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十五人目 ドラゴン夫妻と3

 今日の私は、人生最悪の日らしい。


 最近、私の妻の体調が優れない様子だ。できるなら仕事などせず、彼女の看病をしたいところだが、『お仕事頑張ってね。アクアさんの働いている所……えっと、好きなんだよね』なんてはにかみながら言われたら、今日も警備員の仕事に精を出すしかないじゃないか。

 私も仕事したいから、ちゃんと仕事行ってねという裏の気持ちがあるなど百も承知だけれど、愛する人に好きと言われてやらない奴は男じゃない。

 というわけで今日も美術館でスリを捕まえていた。ちょっと変わった出来事も、偶々休み時間に行ったスーパーで強盗を捕まえた程度で、本当に普通の日だった。むしろスーパーで感謝され、お礼だとコハルが好きそうな食材を沢山いただいたので、そこまでは若干良かったとも言える。


「ただいま――コハル?」

 いつもの時間に帰った私だが、家の中は薄暗く、コハルの姿はない。作業場で魔石や魔道具作りでもしているのかと覗いてみるが、やはりそこにもいなかった。

 カリンの家にでも遊びに行ったのだろうか?

 コハルの親友であるカリンは、最近エルフの夫と一緒に近所に引っ越してきた。コハルが試した魔力入りのハーブティがうまく作用したようで体調はほぼ全快し、最近は街の服屋で仕事をしているようだ。元々そういったものが好きだったようで、カリスマ店員と呼ばれてみせると張り切っている。

 そんなわけで、カリンも暇というわけでもない。体調がよくはなったといっても、いつまたバランスを崩すか分からないので、隣にいる夫がそもそも無茶を許さないようだけれど……。

 ふとテーブルの上に紙が置かれている事に気が付いた。

 そういえば、私が帰る時間までに家、もしくは店にいない場合は、コハルはこまめに置き手紙を残してくれていた。回数こそ少ないが、お互い違う仕事をしている身だ。そういうやり取りを何度かしている。


「コハルからの手紙なんて久しぶりですね」

 勿論コハルにただいまと言う方がいいけれど、彼女から手紙が貰えるというのも、信頼の証の様で私は好きだ。さて何が書いてあるかと二つ折りの紙を開いた所で、固まった。

「えっ?」

 手紙はシンプルだった。『家出します。探さないで下さい。家にある魔石は好きにして下さい』。

 透かしてみても、別の言葉が浮き上がる事もない。コハルからの手紙は、家出すると書いてある。家出?

 家出って何でしたっけ? 家族を捨てて俗世を離れて、えっと何かの宗教に入る事――違う。これは出家だ。

「コハル? 何処ですか? 居ないんですか?」

 まだどこかで荷物を纏めていないかと慌てて探すが、コハルの荷物はほぼ置かれたままだった。衣類が数着なくなり、小春の財布が消えていたがそれだけだ。まるで私との思い出の品はいらないとばかりに全て置かれている。


「そんな……何故」

 朝はそんな兆候はなかったはずだ。

 昨日も、その前も、特にコハルと喧嘩した記憶はない。何か言いたい事があったけれど、それを言えずにため込んでいたというのだろうか。体調も悪いというのに――。

「そうだ。コハルは体調が悪いのだった……」

 もしや病院で不治の病の診断を貰ったのだろうか? それとも余命宣告? それを知ったコハルが絶望にかられ、私に迷惑をかけないように家を出たのかもしれない。

 そしてコハルは――。

 想像しただけで、血の気が引いた。


 と、とにかく落ち着かなければ。コハルがもしも相談するとしたら誰だ?

「そうだ、先輩なら」

 コハルが好きなのは私の次はカリンだが、一番信頼しているのは不動の一位で先輩だろう。精霊族の血を引く男は、今もなお彼女の兄として君臨している。最近兄ではなく父ではないだろうかと思う時もあるけれど、どちらにしても変わらない。

 私は急いで先輩のいる宝石店に転移した。

「先輩っ!!」

「意外に遅かったね。もう少し早く来ると思ったよ」

 宝石店の扉を開け名を呼べば、いつもと変わらぬ先輩が顔を出した。眼鏡で反射して、相変わらず目元がみえないので微笑んでいるように見えるが、何となく怒りのようなものを感じた。


「コハルが何処に行ったのか知っているんですか? コハルは体調が悪いんです。早く休ませないと――」

「うん。そうだね。大丈夫。コハル達は空気の良いところに羽を伸ばしに行ったから。彼女の安全だけは確かだよ?」

「羽を伸ばす?」

「……意思の疎通がうまくいってないようだね。とりあえず、最近の彼女の周りの空気は悪すぎる。あんな場所に、僕の可愛い妹は置いておけないよ」

 はて。空気が悪い?

