プロローグ
プロローグ 大地の勇者
広大で豪奢な、というより悪趣味極まりない装飾過多なホールの中央に、かつては魔王と呼ばれ、神族を除くあらゆる種族から畏怖されてきた存在がいるが、今や瀕死の状態だ。
まぁ、そこまで追い込んだのは俺達なわけだが。
『ぎ……貴様らのような虫けらや謀反人共に、ごごまで追い込まれるどば……』
ズタズタに切り刻んでやったため、滑舌が悪くなっている。
まぁ、切り刻んだのは、主に俺なわけだが。
それでも生に意地汚いのか、或いは単に諦めが悪いのか、再生能力をフルに使っているのだろう、散乱した肉片がピクピク震えては、本体にくっつこうと足掻いている。
まぁ、それを許すほど、俺達は甘くないわけだが。
「陛下……もう、おやめください」
俺の右側に佇むイケメンが沈痛な表情で訴える。この半分以上肉片と化したバケモノを陛下と呼ぶのは、今となってはこいつ、『魔公爵アゼルバート』くらいなものだろう。
『黙れごの謀反人!』
ま、そうなるよね。
もっとも、俺から言わせてもらえば、魔族と人族連合との恒久和平を実現させ、世界を安定に導いたアゼルバートこそ魔王という名に相応しい、立派な男だ。むしろこの醜悪な肉片モドキに、魔王の称号は勿体なさ過ぎるというものだろう。
『何が勿体ないだ、ごのどん百姓風情がぁ!』
あれ?思った事が口に出てたかな?
「うん、口に出てた。アルスの悪い癖」
自分の身長ほどもある(まぁ、当人の背が低いというのもあるが)歪な形の杖を軽々と構え、散乱した肉片に容赦ない火炎魔法を放って焼却処分しながら、黒髪赤目の、無表情系美少女魔法使いであるリルが、じと目で俺を見据える。よそ見してると危ないぞ。
「この期に及んで煽るのは鬼畜の所業。でも元・魔王の方がもっと失礼。アルスはただの農民じゃない。アルスの作る野菜は最高。料理の腕も確か。この戦いが終わったら、是非私の嫁になって欲しい」
「リル。どさくさ紛れに何を言っているのです?アルス様と結婚するのはわたくしに決まっているでしょう?そのためにわたくしは教会籍から還俗し、王家に戻ったのですから。
あとアルス様はお野菜だけでなく、魚獲りの業前も超一流である事を、ゆめゆめ忘れてはなりません」
金髪巨乳の元シスターにして現役聖女、回復魔法の天才ディアナ王女が口を挟んでくる。
いや、だからね。
「そうだな。アルス殿のお陰で、我が魔族も飢えを忘れ、他種族と和平の道を選ぶ事ができるようになったのだ。いやはや、勇者などにしておくのは勿体ない話よ。この戦いが終わったら、より本格的に我が魔族の農政改革をお願いしたい」
アゼルバートまでそんな事を言い出した。だからまだ戦いは終わってないのに、気が早すぎるってーの。勝った気分でいる時が、一番危ないんだぞ?
