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鍬と魔法のスペースオペラ  作者: 岡本 章
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鍬と魔法のスペースオペラ 第五章 論功と忠臣

  第五章 論功と忠臣


 今回の殊勲賞は、ダントツで先生で決まりだな。先生と考えたネタ兵器の数々だったが、そのどれもがこの戦闘では異様なまでにはまってくれた。

 トア・ミサイル。マキア・ミサイル。

 そして、アクティブ・ステルス。

 これはデコイの一種の無人艦だが、ただのデコイじゃない。

 外観、エネルギー反応、重力波まで完璧に本物をコピーしている。

 普段は格納庫に収納されており、発進後に展開して運用する。

 しっかりノーマルドライブやディフレクター・シールドを備えていて、武装やHDジェネレーターこそないものの、通常空間なら本物と変わらない機動を発揮する。

 それも、ある程度のステルス性を備えた上で、だ。戦闘艦艇なら、当然ステルス性は備えている筈だからね。

 宇宙戦闘で、一番厄介なのは、索敵だ。

 どれだけ攻撃兵器が発達しようと、そもそも敵を捉えられなければ意味がない。

 そのためのレーダーだが、戦闘時にはこれがほとんど役に立たない。

 何故なら、戦闘をすれば確実に出るもの、つまりデブリがレーダーの精度を致命的なまでに悪化させる。

 レーダーの感度を上げたら、画面は真っ白になってしまうし、逆に下げたら、ステルス性を有した敵艦は映らなくなる。

 熱源センサーも同様。火は酸素の有無ですぐに消えるものの、熱は保ち続けるから、戦場のデブリは紛らわしい事この上ない。

 案外有効なのが光学センサーによる画像解析。

 大抵の艦は反動推進。つまり大なり小なりのスラスター噴射で機動しているから、どうしても噴射光が発生する。

 少しでも光源があれば、高度な画像処理で敵艦の全体像を捉えることができる。そして光学照準で撃つのだ。

 ところが僕らの艦隊では、スラスターはほとんど使わない、というか、戦闘時にはまったく使わない。スラスターを使うのは惑星重力圏のような環境下にある時だけだからね。

 つまり、敵から見えにくくする事が可能になってくる。

 あくまで、見えにくく、だけどね。

 そこで登場するのが、例のアクティブ・ステルスだ。

 不自然にならない程度のステルス性は敢えて持たせながら、本物の身代わりとして敵にわざと察知させる。敵は察知したアクティブ・ステルスを見失わないように全力を尽くすだろうから、まさか本物が別にいるとは思わない。

 それだけに、不自然に見えないよう、操作する先生の負担は大きい。攻撃力がないのに、攻撃している振りまでしなきゃならないから、相当大変だっただろう。

 本物が担当するレーザーやブラスターの攻撃は、不可視光にするのは簡単だ。元々不可視光であり、味方に分かるよう、わざわざ可視光にしているのだから、そのシステムをオフにするだけでいい。

 予想通り、というか、予想以上に敵はあっさり引っかかってくれた。

「サーがあれだけ煽ったら、ぶち切れても不思議はないですな」

 艦長がフォローとは思えないフォローをしてたけど。

 僕としては、敵を煽ったつもりはない。ただ彼らの脳内設定に乗らなかっただけだ。

 いくら普段の僕がノリが良いからといって、魔王軍なんて設定に乗れるわけがない。

 そして案の定、敵は虎の子のブルボン砲を使ってアクティブ・ステルス艦隊を自軍もろとも消滅させ、残ったのは無防備の旗艦のみ。ディフレクター・シールドすらほとんど作動していなかった。

 だが、接近すればさすがにこちらに気付くだろう。決戦兵器は使えなくても、各種砲座の中には、メインエンジンが停止していても独立して作動するものもあるし、ディフレクター・シールドだってすぐに張り直されてしまうだろう。

