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鍬と魔法のスペースオペラ  作者: 岡本 章
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鍬と魔法のスペースオペラ 第七章 その2 国王の憂鬱

    2・国王の憂鬱


 放浪の電波姫ことアルスティナ第二王女の艦隊が、賊に襲われたという知らせは、超空間通信によって、ただちに王都星の王宮に伝えられたが、その後は混乱を極めた。

 なにしろ、本格的宇宙艦隊戦のノウハウが、まったくない。

 おまけに、アルスティナ王女の座乗艦[ファースト・スター]のHDが突然解除され、通常空間に放り出されてからすぐに戦闘に突入したため、艦隊の座標が当初はっきりしなかった。

 敵の規模も不明。味方の被害も不明。

 これでは混乱しない方がおかしい。

 何もかも未体験の連続。それでも王女達を救おうと王宮も宇宙艦隊も全力を尽くした。

 たしかに『放浪の電波姫』を煙たがっている連中はいたが、それとこれとは話は別だ。

 しかし知恵を絞り、人をかき集めて艦船にぶちこみ、出撃体勢を整えたものの、それは戦闘開始から実に6時間も経った頃であった。

 半ば絶望しながら救援艦隊が王国各地から出撃したが、その直後に、王女の無事と、賊全滅の朗報がもたらされ、艦隊と王宮は大いに沸いたものだ。

 もっとも、宇宙艦隊上層部の面目は丸つぶれとなり、緊急時の即応体制の不備が指摘され、改善の勅命を受けてしまったのだが。

「して、我が愛しのティナちゃんを救ったのは、どこの騎士であるか?」

 葬式の雰囲気から一転、大学の新歓コンパもさながらのお祭り騒ぎの中、王は周囲の者達に野太い声で尋ねた。

 フェアリーゼ星間王国国王、チャールズ・G・フェアリーゼ4世。

 当年45歳。高い身長には筋肉の鎧が纏われ、短髪は収まりが悪く立ちまくっている。

 鋭い眼光や頬から顎にかけて繋がった髭も併せ、迫力がもの凄い。

 王家の気品より、武人的な性格が表に出た感じだ。もっとも内政手腕も確かだし、王族の親征などここ数百年はないので、実戦経験はない事になっている。

 性格的な欠点を挙げるとすれば、アルスティナ王女に甘々だという事くらいか。

 裏を返せば、王女の身に何かあったら、今歓喜の渦に包まれているこの大作戦室のご連中はタダでは済まないところだった。

「はっ、申し上げます。王女殿下を救出しただけでなく、賊軍を全滅させたのは、タルシュカット伯ご3男、ウィリアム・C・オゥンドール殿との由にございます」

 総参謀長が、己のパーソナルモニターをちらちら確認しながら、報告する。

 王はちょっと意外そうな顔をした。タルシュカットといえば辺境も辺境。ひらたく言えばど田舎の星系だ。

 戦闘宙域からも遠く、どうしてそんな田舎者が活躍できたのかが分からない。

「詳しく申せ」

「ウィリアム・C・オゥンドール殿。御年10歳。HDを入れると11歳になられます。その若さで宇宙大学の最終試験に挑戦すべく、艦隊を率いて受験会場へ赴く中、救難信号を傍受、そのまま救援に駆けつけ、賊艦隊をことごとく屠り、王女殿下をお救いした、との事」

 総参謀長の声はよく通っているため、大作戦室の面々の耳にもはっきり聞こえた。

 だが聞こえただけで、内容を理解できた者はいなかった。

「10歳?」

「当然指揮は別の者が執っていたのであろう?」

「HD中に救難信号を傍受とはどういう事だ?訳が分からぬ」

 参謀達が顔を見合わせる中、王はニヤリと笑う。

「コーンウォリス。余は詳しく申せと言った筈だ。今の説明では、余計に分からぬ者共が続出しておるぞ。安心せよ。危機はまずは去ったのだ。

 落ち着いて、詳しく申してみよ」

「はっ、申し訳ございません」

 恐縮した総参謀長は、肥満体を揺らし、ハンカチで汗を拭きながら、今彼が持っている情報を伝えた。


 曰く、ウィリアムはタルシュカット領主ロード・ヘンリー・H・オゥンドール・タルシュカット伯爵の三男であるが、文武に優れ、一族は彼に期待している。

 曰く、ウィリアムは10歳ながら小規模艦隊であれば、指揮経験豊富である。なお、彼個人に対し、領軍兵士や士官は崇拝に近いほど慕われている。

 曰く、彼とその協力者達により、不完全ながら、HD中でも超空間通信を傍受できるシステムが開発され、今回はそのシステムにより、いち早く対応できた。

 また彼の艦隊は、HD中にコース変更、つまり位相転移に関してもノウハウを蓄積し、対応した装備を調えている。当然練度も充分であり、艦隊は救難信号を傍受してから短い時間で現場に急行する事ができた。