 都会よりもずっと自然にあふれた場所で空気が悪いという事もなさそうだけれど。


「君さ。もう少し上手く仕事を断りなよ。君が仕事を断った相手、わざわざコハルを脅しに行ってるみたいだよ? 勿論暴力に訴えれば君が出てくるからそういう事はしないだろうけど、君が仕事を受けないのはコハルの所為だってずっと言われたら彼女もたまらないよ」

「はあ?!」

 私のコハルを脅しに?

 その言葉だけで、私は怒りで目の前が真っ赤になりそうだ。どうして私はそれに気が付いてあげられなかったのだろう。コハルが遠慮して言えなかったのかもしれないけれど、もっと注意してみていれば良かった。

「……そこでちゃんと自分を責める男だから、嫌になるなぁ。自分は悪くない、悪いのは周りだなんて言っていたら、ヒントは少なめにして嫌がらせしようと思うのに」

「先輩。そういうのはあまり口に出さない方が……」

「いいの。いいの。どうせここには小春もいないし。で、とりあえず、今回コハルの堪忍袋の緒を切った馬鹿は、妖精族だね。人間幼児ぐらいの大きさの一族で、背中にはトンボみたいな羽が生えてるね。妖精族は細かく分類すると凄く種が多いから、ちょっとどれかまでは分からないけれど、心当たりないかな? 口うるさい爺さんがコハルの家で騒いでいたようだよ。君に姫の護衛を二十四時間、三百六十五日やってほしいってね」

 人間の幼児サイズでトンボの羽。姫の護衛というところでピンときた。若干上から目線で交渉してくる奴らの事かと。

 そもそも新婚相手に、休みなしで護衛する仕事と出しても、絶対受けるわけがないと思わないのだろうか。……思わないから交渉にくるんでしょうけど。あそこは、姫に甘すぎる。花の妖精の女王をもう少し見習ってほしいものだ。彼女は女王だけれど、見下すのではなくちゃんと礼を持って接してくれるし、コハルの事も軽く見たりしない。


「分かりました。とにかく家令とは、じっくり話しあいをします」

「俺も参加したいけれど、参加するとかなり君に引きずられそうだしね。今回は君に一任しておくよ。それと、コハルにわざわざ言ってくるのは、その妖精族だけじゃないから。最恐のエルフは自分の味方になってくれるという妄想に取りつかれた人はそこそこいるみたいなんだよね。だから最恐とは何かを思い知らせてきな。君は最強ではなくて、最恐なんだってね」

 確かに今まで予定がなければどんな無茶な仕事でも引き受けていたので、それに慣れてしまった者もいるのだろう。しかし、結婚した今は家庭が一番だ。

 最恐というのは、『恐れ』だ。何故恐れなければいけないのか。それは私の怒りを買う理由もそれを止められるのも、私ではないからという事。私をなだめればそれで済むわけではない。だから私は恐ろしい災厄のような存在と世間で認識されているのだ。


「後、これは俺が言ってもいいのか分からないけれど、とりあえずコハルの体調不良は精神的なものだけじゃないから、騒動が終わったら病院に行くように。もしかしたら、先に気が付いて病院に行くかもしれないけど。そもそもさ、コハルがちょっと精神的苦痛を味わったからって体調を崩すほど繊細なわけがないんだよね。そこの所、コハルにも伝えておいてね」

「……それ、言ったら嫌われません?」

 図太いのは間違いないと思う。連れ攫われて監禁されて魔石を作らされても、肌艶が以前よりいい状態で保護されるコハルなのだ。ちょっとやそっとの事では動じない。

「分かった? あまり言うと俺も嫌われそうだし、まあ病院に行くようにとだけでいいよ。今はゆっくりさせる方が大事だと思って、信頼できる筋にコハルをお願いしてるから」

 彼がそういうのなら、命の危険があるような病気ではないのだろう。

 だとしたら、まずは彼女の精神的苦痛を取り除く方が先だ。


「害虫駆除に行ってきますね」

「行ってらっしゃい。たんまりお詫びの品貰ってきなよ?」

 私は先輩に手を振られながら妖精の国に向かって転移した。 

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