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十五人目 ドラゴン夫妻と2

 初めて踏み入れた竜の郷と呼ばれる竜族の国で、シルフィさんに案内された場所は岩場だった。

 見上げれば沢山の木々が見える、丁度崖下のような場所だ。竜達は空が飛べるのが当たり前なので、シルフィさんの一族はこの岩場に住み、食べ物を探す時は森の方、または海の方へ飛ぶそうだ。

 竜族は人間と同じで肉や魚だけでなく木の実も食べる雑食だが、更に彼らは魔石も食べる。この寝床にしている石もそうだが、この国では天然の魔石が良く取れるそうだ。と言っても、私達人間が人工的に作る魔石よりも魔力は含まれていない。

 魔石を人工的に作るのは竜族も苦手らしく、もっぱら足りない魔力は、エルフ族と同様に魔素を直接取り入れている。魔石が多いからなのか、この国は魔素も多いらしい。ちなみに人間の国は魔素も少なければ魔石もほとんど取れない。逆にエルフ族の国は魔素がいっぱいらしいので、もしかしたら魔力が強い種族ほど、元々そういった場所で暮らしているのかもしれない。

 

「コハル、孫を紹介するわ。娘達は違う郷で暮らしているから、また今度ね」

「はい。お願いします」

 竜族の国に入ってから案内してくれていたシルフィさんの後ろを私は箒で飛んでいたが、数頭の竜がいる場所に降り立った為、私も地上に降りる。

「ただいま、ブロンテ―。紹介したい子がいるの」

 シルフィさんが話しかけた竜は、シルフィさんと同じ純白の鱗の持ち主だった。しかし首はシルフィさんほど長くない。グノーさんとシルフィさんを足して二で割った感じだ。背中の羽はシルフィさんとそっくりだけれど、その目と鬣は青緑色をしていて全体的にみるとあまり似ていない気もする。

 そんな彼は私が上手く聞き取れない竜族の言葉でシルフィさんと話すと頬をくっつけあった。確か、あれは竜族同士の挨拶で、人間でいう握手やハグのようなもののはず。

 そしてそんな挨拶を終えたブロンテ―は私を見るなり吼えた。大きな地響きのような声はグノーさんを思い出す。

「うるさい。コハルは人間の言葉しか分からないのだから、貴方が合わせてあげなさい」

「いや、だって。その子、最強の人間だよね?!」

「……初めまして。四月一日小春と言います。最強の人間と呼ばれたりすることもありますが、そんなに大したものではありません」

 最強の人間という、私にはおおよそ似つかわしくない二つ名はどうやらこの竜の国にも伝わってしまっているようだ。もしかしたら、シルフィさんかグノーさんが教えただけかもしれないけれど。


「いや、だって。たまに魔石をじいちゃんから分けてもらうけど、あれ作ってるのってアンタだろ? ――いてっ?!」

「ブロンテ―。彼女は確かに貴方より若いわ。でも人間として換算すれば、貴方より大人でアンタなんて呼ばれる筋合いもなければ、敬語抜きで話していい相手でもないのよ?」

「いや。私は別に大丈夫です」

「駄目よ。竜族は最強なんて考えて胡坐をかいているから、だんだん数も少なくなるし、力も弱くなっているの。この子はちゃんと躾けなおす為に、預かっているんだから」

 シルフィは容赦なく顎でブロンテ―の頭を叩いた。……流石竜族。どちらも痛そうな音がしたのに生きている。もしも私がされたら頭がトマトになる事間違いなしだ。やっぱり私が最強などおこがましい。週刊誌もインパクトがあるからといって、とんでもないデマを書いてくれたものだ。


「ばあちゃん、ひでぇ。でもさ、突然あの最恐のエルフの妻が現れたら、俺だってびっくりするんだ――ですってば」

「アクアさんともお知り合いですか?」

「何度も挑んでボロ負けしてるわよ。竜は何をしなくても強くて偉いって思いこんでいる馬鹿の鼻っ柱を折るにはちょうどよかったわ」

「いや。まあ、あれで俺がまだまだなのは分かりましたよ? でも、アクアさんは暗黒竜のじーちゃんも素手で倒したつわものだろ。なんか、色々次元が違う気がする」

 ……昔、その時の写真を見せてもらった事があるけれど、やはりあれは異常事態だったようだ。人間はあまり竜族と会う事がないが、最強の種族と呼ばれる事は知っている。その竜を素手で倒すとは……、アクアさんは流石だ。

