。俺はデウス・アッシモ。フェアリーゼ星間王国レーダー星系出身の平民だ。見ての通り、老けちゃいるが、事情は聞かないでくれ」
「王国の方でしたか。僕はフェアリーゼ星間王国タルシュカット星系の、サー・ウィリアム・C・オゥンドール高家男爵です。でも宇大では爵位は関係ありませんから、気にしないでくださると助かります」
貴族として紹介されちゃったからには、正式な位階を言わないと非礼になっちゃうから、仕方ない。
でもブラーエ氏には、僕が貴族だと教えたつもりはないんだけどな。
僕の視線を受けて、ブラーエ氏は肩をすくめた。
「そりゃ、平民と違うのは見りゃ誰だって分かるさ。でも正直、当主様だとは思わなかったな。高家って、たしか当主しかいないんでしょ?しかも爵位に関係なく、格式は王家並だとか」
ブラーエ氏の言葉はかなり響く。おかげで周囲が妙に緊張したのが分かった。
「お、おい。するってぇと、俺は不敬罪で打ち首かぁ?」
「だから宇大じゃ貴族も王族もないんですって!」
「って事は、宇大から一歩でも出たら、逮捕、そして裁判なしで死罪かぁ。終わったな、俺の人生。貴族サマの子弟程度だったら、宇大の権威で何とかなっただろうが、当主じゃなぁ」
アッシモ氏ががっくりと肩を落とす。
「そういう意味じゃないんですから!だいたい不敬罪って何ですか?タルシュカットじゃ、そんな法律ありませんよ?王国法でもなかった筈です」
そうなのだ。
我らがフェアリーゼ星間王国には、不敬罪はない。
名誉毀損とかはあるけど、それは貴族や王族限定じゃないし。
あれ?アッシモ氏が呆然としている。
「え?レーダー領には普通にあるぜ?不敬罪。だから貴族サマだけじゃなく、領軍の軍人や役人共も偉そうにしやがっててよ。他人の女に手を出したり、ツケを踏み倒したりなんざ序の口。噂じゃ通り魔辻斬りみたいな奴までいるって話だった。
正直、それが貴族ってモンだと思ってたぜ……」
「なにその世紀末世界。貴族の風上にも置けませんね。こりゃ『放浪の世直し電波姫』もまだまだ引退できないって事かな?当人は引退宣言しちゃったけど」
「なんだそれ、本当の話か?」
アッシモ氏が目を剥いて迫ってくる。近い近いよ!
ブラーエ氏もニヤニヤしてるんじゃない!
「こちとら、電波姫様だけが希望だったんだよ!それが引退?やっぱり他の貴族共の圧力か?そうなのか?」
「いえ、その、本人が言うには、目的が成し遂げられたって事で」
「おいコラ手前ぇ、相手が平民だからって、ふかしてんじゃねぇだろうなぁ!」
「だから、ティナ本人から聞いてますって!」
「本人!」
「しかも、『ティナ』って……」
ざわざわ
いかん。アッシモ氏は再び呆然としてるし、周囲のざわめきが大きくなっている。
ブラーエ氏が、ボンと相槌を叩いた。
「そうか。確か高家って、王家から配偶者を迎える貴族に、特別に与えられる称号だったっけ」
「違います!
そういう結果に結びついた例が多いってだけです!」
というか、さっきからブラーエ氏は、僕を追い込んで楽しんでいるようにしか見えない。
「だって『世直し電波姫』の目的といえば、婿捜しでしょ?王国民じゃない僕だって知ってる話さ。それが引退宣言して、同年代の高家貴族がいる。
これはもう、決まったも同然でしょ?」
いやいや。そもそも『高家』なんて存在、詳しく知っている貴方が異常だって気付け。
「ま、オゥンドール卿のおかげで、試験前の緊張感から解放されたんだ。
みんな、オゥンドール卿に拍手!」
「「「「おー」」」」
部屋にいた受験生みんなから拍手された。妙に温かい視線が痛い。
「ま、まぁ、閣下が姫に一言言ってくれたら、レーダーの野郎に一泡吹かせてやれるのは確かなようだな。合否に関係なく、そこんところは宜しくな!」
急に元気になったアッシモ氏に背中を叩かれた。痛いよ。こっちは物理的に。
「そんな事より、お二人の馴れ初めって奴を是非聞きたいニャ!」
猫顔のお姉さんがいきなり迫ってきた。
「え、えーっと」
「申し遅れましたニャ。アチシはミャウ。見ての通り、ケットシアンだニャ。語尾に『ニャ』が付くのは、その方が人類が喜ぶからという、ケットシアンの安全保障文化の結果ニャ。ちなみに商学部志望ニャ!」
ケットシアン。猫耳、つり目、肉球付きの両手、ふさふさの尻尾などの種族的特徴を持った異星人――というか、星間種族だ。一般的に敏捷性、柔軟性が人類に比べて高いとされている。
「おいコラ猫人間。こちとら故郷の運命がかかってんだ。『そんな事』呼ばわりたぁ何だ。他人の恋路の馴れ初めの方が、よほど『そんな事』だろうが」
「フン、知らないニャ。いい歳して、ずっと年下の貴族に頼ろうだなんて、情けない男ニャ。そんなオッサンには、アチシの肉球は触らせてやらないニャ」
ミャウの論調に、アッシモ氏はグッと詰まるが、それも一瞬の事。
「誰が触るかそんなモン!いいか、レーダー星系だと糞不敬罪のおかげで貴族は絶対、それに連なる者――木っ端役人の末端さえ平民をいたぶる権利って奴があるんだよ!
