鍬と魔法のスペースオペラ 第七章 その4 王妃様の説教大会
4・王妃様の説教大会
フロックコートとその下のベストは切られたけど、幸いシャツと僕自身は無事だった。
そして僕の一張羅を台無しにした下手人は、今王妃様に正座させられている。
『まったく、ウィリアム君に何かあったら、あなたは一生アルスティナから恨まれるのですよ?そこの所、分かっているのですか?』
『……はい』
エリザベス王妃様。40代とは思えないほど若々しい。普通に20代で通じると思う。それにとんでもない美人だ。明らかにティナは母親似だね。金髪と緑の目は母親譲りだったわけだ。
その若さと美しさ、そして貫禄を併せ持っている。
派手で真っ赤なドレスが異様なまでに似合っているな。
「あの、王妃様、これはあくまで想定外の事故ですから。実体化システムの事を、陛下はご存じなく、それは当然の事で」
超空間通信の映像を実体化させるシステムは、うちのオリジナルで、特に公表もしていない。開発動機は、しょっちゅう宇宙を飛び回っている僕を、寂しいので通信の時くらいは抱きしめたいという、母様達からの要望だったりする。
うん、割としょーもない理由だね!
でも、例えば相手の応接室を再現した時にソファーに座れるとか、割と地味に使い勝手が良いので、母様達以外の家族からも好評だったりする。
普通は椅子を持ち込んで、同じ高さに調整したりと、割と面倒な手順を必要とするんだ。
『でもウィリアム君は、ちゃんと事前に説明しようとしたのよね。ログにそうあるわ。でも聞こうとしなかったのは、この脳筋よね』
王妃様は大きな胸の下で腕を組み、呆れ声になる。
『この通信ログ、アルスティナに見せたらどういう反応になるかしらん?』
『や、やめてっ!それだけは!ティナちゃんに嫌われてしまう!』
今更だけど、王様はティナを『ティナちゃん』って呼ぶんだな。先生はティナって呼び方を昔の愛称からのアレンジだと言ってたけど、これの事かな?
『あらあら、発覚したらアルスティナを怒らせるって、分かってるじゃないの。脳筋にしては上出来上出来』
王妃様は王様の頭をなでなで……じゃない、あれはグリグリという!
というか王様。そのティナ本人が、この艦に乗ってるんですけど?
そして僕の服が破られると、全艦にアラートが流れて、僕の状況がスキャンされるんですけど?
ゆえに僕が今どういう状況にあるか、十中八九、艦隊の全員が知っているわけで。
当然ティナや先生を含めて。
さすがに客室に泊まっている教授達には知られていない筈。
まだ早い時間なのが助かった。
『ところでウィリアム君』
王妃様の視線が僕に流れた。
「は、はいっ」
自然に直立不動になってしまう。これが王族の威厳というヤツか。
『キミはどうして、通信相手や風景を実体化させようと思ったのかな?』
「はい。実は母様達から、ただの立体映像通信では、抱きしめられないから寂しいと言われた事がございまして」
王妃様が目を丸くした。
『それで、実体化までさせちゃったの?なんて親孝行なのかしら!でも、陛下の剣のグレードまで再現させる事はなかったんじゃない?ウィリアム君の服の性能だと、グレード1までなら耐えられた筈よね』
うん。つまり王様の剣はグレード0以上。幻のグレードEXである可能性すらあるね。
なにしろ王様の得物だし。
でも、だ。
「触感を馬鹿にはできません。例えば職人さんの指先センサーの精度は、この宇宙時代においても機械のセンサーを凌ぎます。ですから母様達を満足させるに足る性能にすると、剣の性能を正確にコピーするくらい、訳もない事です」
王妃様はフンフンと頷く。
『なるほど。ウィリアム君』
「はいっ」
再び直立不動になっちゃう。どうにもこの王妃様にはかなわないな。
