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十五人目 ドラゴン夫妻と4

「か、帰って下さいぃぃぃ」

「私に護衛をしろと命令しておいて帰れとは、無責任じゃないんですかね? ちゃんと、女王がいるこの城には誰も入ってこられないようにしていますよ?」

 私はにっこりと笑いながらオベロンの末裔と呼ばれる一族を見下ろす。コハルよりも小さな体格の彼らは、背の羽を震わせ顔色を悪くしている。特に部屋の空調を変えたわけではない。温暖な場所で暮らす彼らは寒さに弱いのだ。

 私が行っている魔法は、城の外に大雨を降らせる魔法。すでに雨水を吸いきれなかった土壌の上を水が川のような濁流を作り流れていっている。城下に住む精霊達は皆空を飛べるので大木の上に逃げているが、この自然災害が続けばやがて大木も力尽きて倒れ、水底に沈むだろう。


「私はちゃんとお断りをしたはずですよ? 礼もわきまえない言い方もしたつもりはございません。それなのに、私の妻にまで脅しをかけるなんて……コハルぅぅぅぅぅ、カムバーック!!」

 家にコハルがいないという事を思い出してしまった私は、窓の外に向かって叫んだ。いつだってコハルが家に居てくれると分かっているから私は仕事を頑張れたのだ。

 それなのにコハルはもういない。私達の家から出て行ってしまった。

「そ、それなのですが、私どもも決して脅したつもりは――ひぃ」

「コハルは体調が悪かったんですよ?! それなのに家を出て行ってしまったんです。もう私の帰る場所は何処にもない……」

 

 数百年、根無し草のような生活をしていた。元々一人が苦手な性質ではないと認識している。しかし彼女がいる数年間で、一人だった頃を忘れてしまったようだ。今更昔には戻れない。

 悲しみが増えると、雨の量も更に増えた。先ほどまでも酷い雨だったが、今では滝のようだ。

「あ、アクア様。この度の私の部下のしでかした不始末、誠に申し訳ございませんでした」

 憂鬱な気持ちで窓の外の滝を眺めていると、煌びやかなドレスを纏った少女が出てきた。顔面蒼白だが、それでも泣いたり逃げ出したりしないだけの責任感はあるらしい。

 彼女はこのオベロンの末裔達の女王だ。

「王女っ!!」

 頭を下げる王女に対し、家令の爺さんが咎めるように呼び掛ける。

「このままでは、民たちの生活はむちゃくちゃになってしまいます。本当に申し訳ございません。どうか、怒りの矛をお納め下さい。すべては私の責任です。煮るなり焼くなり好きにして下さい」

「なりません。貴方様がいなくては民は混乱するでしょう。王の居なくなった妖精族は散り散りとなり、滅んでしまうのですぞ?!」

 何やらお涙頂戴なやり取りが目の前で始まったが、私にはどうでも良い話だ。私こそ滅んでしまいそうなのに、人の事を心配なんて出来ない。私は優しいコハルではないのだ。

「そもそも、私、妖精の肉を食べる主義ではないので、煮たり焼いたりしませんよ? この天気は私の気持ちなんです。以前コハルが傷つけられた時に知ったんですけどね、どうやら私が悲しめば私の魔力は天候に作用するみたいなんですよ。私の心の雨を止ませられるのは、コハルだけです。でもコハルは出て行ってしまったんです……」

 いっそここで異常気象を起こし続ければ、気が付いた心優しいコハルが迎えに来てくれないだろうか。

「もう少し規模を大きくしてみますかねぇ……」

「物騒な事をいうな!! 馬鹿者!! 妖精の国全土を池にでも変える気か?!」

 ザーザーと降る雨をものともしない、大きな声が城の外から響いた。


「……グノー?」

「あーもう。私は土竜だから、そんなに雨が得意ではないんだ。それなのに、この城は小さすぎて私は入れないし」

 妖精たちは人間の幼児程度のサイズだが、城自体は大人の人間も入れる程度に大きく作ってある。しかしさすがに竜族が入るには小さすぎた。

「どうしたんですか?」

「どうしたも、こうしたも。お前の所為で、各妖精族から苦情が出ているのだ。いい加減にしろ」

「そういえば、グノーは各国の交渉と調整の仕事をしていましたね。……色々雑なのに、できるものなのですね」

「雑ってなぁ。まあ否定はしないが、話を聞く事と、脅しをかける事はできるし、それなりに人脈もあるつもりだ」

「なら私を脅してみます? 今、凄く落ち込んでいるんです。どこからでもどうぞ?」

 あれならグノーの胸を借りて、戦うのもいいかもしれない。戦うことで頭がいっぱいになれば、一時的にこの悲しみも忘れられる。


「誰がするか。私達は戦闘民族のようなものだが、一応無謀と言う言葉も知っている。お前のサンドバックになるのは御免だ。お前に対して使うカードは、人脈だ。コハルが何処にいるのか知りたいだろ?」

