三人目 フェンリルさん4
「何だコレ。ヤバすぎる!」
「相変わらず、コハルの魔石はほれぼれします。駄犬、もう少し味わって食べなさい」
「……お粗末様です」
山のような場所で、ピクニックのように外でのご飯だが、二人が食べているのは魔石だ。果たして家の中で食べるのとはまた一味違ったりするのだろうか。……私は食べないので良く分からない部分もあるが、やはりお腹が満たされるとイライラというのは落ち着くらしい。
二人共喧嘩は止めて、大人しく魔石を食べてくれている。
アクアさんが食べる姿は色々心臓に悪いので視界に入れないようにしているが、声を聞く限り喜んでくれているようだし、ヴィオレッティさんもピコピコと尻尾を揺らしていた。確か犬は嬉しいと尻尾を振ると聞いた事があるので、機嫌はよさそうだ。今なら話し合いも大丈夫だろう。
「それでなんですが、どうもヴィオレッティさんは色々と勘違いをなさっている様なので、誤解を解こうと思います。まずこのお見合いなのですが、グノーさんは無理やり私を誰かと結婚させようとは思っていません。嫌な場合は断って良い事になっています。アクアさんも私が逃げ出さないように監視しているわけではなく、私が悪い人に攫われて危険が及ばない様に護衛をして下さっているんです」
「そうなのか?」
「はい。だから決して二人は悪い人ではありませんし、今回の予定されていたお見合いも、私は売られたわけではなくただのお見合いです。先ほど言った通り、拒否権もあります」
「そうです。もしも見合い相手がコハルの同意なく不埒な事をするなら、私が直々に排除する手はずになっています。状況によっては、相手には雄を止めてもらおうと思います……物理的に」
……心理的に雄を止めるというのも色々どうやってという話だが、物理的にというのもあまりに物騒な単語だ。私はあえてどうやるのかは聞かない事にした。
ヴィオレッティさんも嫌な想像したのだろう。アクアさんから少しだけ距離を取り、警戒するかのようにジッとその顔を眺めている。
「そうだったのか。首領から人間と見合いをするように命じられたから、てっきり竜が奴隷の人間を売りつけたのかと。もしも竜と首領の間で取引があったとすれば俺も立場上断れないから、見合いの前に人間を逃がしてやろうと思ったんだ」
「そうだったんですね。私を逃がそうとしているという事は、ヴィオレッティさんもやはり異種族との結婚は抵抗がある派なんですね。なら、円満に今回のお見合いは破談しましょう」
私は何の苦もなく、円満に見合いが破談して、内心ガッツポーズをした。
うんうん。やっぱり、異種族との結婚はハードルが高過ぎる。見た目、体格、生活習慣とすべてが違うのだ。よっぽど愛し合っていなければその差を乗り越えるのは難しいだろう。
「破談は構わないが、俺は別に異種族との結婚に抵抗があるからというわけじゃないんだ。別にコハルの事が嫌いというわけでもない」
「いや、そういうお気遣いは結構です。断る時はスパッと断りましょう。それが漢というものです」
私を傷つけるかもとか、そういう気遣いは全くいらない。むしろ周りにお節介な人がいる場合、隙を見せた瞬間くっつけようとするかもしれない。好きと隙は違うと声を大にして言いたいけれど、世の中結婚してから愛をはぐくめばいいという考えの人もいるのだ。その場合、隙は好きの始まりとばかりに、結婚はいいものだとぐいぐい来られてしまう。
「コハルに断られたのだから、悪あがきはせずに諦めなさい。……切られたいですか?」
……ナニをとは聞かないでおこう。
時折、アクアさんから物騒な発言が出るけれど、もしかしてアクアさんって実は怖い人だったりするのだろうか? 口調が丁寧だし面倒見がいいので普段はそんな感じがしないが、たまに口調が荒い時がある気が……。
