十五人目 ドラゴン夫妻と5
シルフィさんが連れていってくれた竜族の国の観光名所はどこも絶景だった。竜の峰と呼ばれる場所から見た風景はとても美しい森林だったし、水竜の涙と呼ばれる滝にできた虹も美しかった。
火竜が住むマグマ近くの火孔は流石に怖かったが、魔法のおかげで暑くて仕方がない事もなく、初めての体験にわくわくした。
「凄いですね。人間の国では体験できないものばかりです」
「あそこは魔素が少ない土地だけれど、穏やかな土地だからね。住むにはいいのだろうけど、こういう迫力ある大自然はないのよね」
「……いや。普通の人間はこんな所に行けないし住めないから」
シルフィさんについてきたブロンテ―さんがツッコミを入れたが、そんな事は分かっている。
「分かっていますよ。竜族の力添えがなければこんな体験できませんよね。ありがとうございます、シルフィさん、ブロンテーさん」
「分かってねぇ!!」
お礼を言うと、ブロンテ―さんは空中で反り返った。
分かってないって、何を分かっていないのだろう?
「いちいち五月蠅い子ねぇ。絶景を楽しめて嬉しいなでいいじゃないの。こんな風にコハルと一緒にまわれて私は嬉しいわよ」
「私もシルフィさんに色々案内していただけて嬉しいです。竜族の国は素敵なところですね」
「そうなのよ。あっ。余裕があるなら、スックラーの所にも行ってみる? 竜族の国とは違って、あっちは凄く寒いけれど、その代わり凄く神秘的な場所があるわ」
「そうなんですか?」
「氷の壁で出来た洞窟でね、光がキラキラと青く反射して、まるで竜の鱗のようなの。とても幻想的で美しい場所よ。それから一面真っ白の山頂とかもとても美しいわ」
それは是非とも見てみたい風景だ。
今まで旅行らしい旅行をした事がなかったので、世界にはこんなに想像もしないような場所があるとは思ってもみなかった。
「いや、それも普通の人間は無理な場所だから」
「そうですよね。スックラー様が知り合いで良かったです」
「いや、意味ちげぇ」
「コハルは行けるんだからいいじゃない。後は、ピンクの海とか塩湖とかも素晴らしいわよ」
「塩湖ですか?」
「そう。昔は海だった場所が山になって、塩のみが残された場所なの。そこに雨が降ると鏡のように空を写すから、まるで空を歩いているような雰囲気になるの」
世界にはそんな場所もあるのか。
空は箒で簡単に飛べてしまうけれど、空を歩くというのはまた違う。さぞかし幻想的だろう。
「シルフィさんはとても物知りですね。今言われた所も行ってみたいですけど、一週間程度で家に戻る予定なので、流石に難しいですね。外国に行くには出国の手続きもありますし、生きている間に行ければいいのですが……」
「一週間では流石に難しいけれど、大丈夫よ。いつか絶対行けるわ」
「そうでしょうか。人間の寿命は短いのでシルフィさんのおすすめを全部回るのは難しそうですが……でも、諦めたらそれで終わりですもんね。行けるように努力すればいいんですよね」
竜族は長寿なので私とは時間の流れが違う。シルフィさんと同じだけ世界を見ようと思っても無理だろう。でも、諦めなければ全部とはいかなくても、それなりに行けるのではないだろうか。
「寿命って……。いや、もう俺はツッコまない」
何やらブロンテ―さんが騒いでいるが、人間と竜族では考え方が違うから仕方がないだろう。シルフィさんぐらいになれば、色々な種族とのつながりがあるので、人間的な常識も多少は汲んでもらえるだろうけど。
「あれ? そういえば、このキラキラしたものなんですかね」
現在いるのは、土竜の故郷とも言われる、黄金の砂漠だ。見渡す限り砂しかなく、太陽や星がなければ方角も分からなくなるだろう。
光魔法の応用で、直射日光を弱めているから普通に立っていられるが、そうでなければ服から出ている手足は水膨れになるような暑さだ。水魔法がなければ水も飲めないし、人間には到底住めるとも思えない過酷さがある。