 その前に決着をつける。

「敵艦まであと1000!」

 プーニィの叫びに応え、僕は号令をかける。

「トラクタースフィア発射!敵を耕せ!回避運動は任せる!」

「トラクタースフィア発射!」

「緊急回避!」

 ガーヴィ砲術長の声にプーニィの声が重なり、映像が大きく揺れる。でもパーソナルモニターの画像はしっかり捉えていた。


 トラクタースフィア。


 収束重力子砲とよばれる実体弾だ。その名の通り、重力子を収束させて特殊なカプセルで包み、リニア、つまり電磁力で撃ち出すという、超絶に原始的な兵器。

 重力子は高速で回転させる事で、重力を増す事ができる事は、専門家の間では有名だけど、その制御は結構面倒くさいので、実験はあまり行われてこなかった。

 慣性誘導装置の補助や、ディフレクター・シールド。身近な所では、艦内重力など、重力子は至る所で利用されているのに、だ。

 結局、応用科学が進んで実用化されると、肝心の基礎研究は理論確立以外はなおざりにされる傾向にあるようだね。基礎、大事なのにな。あまり金にならない研究は注目されにくいのだろう。

 僕が注目したのは、重力子の回転。

 どれだけ回転数を上げたら重力が強くなるのか、繰り返し実験し、検証した。

 もちろんそれだけで人工ブラックホールは作れない。重力の井戸の再現は簡単ではないからね。

 でも、カプセル内でこれまた電磁力を使って、限定的に300Gまで持っていく事はできた。ただし有効範囲は100メートル。キロではなく、メートルだよ?有効時間は20秒。それが短いか、長いかは個人の価値観による。

 必要な動力供給に問題があって、それ以上の出力を得るのは無理だった。だって、300Gに耐えられる機械なんて、相当単純な構造でもかなり難しかったから。

 発射方法をリニアキャノンにしたんだって、発射時にある程度回転を与えるための補助機構を付けたかったから。まぁ、艦内で威力を発揮されるわけにはいかないから、あくまで補助だけど。

 そして、誘導もへったくれもない、ただの実体弾が、マッハ20で敵に向かっていく。

 宇宙なのに、マッハだよ?遅すぎるよね!

 この武器の良いところは、ディフレクター・シールドや電磁バリヤーをほとんど無視して、敵に直接打撃を加えられる事。

 ディフレクター・シールドは300Gの前に重力場が崩壊するし、電磁バリヤーはその特性上、艦体から数メートルの範囲でしか効かない。つまり電磁バリヤーの効果範囲外で、その発生器が壊れてしまう。もちろん、それ以外の設備も容赦なく。

 欠点は敵に回避されたら、まったくの無駄撃ちになってしまうため、高速機動戦闘が中心の宇宙戦闘では、まったく役にたたないところ。うわ。欠点、壊滅的だね。

 というわけで、本来は思いっきりネタ兵器。性能が尖り過ぎている。あまりにあまりにもな性能のため、基礎開発の段階で先生すら降りたくらいだ。

 だが、今回だけは上手くハマった。

 トラクタースフィアは敵旗艦の基部に直撃した。さすがガーヴィ砲術長。いい腕をしている。花弁にみたてた外殻は崩壊。重力によってめくり上がった様は、本当に耕されているみたいだ。