「わ、悪あがきじゃない!! ただ俺がコハルを断るのはコハルが嫌いというわけじゃなくて、俺には好きな子がいるからなんだと伝えたかったんだよ! 俺が断った事でコハルが傷ついて、次の見合いまで上手くいかなくなったら寝覚めが悪いからな」
そう言って、ヴィオレッティは私からぷいっとそっぽを向いた。
別にフェンリル族にとって私の外見は好みではないし魅力を感じないと言われても、その辺りはお互い様だと思うので特に傷つく事はない。でも折角の優しさなので黙っておくことにする。
「それにフェンリル族は俺以外にも、いい雄が多いからな」
「あっ、そもそもフェンリル族とはちょっと……。あの、本当に食生活の違いってとても重要だと思うんです。人間同士ですら、目玉焼きは醤油派か、ソース派か、それとも塩派かで喧嘩になったりするんです」
「そうなのか? そもそも卵は生がいちばんだとは思うが、人間とは細かいんだな」
やはり、見た目通り生派ですよね。うん。分かっていた。
これはどう考えてもお断り案件だ。
「では見事に破談という事で、早速グノーに伝えましょう。さ、コハル。これ以上は無駄な時間です。さっそく宝石を換金しに行きましょう」
「あっ、そうだった。先輩、心配してますよね」
攫われる瞬間まで目撃した先輩は、きっと心配しているに違いない。早く帰って、ちゃんと説明するべきだろう。きっとお見合いの事まで話さないと納得されないだろうなと思うと気が重いけど、仕方がない。
「ちょっと待て。好きな子がいると言っているんだからそれが誰なのかとか、ここは俺に質問する場面だろ? それが言葉のキャッチボールだろ?!」
さあ帰ろうと腰を浮かせると、隣でヴィオレッティがキャンキャンと吠えた。……聞いて欲しかったんだ。生憎と狼の顔色は毛並みの所為でさっぱり分からない。
「何故貴方の話を聞かなければいけないんです?」
「いや。首領は俺にコハルと番えと命令したんだ。ならばそれ相応の覚悟と理由を伝えたければいけないわけでだな――」
「本音は?」
「相談相手がいないから聞いて下さい」
ヴィオレッティは言い訳じみたことを言っていたが、これ以上グダグダ言ったら話を聞かないとばかりにアクアさんが冷たい眼差しを向ければ、彼は素直に吐いた。
相談かぁ。
「聞くのはいいですが、私はフェンリル族の結婚の申し込み方法とか、愛の語り方とか知りませんよ?」
たぶん人間とは違うのではないだろうか。
「人間とエルフ族は近いですが、フェンリル族は違う習慣で生きています。同じフェンリル族の者に相談するのが一番だと思いますが?」
アクアさんも私と同じ考えのようだ。私は人間とエルフも違うと思うが、まあフェンリル族に比べれば近いだろう。
「聞くだけ聞いてくれてもいいだろ。俺は身分違いの恋をしているんだ」
「諦めなさい」
「だから、最後まで聞け。諦めきれないから玉砕覚悟で告白したいんだよ!! 短気なエルフ族だな。お前ら寿命が長いんだから少し位俺の相談に乗ったって構わないだろうが」
「私は長いですが、コハルは違うのですよ。無駄な時間を過ごさせるわけにはいきません」
アクアさんがきっぱり断るが、私は苦笑いする。ここまで聞いて欲しいと言っているし、玉砕覚悟で告白をするつもりなら、話ぐらい聞いてもいい気がした。
「いいですよ。話を聞くぐらいの時間なら、人間にもありますから」
「コハル。もしも彼が玉砕して、やっぱりコハルがいいと乗り換えたらどうするんです? 甘い顔をしてはいけません」
「いや、乗り換えてきても断りますから。それにアクアさんがいてくれるなら無理強いされる事もなくて安心ですし」
むしろ私に乗り換えようとするだけの魅力がフェンリル族相手にあるとは思えないが、彼を蹴りだけで昏倒させるアクアさんが隣に居るなら無理やり結婚させられる事はないだろう。
虎の威を借る狐状態で申し訳ないとは思うけれど。
「……仕方ありませんね」
「ありがとうございます。それで相談の件ですが、ヴィオレッティさん?」