しかしそこから見る光景は、凄いに尽きる。黄金という名の通り太陽に照らされて、砂が光輝いて見えるのだ。そんな感動的な場所だが、キラキラとした光の粒は砂とも違う気がする。どんな自然現象なのだろう。
「これ、妖精の粉じゃね?」
「そういえば、妖精の粉とはどのようなものなのですか?」
グノーさんがお土産にもらってくるとかなんとか言っていたが、そもそも私は妖精の粉というものを良く知らない。名前からして妖精族の作る何らかの粉なのは分かるが……。
「妖精族の粉は、彼らが独自で編み出した、魔道具の一種みたいなものね。その粉は様々な能力があって、振りかけただけで空を飛べたり、失った手足を生やしたり、人を探したりと様々よ。きっと作用する能力の違いは粉の種類が違うからだとは思うけれど、生憎竜族でも良く分かっていないの」
振りかけただけで空を飛べるとか、人間には想像もつかない道具のようだ。
手足が生えるという技術も、今の人間の国には存在しない。多少の怪我は直せるが、切り落としてしまった手足はそのままだ。人間は義手や義足を使って補っている。魔道具も進化し、義手の動きはだいぶんと普通の手の動きに近づいてきているが、本物には敵わないのが現状だ。
「この粉は何でしょうかね?」
「いや、何でしょうって、絶対人捜し用に決まっているじゃん!」
「決まっているのですか? 誰を探しているんですかね?」
竜族でも良く分かっていないものなのに、どうしてブロンテ―さんは分かるのだろう。首を傾げると、彼は青緑色の瞳をめいいっぱい大きくした。縦長の瞳孔まで良く見える。
「この竜の国に人間なんてほとんどいなくて、かつ、この場所に飛んできているなら、探し人はコハルさんしかいないだろ?! うわぁぁぁぁ、来る。きっと、来る!!」
ガタガタと震えるブロンテ―さんが、何に怯えているのかさっぱり分からない。最強の竜族と呼ばれる彼がそこまで怖がるなんて、大丈夫だろうか。
というか、探し人は私?
キラキラした光が私の目の前で旋回したかと思うと、次の瞬間パッと人工精霊が目の前に現れた。
それは人型をしており、まるで幼女が遊ぶ人形の様だ。青の髪に青い瞳、白石の肌に長い耳。どのパーツも完璧で、むしろ完璧すぎていっそ人形のようだ。しかしこのモデルは二次元ではなく、三次元だという事を私は知っている。
「アクアさん?」
『私、アクア。今、オベロンの末裔の町にいます』
アクアさんの人工精霊は、本当に玩具の人形のようにそれだけ言うと、固まってしまった。どうしたのだろう?
「不味いわね。まさか一日でかたを付けてくるなんて。折角一週間コハルと旅行できると思ったのに」
「えっ? あの。アクアさん大丈夫なんですか? 人工精霊が喋らないんですけど」
「大丈夫よ。妖精の国はあまりに遠すぎて、短い言葉を送るのだけで精一杯という事だと思うわ。それに、竜の国はアクアには不慣れ。すぐには来れないと思うけど、妖精の粉を持っているなら時間の問題ね。行くわよ!」
「へ? どちらに?」
「とにかく、できるだけ沢山絶景を見て回らなくちゃ。せめて竜の国だけでも」
私が色々見てみたいような事を言ったからだろうか。シルフィさんが俄然やる気を出した。
「マジで?! ばあちゃん、アクアさんから逃げるのか?!」
「だったら、お前はここで律儀にアクアを待つ?」
「無理無理無理。絶対碌な事にならないし、コハルさんの近くの方が安全と見た!」
「そういう事よ。さあ、次は風竜の聖地、風の谷に転移するわよ。さあ、コハル私の背に乗って」
「は、はい。失礼します」
私の近くの方が安全という意味がさっぱり分からないが、折角案内してくれるというのならば、行かなければ。それにしても、手紙にも探さなくても大丈夫だと書いたはずなのに。アクアさんは一体どうしたのだろう。
シルフィさんの転移により、私は風の谷にやって来た。先ほどの場所とはうって変わり、木々が多く、近くには川が流れている。
