鍬と魔法のスペースオペラ 第七章 その1 オーナールームで昼食を
第七章 叙爵
1・オーナールームで昼食を
僕とリルルカ先生はリニアリフトに乗ると、オーナールームに直行させた。
入室すると、ドアを内部からロックする。
「さて、もういいよ。先生、誰を連れてきたの?」
「ウィル、よく気付いたね」
「そりゃ、疑似重力レンズ式光学迷彩は、僕と先生の共同発明品だからね。姿は消せても周辺に揺らぎができるし、まっすぐ進んでいるつもりの人が避けていたからね。あれだけ廊下が混んでいたら、すぐに気付くさ」
「さすがはウィリアム様ですわね」
目の前に大輪の薔薇が咲いたかのようだった。
突然現れた美少女を表現するなら、そんな感じ。
髪は豊かな金髪を緩やかなカールにし、ぱっちりした目はエメラルドグリーン。白を基調にした品のあるドレスを着ている。
あまりに整った顔立ちだが、温かみがある。
僕はこの少女を知っている。というか、つい最近3D画像で見たばかりだ。
でも、3D画像より本物の方がずっと可愛いな。
少女は微笑むと、カーテシーをした。
「お初にお目にかかりますウィリアム様。わたくしはアルスティナ・D・フェアリーゼ。フェアリーゼ星間王国の第二王女でございます。
この度は多大なるご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありません」
僕はサッと片膝をついた。
「迷惑などと、とんでもございません。王家を守り、王家のために戦うは、このウィリアム・C・オゥンドールの誉れにございます」
「立ってくださいませウィリアム様。それより、わたくしの不明のため、あたら忠臣を失う事となってしまいました。ましてやウィリアム様に手をかけさせるなど、さぞお辛かった事でしょう」
殿下に立てと言われたからには、立たなきゃならない。それに王女殿下を立ちっぱなしにしておくわけにもいかず、僕はソファーを薦めた。
リルルカ先生はもう勝手に座っているが、これはいつもの事だから別に気にしない。
最後に僕も座った。
「恐れながら。私はかの宙賊を誅した事は、正しかったと思っております。それに私はかの者を忠臣などとは考えておりません」
王女殿下は目を見開いた。おいおい、驚いた顔も可愛いとか、そんなのアリか?
「え?そうなのですか?」
「宇宙艦隊の戦艦に破壊工作を行い、多くの艦で包囲、攻撃するなど、やり方が間違っている、などという次元ではありません。
一歩間違えば、大惨事になるところでした。
先生、僕の計算、合っていたでしょ?」
「うん。艦内でスキャンしたら、確かに捻れが検出できた。今はPGMで構造強化しているから大丈夫だけど、ちゃんと入院させた方がいいとは、あっちの艦長に言っておいたよ」
「ありがとう先生」
「どういたしまして。でも、結局ゲルボジーグの正体、近衛に教えなくて良かったのかい?」
「リルルカ先生の言いたい事は分かる。そこまで非道な事をやらかしたヤツを庇う形になるのは、僕の立場上、好ましい事ではないからね。
でも無辜の領民達はもちろん、ヤツに相談していたという貴族達や、その領民の事を考えると、言わない方がいいとは思う。
もっとも、王国が本気で探ろうとしたら、簡単に分かっちゃうんだろうけどね」
いかに外装で誤魔化そうとしても、ブルボン砲を見せたら、あれがル・ドゥタブル級だという事はバレバレだ。そしてル・ドゥタブル級は他の1等級戦艦と同様、生産数は限られている。どうせ事故でロストした事にしているんだろうけど、かなり絞られる筈だ。
「それはそうと、件の領主、調べれば調べるほど、よく分からんヤツだったみたいだね。
情報部のカーロスさんの調べによると、昔はごく普通の領主貴族だったらしい。でも10年ほど前、まるで人が変わったように領軍にチカラを入れるようになったんだってさ」
これは完全オフレコとして、ラフな話し方を徹底する。つまり王女殿下がこの場にいない体を装うわけだ。家臣筋としてはいかがなものか、だけど、王女殿下に意図は通じるだろう、と妙な確信があった。
「その分、内政がおろそかになるから、それは家宰に丸投げした。その家宰が優秀だったから、敢えて譲ったように言われているけど、元々その領主自身、内政向きと周囲から思われていたらしいんだよね。軍拡路線に一念発起というヤツらしいよ」
「一念発起で領軍を艦隊戦できるまで鍛えた……ウィルじゃあるまいし、そんな事、普通じゃない」
さりげなく生徒をディスるなよ先生。
「実際、普通じゃない鍛え方だったみたいだ。訓練で士官で殉職する事故が相次いだらしい。一念発起してから5年間に、53名の士官、それも高級士官が亡くなっている。いくら過酷な訓練をしたとしても、これは多すぎる数字だ。また、逆に彼の指揮についていけた士官の忠誠心は爆上がりだったそうだ。そっちもまるで人が変わったように好戦的になったらしい。
一時は妙な薬物にでも手を出したのかと、周囲の貴族達が心配してたようだね」
「(人が変わった……憑依でしょうか)」
「(ゲルボジーグは死霊魔術に長けた、というか、それしか知らない魔族。他には考えられない)」
殿下と先生がごちゃごちゃ話しているが、よく聞こえない。
「先生。二人で何内緒話してるのさ」
「ウィルの方がずっとマシだって話してた。少なくとも死人は出さないから。信者が増える点は同じようなものだけど」
「信者って……」
「帰ってきて驚いた。帝国訛りの学者さんでいっぱい。ウィル、今度は帝国に手を出す気?」
「え?ウィリアム様は、帝国に行ってしまわれるのですか?」
今まで静かだった王女殿下が、いきなり身を乗り出してくる。顔が近い近い!