 曰く、賊は戦艦を含む50隻を越える大艦隊であり、事前の破壊工作のため動けない[ファースト・スター]とその護衛艦群を包囲したが、艦隊戦に不慣れなためか、王女の艦隊にほとんど被害を与える事はできずにいたところ、ウィリアムの艦隊の奇襲を受けた。

 曰く、ウィリアム艦隊は彼が発明した様々な新兵器で賊艦隊を翻弄、最後は賊艦隊が半ば自滅する形で決着が付いた。

 曰く、戦闘後、ウィリアムは[ファースト・スター]に修理要員を派遣し、その際自らの発明品を気前よく提供した。そのお陰で[ファースト・スター]は無事に帰途に就くことが可能となった。


「……なんだその完璧超人は。とても額面通りには受け取れぬな。コーンウォリスに情報をもたらした者も毒されておるのではないのか?」

 王の声に呆れが混じる。

「くっくっく。もっともティナちゃんの事だ。そのウィリアムとやらとて、『それでもアルス様の方がもっと素敵です!』とか言っている事だろうがな」

「いえ、その、私めにウィリアム殿の情報を送ってくださったのは、そのアルスティナ殿下でございます」

「なんだと?」

 王から笑みが消えた。

「殿下は[ファースト・スター]の応急修理に立ち会った後、ウィリアム殿の後を追う由にございます」

「何故だ!何故すぐに余の元に帰って来ぬ!さぞ怖い思いをしたであろうに」

 王としては、王女が自分にではなく、総参謀長にまず報告をした点も気に入らないようで、ぎろりと睨みつける。

「そ、それが、殿下は最後に、こう付け加えられまして……『ついに巡り会いました。もう[アルス様捜し]をする必要はなくなりました。お父様には後程ご報告致しますわ』と」

「なんだとぉおおおおお!」

 王は絶叫しながら立ち上がり、周囲の者達は震え上がった。

「ついに、という事はアレか?ティナちゃんの未来の……いや、過去のだったか?夫とやらが見つかったというのか!」

 王は少々うつむき加減となり、うろうろと歩き回る。その姿はさながら熊であった。

「確かにそれだけの完璧超人ならば、あり得ぬ話ではない、か……

 い、いや。ティナちゃんは巨大吊り橋効果で、かの者を過大評価しているに過ぎんのでは?うむ、そうに違いない!

 メモリーズ!」

「はっ」

 総参謀長とは対照的に、枯れ枝のように痩せぎすの情報局長が立て膝をついて頭を垂れる。

「タルシュカット領とウィリアム・C・オゥンドールに関して、大至急情報を集めよ」

「御意」

 表情が乏しい、というより、一切表情が出ない情報局長の返事に、王はうむと頷くが、すぐに不安そうな顔つきになる。

「しかしティナちゃんの後程の報告というのが気になるの。まさか、結婚するから彼氏を連れてきた、とかじゃないだろうな……ううむ、そもそも前世の夫捜しなのだから、それも充分あり得るか……ティナちゃん、早まるんじゃないっ!」

 早まっているのは誰だろう。

 参謀達は、そっと視線を合わせるのだった。

 

 時間の経過と共に、情報が集まってくる。

 情報局からはタルシュカット領と領主家族についてが主で、宇宙艦隊からは戦闘に関する詳細が主となる。

 そして分析が進むのと反比例して、王国首脳部の困惑の度合いは増していく。

「タルシュカット領軍の戦力評価が異常です」

「だいたい、この艦達は何なのだ?メインスラスターがないぞ。領軍全てがそうなのか?」

「はい。駆逐艦以上の艦艇は独自開発ではなく、既存艦からの改装だそうですが」

「これが改装……だと?いや、それはもう改装とは呼べないのではないのか?」

 

