鍬と魔法のスペースオペラ 閑話その5
閑話 国王VS皇帝
謁見室から出たフェアリーゼ星間王国国王チャールズ4世は家族と別れ、秘書官達を連れて自分の執務室に入ったが、そのまま執務室内の専用通信ボックスに自分だけ入る。
この通信ボックスには椅子とテーブルが用意されており、完全防音。空調も独立しており、ナノマシンでも侵入は不可能という代物だ。
超高速通信だが通信相手は固定されており、相手もまったく同型の通信ボックスを使う必要がある。
つまり相手がボックスに入るまで、いつまでも待たされる羽目になる。
もちろん、相手がボックスに入ると、王のパーソナルモニターにその旨が表示されるし、相手もまた同様だが、不便な事には変わりは無い。
利便さよりも、安全性、秘匿性が求められた結果だ。
5分ほど待たされて、コールがあった。
システムを起動させると、テーブルの面積が倍になり、反対側に席が現れた。
その席に座っているのは、美中年の男性。
『待たせてしまったな、重臣共が少々うるさくてな』
男性は軽く頭を下げ――たりはしない。少なくとも公式には誰にも頭を下げられない身分なのだ。
フリードリヒ・・W・L・ガイスト2世。
20年前、フェアリーゼ星間王国と無血戦争をした、ガイスト帝国の皇帝である。
ごついチャールズとは対照的に、こちらは貴公子然とした優男で、銀髪に深いブルーの目が優雅だが、実はチャールズより年上で、当年52歳。
見た目は30代にしか見えないが。
「なぁに。それはこちらとて同じ事。あやつらは、目の前の事しか見んし、仮定の話もできぬ政治屋だからな。
ウィリアムを高家にするのに、ここまで苦労させられるとは思わなんだ」
チャールズはニヤリと笑うと、フリードリヒも悪い笑みを浮かべる。
『貸し一つな』
「何を言う。ウィル式推進法を教えてやったではないか。これで貴国の航宙艦も大いに発展するだろうさ。こちらの方こそ貸しを作った気分だぞ」
3D画像の皇帝は両肩をすくめてみせた。
『こちらはそのせいで、帝国名誉男爵位の空きが一つ減ったのだぞ。しかもそのウィリアム少年が帝国に来ただけで――来ただけでだぞ?別に帝国に永住する義務もないのに、正規帝国男爵位をくれてやらねばならんのだ。
今度ばかりは、重臣共が正しいと思うほどの好待遇。本当にこれで良かったのか?』
フリードリヒに対し、チャールズは腕を組んでムスッとする。
「貴様などずっと恵まれておるわ。何が帝国男爵位だ。どうせ法衣だから、役職手当もなく、領地もない。ただ年金をくれてやるだけで済むだろうが。
こっちは高家として、ティナちゃんを取られる事が8割ほど決まってしまったのだぞ」
皇帝はカラカラ笑う。
『見苦しいぞチャールズ。何が8割だ。10割であろうが。
しかし何だ。昨日聞かされてから、ずっと疑問だったのだが、なぜ高家にする必要があったのだ?』
「ティナちゃんの命を反乱貴族から守ってくれたのだぞ?それも一等戦艦を含む50隻の大艦隊、かつティナちゃんの座乗艦への破壊工作付きだ。
しかも、その大武勲をたかが宙賊討伐にしてしまったのは、ウィリアム自身だ」
国王の告白に、皇帝は驚愕した。
『なんだそれは、聞いておらぬぞ』
「今初めて言ったからな。とにかく、今大貴族の反乱など、あってはならぬのだ。まぁ、あってはならぬのはいつの時もそうなのだが、特に今は困る」
『確かに。我々の20年の苦労も小細工も無駄になってしまうな。もちろん、アルファ・ケンタウリの密約も』
「うむ」
『その、ウィリアムは、密約の存在を』
「知らぬに決まっておるわ。ティナちゃんどころか、アーサーにもまだ教えておらぬというのに」
皇帝は形の良い顎をなでながら考え込む。
『すると、密約の存在を知らずして、我らに最も都合の良い結果を導いたというのかね?その少年は気配りの天才か?』
「一応、近衛の連中には、[辺境貴族は相身互い]などと古い格言を持ち出して、納得させていたようだがな。今時、そんな綺麗事を通す貴族など、それこそ希少価値ありまくりだ」
『確かに貴族がそういう連中なら、我らは苦労せぬな』
「違いない」
立体映像ごしに二人は苦笑するが、すぐに真顔に戻る。
『つまり、ウィリアムは密約の存在を』
「本当は気付いておるのであろうな。口に出さぬだけで」
アルファ・ケンタウリの密約。
20年前。ガイスト帝国とフェアリーゼ星間王国の間で戦争が起きた。
開戦の理由は、互いの辺境貴族同士の領有権争いが泥沼化したもの。
これが資源衛星を巡ってとかの、実益が理由だったら、まだ交渉の余地はあった。
しかし、貴族の面子という、形のない、理屈さえ吹っ飛んだ理由であったため、戦争回避の交渉は難航を極めた。
そしてついに開戦へと踏み切った――というのは表向きの事情。
実は開戦の前、両国は、というより、皇帝と国王は密約を結んでいた。
一・開戦はするが、それは建前。実際には戦闘は行わず、膠着状態にする。