「まさかそのような。私は王国貴族の三男にございます。王家への赤誠には一点の曇りもございません」
「むぅ」
王女殿下が口を尖らせる。あれ?何か気に障る事を言ったっけ?
「リルに対する口調と違いすぎて、壁を感じますわ」
「越えられない壁」
「リル、やかましいですわ!」
なんだか仲が良いな。
「先生は殿下と知り合いだったの?」
先生は頷いた。
「うん。実は大昔からの知己。親友。時にライバル」
「え。でも、先生は5年前からタルシュカットにいるよね?」
「うん。だから、それ以前からの知り合い」
えーっと。それって、王女殿下が4歳以前、という事だよね。
幼女と親友とかライバルになれる先生って、実は凄い?
「それよりウィル。お腹が空いた。休憩時間も多くは無い。さっさとお昼にしよう。」
先生はソファーの前に、これまた勝手にダイニングテーブルを呼び出す。
今回は円形。MFM機能付きのヤツだ。
あからさまに話題を逸らそうとしているが、確かに時間に限りがあるのも確かだ。
「先生は相変わらずだなぁ。殿下もいかがですか?いや……食べてく?」
殿下はお忍びだし、口調を変えてくれとは、殿下のお望みだから、敢えて砕ける。
案の定、殿下はにっこり笑った。まさに天使の笑顔というヤツだ。
「はい。折角のウィリアム様のお誘いですから、喜んでお付き合いさせて頂きますわ」
「あの、殿下は丁寧な口調なんだけど?」
「わたくしがウィリアム様に乱暴な口調になるわけがないではありませんか。それにそもそもこの口調がわたくしの地なのですから、これは良いのです。
あと、この3人でいる時は、『殿下』はやめてくださいまし」
うわ。ハードルが上がった。
「じゃあ、何と呼べば?」
「『アレスティナ』でも『おい』でも『お前』でも」
「ティナ、熟年夫婦ごっこは上級者向け。素人にはお奨めできない」
おお、先生のツッコみが……って、
「ティナ?」
「昔の呼び方をアレンジした。愛称っぽいから無問題」
「なるほど。それじゃあ、僕もティナと呼ぶけど、いい?」
あれ?殿下が両拳をテーブルに置いて、細かく震えている。
「……ウィリアム様ではなく、リルに愛称を先に付けられたのは屈辱……でも、ウィリアム様から愛称で呼ばれるのはこの上ない至福……わたくしは悔しがるべき?それとも喜ぶべきなのでしょうか」
「何を言っている。私を『リル』と愛称で呼んだのは、そっちが先」
「そ、そうでしたわね!そう、『リル』は愛称でしたわね!」
なんだろう。殿下、いやティナが自棄になっているように見える。でも心当たりはないなっ。
というか、こんな事やっていたら、本当に休み時間がなくなるぞ。
「ティナ。嫌いな食材やアレルギーはある?」
王族相手に、勝手にメディカルチェックをするわけにはいかないから、今日の昼食は栄養素補完食ではなく、普通の再現食になる。
この際気をつけなきゃイケないのが、アレルギーの存在。
元は同じフードコアでも、再現メニューによっては、身体がだまされ、アレルギー反応を起こすことがあるからね。実際蕎麦アレルギーの人が大変な思いをしたらしいし――噂だけど。
「ウィリアム様がご用意してくださった物なら、何でも好きになりますわ」
「はぁ」
ティナは直球で好意をぶつけてくる。これが吊り橋効果というヤツなのか。
そりゃあ、ろくに動けない戦艦にいて、周囲を包囲されてボコスカ撃たれてた時、僕らが助けにきたからねぇ。
さぞかし『レパルス』が白馬に見えたことだろうね。
って事は、もしかしたらティナは本気で僕を『アルス様』だと思っている?いやいや、それこそマサカでしょう。
ティナ殿下は、僕の倍飛んで、前世の夫を探し続けてきたんだ。
そんなに簡単に『アルス様』が見つかる、または『アルス様認定』を誰かに与えるなら、誰も苦労してないと思う。特に側近の人達が。
「そういえばウィル。最近、料理にも凝っているんだって?この前、ホレイショ様が自慢してた。ウィルは料理も天才的だって」
「こんなの、とても料理とはいえないよ。どちらかといえば、プログラムの分野だ」
だって、完全栄養素材であるフードコアを調理するMFMを少々弄っただけの話なのだから。
きっかけは、我がオゥンドール家が、代々英国系を標榜しているので、それなら英国料理とやらを食べてみよう、と思った事に始まる。