 スフィアを阻むものはなく、エンジンやその周囲の重要施設も容赦なく崩壊させ、やがて旗艦は大爆発を起こした。生存者はいないだろう。

 そして発生する大量のデブリもスフィアが吸収し、作動が停止するまでに直径200メートルの金属の塊になり、戦闘は終結した。

「サーの勝利に栄光あれ!」

「「「「サーに栄光あれ!」」」」

『……結局、美味しい所をみんなウィルに持って行かれた……嬉しい限り』

 艦長の叫びにブリッジのみんなまで唱和し、手が空いた先生まで艦内通信で加わってきた。ちょっとしたお祭り騒ぎになっている。

 なんだろう。メッチャ恥ずかしいんだけど。だいたい、みんなのチカラであって、僕だけ活躍したわけじゃないのに。

 というか、気になる事があるんだよね。

「カーロスさん」

 情報士官のカーロス・ベル中尉を呼ぶ。

「サー?」

「例の四天王のおじさん、身元は分かった?」

「イエッ・サー。データをサーに送ります」

「あー来た来た。ありがとね」

「い、いえ、とんでもございません。サーはただ命じてくださるだけで良いのです」

 普段クールなカーロスさんの珍しい満面の笑みだ。

 おっと、データの確認をしなきゃ。

 どれどれ……

 データを見たとたん、僕は固まってしまった。

 これって――


   ◇◆◇   ◇◆◇   ◇◆◇


 タルシュカット受験艦隊の勝利は、[ファースト・スター]でも確認できていた。

 実は彼らもアクティブ・ステルスに騙されたクチで、一時は葬式もかくやといった空気に包まれたものだったのだが、そこからの鮮やか過ぎる逆転劇に、ブリッジも作戦室も沸きに沸いていた。

「シュトローク閣下。[レパルス]より通信が入っています」

「繋げ。それと映像と音声を作戦室にも回せ」

「了解しました。繋ぎます」

 メインモニターに、ウィリアムの上半身3D映像が浮かび上がる。

『宙賊の始末は完了しました、シュトローク司令官』

 勝利の直後だというのに、ウィリアムの表情は固い。

 こちらの正体に気付いたのかな、とシュトロークは考えた。むしろそれは好都合というものである。だが、その前に言わなければならない事があった。

「ありがとうございますウィリアム殿。貴殿は我々の命の恩人です。このご恩にどうすれば報いる事ができましょう。あれだけの大艦隊を、一隻も失う事なく全滅させてしまうとは、恐れ入りました。しかしながら、たかが宙賊が一級、二級戦艦を含む大艦隊を有していたとはとても信じられません。あれは明らかに」

 シュトロークが『貴族』と言いかけたところで、ウィリアムは片手を振って制止してしまう。

 本当の身分の差からみれば、これは相当無礼な行為である。

 ウィリアムは地方在地の伯爵の三男に過ぎない。

 一方シュトロークは、王国首都星の法服子爵の次男だが、近衛艦隊の司令官職は法服侯爵と同格と見做される。

 だがシュトロークは身分を隠しているし、やはり戦場では、勝利した者が圧倒的に会話のイニシアティブを取るのはいつの世でも変わらない。

『謝礼の件はいずれまた。それより実は宙賊の正体が分かりました。まずはそのご報告が先かと』

 ウィリアムは強引にシュトロークの憶測を無かった事にするつもりらしい。シュトロークもその理由を計りかねながら、それに乗る事にした。

 単純に、乗らなかった時の事を考えて、怖かったからだ。

 作戦室からの指示もあったが、それ以上に、ウィリアムに直感的な恐怖、いや、畏怖を感じたのだ。

 職業柄、高貴な身分相手に臆する事もなくなったシュトロークとしては、自身の感情に驚くばかりだ。

「こ、これは重ね重ね申し訳ない。そうですな。ヤツらの正体を知るのは、確かに先決」

 シュトロークの冷や汗が止まらない。

 ウィリアムは平然としている。

 だが、この状況でそれは不自然である事に、シュトロークは気付いた。

 人類史上初の、本格的宇宙艦隊戦に勝利したばかりとは思えない。

 普通はもっと興奮するか、歓喜に包まれているだろう。

 或いは敵は賊とはいえ、大量に人を殺した事にショックを受けているとか。なにしろまだ少年なのだ。貴族籍にあるとはいえ、その重圧に耐えかねても無理はなかろう。

 でも、無表情。いや、静かに怒っている?