「知っているのですか?!」

「なら雨を止めろ」

「……心が晴れないと晴天にはなりません」

「せめて雨を弱めろ。これ以上被害が大きくならない程度に。この滝のような雨はわざとだろ。声をそちらに届けるようにするのも一苦労なんだ」

 グノーに言われて、私は雨脚を弱くした。

 滝のような雨の状態では、グノーの姿は歪み良く見えなかったが、小雨になればグノーの巨体は窓から良く見えた。グノーの姿を見た妖精たちはいっせいに窓辺から離れ、ドアの方に固まった。

 女王の前には軍人のような妖精が立っているが、彼らもまた震えていて戦うなど無理だろう。

 そういえばコハルも最初は終始ビクついていたなと思い出す。今ではいい思い出だと思えるぐらい、彼女はグノーに対しても私に対しても怯えなくなった。それどころか、親愛の情を向けてくれる。

 ……そこまで慣れさせるのに、どれだけ苦労したか。それなのにコハルを私から遠ざけるなんて――。


「妖精の一匹や二匹なら殺しそうな顔をするな。コハルに嫌われるぞ」

「……そうですね。コハルからすると、この顔は綺麗すぎて恐怖をもたらすんでした」

 人間好みの綺麗な顔なら、好きだと言われるものだと思ったが、好きと言うには綺麗すぎるとコハルは良く言う。好きでもなかったら並びたくないぐらいとまで言われる顔なのだ。好感度アップ方面にあまり役立っていないので、これ以上マイナスに振りきれないようにしないといけない。

「コハルは私の妻と一緒にいる。彼女の気晴らしに、色々なところへ出かけてくると言っていたから、正確な場所は分からないが、足取りがつかめないわけじゃない」

「良かった。コハルは体調が悪くて、先輩も病院に行けと言っていたぐらいなんです。奥方様が一緒なら、安全ですね」

 コハルがいなくなってしまった事は悲しくて仕方がないが、コハルが安全ならばひとまずは安心だ。もしもコハルが死んでしまったら、国を巻き込んで心中するところだった。


「そういう事だ。それでそちらの妖精族は、何故アクアをそれほどまでに護衛にしたかったんだ。これで分かっただろ。アクアとコハルは【離すな危険】の取り扱いの難しい相手なんだ。コハルから引きはがして護衛に付けた所で、誰の得にもならない」

「も、申し訳ございません……。竜王様」

「私はそんな大層なものではない。竜王は我が兄の息子だ。私は最強の種族として、ただ世界を調整する仕事を任された一竜に過ぎない」

 グノーはバンドなんてやっていたからそちらの方が有名だが、彼の本当の立場は王家に連なる者だ。あのバンドも結局のところ他種族との調和の為に始めた物とされている。竜族は力強すぎて、和平を結ぶには恐れられ過ぎた。なので彼は他の種族から恐怖ではなく好意を持たれるように、尽力したのだ。

 そのわりには、無鉄砲な伝説がたくさん残っているが……まあ、雑なグノーらしいともいえる。


「それでなんなのだ。早く言え」

「じ、実は。アクア様の美貌を近くで眺めたくて、護衛に欲しいと家令に無理を言ってしまいました。まさか、本当にコハル様にまで言いに行くとも思わず。私が自分の立場を分かっていなかった為の不始末にございます」

「そういえば、妖精族は美しいものが好きであったな。私も宝石や剣などが好きだから分からんでもないが……。アクア。アイドルでもやったらどうだ? そうすれば写真集――」

「馬鹿言わないで下さい。絶対やりません。私は世界中に愛想を振りまく趣味はないので」

 私が愛して欲しいのは不特定多数ではなく、コハルなのだ。そんなものを始めたら、絶対コハルは離れると断言できる。

「まあ、そう言うだろうな。コイツの美貌が見たくなったら、コハルの店に魔石を買いに行って、見れたらラッキーぐらいにしておけ。宝石は一番美しく輝く場所にあるのが一番だ。なんでも身に付ければいいというものでもない」

「……そのようです。私が間違っておりました」

「それにな。二人まとめて愛でてみろ。面白すぎて、意外に癖になるぞ」

「……グノー。また、泣かせますよ」

「それは勘弁してくれ」

 ろくでもないことを言うグノーを睨めば、グノーは降参だと頭を下げた。

 しかし彼の冗談の範囲なのだろう。グノーはすぐに顔を上げた。

「ほれ。今度はコハルを探さねばならんのだろう。というわけで、わびの印として妖精の粉をくれないか?」

 

 もう私を護衛にと言わないのならば、私の方も問題はない。

 ひとまず、グノーの提案に乗る事とした。

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