早速話を聞こうとヴィオレッティさんを見ると、彼は目を丸くしていた。微妙に人間臭い表情で、全く共通点のない生き物ではないんだなと思わせる。
「あ、いや。うん。それで俺の好きな相手なんだが、実は首領の娘なんだ」
「えっ。それっていわゆるお姫様という事ですか?」
「人間でいうと、そうだな。貴族の娘って所だな。フェンリルの国はいくつもの小さな部族が集まって国を作っている。その子は首領の娘と言っても、前妻の娘だが、それでも高根の花には変わりない」
「フェンリル族も竜と同じで確か番制の婚姻ですよね?」
アクアさんの言葉に、ヴィオレッティさんは首を縦に振った。
「そうだ。フェンリル族は一夫一妻の番制だ。ただし死別などで、新しい妻を迎えるのは普通のことなんだ。その時前妻の子は群れを出る事が多いが、スックラー様は首領が大層可愛がっておいでだったので、そのまま今も群れに残っているんだ」
なるほど。確かにそれは高値の花だろう。もしかしたらヴィオレッティさんの気持ちを知って、首領はあえてお見合いをさせようとしていたのかもしれない。
「そのスックラー様はヴィオレッティさんの事をどう思ってみえるんですか?」
「嫌われてはないと思う。良く話をするし、ソーシャルグルーミングをしあったりもする」
「そーしゃるぐるーみんぐ?」
「お互いなめ合っているという事です。まあ、人間でいうと、キスや、頭をなでる、ハグといったものの表現だと思えばいいと思いますよ」
なるほど。
でもキスをするなら、少なくとも好意がゼロという事はないだろう。
「だとすると結婚で問題は首領という事ですか?」
「そういう事だ。あの人を倒して認めてもらわなければいけないんだ。しかし首領はとても強い。今の俺では勝てるかどうか……」
フェンリル族というのは、そういう決まりがあるのだろうか。確か狼社会は序列があるような話を聞いたことがある。一族のボスなのだからそりゃ一番強いだろう。でも一族のボスを倒すという事は新たなボスになるという事じゃないだろうか?
「あの。人間視点からですが、いいですか?」
「ああ。構わない。何でも言ってくれ」
「普通にスックラー様に告白すればいいんじゃないしょうか? フェンリル族の求婚がどのような形か分かりませんが、人間だと好きな相手には直接指輪や花を渡して結婚を申し込みます」
「しかしそれでは首領が認めてはくれないだろう」
「そもそも認めてもらいたいのは首領ではなく、スックラー様ですよね。好きな子がOKしたなら、問題ないと思いますけど。そもそもスックラー様は前妻の娘で、本来なら群れを出てるんですよね。首領が認めなければ、群れを一緒に出てしまえばいいんじゃないですか? まあイチかバチか戦ってもいいですけど、首領の前に好きな子だと思いますが」
フェンリル族の掟云々は分からないので、その対応が正しいか分からないが、私からしたら首領は過保護な親と化しており、その所為で娘が婚期をのがそうとしているようにしか思えない。
だったら普通に娘を口説いて、一緒に打開するべきだ。
「それに女性だから守られたいと思う人ばかりではないと思いますよ。好きな人の為なら、強くなりますし。まあ、アクアさんにお世話になりっぱなしな私が言える事ではないのですが」
勿論私だって自立できるなら自立の道を選びたい。
しかし今は下手に動いたら逆に迷惑をかけてしまうだろう。
「なるほど……。分かった、俺は告白する!!」
ワオーンと鼓舞するように遠吠えしたヴィオレッティさんに私は拍手した。話を聞く限りたぶん上手くいく気がする。
「そうだ。コハル、告白をする時にスックラー様に魔石を送りたいから、一粒用意してくれないか? ちゃんとお金も払うから最高のものを頼む」
「えっと、毎度ありがとうございます?」
私は今回のお見合いで旦那は得られなかったが、どうやら竜に続き新たなる顧客を得ることができたようだ。