 彼は作戦室からウィリアムを最上級VIPとして扱うように、と命令を受けている。

 最上級VIPとは、王族や皇族並という事だ。

 しかもその命令は、この勝利より前の時点。

 シュトロークが畏怖した、ウィリアムから発せられる謎の威厳を知っていたとは思えぬ。

(ひょっとして、陛下の隠し子であった、とかではなかろうな)

 ウィリアム=アルス様疑惑を知らないシュトロークとしては、勝手に想像するしかなかったが、それだけに神経がすり減る思いだった。

 しかも、その謎の最上級VIPは不機嫌なのだ。

『ではお伝えします。

 賊の正体は、元魔王軍四天王にして死霊軍団長のゲルボジーグです』

「……は?」

 意外すぎる話に、シュトロークは瞬く。

「あの、申し訳ありませんが、もう一度」

『賊の正体は、元魔王軍四天王にして死霊軍団長のゲルボジーグです』

「あ、あの、ご冗談では」

『僕は大真面目です。嘘じゃありません。何しろ本人がそう名乗りましたから、これ以上確実な事はありません』

「そ、それではその通信記録を提出していただけますか?こちらで身元調査しますので」

『ですから、その必要はありません。第一、あなた方は目撃者、言い方は失礼ながら、観客に過ぎないのですから』

 ウィリアムのあまりの言い草に、ブリッジ要員の表情が変わった。

 艦内に破壊工作され、数倍の艦隊に包囲され、攻撃され続けた。

 生まれて初めての本格的艦隊戦。それも圧倒的不利な状況での必死の対応。

 しかもこの艦には王女が乗っているのだ。何があろうと、守り抜かねばならない存在だ。

 それなのに、いくら助けてくれたからといって、観客扱いとは酷すぎる。

「た、確かに我々は敵を一隻も撃沈できなかった。しかし」

『ええ。面子が立たない。軍も貴族も、宙賊でさえ面子は大事です。舐められてしまったら終わりですからね。そういう意味では、我々の価値観は同じです。

 それが分かって安心しました。先ほどの発言は確かに失礼すぎるものです。大変申し訳ありませんでした』

 シュトロークが憤慨すると、ウィリアムはあっさり謝罪し、頭を下げた。

 この貴族の少年は、我々をわざと怒らせた?

 ブリッジ要員達は狐につままれたような顔になる。

 それはシュトロークも同じだ。

『それではご説明しましょう。

 事の発端は、ある王女殿下の世直し旅にあります』

「は?」

 シュトロークはますます分からないといった顔になるが、ウィリアムは構わず進めた。

『辺境貴族や代官の不正をただし、悪を斬る。

 住民は感謝し、王都星をはじめ、多くの庶民は喝采をあげる。絵に描いたような勧善懲悪。芝居のネタにしたいくらいですね』

 ウィリアムの、どこか皮肉めいた物言いに、シュトロークは頬を引きつらせた。

 なにしろ、張本人がこの会話を作戦室で聞いているのだから。

『ですが、殿下のご活躍が喧伝される事により、困る人も出るのです。

 探られる立場の辺境貴族達です。

 王都星の方々はご存じないかもしれないけれど、辺境の惑星開発は大変な事業です。テラフォーミングだけでなく、その後の領地経営は、けっして楽なものではありません。

 一から産業を興すわけですからね。モノもカネも人もない。

 中には過酷な領地経営を、軌道に乗るまでと称し、断行する場合もあるでしょう。

 そして一旦やってしまうと、それが当たり前になってしまう事も、往々にして起きます。

 もちろん、それをやられた領民はたまったものではありませんが。

 そこで辺境貴族達は、ならば困っている同士、助け合う事にしました。お互いに足りないものを融通しあうわけですね。

 慣れない領地経営を、先輩貴族の助言で乗り切った例も多々あります。

 そうして『辺境貴族は相身互い』という風習ができました。

 逆に言えば、あくまで中央に頼らず、自分達で問題を解決しようとすると言えます。

 生き馬の目を抜く競争に明け暮れる、王都星の法服貴族の方々にはお分かりにならないかもしれませんが、辺境領主とは、本来そういうものなのです』

「で、では、王女殿下のなさってこられた事は、余計な事だと?」

 ウィリアムはシュトロークの言葉に口の端をあげた。

『まさか。殿下のなされて来たことは、善意から出た、尊い大事業です。悪徳領主に悪代官は残念ながら実際にいますし、殿下に救われた人は大勢いる。それは厳然たる事実です。誰でもできる事ではないし、その勇気と正義感には敬服するばかりです』