でもまぁ、この元・魔王の抜かす事は事実ではある。
俺は確かに、元々どこの村にもいるような農民だった。
そもそも魔族と戦い始めたのも、畑をヤツらに荒らされたからだ。その後成り行きで、魔族との戦争で荒廃した土地を農地として復活させ、人々を飢餓から救った事で注目されるようになった。
作物自体の品種改良も当然して、栄養価を高め、味も良くした。本当にスキルって便利なものだが、戦い関係ではなく、スキルを農業に転用したのは俺が初めてらしい。
ちなみに、魔法は自然の中に豊富にある『マナ』を魔力に変換して行使する奇跡の事で、スキルは体内でわずかに生成されるマナを練る事で実現させる技術の事。
魔法を使えるのは、人間ではリルやディアナ、それに専門の魔法兵など、特別な存在で、農民上がりの俺には使えないが、スキルは修行さえ積めば誰でも使えるようになるし、研究してオリジナルのスキルを開発する事だってできる。
だが、どちらも今までは、戦争関連の事にしか使われて来なかった。
でも、俺に言わせてもらえば、例えば【鑑定】を武器やその他宝物、そして敵に対してしか使ってこなかった先人達の方がどうかしている。
作物を【鑑定】すれば、栄養価はもちろん、【鑑定】のレベルが上がり、【解析】まで進化させれば、一番適した調理方法まで提示してくれるというのに。
土地を【解析】すれば、農地に適しているかどうか、改善すべき点はあるかといった診断ができる。そして例えば瘴気に汚染されていたら、【浄化】の後【超回復】といった対処をすればいい。浄化を対アンデッド用、超回復は怪我の回復だけに使うのは勿体ない。
他にも【結界】は害獣対策。【堀作成】は用水路作りや整備に大活躍した。
そんな研究過程で、農業専用スキルを開発し、それが他分野に利用されるなんていう、逆転現象もまま起きたな。まぁ、【成長促進】はともかく、【種召喚】は応用しようがなかったそうだが。品種改良に、その二つのスキルは不可欠なんだけどなぁ。
また、料理の方も同様に、プロの料理人に学んだだけでなく、料理に最適化したスキルを開発した。どうせ美味しい作物を作るなら、その素材を活かさないと勿体ないからな。
そんな事をしていたら、世間からいつの間にか『大地の勇者』なんて呼ばれるようになり、王家の目にとまるのも、時間の問題だった。
最初は俺を馬鹿にした貴族や高名な研究者もいたが、一度飯を食わせただけで、ころっと態度を変えやがったものだ。
仲間にした連中も、大抵俺に胃袋を掴まれているという自覚はある。特にリルやディアナはその傾向が強いが、まさか俺を主夫にするために結婚まで考えてるとは思わなかった。
というか、このタイミングでその話題は拙いだろ。
『ぼう勝っだつぼりが、ごの糞勇者がぁ!』
ほら、半ば無視された元・魔王が怒った。あと、『この戦いが終わったら〜』は禁句だと、何となく感じているし。
元・魔王の身体中から、先端が尖った、無数の触手が伸び、俺達に襲いかかってくる。まだこんな元気があったとはな。
自分だけが腹一杯食うために、手下の魔物達を戦争に駆り立てた屑野郎にしては、やるじゃないか。
俺が愛鍬『一番星』を一閃させると、先端が針のようになった触手が一瞬で微塵切りになる。農家スキルMAXと料理スキルMAX、ついでに勇者スキルまでカンストした俺が振るう、ディアナの聖剣効果付与まで施された鍬を舐めるな。
「いや、だから勇者スキルを[ついで]呼ばわりするのは如何なものかと」
「あと、触手だけじゃなく、本体まで微塵切り。
アルス、あっさり始末しすぎ。盛り上がりも、へったくれもない。でもそこが最高」
「さすがはアルス殿。我々など刺身のツマのようなものですな。あーあと、私は結婚できませんが、農政改革は待ったなしでお願いします」
仲間達のツッコミはともかく、ついに世界は平和になった。
これからもっと平和を恒久的なものにするために、より食料自給率を高め、安定させていかねばならない。
俺達の本当の戦いはこれからだ!
え?結局俺が誰と結婚したかって?
