鍬と魔法のスペースオペラ 第八章 その1・試験会場入り――って、それどころじゃない大事件
第八章 ようやく入試!
1・試験会場入り――って、それどころじゃない大事件
オフセットゲートを抜けてから、僕の試験会場となる78番校舎コロニーに到着するのに、実に2週間もかかってしまった。
というのも、宇大星系内全体が、航宙船で埋め尽くされていたからだ。
毎年受験シーズンの風物詩だそうで、そんな状況では、外宇宙速度どころか、第一巡速だって出せやしない。
もっとも[レパルス]に居候を決め込んだゴドフリート教授達にとっては、むしろ都合が良かったらしく、僕は連日ブリーフィングルームで講義する羽目になってしまった。
というか、僕、受験生なんだけど?
何かがおかしい。
でも講義の報酬は破格だから、ここは気にしないという事でひとつ。
オフセット式人工ワームホールの秘密。これは大きい。
先生はこのシステムに直接興味を示してきたから、とても喜んで……とはいえないのが、妙といえば妙な話だ。
むしろ緊張し、ティナと話し込んでいるシーンが多くなった。
もっとも、長年の夢が叶うとなれば、緊張もするか。
僕が叙爵して高家男爵になったら、憂いは多少は晴れたみたいで、それは何よりだけどね。
「王国の爵位だけでなく、帝国の名誉男爵位もゲットしたのは予想外。さすがはウィル。私達の想像の限界を軽く飛び越えてくる。
でもこれで王国貴族だけでなく、帝国貴族まで味方に引き入れる事が可能となった。もちろん、これからは敵も作る事になるのだろうが、現状では最善策」
「いえ。最善策というなら、やはり婚約まで持っていくべきでしたわ。そうなればウィリアム様の敵は王家の敵。そうそう手出しはできなくなりますわ」
君達は誰と戦おうというのかね。
あ、そうか。
人工ワームホールなんて重要戦略拠点、僕らが製法を知れば、当然欲しがる勢力は多い。
王家はもちろん、貴族や大企業、そして帝国。
むしろ欲しがらない勢力が思いつかないくらいだ。
だから今のうちに仲間を増やしておこうという事か。
でも、下手に親しくなったら、友達だから技術寄越せとか言う人も、たくさん出るような気がする。
「そっちはあまり気にしていない。ワームホールの秘密を知ったところで、再現性がなければ意味がないから」
「再現性……宇大は作れるのに、僕らは無理だって事?」
やる前から諦めるなんて、先生らしくないな。
「私達が無理だとは言っていない。でも、余人も可能かどうかは疑問。理由。ウィルがいない。以上」
「まぁ、確かにウィリアム様がいらっしゃらなければ、再現実験なんかできるわけがありませんわ」
「いやいやいや。僕がいなくたって、再現実験はできるって。第一、宇大の人達はずっと前から開発、運用してきたのを忘れちゃいけない」
科学で作られたものは、科学で再現できる。というか、再現性は、科学の基本であり、必須項目だ。
水を温めればお湯になり、お湯を更に温めれば水蒸気となり気化する。
これを何度も再現する事で法則を発見する。これが科学だ。
逆にいえば、再現できないものは、科学とは呼べない。
「……あのゲートの理屈は、その、科学じゃない可能性がある」
珍しく先生が言いよどんでいる。
「え?」
「教授の話が本当だとすると、消費電力が少なすぎる。施設の維持管理だけで手一杯になるは必定」
そうなんだよね。そこは僕も引っかかってた。
というか、僕自身がオフセットゲートに関心を持ったのは、まさしくその一点だったりする。
ゲートそのものは、どうでもいい。
いや、どうでも良くはないけど、僕としては、ゲート施設の節電方法の方が気になる。 だって、節電技術なんて応用範囲は無限大だよ?
利用しないなんて、そんな勿体ないこと、できるわけないじゃないか。
そう言うと、先生はクスリと笑った。
「ウィルは、相変わらずウィルだ。安心する」
「なにそれ」
「一家に一人という事ですわ。というわけで、婚約しましょう!」
「だから意味が分からないって!」
などと言っているうちに、いよいよ目的のコロニーが見えてきた。
直径100kmほどの球型のコロニーで、ゆっくり自転しているのは、恒星からの光を均等に受けるためであって、決して遠心力で重力を得ようというのではない。
だって重力子を使えば、遠心力なんて利用する意味がないからね。
コロニーの表面は一見滑らかで、白銀の金属で全体を覆っている。
所々に、大きく『78』と書かれているのが面白い。
校舎を間違える学生対策かな?