二・問題を起こした両国の貴族は、別の理由をつけて更迭するか、すくなくとも失脚させる。ただし、この『戦争』とは期間を置き、関連を周囲に疑われないように計らう。
三・頃合いを見計らって皇帝と王が和睦し、自国においての主導権を不動のものとする。
四・両国間で秘密裏に技術移転を行い、極端に技術力が離れる事のないように計らう。一方の技術力が突出すれば、武断派の貴族を刺激するからである。
これが密約の概要である。つまり20年前の戦争は、国王と皇帝が仕組んだ『やらせ』であり、自国の貴族達に対し優位になるための策謀であった。
もっとも実際に戦闘を行ったとしても、ウィリアムが出国の時に分析した通りの経緯を辿り、やはり膠着状態に陥ったに違いないのだが。
国内を纏めるのに、外国の脅威を論ずるのは、定番中の定番だが、両国のトップが結託し、尚且つ下の暴走を防いで完璧に戦争をコントロールしてみせたのは、やはりこの二人の手腕が非凡であった証拠であり、また二人の信頼の証でもあった。
実際、先走ろうとした貴族は両国共にいたのだから。もし彼らの暴走を抑止できなければ、戦争の経緯と結果はまったく別の形になっていただろう。
余談だが、この密約は別にケンタウルス座アルファ星域で結ばれたものではない。
母なる星地球からもっとも近い恒星系という、由緒正しい希望の光として、象徴的に名付けられたものだ。
というより、実は王国と帝国の間で結ばれる密約の、名称付けの伝統に則っただけで、他にも『シリウスの密約』や『カノープスの密約』が存在する。
これらは通商上の密約であり、後に正式に条約となったため、現在は密約としては機能していない。
「これだけの配慮をしてくれたのだ。まさかたかが宙賊退治したから、騎士爵与えて終了、というわけにはいかぬ。
まぁ、実際この目で見るまでは、そういう方針ではあったのだがな。本当に密約に気付いていない、純朴な田舎貴族である可能性もあったわけだし。
だが3D画像ごしではあったが、会ってみて確信したよ。
彼奴、只者ではない。ティナちゃんの目に狂いはなかった。
となれば、ただの貴族にしておくには惜しい。ティナちゃんの旦那にするかどうかはともかく、高家として王族に準ずる扱いをする価値は充分にある。
いずれは宰相の一人として、アーサーの右腕にするのも悪くない」
『何が旦那にするかどうかはともかく、だ。世間はそうは見ないぞ』
「抜かせ」
国王の表情は複雑だ。喜んでいるようにも、苛立っているようにも見える。
逆に皇帝の方は、悪い笑みを浮かべるほど余裕だ。
『その者、本当に10歳なのか?』
「HDを入れれば11歳だ。肉体年齢は遺憾ながらティナちゃんと同年齢という事になるな」
『それで宇大受験だって?気配りだけでなく、多方面の天才のようだな。例の慣性誘導方式も、彼の発明なのだろう?本当に』
「ああ。それは間違いない。論文を読んだだろう?多少荒削りではあったが、あれ書いたの5歳だぞ?しかも周囲を上手く使っておるわ。おかげでタルシュカットでは彼奴は神も同然よ」
『ふふーん。それでも娘を嫁に出すのは嫌か』
「嫌だね。だが、どうしても嫁に出さねばならぬなら、奴の所以外では考えられぬというのも事実だ。実に悔しいものだがな」
『それでさっきから、上機嫌なのか不機嫌なのか分からぬ顔をしているわけか』
皇帝はにこやかに笑う。
「貴様はさっきから上機嫌だの」
『そりゃそうさ。だって我が愛する第七皇女の婿候補が見つかったのだから』
「なに?」
『そう殺気立つなよチャールズ。皇女には皇帝継承権を放棄させるから。今のところ、別にウィリアム君を皇族に迎え入れる気はないから安心したまえ。だが帝国と王国の絆を深めるには、良い機会だとは思わんかね?』
「ぐぬぬ……」
『もっとも、これは当人達次第といった所かな?知り合う機会は作らせてもらうが、彼が君の娘か僕の娘か、どちらを正妻に迎えるか、賭けないか?』
「貴様、ティナちゃんが貴様の娘に劣るとでも言いたいのか?」
フリードリヒは涼やかに笑う。
『君の親馬鹿ぶりは嫌いじゃないよ。それにアルスティナ姫の優秀ぶり、性格の暖かさは聞いているさ。まぁ、多少独特の感性の持ち主らしいが――おっと怒るなよ。それもまた個性さ。ウィリアム君も気に入るかもしれない。周囲にいないタイプだからね、絶対』
『貴様、俺をからかって遊んでいるだろう?」
『半分以上、本気だよ?
まぁ、それはともかくとして、だ。
ウィリアム君から例の推進法の実用データを得たら、密約に従って、技術移転よろしく。
宇大の帝国閥の教授連がこっちに教えてくれたら楽なんだけど、彼らは既にウィリアム君のシンパのようだ。祖国より彼を取って、満足に教えてくれない可能性が高いそうだ』
「くくくっ。貴様のカリスマ性も、ウィルには劣るか」
『お。彼奴からウィルに進化したね。その調子だよ、お義父さん』
「貴様、やっぱり俺をからかっているだけだろう!」
その叫びがボックスの外に漏れる事はなかったのが、王にとっては幸いであった。