 メインジェネレーターから得られた動力を、反動推進エンジンに回すのではなく、重力子制御装置に送り、慣性誘導をもって主推進力とする。

 反動推進方式に比べ、エネルギー伝達効率が高く、ディフレクター・シールドも死角がなくなる事によって、より効率的に運用できる。

 進行方向と艦の姿勢は無関係となるため、強力な固定砲を搭載する事が可能になった

 推進機関を簡略化する事で、艦内スペースに余裕が生まれた。

 こういった利点を最大限に活かした結果、タルシュカット領軍の艦艇は、ワンランク上の性能を獲得するに至っている。

 しかも、非常識なまでに安い予算で、だ。

 この情報に文字通り食らい付いたのは、王国宇宙艦隊総参謀長コーンウォリスと、宇宙艦隊兵器工廠総裁ジャーヴィス、そして科学省大臣ベルトフォンだ。

 

「慣性誘導がここまで優れていたとは。あれは単なるショックアブソーバーではなかったのかね?」

 総参謀長が髭を撫でながら呟くと、兵器工廠総裁も頷く。

「どうやら我々は間違っていたようですな。古くは固形、液体燃料を燃焼させたり、核融合反応で熱を放射したり、反物質、旧暗黒物質と呼ばれる激レアマテリアル群を利用したりと、動力源は進化しましたが、結局反動推進である事自体からは抜け出す事はできなかった。

 これがこうもあっさりと。しかも既存の技術の見直しと調整だけで!」

 ジャーヴィスは絶賛するが、ベルトフォンは頷きつつも、口の端を皮肉に上げる。

「いやまったく。こういうのを『コロンブスの卵』というのでしょうな。しかしジャーヴィス殿もいよいよ改革の大鉈を振る時ですかな?

 伝統的といえばそれまでだが、これまで航宙船メーカーは反動推進エンジンありきでしたからなぁ。このウィル式推進法?の登場は、業界の再編成にも繋がりかねないですな」

 つまり、これまで兵器廠に深く関わってきた、いや、平たく言えば癒着してきた大企業と工廠との関係が見直されるので、各企業は利権の確保に躍起になるのは確実だ。

 惑星植民黎明期から、大型航宙艦の製造メーカーは強い力も持っている。時には大国でも、メーカーの顔色をうかがいながら開拓を進めていったものだ。

 今でもメーカーは強い政治力を持っているので、これが単なる田舎領軍だけの話ならば、大企業の圧力でさほど大きな動きにはならないのだが、生憎今回は国王が知ってしまったし、性能向上が尋常ではない以上、圧力など吹っ飛んでしまう。

 だが、転んでもただでは起きないどころか、拾わないのが企業人や官僚というものだ。

 まずは既存の艦隊の改装を命じられる事だろうが、数が数だから、とても宇宙艦隊のドックだけでは賄いきれない。当然製造メーカーに差し戻す艦が続出する。その割り当てを最終的に決定するのがジャーヴィスなのだから、ここでも利権と駆け引きが発生するのだ。

「一変するにせよしないにせよ、ジャーヴィス殿の懐は潤いますな」

「そういうベルトフォン殿とて、今まで反動推進法以外のアイデアを悉く潰してきた前科があるではないか。いきなり宗旨替えかな?」

「そんな人聞きの悪い。科学省に寄せられた、好事家の論文の大半は、とても論評に値しないものばかりでしてな。それに反動推進以外の推進法は、研究する者も少ない、不人気ジャンルでしてな」

 コーンウォリスが鼻を鳴らす。

「しかしながら、このような技術を、田舎の領軍だけで独占させてよいものか」

「然り。提唱者は例の少年らしいが、王国全体の利益を考えれば、当然公表すべきであったですな」

「いやいや。まだ10歳の子供なのだろう?そこまで気を回せと言うのも酷というもの。むしろ周囲の大人が何をしていたのか、と」

「ここはタルシュカット伯から詳しく話を聞きたいものだな」

 ここで総参謀長が、自らのパーソナルモニターの画面を、仲間の二人に見せる。

「どうやらタルシュカット伯の次男が、王国宇宙艦隊に在籍しているようだの」

「コーンウォリス殿。それは天佑、僥倖ですな」

「うむ。士官学校を出た後、艦隊勤務になっている。時折実家に帰っているようだが」

「つまり、かの少年の兄が、宇宙艦隊にいる。しかし故郷の領軍の変貌について、特に報告してこなかったという訳か」

「士官には特に実家についての報告義務はないからな。だが、こちらから命令すれば」

「なるほど。コーンウォリス殿もワルですなぁ。データさえ得られれば、後はどうにでもなるというもの。これからまずは改装ラッシュ、そして新型艦開発が続くという訳ですな。いやはや、この歳で忙しくなるとは、件の少年に小言でも言いたくなりますぞ」

