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三人目 フェンリルさん3

 一体何が起こっているんだろう。

 すごい勢いで風景が変わっていくけれど、決して私は魔道具に乗っているわけではない。たぶん襟首を掴まれた状態で移動させられているのだと思う。服が首に食い込み地味に苦しいし、上下運動が激しい。

「……気持ち悪い」

 ぶっちゃけ酔いそうだ。空飛ぶ絨毯とも違う浮遊感を何度も味わううちに、恐怖よりも体が不調を訴える。

 どれぐらい経っただろう。

 私がぐったりしていると、ようやく移動が止まり私は地面に下ろされた。硬い地面にいるのに、まだ地面が揺れている気がする。掴まれていた首回りが濡れていて気持ち悪いが、それを気にするところではない。


 力なく地面に倒れていると、突然顔を生暖かいものがふれた。湿り気を帯びたざらりとした感覚に、私はバッと目を見開く。

「ぎゃぁぁぁぁっ!!!」

 目と鼻の先に犬歯が発達した大きな口がみえて、私は叫んだ。叫ばれた相手は私の声に怯んだようで数歩後ろに下がる。

 

 そこにいたのは、大きな犬だった。顔のサイズからして、私の顔よりずっと大きい。白い毛並みだが、ところどころ紺色の毛が混ざっている。紫色の目が印象的だ。

「い、犬?」

「失礼な人間だな。俺は祖を狼とする、フェンリル族。名前はヴィオレッティだ。お前は、ワタヌキコハルであっているな?」

 目の前の大きな犬――もとい、狼は鳴き声ではなく人間の言葉で話しかけてきた。微妙に違和感があるが、竜のグノーさんも普通にしゃべっているので、そういう方法があるのだろう。

 そしてヴィオレッティという名前とフェンリル族という種族名は聞き覚えがあった。確かグノーさんが今月末に席を用意してくれた見合い相手の名前だ。

 

「……失礼しました。私が四月一日小春です。あの、私は狼もフェンリル族もお会いした事がなかったもので犬との違いが分からず、すみません」

 無理やり連れて来られたのに、何故敬語を使っているのだという感じだが、機嫌を損ねたらかみ殺されそうなぐらい迫力があって怖いのだ。ヴィオレッティは私が知る大型犬より更に大きかった。

 顔がよだれでべたべたして気持ち悪いが、拭ったら失礼に当たって機嫌を損ねるだろうか。甘噛みされただけでも大怪我を負いそうだ。

「勝手に連れてきて悪かったな。だが竜の横やりが入る前に、お前と二匹で話し合いがしたかったんだ。見合い話が決まってから今日まで、ずっと竜の監視がついていたからな。強引な手を使わせてもらった」

「えっ。監視ですか?」

「あの、エルフの事だ。おおかた、お前が逃げ出さないように見張っていたのだろう? 常に隣にいるから隙をつくのに苦労した」

 どうやら監視というのはアクアさんの事らしい。

 しかしアクアさんは監視ではなく護衛として私の隣にいるはずだ。確かに常時隣にいるので監視していると言われればそう取れなくもないけれど……。

「アクアさんは、監視ではなく護衛としてグノーさんが派遣して下さっただけですが……」

「はっ。確かに護衛なんだろうな。お前という大事な商品に傷がつかないようにしているんだろう」

 ヴィオレッティは鼻で笑った。

「商品?」

「ああ、そうだ。お前、無属性の人間なんだろ? 欲しい奴は目の色を変えてでも欲しがる。だからあの竜は欲しがる奴にお前を売る為に大事にしているんだ。家畜のようにな」

 彼は意地悪くそういうが、きっとこれは私に忠告してくれているのだろう。でもなぁ……。

「あの。何か誤解があるような気がするんですが。えっと、前提が違いまして。私が悪い奴に売られないようにする為にグノーさんは見合い相手を探して下さり、アクアさんは護衛をして下さっているんです。それに結婚を無理強いされないようにアクアさんが――」

 誤解を解いてから、どうして私と話がしたいのか聞き出そうと思っていた時だった。さっきまで私の話に耳を傾けていたヴィオレッティが、突然横に吹っ飛んだ。

 格闘漫画でも見ているかのように吹っ飛んだヴィオレッティは少し離れた場所に生えていた木にぶつかると地面にどさりと落ちた。

 早すぎて何が起こったのか分からなかったが、ヴィオレッティがさっきまで居た場所には素晴らしく美しい足がある。……まるで彼を蹴ったかのように。


「コハルを誘拐とは、よほど死にたいようだな、駄犬」

「ひぃ」

 すっと足を元の位置に戻したアクアさんの顔を見た瞬間、私は久々に小さく悲鳴上げた。たぶん状況的に助けに来てくれたのだろうけれど、怒りと美貌が合わさって、魔王とかマフィアとか、悪役のような顔になっている。

「ああ。コハル。すみません、怖い思いをしましたね。大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」

 私の隣にしゃがみこんだアクアさんは、先ほどまでの怖い雰囲気を霧散させた。しかしこの変わり身、逆に怖い。

「い、いえ。大丈夫です。あの。い、色々。そう、色々お互い誤解がありそうでして……その」

「分かりました。安心して下さい」

 私の説明にもなっていない説明で察してくれたようだ。アクアさんはまるで天使のような慈愛のこもった笑みを浮かべた。

「今夜は犬鍋にしましょう」

「ひぃっ!! 止めて下さい!! 私、犬を食べる文化じゃないですから!!」

 というかその犬肉、絶対人間の言葉をしゃべる犬肉ですよね。紫色の目の白い毛の犬肉ですよね?!