 シュトロークはちょっとほっとした。が、安心するのは早すぎたようだ。

『ですが、殿下の世直し旅は、ちょっと有名になりすぎたようです。

 今では王国の監察官の査察より恐れられていますよ。悪徳領主や悪代官はもちろんのこと、至極まっとうな領主達からもです』

「そうなのですか?」

 多少煙たがれているという自覚はシュトロークにもあった。だが、恐れられているとまでは思っていなかった。至極まっとうな領主であれば、見られて困る事もなかろうに、と思ってきたのだ。

『ええ。最初に言ったではないですか。軍も貴族も、面子を大事にしています、と。

 殿下の艦隊が来訪するというだけで、痛くもない腹を探られ、周辺の貴族達からはやたらと心配される。『辺境貴族は相身互い』ですからね。

 それを、面子を潰されたように感じる貴族がいても、不思議ではないでしょう?』

「う……」

『ここからはオフレコでお願いします』

 少年は、シュトロークが頷くのを待って、話し始めた。

 

『ある星に、ある辺境領主がいました。

 彼は自らを厳しく律し、自ら足りない能力があると思うと、優秀な人材に任せる度量もある人物でした。領地は栄え、領民は幸せでした。

 彼は贅沢を好まず、領主としてはありえないほど慎ましい生活をしてきましたが、周辺の貴族の中には、王女殿下の世直し旅を過剰に恐れている者も多く、よく相談されていたそうです。

 そこで彼は思いきった行動にでます。

 それは、王国艦隊への襲撃という、貴族にあるまじき愚行です。普通に謀反ですからね。

 彼はその愚行の意味がよく分かっていました。家督を息子に譲り、隠居の身ではありますが、それでも彼の領地は恐らく没収、家族も連座する事は確実です。

 しかし、彼はそれでも貴族だった。

 貴族だからこそ、己の主君に諫言したかった。

 彼が目をつけたのは、王女殿下の旅の根拠となる、[アルス様]の存在です。[アルス様]さえ殺してしまえば、王女殿下が旅を続ける意味はなくなります。

 王国艦隊を王女殿下の行幸艦隊に見立て、襲撃するが、実際には被害を与えず、時間稼ぎに徹する。

 そして救難信号をキャッチして、ノコノコ助けに来た艦隊を、[アルス様]として、こちらは撃破する。

 彼は僕の事を、[アルス・オースティン]と名指ししましたよ。諸悪の根源であるかのような、憎しみを込めて。もっとも、僕が実際何者であろうと、関係なかったわけです。[アルス様]役を押しつけられれば、それで良かったのですから。

 そして見事玉砕して果てました。

 あくまで、[魔王軍四天王ゲルボジーグ]として、です。乱心者となれば家族や領民に迷惑がかからないと考えたのか、その名乗り自体が王女殿下への皮肉なのかは、今となっては誰にも分かりません。

 ――ですから、僕も彼を宙賊[魔王軍四天王ゲルボジーグ]と呼んだわけです。三男とはいえ、僕も一応辺境貴族ですからね。[辺境貴族は相身互い]です』

「し、しかしそれはウィリアム殿の想像に過ぎないのでは?彼が、いやヤツが謀反人である事には違いないのですから。妙な人物を名乗ったのも、ウィリアム殿や我々を混乱させる意図があったのではないでしょうか」

『その疑問はもっともです。でも、彼が王国に弓を引く意図がなかった事は確実です。何故なら彼らはあなた方を撃沈しなかった。彼らの決戦兵器を使えば一発だったのに、です』

「あ……」

 シュトロークは納得した。納得してしまった。確かに敵旗艦が最後に放ったエネルギーの奔流が、もしこちらに向けて放たれていたら、ろくに動けなかった[ファースト・スター]諸共、全滅していたに違いない。

「……我々はウィリアム殿の言う通り、観客だったのですね」

『無理矢理王女殿下行幸艦隊に見立てられ、観客にさせられて、厄介な話ですけどね。まぁ、僕なんか、もっと厄介な[アルス様]役を押しつけられ、危うく死ぬところだったのですから、僕よりマシと思って下さい』