「でもブロンテ―が無事に生まれたのは、アクアのおかげでもあるんだから、彼にはちゃんと感謝しなさい」

「そうなんですか?」

「竜が一番無防備で弱いのは、卵の時なのよ。そして卵の時は、母竜はつきっきりで卵を温めて守るの。でも母竜も孵化するまでに一年かかるから、常に万全な体調というわけにはいかないのよね。父竜が母竜の食事や身の回りの事をしてくれるけれど、だからこそ常に一緒にはいられないし。普通はそんな竜に手を出す恥知らずはいないのだけど、私は歌手として有名だったから、卵を狙う竜でなしも多くてね」

 そういえば、アクアさんはシルフィさんの護衛をしていて、その時にグノーさんも含めて、全員が知り合ったと聞く。

「卵を狙うというのは、お金目的でですか?」

「色々ね。営利目的なのもいたと思うわ。でも、一番多いのは、子竜の親になり替わろうとしているものね。子竜は、鳥のひなと同じで、生まれた時は目の前で動くものを一番に信頼してしまう習性があるの。もちろん50年も生きれば、自分で判断もできるけれど、やっぱり親は最初に見たものだという頭が働いてしまう。だから子が生まれない竜や、グノーや私のことが好きだった竜が狙っていたのよ。竜は子供を授かりにくくて、仕事を辞めたにも関わらず、私も卵を産むまでに100年かかったから。でもできる時はできるみたいよ? 私の娘の一頭はすぐにこの子を産んだわけだし」

 魔力が強い生き物、つまり長生きな生き物ほど子ができにくいとされる。100年の妊活は大変だっただろう。

「そして卵を守る為にアクアには私の時と娘の時の二回、卵を守ってもらったのよ。それにね、卵を攫って育てようとしている竜はまだいい方よ。恋煩いから憎くなっちゃったのか、生まれて間もない卵を割ろうとするろくでなしもいたりして、彼がいなかったらこの子は産まれていなかったかもしれないわ」

「なるほど」

 最強の竜だけど、人間と同じように愛憎劇があるようだ。

 そして人間より、力がある分恐ろしい。……人間の国に生まれて良かったなと心底思う。もしも私が赤ん坊を攫おうとする相手や殺そうとする相手に狙われたら――いや、でも流石に命がけで守るな。というか、真面目な話、私の子供ってかなりヤバくない?

 私ですら売られるかもしれないという恐怖体験をしたのだ。もしもアクアさん似の超美貌で、無属性の子供など生まれた日には、超厳戒態勢をとっても危険ではないだろうか? 成長速度が人間よりならいいけれど、私とアクアさんの子なら確実に高いので、きっとゆっくりになる。


「……私も子供を産んだ時は、護衛を雇った方がいいですかね?」

「いや。コハルの場合、アクアがコハルに近づく者を全力で全て弾くんじゃないかしら? むしろやりすぎを心配した方がいいかも」

「でも、それだとアクアさん働けませんよね? ううう。また嫌味をいう人が増えそうで、それも嫌だなぁ」

 アクアさんが世界遺産レベルのエルフだという事は分かっているし、それを独り占めする罪深さも一応は理解している。でもグチグチと言いに来られると、本当に体調も悪くなるし、仕事もできないしで散々なのだ。

 結婚相手として私では相応しくないという嫌味を女性から言われるかな程度の覚悟はしていたけれど、仕事面でまであんなに言われるとは思ってもみなかった。


「それなんだけどね。たぶん、しばらくコハルがいなくなれば収まると思うわよ?」

「……そうですかねぇ。私が居ない間にアクアさんが仕事してくれて、味を占めて、もう永遠に居なくなれとか言われるんじゃないですかね……。すみません。こんな愚痴を言って。最近体調が悪くて、気持ちもめっきり落ち込んでしまって」