正直、あまり美味しくなかった。うん、はっきり言って、不味かったと言っていい。
ローストビーフはパサパサ。フィッシュアンドチップスは油が良くないのをわざわざ再現したようで、妙に胃にもたれた。
ひたすら量だけは多く、食べるのに難儀したほどだ。
最初はMFMの故障かと思ったけれど、他のメニューはそんな事はなかったので、これはMFMのプログラムをした人間が、英国に恨みがあるか、そもそも英国料理なるものが美味しくないものなのかのどちらかだろう。
当然前者に決まっているので、僕はMFMのプログラムに不審を抱いた。
以来、自分でプログラムや再現内容を見直し、手を入れるようにしたんだ。
例えばオーブンで単に焼いただけの状態を再現するより、アルミホイルで巻いて焼いた状態を再現した方が、肉汁が肉に残るといった具合だ。
もちろんその肉も、牧草だけを食べさせたグラスイーティングの牛なのか、牧草だけでなく、穀物も食べさせた牛なのか、その牛は牛舎で育てたのか、広い場所で放牧したのか、成長ホルモンや抗生物質は打ったのか、打たなかったのかとか、部位はどこか、熟成期間はどれくらいか、など、チェック項目をやたらと増やしてみた。
最近は更に凝って、牧草はサイロで熟成させたのか、屋外で放置したのか、とか、その屋外の気候はどうか、とか、牧草に農薬は使ったのかとか、牛の密集具合はどうかとか、始める前はまったく気にしていなかった事柄までチェックして実験するようになってきた。
ああ、これはローストビーフとは関係ないけれど、霜降り肉を作るために、マッサージをするとか、ビールを飲ませるとか、潰す前に一定期間餌を与えないとか(これをやると、脂肪を体内にためようとするから、結果的に霜降りになりやすい。あまり気分の良いやり方じゃないけど、どうせ殺す相手だからねぇ。断食させないだけマシか)色々やってみた。
MFMは、そうやって凝るだけ凝っても、ちゃんと完成品に味が反映されるから面白いんだ。もちろんそんな細かい指定はデフォルトではできないけれど、そこはプログラムを改造して対応したわけさ。
まぁ、味や食感が変わるだけで、中身は同じなんだけどね。所詮元はフードコアで、化学的に精製された、非生物由来物質なのだから。
それはともかく、そうやって生み出された真(?)英国料理と言うべきメニューの数々は、我が家では好評だ。
「なんでもいいから、とにかく出して」
「あれ?先生には出した事なかったっけ?」
「私が食べた事があるのは、チップス(フライドポテト。ポテトチップスとは別物)くらい。研究の合間に食べた。あれは危ない料理。主に体重とウェストにとって」
いやいや。だから中身は同じだから、健康に悪い事はないでしょ。
と、いうわけで、今日の昼食メニューはマッシュルームスープのようなものにサンデーロースト(ローストビーフとヨークシャープディングのセット)のようなものにサラダのようなものにブレッドロール(丸パン)のようなもの、そしてスコッチエッグ(味付きのメンチカツの中にゆで卵が丸々入っていて、それを真っ二つに切ったもの)のようなもの、デザートにはラズベリークリームとカステラ、カスタードクリームのトライフルのようなものと、スコーンのようなもの。そしてショートブレッド(クッキー)のようなもの、そしてミルクティーのようなものといった、いわゆる定番メニューで締めた。
「これが……夢にまでみた、ウィリアム様の手料理……」
「だから手料理じゃないってば」
「それより、早く食べよう。いただきます」
「「いただきます」」
さて、今回は上手くいったかな?
……
…………
………………
結論から言えば、二人には悪い事をしてしまった。特にティナなんか、泣きながら食べていたくらいだ。まぁ、王家が普段食べているものとは雲泥の差だろうし、僕が改良したとはいえ、元が元だからね。
それでも完食してくれたし、礼儀からだろうけど、絶賛してくれさえした。
でもこれって結局、本物の料理ですらないんだよね。
もし、本物の食材が手に入って、本当の手料理ができたら、ティナは満足してくれるだろうか?
まぁ、今時本物の食材なんて、そうそう手に入らないだろうけどね。