ちなみにこの校舎コロニーは、宇大星系第三惑星、通称『宇大3』の衛星軌道上にある。
宇大星系には全部で9つの惑星があるが、岩石系惑星は4つ。テラフォーミング済みなのは、うち3つとなる。
これら惑星にも校舎は多く作られ……というか、建物で惑星全土が覆われて、いわゆるエキュメノポリス(都市惑星)の様相を呈しているし、衛星軌道上には数百の校舎コロニー、工場コロニーが浮かんでいる。
そして受験のためにコロニーとのドッキング待ちの航宙船が、それこそ無数にいる。
さすがにここまで来る前までに、教授達は[レパルス]から出て行っている。
他の受験生達から、[レパルス]に大学関係者が犇めいているのがバレたら、不正を疑われるというより、呆れ果てられるだろうね。
「ドッキングリクエストに応答。直接通話来ます」
「了解。レリッサさん、メインに繋いで」
「イエッ・サー」
正面モニターに、いかにも仕事できそうな女性の上半身が映った。
『宇宙大学へようこそ。私は受付のサラ・ベルナールと申します』
「受験生の、ウィリアム・C・オゥンドールです。フェアリーゼ星間王国タルシュカット出身です。乗艦は[レパルス]。随伴艦は[アクロポリス][アガメムノン][アイム]です」
『――照会、確認しました。[レパルス]を201エアロックにドッキングさせ、移乗してください。尚、移乗できるのはオゥンドール高家男爵閣下のみとなります。武装、通信機、パーソナルモニターなど、受験に不要、または不正可能な機器の持ち込みは認められません。インプラントは――失礼しました。閣下には不要の事項でしたね。
閣下。何かご質問はありますか?』
凄い。流れるような説明とはまさにこれか。
というか、僕が高家男爵になった事、もう知ってるんだな。ああ、教授達のルートか。納得。
「非常時における艦との通信手段を確保したいのですが」
『校舎の通信室がありますし、通路には案内板を設置しておりますのでご利用ください。他にご質問は?』
「ありません」
『では速やかに移乗を済ませてください。なお、移乗後は宙域安全確保のため、[レパルス]を指定した宙域に移動させてください』
「了解しました。プーニィ」
「イエッ・サー。201エアロック確認。2分以内に接舷します。サーのご武運をお祈りしますよ?一応」
「一応とはひどいな」
そう言いつつ、僕はパーソナルモニターのリングを手首から外して艦長に渡す。
色々注意されたけど、僕が身につけていたのはこれだけだ。
「じゃあ、行ってくるよ」
『イエッ・サー!サンキュー・サー!』
ブリッジ要員の敬礼をうけつつ、僕はリニアリフトに乗り込んだ。目的のエアロックに、[レパルス]のどのエアロックが対応しているのか、リニアリフトの掲示を確認する。
おっと、目と鼻の先じゃないか。
うーん。やはりプーニィに確認しておけば良かったかな?このままリフトを使うには近すぎる気がするけど、今更ブリッジに戻るのはもっと恥ずかしい。
妙にモヤモヤした感じをしながら、素直にリフトで運ばれる。
エアロックの扉をくぐると、20メートルほどの、ちょっと薄暗い通路があり、その先はメイン通路に繋がっているであろう、第二の扉が見えた。
そしてこの通路には、誰もいなかった。
やはり王国貴族であろうと、特別扱いはしないといったところだろうか?さっきの受付のお姉さん――サラさんといったか――は閣下と呼んでくれたけど、それだけだ。
とりあえず、進むか。
あ、そういえば、この航海中に服をリニューアルする予定だったけど、結局何だかんだ忙しすぎて、それどころじゃなかったな。
作るどころか、一着駄目にしたくらいだし。
というわけで、僕は奇しくも出航した時の服装だったりする。まぁ、ベストの上にフロックコートを着ているのが違いなくらいだ。
もちろんこのコートも、防弾、防刃を初め色々付いている。というか、貴族の服って、基本的に色々付いているものだから、特に他意はない。
そんな事を考えながらてくてく歩く。
通路の重力は0・8Gから0・9Gといったところかな?[レパルス]は執拗に1Gに拘っているから、少し身体が軽く感じる。
壁や床の材質は、コロニーや民間航宙船ではありきたりのレーヴァント合成樹脂。比較的安価な割に、耐熱性、耐衝撃性に優れた化学合成物質だ。
軍艦では、もうちょっと上等の材質が使われているけど、これは軍艦の価格を吊り上げたいメーカーの思惑と、軍備拡張とコロニー整備がなるべくかち合わないようにしたい、コロニー開発公社の思惑が合致した結果だろうか。
半分ほど通路を進んだところで、壁に妙なものが貼り付けられているのを発見した。
張り紙だ。
縦にやや細長い紙で、幅30センチ、縦1メートル。
白地に、通路の奥方向に向けられた矢印と、その下に『この先 受験会場』の文字。
ただし矢印は人の右手を図案化した絵で、人差し指を伸ばしたスタイルで、文字はニホン語で書かれている。
案内板って、これかよ!とツッコもうとして……いや、待て。
本当にこれ、紙か?