 シルフィさんもブロンティーさんもこんな話など聞きたくないだろうに。

 でもどうしても暗くなってしまうのだ。どうも情緒不安定で困る。

「絶対世界の方が、小春様、帰ってきて下さい、お願いしますって土下座する案件だろ、ソレ」

「へ?」

「いや。へ? じゃないだろ。だって、あの最恐のエルフ様の妻なんだぞ? そんなのに手を出すなんて、何処の馬鹿って感じなんだけど。というか、もっと自覚持った方がいいだろ? それに、コハルさんが居なくなったらあの魔石供給もストップだろ。 ……うわー。想像したくないんだけど。世界大戦第二弾とか、無理だから。俺は平和を謳歌する竜だから」

 ……先ほどからの竜族の話を聞く限り、平和を謳歌している様には聞こえないけれど、でも世界大戦第二弾はどの種族だって避けたいところだと思う。

 あまりにも昔のこと過ぎて始まりは何が原因だったのか分からないけれど、その結果で多くの種族が滅んだのは確かだ。もう一度あんなのを起こしたいなど、誰も思わない。


「世界大戦第二弾は私も嫌ですけど、魔石が供給ストップした所で、元々人間の国の外には流通してなかったものですよ? なくなったところで、元の世界に戻るだけでは?」

 人間の国の魔石は、今や各国が注目し、どうにか取引できないかと虎視眈々と狙っているそうだ。その中で、私は一番最初にグノーさんに売ったこともあり、比較的取引しやすい相手と認識されているようだ。連日色々な種族の方が店に訪れている。

 ……あまりに色々な種族の方が来すぎる所為で、村の人からはかなり距離を取られてしまっている現状だけれど、まあこれは仕方がない。

「いやいやいや。コハルさんが怖いんですけど?! どうなってるの、ばあちゃん?」

「怖いって何ですか?!」

 いや、色々貶められるのは分かるけど、最強の竜に怖い発言されるのは聞き捨てならない。しかし、シルフィさんはニヤッと笑うだけだ。

「社会勉強になるでしょう? 竜が一番なんて時代はとうに終わって、今はどうやって仲良くしていくか考えていく時代なの。その時に、種族ごとに認識も知識も、こだわりも、色々違う事を覚えておきなさい。コハルが来てくれて良かったわ。これからも、孫をよろしくね」

 ……なんだろう。全然、褒められている気がしない。

 そして頭を押さえられて、項垂れる竜なんて初めて見た。グノーさんと初めてあった時は、こんな風に竜を恐れずに眺める時が来るなんて思いもしなかった。


「はあ。よろしくお願いします。そういえば、グノーさんは外出されているんですか?」

 はじめに竜の郷へ行きたいと連絡を取ったのはグノーさんだったけれど、出迎えてくれたのはシルフィさんで、どうやら不在のようだ。忙しい中、ご迷惑だっただろうか。

「そりゃ、じいちゃんは、世界平和の為に行ってるんだろ」

「世界平和ですか?」

 いつからグノーさんはそんな、正義のヒーローのような事をし始めたのだろう。いや。そもそも私はグノーさんが今どんな仕事をしているか知らない。

「きっと妖精の粉をお土産にたんまりもらってきてくれるわ」

 妖精の粉という事は、妖精の国へ行かれたのだろうか。

 そういえば、アクアさんに護衛をして欲しいと言ってきたのも妖精族だ。……あっちって、そんなにきな臭いのだろうか? 知り合いの妖精の女王は平和って感じだっただけに、びっくりだ。あんなに頭ごなしに、私は交渉しないと言わない方が良かったかもしれない。ちょっと可哀想な事をしてしまった。


「さて、折角来たんだし、色々な絶景ポイントに連れて行ってあげるわね。竜の国って、様々な竜が暮らすから、結構広いのよ」

「はい。楽しみです!」

 きっと人間の常識では考えつかない場所もあるのだろう。私は、まだ見ぬ絶景にわくわくした。

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