「どうやらジャーヴィス殿がこの中では一番儲かりそうですな。こちらにも少々研究費を回して欲しいものですな」

「いやいや。いくらタルシュカット領にいくらでも実践例があるとはいえ、やはりベルトフォン殿のお力を借りねば、どうにもなるまいて。喜んで研究費の増額を申請しましょうぞ」


「卿ら、うるさすぎ」


 頬肘をついた王が不機嫌そうに唸り、三人は姿勢を正して黙る。

 三人は気付いた。王のパーソナルモニターに、見慣れた3D映像が映し出されているのを。王待望の、王女からの直接通信である。邪魔立てしたらタダでは済まない事は、明白であった。

『お父様、ご心配をおかけいたしました』

「いやいや、ティナちゃんが無事というだけで、パパ安心しちゃった」

 王としての威厳など、どこに忘れてきたと言わんばかりであるが、王女との会話限定なので周囲の者は気付いていないふりをしている。

「でもティナちゃんが帰ってきてくれないというのは、パパは寂しいぞ?」

『申し訳ございません。少々こちらでやらなければならない事がありまして。詳しい話はまた後程』

 つまり、家臣達がいる場では話せないという事なのだろうと王は解釈する。もっとも、その『やらなければならない事』とは、どうせウィリアム絡みの事なのだろうと、誰もが思っている以上、人払いの意味はあまりない。

「なるほど。それで、その後ろに立っているのはどなたなのかな?」

『お初にお目にかかる。私はリルルカ・エル・イルヴ。見ての通り、イルヴの民』

 頭を下げもしないリルルカに、王は眉をひそめる。

「ほう……」

『リルとはお友達でございます。少し無愛想ですけれど、根は良い人ですから』

 王女のフォローに、王の機嫌が直る。

「そうかそうか。友達ができたんだね。うん、ティナちゃんの友達なら、少々無礼でも気にしないよ。そうか、友達か」

『はい。ウィリアム様の家庭教師をしているくらいですから、彼女より頭の良い人材は、そうはいないでしょう』

「……ウィリアム殿の家庭教師ね……リルルカ殿と申されたか」

 画像のイルヴ人は黙って頷く。

「ウィリアム殿はどこにおられる?王としてではなく、父親として礼を言いたいのだが」

『今は、無理。ウィルは講義中だから』

「講義?受験前の、最後の追い込みか。確かに彼の人生がかかっているからな」

『それは王様の勘違い。ウィルは確かに受験生だけど、今限定で教える側になっている』

「うん?」

『今、宇大の教授達が大挙してこの艦に押しかけて、ウィルの講義を受けている。今止めると、暴動に発展しかねない程熱が入っている。

 だからまだ会わせる訳にはいかない』

 リルルカは薄い胸を張り、大威張りであった。確かに自分の教え子が宇大の教授連に講義するというのは、相当に誇らしいのだろう。

 

「講義?」

「10歳で宇大を受験するというだけでも聞いたことがない話なのに、受験生の身分で、教授達に逆に講義していると?」

 王と王女の個人通信に許しもなく割り込むなど、非礼極まりない。重臣達は小声で話し合っていた。


 王の頬も引きつっていた。娘を手放したくない彼としては、ウィリアムが優秀過ぎるのは困るのだ。

「ちなみに、彼の講義の内容は何かな?」

『航宙艦における慣性誘導推進法――タルシュカットでは正式にウィル式推進法と呼ばれている――について。ああ、受験前に不用意に受験生と教授が接触するのは良くないと心配しているだろうが、それについては、大学側から許可が出ている。