「はは、左様ですね。そう思う事に致します」

 シュトロークは乾いた笑い声をあげるしかない。

 シュトロークは確信している。

 ウィリアムは、シュトロークの艦隊が真の王女艦隊である事に、とっくに気付いている。

 気付いた上で、まかり間違えば王室批判とも受け取れる発言を、長々としてのけた。

 それも、ついさっき、自分で倒した貴族の、命がけの諫言を無にしないため、ただそれだけのために。

 しかもその貴族は、本気でウィリアムを殺す気だったのだ。

 なんと恐るべき胆力。

 なんと恐るべき器量。

 本当に10歳なのだろうか。

 しかもこの事件の発端が王女の『善行』とあっては、さすがにウィリアムに王女を紹介する事はできない。

 それどころか、事件そのものを隠蔽する必要すらある。事が公になれば、[魔王軍四天王ゲルボジーグ]氏の正体も明らかにしなければならず、そうなったら彼の領地は破滅する。そしてそれを関係者全員が望んでいないのだ。

 必然的にウィリアムへの報償という話も変わってくる。

 王女の危機に颯爽と駆けつけ、敵を全滅させて王女を救った、おとぎ話もかくやという程の大武勲。それを単なる宙賊討伐にするとはいかにも乱暴な話だが、そう誘導したのがウィリアム本人である。

 己を殺そうとした敵の家族、領地、領民のために、敵の矜持と願いのために、己の名誉も地位も報奨金も顧みない。

 まさしく貴族。本物の騎士道精神の持ち主。

(辺境貴族は相身互いとはいえ、今時それを平然とできる貴族が、どれだけいるだろう)

 シュトロークは気付いていた。

 ウィリアムが先ほど屠った自称四天王もまた、本物の貴族であり、その命を賭した諫言は、そのやり方はともあれ、賞賛に値するものであった。

(そんな御仁を手にかけたウィリアム殿、いや、ウィリアム様の心中は、計り知れぬほど悲しみに包まれている筈。それではお怒りになられるのも当然か)

 こんな状況では、ますます元凶たるアルスティナ王女に遭わせるわけにはいかないし、アルスティナ王女の方も、合わせる顔がないと思っている事だろう。

 アルスティナ王女が長年想っていたであろう、理想の男性像そのものであるがゆえに。

(もっとも、ウィリアム様のご器量からすると、姫様に怒りをぶつけるウィリアム様の姿は、どうしても想像できないのだがな)

 

『ところで、話は変わりますが、貴艦のディフレクター・シールドの修理には、どれくらいかかりそうですか?』

 ウィリアムは重い話はこれまで、という風に、がらりと話題を変えてきた。シュトロークも喜んで話に乗る。

 とはいえ、シュトロークにとってはこれも頭の痛い話ではあったのだが。

「恥ずかしながら、修理の見込みは立っておりません。今後機動ドックを要請する予定ですが、到着がいつになる事やら、といった状況です」

『機動ドックですか。順番待ちが酷い、と僕も噂に聞いたことがあります』

 互いに白々しいと、シュトロークは自嘲するしかない。王女座乗艦が順番待ちなどあり得ないからだ。機動ドックどころか、移動要塞がすっ飛んでくる事案だ。

 もっとも機動ドックだろうが移動要塞だろうが、出港準備だけで数日かかる代物であるし、今回は事案が事案なだけに、秘匿性が重視される。

 そのための調整日数を加えたら、本当にいつ到着するか分からない。

『もし宜しかったら、修理のお手伝いの許可をいただけますか?僕の艦には、優秀なスタッフと機材、工作艇がありますので。上手くいけば、作業は短時間で終わります』

 ウィリアムの提案に、シュトロークは飛びついた。

「願ってもない事ですウィリアム様。とても助かりますとも」

『ウィリアム様?あの、目上の方から様付けは困ります』

「いえいえ、我々全員の命の恩人ですからね。例え観客であろうと、安全圏にいたわけではありませんし。

 それより、宜しいのですか?ウィリアム様は大切な旅の途中。試験に遅れたりしたら、それこそ一大事。足止めの元凶である我々が言うのも何ですが」

『それはご心配には及びません。工作艇を出したらすぐに僕らは先にHDに入ります。工作艇にもHDジェネレーターがありますから、作業終了後、僕らの後を追いかけさせます。

