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無色の色眼鏡

作者: 月丘ちひろ

 キーを叩く音だけが、頭の中に残っていた。スマートフォンの時刻は、喫茶店に入店してから一時間が経過したことを示し、私がいかに無駄な時間を過ごしたかを告げている。だから私はノートパソコンを片づけ、喫茶店の自動ドアをくぐり……思わず足を止めた。私の目の前でスーツ姿の先輩が微笑んでいたからだ。


「調子はどう?」


 私はずり落ちそうな眼鏡を上げ、

「ぼちぼちかな。では」


 私は先輩の脇を通り抜けた。だが先輩は後ろに結った髪を春風に靡かせて、私の横についてきた。そして彼女は私の顔をのぞき込んだ。


「進捗悪いときはいつも作り笑いだねぇ」

「進捗が悪い、じゃない無かったんだ」


 私は歩調を早めた。腕を組んで歩く男女を追い抜き、ひたすら先に進んだ。視界の外では複数人の男達のゲラゲラ笑いが聞こえ、前方から通り過ぎる少女達はコソコソと何かを話している。


 彼らはきっとそれぞれの世界に生きている。

 それなのに私には不愉快でしょうがなかった。


 私は自分の世界に生きることができなかった。独創的でありたくて物語を書こうとしたのに、肝心の脳内がエディタのように真っ白だった。かろうじて書いても、それはどこかで見たことがあることをかき集めた、フランケンシュタインの怪物のようなものばかりだった。


 そんなことを頭の中で何度も考えているうちに、私の耳に水の音が聞こえた。我に帰ると、私は川原の前に立っていた。私の隣ではいつものように先輩が微笑んでおり、彼女は波立つ川を眺めていた。


「キミが書く作品、文芸部の頃から好きなんだけどなぁ」

「あんなのは切り張りだ。オリジナルじゃない」

「それは考え方が違うよ」


 先輩は手を後ろに組んで続けた。


「物語は模倣だよ。心打たれたものを継承して、ご先祖様が使ってきた言葉を使って伝えていく。オリジナルなんてものは存在しないんだよ……キミの作品にはそうした心打たれたものを明日につなげていく力がある。ほら、眼鏡なんて外してよく周りをよく見なよ。素敵なものがいっぱいあるよ、いっぱい見て素敵なものを皆に伝えてあげて」


 先輩に勧められ、私は躊躇しながらも眼鏡を外した。そして眼鏡を外した先の世界には私の見慣れた世界が広がっている。白い着物を着た女性がドヤ顔で和傘を回し、その周りに河童とカワウソが群がっていた。


 そして隣を見るとそこに先輩の姿はなかった。

 私は息をつき、先輩のいた場所に語りかけた。


「先輩は全て正しそうに言うくせに、一%間違っているから始末が悪い……オリジナルなんてものが存在しない? そんなことはない。眼鏡を外してみてそれがよくわかった」


 そう言って、私は眼鏡を近くの木にかけた。



 

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