仲間達にはまだ言ってなかったけれど、この討伐戦の前に貴族籍を押しつけられたから、一夫多妻が認められるんだよね。
王様。まさかそのために貴族にしたんじゃないだろうな。というか、「まずは貴族に」という王様の言葉には、嫌な予感しかしない。
……
…………
………………
あれから幾星霜……どうやら、俺は死んだようだ。死んだと同時に思い出した事がある。
今俺がいる、ここの事だ。
完全な暗闇。だが閉塞感はなく、どこまでも広そうな空間。
[今度の、転生は、平和に、地味に、生きたいって、言うから、お百姓さんを、選んだと、いうのに、結局、こうなって、しまいましたねぇ]
暗闇のどこからか、平淡だが透明感のある、中性的な声がした。やれやれ、とわざとらしいため息まで聞こえてきたから、どうやら呆れさせてしまったらしい。
うん、コイツの事もすっかり忘れていたが、思い出した。
フィオ。
魂の管理人の一人。俺を担当しているヤツだ。いつも声だけだから、姿形は知らない。
しょうがないだろ。みんな困ってたんだから。
[ふふっ。お人好し、なのは、生まれ変わっても、相変わらず、ですねぇ]
今度はクスクス笑われてしまった。
ほっとけ。俺は俺でしかないからな。生まれ変わったくらいで、そうそう性格が変わってたまるか。
[前世の、記憶も、ないのに、よくもまぁ、似たような、人生を、繰り返す、もの、ですねぇ]
飽きませんか?と言外に言われるが、飽きるも何も、生きている間は前世の記憶がないのだから、繰り返しているという自覚がない。自覚がない以上、飽きようがない。
[じゃあ、試しに、次回は、前世の、記憶を、持ったまま、転生する、というのは、如何で、しょうかねぇ?]
おっと、今回はそう来たか。
でもそれって立派な知識チートだろ?前世にあった色んな物を異世界で再現するっていうヤツ。
[人気の、転生特典、ですよ?オマケに、使用する、転生ポイントも、低め、です。
今回、貴方は、またまた、またまたまた、世界を、救って、しまったので、取得した、転生ポイントは、いっぱーい、です。
ポイントを、使用、しますか?]
ポイントは貯めで。
[お店の、ポイントカードと、一緒に、しないで、ください。
第一、貴方は、今まで、一度も、ポイントを、使用して、いない、のですよ?
おかげで、貴方の、ポイントは、1000億ポイントを、越えて、います。
これ以上、ポイントを、利用しないと、一部、失効、してしまい、ます]
それこそポイントカード、まんまだな!
でもポイント失効っていうなら、それも仕方ないよ。どうせ使う気ないんだし。
どうもチートって、小ズルいイメージがあるんだよなぁ。実際『ズル』なわけだし。
[ちょっと、くらい、チート、でも、いいじゃない、ですか]
そりゃ、異世界に生きたまま転移するなら、環境に適応できるように多少のチートは仕方ないかもしれないが、転生なら、環境適応もヘチマもない。
元々適応した身体で生まれるんだから、当たり前だ。
それなのに更にチートなんかあったら、現地で一生懸命生きている人達に対して、何か申し訳ない気分になるだろ?
[気に、しすぎ、ですよぅ。そりゃ、多少の、嫉妬は、受ける、でしょうが、嫉妬など、別に、チート、しなくても、受ける、ものです。
実際、今回、一切の、チートが、なくても、嫉妬、されまくり、だった、でしょう?]
ああ、そりゃあったさ。
田舎の農民風情が、各国の重鎮から頼られまくり、魔王を倒し、魔族と和解し、嫁さん達は美人でメッチャ高貴だったり、メッチャ可愛かったりしたからなぁ。
何度も爆発しろ!とか言われたものだったさ。
[それなら、チートでも、いいじゃ、ないですか]
なんか、後ろめたい気分になるんだよ。
だって、そのチートのチカラって、俺自身が努力したり、発明したりしたモンじゃなくて、文字通り、ズルして得たものだろ?
そんなズルで尊敬されたり、惚れられたりするのは、正直いたたまれないんだ。
実際に発明した人に申し訳ないというか、恥ずかしいというか。
うん。恥ずかしいんだな、きっと。
俺は恥知らずにはなりたくない。
[そう……です、か……あ、あれ?
と、いうこと、は……ああ、そういう、こと、ですか。なるほど]
なんだよ。
[ああ、いえ。こっちの、話です。それより、次の、転生先、ですが]
わざとらしく話題を変えようとするな。
[おや、次は、前情報すら、要りませんか]
ごめんなさい。どうせ生まれ変わったら忘れちゃうけど、一応、心構えくらいはしたいです。
[そういう、所だけは、素直、なんですね。
では、次の世界は――]