 恐ろしすぎる発言に、私は全力で止める。


「そうですか? 意外においしいかもしれませんよ? ああでも、小春がお腹を壊してはいけませんね。竜の餌にしておきましょうか」

「だっ。駄目です。わ、私、犬好きなんです! も、もふもふかわいいです。殺してはいけません」

 本当は別に好きでも嫌いでもないし、あの大きさのもふもふはじゃれて噛まれたら死にそうなのであまり仲良くするのはご遠慮したいが、でも餌にされてもいいとは思わない。

「好き?」

「えっと、長屋では飼えないですけど」

 というか、何処でもフェンリルは飼えないだろう。そもそも、人間と同等の知能を持っているのだから飼うという発言自体が失礼だ。しかしどう話せばアクアさんの怒りが収まるのか分からない。

「……やはりさっさと殺しておきましょう。いいですかコハル。誘拐婚は、エルフ族では絶対許されない犯罪です。そもそも相手に選ばれようという努力を怠る相手など、コハルには合いません」

 誘拐婚というのは、その名の通り女性を誘拐して結婚するというやり方だ。私の国でも犯罪だが、別の国ではそれが文化となっている地域もある――っていやいやいや。

「ち、違います。結婚相手は別です。フェンリル族との結婚は無理です。えっと、ほら。まず、食生活が違いそうですし」

 もっと色々問題があるが、真っ先に思い浮かんだお断り理由を伝える。

 見た感じ、フェンリルの食事は生肉だろう。対して私は、絶対生は無理派だ。ヴィオレッティと結婚したら人間の国では暮らせないので、彼について行く事になるだろう。しかし生活習慣が違い過ぎる。


「そうです。こんな駄犬、結婚相手に選んではいけません。いいですか?」

「は、はい。ただ、あの……ヴィオレッティさんは、何か勘違いなさってみえたみたいなので、一度お話したいなぁと思うのですが……生きてますかね」

 そもそも、彼は生きているのだろうか? 先ほどから崩れ落ちた木の根元から動く気配がない。

「死んでいれば憂いはなくなるのですが、生憎彼らはとても頑丈なので蹴ったぐらいでは死にません。ちょっと待っていて下さい」

「こ、殺しては駄目ですよ?」

「殺しませんよ。目を覚まさせるだけです」

 アクアさんが一指し指を振るように動かすと、ヴィオレッティさんの頭の上に水の玉ができた。バケツ一杯分ぐらいだろうか。それが次の瞬間風船が割れたかのように弾け、下へ落下する。


「キャウンッ!!」

 ぐしょ濡れになったヴィオレッティさんはハッと気が付いたようで、すごい勢いで起き上がった。そしてすぐに状況を思い出したのか、ずぶぬれのまま身を低くしてグルグルと唸る。

「……私に歯を向けるとは。そんなに犬鍋になりたいのですか?」

「誰が犬だ!! エルフ族め。お前ら、魔法が得意なんだろ。何でいきなり蹴りを入れてくるんだ!!」

「魔法が得意だからといって魔法を使わなければいけないわけではありませんから。魔法は得意ですが、攻撃魔法は発動までに時間がかかる上に周りを巻き込みやすいんです。だから状況によっては物理的に殴ったり蹴ったりした方が早いんですよ。そんなことも知らないのですか? やはり駄犬ですね」

「駄犬じゃない。俺は誇り高き狼を祖とするフェンリル族だ!!」

 ヴィオレッティさんは、キャンキャンとアクアさんに吠えた。

 アクアさんはアクアさんでイライラしているのか、必要以上に挑発している。やはり護衛の仕事を邪魔されたのが苛立たせているのかもしれない。一時とはいえ、護衛対象が攫われたわけだし、プライドを傷つけられたと思っても仕方だない。でもこのままでは一触即発だ。


 こうなったら。

「あ、あのっ!!」

「どうしました、コハル?」

「何だ」

 大きな声で二人に声をかければ、睨み合いは終わらないが、律儀に返事が返ってくる。

「わ、私。今日は魔石を数個持ってきてるんです。おやつにしましょう? ほら、お腹が減るとイライラしますし! お腹が膨れれば、いい解決案も出ると思うんです」

 何をもってして解決なのかは分からないが、まずは話し合いをするべきだ。なので場違いだと思いつつも、私は二人をお茶に誘った。

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