その平民だって、大半は役人にゴマ擦って、賄賂渡して、それでも牛馬のごとくこき使われて、死ぬまで我慢してんだ。
その屈辱が手前ェに分かるか?
だからあの星を変えるにはなぁ、電波姫みたいに、外からやるか、国潰す覚悟で革命するかのどちらかなんだよ!」
「だったら革命すればいいニャ!
余所から――そう、例えばウチらみたいな商業連合から武器を買って、資金も借りまくって、平民達を煽りに煽って、テロ活動して、悪徳貴族を皆殺しにして、国を建てて、王国に認めさせて、莫大な借金のために、今度は商業連合の奴隷になればいいニャ!」
「おいコラ、最後のは何だ?」
「ちょっとした本音ニャ。ちなみにウチらは借金踏み倒しは絶対許さニャいから、覚悟して借りることニャ」
「う……」
さすがは商学部志望だ。カネの話をすると、大抵の奴は冷静になる。
「まぁ、政権打倒は電波姫とオゥンドール卿に任せるとして、その後の混乱を収めるのは、統治経験のないレーダー星系の平民の方々では荷が重い話ですよね」
今度は犬顔の人が会話に加わってきた。
こちらは顔全体が犬だ。いや、狼かな?
「失礼。私はマルコ・キアスと申します。見ての通り、というのはミャウ女史の真似ですが、フェンリー人です」
フェンリー人。当人達が最初からそう名乗っていたわけじゃなく、彼らと最初に接触した人類によって、そう名付けられた種族だ。名前の由来は母なる地球の神話に出てくるフェンリルという狼の神様から。
知能レベルが高いため、あっという間に星間国家入りを果たした恐るべき種族でもあるが、謎も多いらしい。
噂じゃ、完全な狼体に変身できる人もいるというけど、本当かな?
見た感じ、マルコさんはいかにもインテリっぽいけど。
ただし、ふさふさの尻尾は妙に触りたくなる。やはり謎めいた種族ではあるね。
「今時、そのような高圧的、専制的な統治が成立する星というのは、当事者にとっては堪らない話ですが、外部から見たら、とても興味深い――いえ、政権打倒には完全に同意ですがね。
しかもどうやらソフトランディングは困難なようで、やはり外部からの打倒しかないでしょう。
もっとも、星間戦争はナンセンスな話なのは、王国と帝国の無血戦争を見れば明らかです。そこはオゥンドール卿の手腕に頼るとして」
いや、そこは頼らないで欲しい。
「問題は、先ほど申し上げた通り、その後です。統治ノウハウはない。革命の志士達も、いざ革命が成功した後、堕落して、旧支配者の焼き直しになってしまう例は、歴史に多く記されてきました。権力とは、それだけ恐るべき魅力――呪いがあるのでしょうね」
「そしてマルコさんは、その呪いを研究したい、政経学部志望なんですよね?」
「ご慧眼、恐れ入りますオゥンドール卿」
マルコさんは恭しく一礼してくれる。それからアッシモ氏に向き直った。
「今まで、そしてこれからも、少なくとも暫くはレーダー星系の方々は辛い日々を過ごす事になるでしょう。私のような外部の者からは、その気持ちが分かるとは申しません。
ですが、将来のビジョンもないまま、怒りに任せるも、他人に頼るも、未来は地獄でしかないでしょう。
頼る相手がオゥンドール卿であろうとミャウ女史であろうと、それは同じです。
ですから、我々は大学で、学ぶべきなのですよ。少なくともそのために私は受験しました。貴方もそうなのではないですか?」
「アンタは……その……」
マルコさんは笑顔になる。狼顔だけど、それは誰でも分かった。
「はい。我々フェンリー人が、どうやって未開の原住生物から、星間国家の一員にまでなれたのか。順風満帆のわけがないじゃないですか」
未開の現住生物。つまり人間扱いすらされなかったのね。
本当の地獄を歩んできた種族ならではの凄みがあった。
「済まなかった。アンタの言う通りだ。今は怒りを形にする時じゃねぇ事が、よく分かった」
「いえいえ。怒りは大事ですから、時折は形にする事も大事ですよ?」
うん、怖い。フェンリー人怖い。
ミャウなんか、さっきから尻尾を太くしてブルブル震えてるし。
「……まったく、短命の種族はせっかちですね」
「いえいえお兄様。我らとてイルヴの民に比べたら、充分短命の種族ですよ?種族的奢りはもっとも忌避するところです」
「その通りですね。我とした事が、恥ずかしいです」
「……よしよし、です」
背中から羽根が生えている人達だ。そりゃあ、年上の方が135歳で、年下が120歳だからねぇ。
それからほどなくして、名乗ってないのが自分達だけだと分かり、歩み寄ってきた。
天翼人。
寿命不肖のイルヴの民ほどではないが、長命種。
年上の方はヴァルゥ・ヴァラク。
年下の方はセェレ・セルヴァン。
正確には兄弟ではない。血縁的な意味で。
というのは、そもそも彼らには家族という概念がそのまま種族に当てはまっており、苗字とか家名というものは存在しない。ヴァラクとかセルヴァンとかも名前の一部だ。本当はもっと長ったらしい名前だそうだ。
ちなみに二人とも理学部志望。
え?三ツ目のトカゲ人がいただろうって?
うん、いるよ。ずっと寝てるから自己紹介不能だけどね!