 今年の試験を作成しているのは、王国閥だそうで、講義を受けに来たのは、帝国閥や、それ以外の試験作成に関係しない者達。

 だから心配要らない』

「心配要らない?それは逆ですな!すぐに止めさせなければ!」

 叫んだのは王ではない。

 王国科学省大臣ベルトフォンその人である。

 すぐに間近にいたコーンウォリスとジャーヴィスに取り押さえられるが、ベルトフォンの勢いは止まらない。

「王よ!その講義はすぐに終わらせるべきですな!慣性誘導の秘密が、宇大だけでなく、帝国に筒抜けになってしまいますな!」

 王の表情が変わった。

 正確には、怒りの表情を作っているが、内心では狂喜乱舞していた。ウィリアムの失点を見つけたと思ったからだ。

『心配要らない。今日ウィルが講義している内容は既に古いもの』

 リルルカは冷静に反論したが、王としてはこの好機を逃すつもりはなかった。

「タルシュカットでは古かろうが、我々王国でも知られていない新技術なのだ。王国貴族として、外国に安易に公表してよいものではない」

 王は威圧感たっぷりに言ったつもりだのだが、リルルカはコテンと首を傾げただけだ。

『知らない?それはただの認識不足。ウィルは王国科学学会のHP上の論文掲示板[ジェフリー・アーカイブ]に5年前、今日の講義と同じ内容を掲載させている。

 私はそれを読んで、彼の存在を知り、タルシュカットを訪れたのだから間違いない。

 それに[ジェフリー・アーカイブ]は王国のみならず、どこの星間国家でも検索、閲覧可能。

 だから、今更帝国人や宇大関係者に教えたところで問題などあるわけがない』

 リルルカの話の途中から、この場にいた者達の多くが、自分のパーソナルモニターを使って論文を検索していた。

「陛下!確かにございます!『反動推進機関のエネルギー伝達効率化と、慣性誘導装置の積極的運用との比較考察』――著者ウィリアム・C・オゥンドール(5歳)――」

 側近の叫びに、王は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたが、2秒ほど天を仰ぎ、姿勢を戻した時の表情は穏やかであった。

 どうやら気持ちを切り替えるのに成功した模様。宇宙時代の為政者もまた、切り替えが早いものだ。

「ふむ。確かにそれなら問題ないのぅ。のぅ、ベルトフォンよ」

「……御意」

 ベルトフォンの顔色は真っ赤から真っ青になっている。すがる視線がジャーヴィスに向けられるが、相手は目を合わせようともしない。

 5年前、ウィリアムの論文を無視したのは、ベルトフォン自身であり、無視した事自体、今の今まですっかり忘れていた。

 その理由は、ついさっき自分で言っていた通りで、非反動推進法の論文はおしなべて不出来であった事から、どうせウィリアムの論文も大した事なかろうと、そもそも読んでいなかった。

 当時の状況ではそれも無理もないだろうが、ウィル式推進法が結果を出してしまった以上、職務怠慢の謗りを免れないだろう。

 もし5年前、ベルトフォンが件の論文に注目していたら、王国宇宙艦隊の歴史が変わっていたと王が判断してしまったら、ベルトフォンは確実に失脚する。

 誰も彼に視線を合わせようとしないのは、巻き込まれたくないからであった。

 だが、今日のベルトフォンは幸運だった。

 王の関心事は、ウィル式推進法そのものではなく、いかにしてウィリアムを娘から遠ざけるかにかかっていたから、ベルトフォンの進退などに興味はない。

 

「しかし、既に公開していた技術とはいえ、わざわざ宇大の人間に講義までしてやるとは、ウィリアム殿は何を考えているのだ?」

 王の問いにリルルカは平然と答える。

『当然報酬は受け取る。いずれにせよ[レパルス]達を見られたからには、ウィル式推進法に気付かれる。そうなればやがて例の論文に辿り着くは必定。

 どうせ近いうちに知られるなら、その前に価格を付けたまで。ウィルは商売も上手』

『わたくしも吃驚しましたわ。まさか、宇大のオフセット式人工ワームホールの秘密が講義の報酬とは。さすがはウィリアム様でございます』

「「「「なんと!」」」」

 王女の爆弾発言に、王は席からずり落ちそうになり、コーンウォリスは顎が外れそうになり、ジャーヴィスは咄嗟に意味が分からずに変顔を晒し、ベルトフォンは泡を吹いて倒れた。

「し、しかし宇大の人工ワームホールについては、宇大教授達にも知られていない、秘中の秘の筈。そう易々と教えてくれるとは思えぬが……」

 そうなのだ。

 宇大には王国出身者も多い。中には教授となり、今年の受験問題を作成しているチームもそうだ。

 守秘義務は当然あるが、人工ワームホールに関しては、『教授、学部長クラスでもその秘密に触れる事ができない』事だけ分かっている。

『それも問題ない。ウィルの話だと、宇大の学長が約束したらしい』

「ほう……」

 王の両眼が細まる。

「教えてもらうのは、ウィリアム殿一人だけか?」

『ウィルと学長が契約したのは、私が不在時だったし、講義内容が論文の範囲に限られている以上、私の出る幕はない。

 もっともウィルが人工ワームホールの技術提供を報酬として要求したのは、どうみても私のためだから、同席できる可能性はある。私としては、なんとしても食らい付く予定』

 リルルカはフンスと自慢げに薄い胸を張る。王女はそんなリルルカをジト目で睨むが、平気の平左だ。

「確かに秘密を教えられるのがたった一人、それもまだ子供では、宇大に誤魔化される可能性も捨てられぬ、か。ウィリアム殿がいくら天才とはいえ、初めて聞く技術だろうからのう。リルルカ殿の同席は必要不可欠か」