『その通信システム。機材含めて丸ごと一つ、王城に送って下さらないかしら?』
「喜んで献上させて頂きます!」
『うん、良い返事ね。義母様楽しみにしてるわねっ』
『「義母様?」』
僕と王様の声がハモったよ。
『あら?ウィリアム君は、アルスティナだと不足?キミは例の、アルス君でもあるのでしょう?前世の夫婦が今世でも結ばれる。素敵じゃない』
えーっと。
「あの、王様に王妃様。宜しいですか?」
『ええ』
『お、おう』
僕は王様の前に正座する。王様を見下ろして喋るなんてできないからね。
「正直に申し上げます。僕は、前世などという代物を、信じておりません」
『なぬ?』
『そうなの?』
王様の目に光が戻り、王妃様は心底意外そうな顔になる。
僕は二人の様子に苦笑するしかない。
「いや、むしろその方が自然なのでは?将来科学が発達して、魂だの神様だのが感知できるようになり、前世とやらを調べる事もできるようになるかもしれませんが、今はそんな事はできないですし、技術的なとっかかりすらないのですから」
『ふむ……』
王様の顔が、国王の顔になり、
『あらあら』
王妃様は肩をすくめた。
「ですから、僕の前世がアルスという人だと言われても」
『信じられない?アルスティナの言う事も』
『き、貴様もティナちゃんを電波姫などと言って馬鹿にする手合いか!』
からかう口調ながら冷静な王妃様と、ティナを批判されたと思って脊髄反射で激高する王様。実に対照的で、お似合いの夫婦というヤツだね。
「馬鹿になどしておりません。ですが、前世などという不確かなモノではなく、別のアプローチをしてみては、というだけです」
『……続けよ』
王様も王妃様の視線を受けてか、座り直す……つまり正座に戻った。
「といっても、特に変わったアプローチという訳ではありません。
アルスの人物像が、すなわちアルスティナ王女殿下にとっての理想の男性像であるという説です。実際、王国は公式にはその方向性で[アルスサマ捜し]をしていた筈です。
まさか、前世の夫を捜すなどと、公式文書に載せるわけにはいかなかったでしょうから」
『う、うむ。その通りだ』
王様は渋々頷く。
「僕の想像に過ぎませんが、ひょっとしたらそのアルスなる人物は、どこかの国王になってはおりませんか?」
『え?』
『お、おう。確かに前世でもティナちゃんは王女だったし、魔王を倒すという大戦果をあげた事もあり、アルスは戦後、ティナちゃんの前世と婚姻した後、玉座につき、アルス1世を名乗ったという――それがどうしたというのだ?』
やはり、そうか。
「ありがとうございました。これで色々説明がつきます。アルスの正体は、国王陛下ご自身です」
『な、なんだってー?』
『な、なんですってー?』
王様と王妃様の声がハモる。やっぱり仲いいな。
「男の子のは初恋の相手は母親、女の子の初恋の相手は父親というのは、実際よくある話ですからね。まぁ、初恋というほど、しっかりしたものではないですけれど。
具体的には、父親と母親の仲がとても良好な場合、異性の親を理想のパートナー像にする事がある。その方が自分の将来も安泰だと感じるのでしょう。
昔からいうではないですか。『私、将来パパと結婚する!』ってヤツです。
アルスにお詳しい王様なら、ご自身に当てはまる部分や、逆に正反対の部分が見つかると思います」
『ふぅむ――うん、あるぞ。当てはまる部分も、正反対の部分も!』
王様、大興奮だね。
うん、どうやら僕は助かったみたいだ。
というか、実は――うん、口に出してないな――このプロファイリングモドキは、限りなく詐欺に近い。
占いや予言でもよく使われる手法なんだけど、中途半端にあやふやな表現をすると、人は自分で勝手に当てはめて、当たっていると錯覚するんだ。