 要は僕自身が、試験会場に期日までに行けば済む話ですからね』

 ウィリアム様が仰られるには、宇大が設定した人工ワームホールの入り口地点には、本日中に到着する予定であり、試験そのものは約一ヶ月先。

 それだけ聞くと、随分と余裕をもたせた日程に感じるが、実はそれでもかなりタイトな日程である。

 まず、人工ワームホールの順番待ちがある。通常、大規模な施設と、それを守る守護艦隊や要塞が配備されていて、狭い宙域は艦船で溢れる事となる。

 守護艦隊の誘導指示に従ってワームホールを抜けるのだが、その指示がなかなか来ないのが通例で、誰を通すのかは、守護艦隊係官の気まぐれにかかっているとされる。

 ところが宇大のワームホールの施設は、宇大側にしかなく、学生達は入り口の座標を教えられただけだ。

 その入り口にしても、ただ一つだけなのか、あるいは複数あるのか、誘導がつくのかつかないのかすら分からない。

 そして、ワームホールを抜けた先は、宇大のある星系である事だけしか知らされていない、未知の空間。

 一応、ワームホールの施設で、宇宙図などのデータがもらえる事にはなっているが、心許ないにも程がある。

『大丈夫。なるようになりますとも。それに、救難信号をキャッチしたのに、受験のために見捨てたりしたら、受験生どころか、宇宙の民失格ですからね。それでは、工作艇の受け入れ、宜しくお願いします』

「お願いするのは我々の方です。それでは宇大受験、頑張って下さい」

『ありがとうございます。それでは失礼します』

 通信が切れた。

「あれほどの御方であれば、宇大だろうと簡単に合格するだろう」

「そうですね。あの御方でも受からなかったら、宇大に受かる人物は、人間ではない事になるでしょうね」

 シュトロークの呟きに、副官が答えた。

「それより司令。姫様が部屋にお篭もりになられたそうです。酷く落ち込んだご様子だそうで、私としてはそちらの方が心配です。ウィリアム様は合格間違いないのですから」

「うむ。ウィリアム様との会話の流れで、或いはそうなる事も予想はしたのだが。確かに姫様に直接諫言する者など、今までいなかったからな。貴族が命を捨てて諫言したのだ。それはショックであっただろう」

「いえ、そうではなく……いや、それもあったのでしょうが、作戦室の参謀達の話によりますと、落ち込まれた最大要因は、姫様はウィリアム様を、本気で[アルス様]だとお認めになられていたそうで」

「なんと!」

 驚くと同時に、納得してしまうシュトロークであった。確かにウィリアムという少年貴族は、今まで見てきた[アルス様]候補達とは比較にならない。

 戦闘指揮能力、発想力、人格、器、全てが桁違いなのだ。容姿にも恵まれている。

 どうしてそれほどの人材が、今まで情報網にかからなかったのか、不思議であった。

 事と次第によっては、情報部の責任問題にまで発展しかねない大失態。

 この事件発生前に、アルスティナ王女とウィリアムが出会っていたら、事件そのものが起きなかった可能性は高い。そうなれば優秀な貴族を一人失う事もなかっただろう。

「それより、姫様が心配だ。参謀達や侍従達には何かプランはないのか?」

 シュトロークは気持ちの切り替えが早い。そうでなければ宇宙艦隊の指揮なんかできないから、そうなれるよう、自分の性格を訓練した。

 だが、軍艦や艦隊を思うがままに運用できる彼が、王女の気持ち一つ動かす術を知らぬ。

 ブリッジだけでなく、[ファースト・スター]の全乗員が困惑していた。

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