今や伝説の素材といわれる、自然の木を加工した記録媒体?
それに気のせいか、この張り紙そのものに、どことなく悪意のようなモノを感じる。
目をこらして張り紙を確認する。【解析】の出番だ。
張り紙
材質――魔法紙+魔法墨
特徴――魔力で作られており、スクロールとして機能しているが、込められた魔力は極めて少ない。魔力が尽きると消滅する
えっと。
訳が分からない単語がいっぱい出てきたぞ。うん、さすがは宇大だ。
まぁ、これも結局はフードコアのような代替品であり、本物の木や草を使った紙で出来ているわけじゃない事は分かった。時間が経てば消滅するというのは、使いようによっては便利な機能だ。
「それにしても、『この先 受験会場』なんて、当たり前――って、うわぁ」
口に出して読んでみたら、張り紙がぽぅと光った。【解析】さん、頼みます。
【ライト】光属性の初級魔法
魔法……魔法だって?
大気中のマナ及び、魔道具に込められた魔力が僅かのため、発動するために、使用者のマナを微量利用しました。
農家スキル発動――マナを消費したため、自動回復します。レベル1回復量10/秒
勇者スキル発動――【ライト】をスキルとして会得しました。マナ消費量1/分
【解析】が、壊れてしまった。
いや、そう決めつけるのは早いかな?魔法なんて荒唐無稽だけど、未知のテクノロジーである可能性はある。
極めて進んだ科学は、魔法に似ている――って言ったのは、誰だったかな?
気付けば、光が収まると共に、張り紙も消えてしまった。
そういえば、魔力が尽きると消滅するって【解析】が教えてくれたっけ。
って事は、【解析】はやはり壊れてなどいないわけか。
まぁ、こんな所でじっとしているわけにはいかない。試験もあるし。
そのまま通路を進み、扉を抜けると、大きな通路に出た。照明も充分で、明るい。
そして所々に人もいる。
多くは僕と同じ受験生なのだろう。壁のあちこちに設置された案内板を確認している。
原理はパーソナルモニターと変わらない。壁際に浮き出た仮想画面をクリックして操作していた。
って事は、さっきの張り紙は本当になんなの?
さりげなさを装って、というか、装いきれないほどわざとらしく、魔法なるオーバーテクノロジーを開示してみせた?誰が?何の為に?
誰がというのは、半分愚問だ。宇大関係者に決まっている。
ここは宇大の施設なのだから。
そして201番エアロックを指定してきたのも宇大で、あの通路は僕しか通らないのだと思う。
だから推論だけど、宇大の結構偉い立場の人が、僕に魔法の存在を教えようとした?
僕がそれに気付くかどうかも含めて、僕を試そうとした――うん、こっちの方がありそうだ。
それにしても、教授達といい、宇大って所は、まだ入学どころか試験中の僕に関わりすぎると思う。
空いている案内板を見つけたので、僕も操作して試験会場を確認する。
ちなみに、受験番号なるものはない。眼紋や脳波など、生体認証となるものを応募の時に登録している。何を登録するかは、種族にもよるし、個人的な事情も配慮される。
って、僕の会場は3デッキ下か。略図も出るから迷う心配はなさそうだ。
やっと本当の本編が始まる感じです。タイトル詐欺とはこれでおさらばさ!……って、まだ鍬がでてない!(汗)