特に人間の性格なんて、杓子定規な訳がない。色んな性格が組み合わさって人格を形成している。大雑把な部分と繊細な部分が同居しているのが当たり前。つまり、誰にででもアルス的要素があるわけだ。
僕がティナから好意を向けられているのは、あくまで吊り橋による一時的なものでしかない。そして僕のアルス的要素を感じ取って、勝手に確信しているだけだ。
ティナは可愛いし、一緒にいると、何故か安心できるから、ちょっと残念だけど、それが現実というものだ。
詐欺だというのは、誰でも当てはまるアルス像を、僕から王様自身に押しつけて、あまつさえその気にさせてしまった点。
まぁ、下手に夢を見て、取り返しがつかなくなる前に逃げてしまおう、という訳さ。
『つまり、余がアルスという事か!』
すっかりその気になっている王様が目をキラッキラさせている。うん、幸せそうだ。
「土台としては、まさにそうでしょう。そこに王女殿下自身の脚色、その時々の好みなどが加わって、理想のアルス像ができあがる訳ですね。
前世云々は、殿下が想像力豊かな証拠です。ある意味、殿下ご自身の将来の理想像と解釈すると、理解を得られやすいかと」
『なるほどなるほど。つまり、ティナちゃんは別に電波ではない、という事だな!なるほど、幼い時から大人顔負けのティナちゃんらしい、将来設計ということか。
ウィリアム卿は、本当に賢いな。さすがは宇大2次試験突破者という事か』
「いえ。実は僕は2次試験を受けていません。
1次試験の後、2次試験をなぜか免除されました」
『『はぁ?』』
両陛下は、素っ頓狂な声をあげた。
『そんな事って、あるのか?』
「僕にも詳細は分かりません。ただいきなり3次試験の案内が来たのは確かです」
『ふぅむ……』
王様は顎をつまんで考え込む。
『それは奇妙な話だ。2次試験を飛び越えて3次試験に進むなど、聞いた事がないぞ。そのような事が世間に知られたら、只では済まぬだろう。事務方のミスという可能性は、まったくないとは言わんが、限りなくあり得ぬ話よ』
「はい。ですから、面接の時に訊こうと思っています。納得できない場合は、たとえ合格しても、入学を辞退する覚悟です」
これは父様達ともよく話し合って決めた事だ。だが、王様には意外だったようだ。
『む?聞く所によると、オゥンドール家では、宇大入学は、一族の悲願と聞いたが?』
「その通りです。ですが不正入学を疑われるくらいなら、入学しない方がマシです。僕は受験生である以前に貴族です。矜持を失ってしまったら、もう貴族とはいえません」
王様が僕の目をじっと見た。それから豪快に笑い出す。
『はっはっは、気に入ったぞ。確かに貴族とは、矜持が服を着て歩いているようなものだからな……もっとも、大半の貴族が、本当にそうであるかはともかくとして、だが』
後半は立ち上がりながら呟いていたから、よく聞き取れなかったな。
『ウィリアムよ。宇大の合否に関わらず、終わったら余の城に来い。お主の大事な礼装も一着駄目にした詫びもせねばならぬし、何より余がお主を気に入ったのだ。剣も送りつけるより、直接渡したいしの』
詫びるなんて、そんな事軽々に王様が言っちゃ駄目。でも王様にツッコミ入れられる身分でもないしな。
それに人間として好感が持てるって、うん、これも偉そうだからNGだよね……って、今の口に出してないよな……おーけい、おーけい。
「御意。是非とも伺わせていただきます」
正座したまま頭を下げる。
それにしても、剣を陛下から贈られる。つまり正規騎士の爵位が決定した瞬間だ。それ以下、つまり名誉騎士では、国から贈られるのは勲章だけだからね。
