再会はやく
「今宵の舞も楽しみにしているよ、雛菊の君」
わざわざ雛丸が控えている庵に顔を出しに来た清明に白拍子は眉をしかめた。この男には取り繕う気が一切起きないのはやはり醜悪な顔のせいだろうか。
「そんな顔をしないでおくれよ。今日は大事な仕事があるわけじゃない、ただ君の舞を見たくて左府殿に無理を言っただけさ」
そう、今日は誰かの褥に誘われることは仕事の内に入っていない。それを喜んでいいのかどうか判断がつかないまま雛丸は十日と間を開けずに再び高良の屋敷に足を踏み入れたのだった。
「その、雛菊の君というのは……?」
訝しむ顔を隠しもせずに清明を見つめる瞳に屋敷の主はまた喉の奥でくつくつと笑う。このまるで男童のような白拍子は物怖じをしなさすぎる、どころか相手が誰なのかわかっているのだろうか。否、わかっていて尚自分の後ろ盾の方が強力だと確信した上でこの態度なのだろう。なんて礼儀のなっていない遊女だろうか。
「先日の宴で舞う君は、菊花の扇を持っていたろう? あれが実に似合いで印象に残っていたのだよ」
雛丸はぴくりと片眉を跳ね上げる。あれは菊の節句の宴だったから。手持ちの中に丁度よく菊花が描かれた扇があったから使った、ただそれだけなのに。
「ならば菊花の君とはわたくしがお呼びした方が良いのでは?」
雛丸の返答にきょとんと目を丸くする清明の表情は実に滑稽だと少女は心の内で笑う。
「高良卿の屋敷にあの日満ちていた菊花の香は素晴らしく、わたくしの記憶に強く残りましたから。今日は落葉なのですね、少し残念です」
清明はおや、と少しだけ驚いた。確かにある程度の教養もない女性との会話はつまらないものだ。ましてそれを生業とするような遊女であるなら尚更だ。しかしまさか些細な香の違いまで判別出来るとなるとこの雛丸という少女、なかなか高度な教養を身に付けているようだ。自然と引き攣ったような笑みが清明の口元に浮かぶ。
「では次に君を呼ぶ時には菊花の薫りで迎えるようにするよ。だから君もその時は菊花の扇を持ってきておくれ」
いいね、と雛丸の返事を聞かずに清明は去っていった。まるで断るわけがないというような傲慢な態度に雛丸は頬を膨らませるが、しかし確かに断る理由はないのだ。
(面白く、ないわ)
よりにもよって顔を顰めるほどの醜男の思う通りにさせられるなんて。雛丸だって両親が生きていたらあんな男に良いように扱われるような目に合うことはなかったはずなのだ。
(……怨むわよ、お父様……)
死人にまたひとつ怨念を積み重ねるようにため息を吐くと、遠くに聞こえはじめた楽の音に無理やり気持ちを切り替える。夜の仕事がないとはいえ、これもれっきとした本業だ。申し訳程度に置かれた几帳の隙間を抜けて宴の舞台へと向かう。胸を張り、背筋を伸ばし。舞手である内は誰の手にも、言葉にも犯されることはない。雛丸の誇り高い時間なのだ。