『王様の心配はもっともで、ありがたくもある。でも王様はウィルを知らない』

「うん?」

『そうですわ!ウィリアム様の事を天才などと』

 王女が口を僅かに尖らせる。

「天才じゃないのかね?」

 王は意外そうな顔つきになるが、次の王女の一言で、納得せざるを得なかった。

『ウィリアム様はウィリアム様です。天才などと、常人の枠組みには収まりません』

 いや、天才は充分常人じゃないだろう。

 王と側近達は思ったが、口には出さなかった。

『お父様も、ウィリアム様の事をもっとお知りになれば、お分かりになりますわ」

「ふむ。つまりティナちゃんは、ウィリアム殿に会え、と言うんだね?」

『さすがはお父様。仰る通りにございます。明日の朝がベストですわ。遅くなると、また講義が始まってしまいますから』

 ああ、やはり、心配していた通りになるかと王は更に憂鬱になる。

 大手柄をたてたウィリアムと王が会う。

 超高速通信を利用したバーチャル謁見にしても、ただ会うという訳にもいくまい。

 つまり王女は、ウィリアムに叙爵しろ、と要求しているのだ。

 そもそも叙爵は王の専権。提言できるのも宰相クラスだろう。王女のそれは、明らかに越権行為ではあった。

 ただ、例外として、『アルス様』に対してだけは、王女の判断で叙爵が執り行われる事になっていた。それが王女が要求した2歳の誕生日プレゼントだったからだ。

 つまり、これは決定打。

 王は悲しくなったが、すぐに別の感情に上書きされる事になる。

『それとお父様。お願いしたい事がございます。

 王城のわたくしの部屋にある、[祭壇]を大至急[レパルス]に送っていただきたいのです』

「[祭壇]だって?いやアレは今までのティナちゃんの工夫と努力の結晶……しかもまだ未完成の筈……だったよね?」

『はい。ですがアル……いえ、ウィリアム様には、すぐにでも必要となる可能性がございますから。万全になるのを待ってなどいられませんわ』

「――分かった。剣も贈らねばならないし、できるだけ早く送る事にしよう」

 王が剣を贈る。

 つまり最低でも騎士爵に叙する事が内定した瞬間である。

『さすがはお父様。大好きです』

「パパも愛しているよ。ティナちゃん、くれぐれも気をつけて」

『はいお父様。それではご機嫌よう』

「ご機嫌よう」

 通信は切れた。

 側近達は不安にならざるを得ない。

 王の機嫌が更に悪くなる事が予想されたからだ。

 だが、通信を切った後の王の表情は、意外なほど明るかった。

「これより臨時議会を招集する。紋章官と典礼官も出席するように」

「「「「御意」」」」

 


   ◇◆◇   ◇◆◇   ◇◆◇


 通信が切れた時、アルスティナとリルルカは、同時に深い息を吐いた。

「これでウィリアム様に、何らかの爵位が与えられ、正式に貴族の当主になられますわ。

 つまり、ウィリアム様に手を出すという事は、王国貴族全体を敵にまわす事。貴族とはそういう生き物ですからね。

 これが少しでも、ウィリアム様の盾になると宜しいのですが」

「後は、ディアナの……いや、ティナの[祭壇]か。どれくらい期待できそう?」

 王女は首を横に振る。

「まったく。マナが集まらない以上、祭壇といっても器だけですわ。一応、素材の聖別化はスキルで何とかしましたが、今のウィリアム様のお役に立てられるかどうかは、分かりませんわ」

 リルルカは目を伏せた。

「……こんな事なら、宇大を受験させるべきじゃなかった」

「それは……そうなのかもしれませんが、誰にも予想できない事ですわ」

 二人は深刻そのもの。

 それもその筈。

 二人は[レパルス]が人工ワームホールを通過する際、確かに感じたのだ。

 この世界にある筈のないもの。

 膨大なマナと、魔法の痕跡を。

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