名誉騎士は、武功だけでなく、芸術文化系や、政治などで功績のあった人物に贈られる爵位で、一代限りの貴族だ。
正規騎士も名目上は一代限りだけど、余程の事がない限り、跡継ぎも叙爵されるから、事実上の世襲貴族だ。場合によっては領地が与えられる事もあるが、大抵は法衣貴族、つまり宮廷に勤める役人になるね。
とはいえ、役職にも限りがあるから、無役の正規騎士もかなりいるらしいけれど。
正規騎士の上は、準男爵。準男爵も名目一代限り、事実上の世襲貴族で、こちらも領地を与えられるパターンと、法衣の二種類いるし、その中間――小規模直轄地の代官、または代官補もいる。
ちなみに、準男爵になると、左肩に肩マントを付ける事が許されるので、『剣を贈る』ではなく、『両肩に付けられるよう、励むがよい』になる。
でもこの肩マント。丈が肘の所までしかなく、結構着こなしの難度が高いそうだ。しかも貴族でも下っ端だから、公的な場ではあまり着飾る訳にもいかず、苦労するらしい。
面白いのは、正規騎士と準男爵の間にも、名誉準男爵なる爵位があり、これも名誉騎士同様、一代限りで、国からは勲章しか貰えない。
大抵は引退した政治家や、年寄りの文化功労者に贈られるんだけど、老練な政治家って、中央だとすでに高位爵位持ちの大貴族だし、文化功労者もまた、そこそこの爵位を持っているパターンか、逆にまったく爵位に興味がなく、辞退してしまうパターンになる。
そんなわけで、実際に名誉準男爵になるのは、墓の住人ばかりだそうだ。
『ではなウィリアム。叙爵の儀を楽しみにしておるぞ』
『じゃあねウィリアム君。また後でね』
「ははっ」
再び頭を下げていると、両陛下はトレーニングルームを退出してゆき、あちらがシステムを一旦切ったのだろう、周囲が再び殺風景な通信室の内装に戻った。
えっと。この後は謁見の儀の筈だったのに、今陛下は叙爵の儀と言ったよな。
もう既に、ただの謁見の段階ではなくなったという意味かな?
そんな事を考えながら、第二特別通信室を出る。出たと同時に僕は大歓声に包まれた。
「サー、おめでとうございます!」
「ついにサーが、王国も認めるサーになりましたね!」
大勢のクルーが、通信室の前で待ち構えていたんだ。
ああ、確かに正規騎士になれば、名前の前に[サー]が付くね。つまり僕は、約2時間後、[サー・ウィリアム・C・オゥンドール]になるわけか。
今まで領軍で[サー]と呼ばれてきたから、違和感はなかった。
ちなみに現在、うちの領軍で[サー]といえば、僕の事だ。もちろん、上官に復唱するときの『イエッ・サー』や『サンキュー・サー』は別として。
父様は『マイロード』だし、兄様達は『ミスター』と呼ばれる。
なぜ僕だけが『サー』呼ばわりなのかは謎だ。聞いた事はあるけど、みんなはぐらかすんだよな。
「サー、本当にお怪我は無かったのですか?」
艦医のドクター・ケリーが、フロックコートやベストをペタペタ触って確かめる。
「うん、ごめん。大丈夫だよ」
「まさか10万光年以上離れた剣を受けるなんて、まったくサーは規格外です」
「いやいや。僕も想定してなかったよ」
というか、超空間通信で、相手に攻撃を加えるなんて、誰も想定していないと思う。
王様だって僕に危害を加える気はなかったに違いない……なかったんじゃないかな?ないといいな。うん。結果的に気に入られたっぽいからセーフ。
それにしても、剣筋を見れば人となりが分かるって、古代の剣豪じゃあるまいし。
王様も自分で言ってて、苦しい言い訳だと思っただろうけど、これって結局「一発殴らせろ」的なものだったんだろう。
そしたら本当に一発入っちゃったんで、吃驚したと。
まだ閉まったままの、第一特別通信室の扉を見ながら、僕はそんな事を思っていた。