谷だからなのか、それともここが特別なのか強めの風が吹き、まるで山が歌うように音を鳴らしている。
「この先に風の谷の神殿があるのよ。大昔に建てられたものでね、そこでは竜の始祖を奉ってあるの。といっても、本当にそれが始祖かはわかないけどね。竜族は色々いるから、自分達こそ始祖の直系だと言って、それぞれ神殿を持っているわ。でもどんどん混血化が進んで最近はそういう論争も減って、皆その始祖から枝分かれしたんじゃないかという考えが一般的よ。ここはだから、歴史的価値があるというだけの話ね」
「シルフィさんはどう思われているんですか?」
「んー。大戦で死んでしまった光竜と風竜の親はどちらも自分たちこそが始祖の末裔だと話していたわ。私は当時から全ての竜は兄弟のようなもので、全員の親が始祖というだけの話だと思っていたわ。誰もが末裔である事に間違いはないと思うの。だからそんなことで争うなんて馬鹿馬鹿しいと思っていてね、それもあってグノーと結婚したのよ」
私からしたら光竜も風竜も、もちろん土竜も竜族だけれど、きっと千年前はエルフ族と人間と同じぐらい違った種族だったのだろう。
「種族が違うと大変でした?」
「んー。まあね。でも、自分がどうしたいかが大切だと思うわ。周りの意見も時には大切だけれど、人生は自分のものでしょ? 失敗するにしても、自分で選びたいじゃない?」
「そうですね。私もそう思います」
人の話は勿論聞かなければいけないけれど、最終的にその人生を歩くのは自分だ。だったら、どんな結果が待っていても、自分で選びたい。
『私、アクア。今、竜の峰にいます』
「へ?」
突然聞こえてきたアクアさんの声に振り返れば、いつの間にかアクアさんの人工精霊がついて来ていた。更にキラキラとした粉もついて来ている。
「どうやら、コハルが移動した場所を順番に移動しているみたいね。急ぎましょ」
「はあ」
相変わらずアクアさんの人工精霊は無言だ。無言で空を飛びついて来ている。……何というか、若干呪いの人形っぽい。
更に言えば、先ほどからのやり取りも、どこかで聞き覚えがある気がするのだ。うーん。
『私、アクア。今、水竜の涙にいます』
『私、アクア。今、火竜の火孔にいます』
『私、アクア――』
あ、分かった。
「メリーさんの電話みたいなんだ」
「メリーさんに電話?」
「人間の国のちょっと怖い話です。人間の国には電話という魔道具があるんですけど、電話というのは電話がある場所からしかかけられないので、どこからでもは無理なんです。でもメリーさんの電話という話では、捨てられたメリーさん人形が、家の電話に電話をしてきて、だんだん近づいてくるんです。私、メリーさん。今○○にいるの――みたいな感じで」
私はシルフィさんの背に乗ったまま移動しているので、折角なのでメリーさんの話をする。
「メリーさんは徐々に近づき、最終的には『私、メリーさん。今、家の前に居るの』というんです。そして電話を取った人は、玄関のチャイムが鳴ってそこにメリーさんが来ていることを認識します。でも恐怖はそこで終わらず、家の電話は更に話し続け『私、メリーさん。今、貴方の後ろにいるの』という形で話は終わります」
「うわ、何、そのストーカー。恐ろしい子ね」
「サイコパス感あるな」
「転移魔法が使える種族だとそうなりますよね」
人間は転移魔法がほぼできない。私も頑張ったが、これだけは無理だった。そこから考えると、メリーさんは人知を超えたものとなり、人間にはホラー的意味合いになるのだ。でも、人工精霊を作ったり、転移魔法ができる種族からすると別の見方になるのだろう。
「でも、怖い話というのは良く分かった。今、俺、超怖い」
『私、アクア。今、黄金の砂漠にいます』
……確かに、テンポが速くて、コレでは追いかけられているようだ。折角だから、アクアさんも観光しながらゆっくりきたらいいのに。
『私、アクア。今、コハルの後ろにいます』という言葉が流れるのは時間の問題のようだ。




