十五人目 ドラゴン夫妻と1
この話は、結婚後の話となります。
リクエストの4.グノーさん夫妻の話と9.夫婦喧嘩を含む内容です。
その日、私はイライラしていた。
アクアさんとは結婚したけれど、人生はおとぎ話のようにめでたしめでたし、はい、終わりというわけにはいかないので、私もアクアさんもそれぞれ仕事をしている。アクアさんは当初の宣言通り日帰りのできる仕事しか請け負わず、今は交代勤務の美術館の警備の仕事をしていた。
もちろん警備の仕事だって重要な仕事だ。最恐と言われたエルフ族が、美術館の警備をしているという噂が立つだけで、泥棒も避ける。凄く美術館側は感謝してくれているし、アクアさんはついでにスリなども捕まえているので、多くの人から感謝されていた。でもアクアさんの能力からすると、とても勿体ない仕事ともいえる。
その為アクアさんのこれまでの仕事などを知っている人ほど、何故そんな仕事をしているのだと言ってくる。アクアさんの護衛を必要としているのは、盗賊などから荷物を守ってもらいたい商人、暗殺の危険をひしひし感じる王侯貴族、ストーカー被害にあっている有名人など様々だ。
お金は言い値で払うからと言われても、アクアさんは一貫してNOといい、交代勤務で必ず家に帰れるものしか請け負っていない。そもそも結婚前はあまりお金を使う事もなかったらしく、そこそこ貯蓄があるそうで、無理な仕事を引き受ける必要もないようだ。ちなみにアクアさんの銀行の通帳を見せてもらった時は、見た事もない数字に目まいがした。なのでこれはアクアさんのお金だから私は使わないでおこうと心に決めている。
そんなわけで、NO一択のアクアさんと上手く交渉ができないと、最近は私の方に言いに来る人達が増えてきたのだ。
「例え結婚したとしても、旦那の行動を縛りつけるのはどうかと思いますが?」
「……はあ」
「旦那の自由を認める。それが良妻というものです」
「そうですね」
いや。アクアさんを縛った覚えはないんですけどね。というか、自由にさせた結果がこれなんですけどね。
そう思いながら、私は神妙な顔で頷く。へらへら笑ったり、怒ったりしても相手を逆なでするだけで解決にはつながらない。
「男は蝶と同じで様々な花へ行くものです。でも最後は妻の所へ戻ってくる。それでいいじゃないですか。何も永遠に我が姫の護衛をして欲しいと言っているわけではない」
「……人間の立場からすると、浮気は駄目なんですけどね」
どうやら目の前の妖精族は、結構浮気者な種族のようだ。うーん。種の違いによる認識の違いは私がどうこう言っても平行線だ。
「いや。これはたとえ話で、別に姫と浮気を勧めているわけではありません。ただ姫の護衛をして欲しいとお願いしているのです」
彼らはアクアさんが頷かないのは私の所為だと思い、私に直接交渉をしてくる。でもそれは無駄な事だ。仕事を決めているのはアクアさんであって、私は関係ない。
仕事に関してはお互いあまり口出しをしない事にしている。相談はするけど、意見を言うのはそういう時だけと決めていた。お互い専門が違い、自分の限界などの見極めも自分にしかできないのだから当たり前だ。
そんなわけで、私に言っても仕方がないと何度も伝えているのだが、中々上手くいかない。
「それは、アクアさんに言ってもらえませんか? 私は彼の仕事を尊重しますので、彼がやるというのなら、とやかくは言いません」
「しかし奥様に遠慮されてやりたくても言えないという事もあるでしょう? ここは奥様から伝えれば、彼もやりやすいのでは?」
「いや。本当に仕事に関してはお互い口出しをしない事にしてますので」
いい加減、こっちも営業妨害なんだけどなぁ。
相手がお爺さんだったので私もあまり強く出ていけとは言わなかったが、そろそろイライラしてくる。
「はぁ……。アクア様は、間違った結婚をされたようだ。おっと。失礼を。決して貴方を侮辱するわけではありませんが、人間なのだからもう少し立場をわきまえた方がいいと思いましてね」
「そうですか。だから、私はアクアさんに命令なんてしないし、できないと言ってますよね?」
「一言夫に言うだけじゃないか。妖精族が直々に来てお願いしているのですぞ?! 」
あーもう。めんどくさい。
妖精族というのは一種類ではなく、いくつもの部族がある。私はとある妖精族の女王様とは仕事で仲良くさせてもらっているが、この爺さんの妖精族とはとくに取引もない。だから本当に急なアポできて、何やらギャーギャー喚かれている状態だった。
そりゃ人間は弱いし、妖精より下に見られるのも分かる。分かるけれど、こうあからさまに高圧的にこられても困る。アクアさんもちゃんと断るなら断って欲しい。断る理由が私がいるからとでも言ったのだろうか? ……あり得る。
アクアさんは良く、私が心配だとかなんとか周りに言っている。私だってちゃんと魔術師の資格を持っているのだから、一方的に守る必要はないのに。
心配性まではいいけれど、こういうものの断る理由にされるのは、正直困る。
「……分かりました」
「おお。引き受けてくれると?」
「まさか。先ほどから言っているように、自分で交渉して下さい。私はアクアさんの仕事には口出ししません。その代りしばらく、家を出ます。そうすれば、アクアさんがここに帰らなければいけない理由はなくなりますよね」
「は? え?」
「私が居ない間に、どうぞ自由に交渉して下さい。失礼します」
私は妖精のお爺さんの羽をひっつかむと外にぽいと捨てた。ギャーギャー何か言っていたが、もう知らない。本日の営業は終了ですとばかりに店の看板を『閉店』に変える。
急ぎの仕事もないので、一週間ばかし家を空けても問題ないはずだ。一応魔石は多めに作り置いているので、誰かが困って買いに来たらアクアさんが売ってくれるだろうし、アクアさん自身のおやつも確保できると思う。
さて、折角だから一週間のオフにしてしまえと思ったが、何処へ行くのが良いだろう。
最近近所に越してきた、夏鈴の家に押しかけてもいいけれど、新婚を邪魔するのも気が引けるし、そもそも近所過ぎてアクアさんが乗り込んできそうだ。そしてアクアさんと一緒にあの妖精族が来てもすごくめんどくさい。
「となると、とりあえず先輩かな?」
家からすぐに行けるように作られた転移魔法陣は、先輩の所と、鷹藤家の所の二カ所だ。箒もあるけれど、長距離は向いていないので、やはりとりあえず行く場所はこのどちらかになる。
そして東さんと蒼汰のところよりは、先輩の方が安心できるし、色々アドバイスももらえそうなので、やっぱり選ぶなら先輩だろう。
何も言わずに出かければ、アクアさんもびっくりすると思うので、私は書置きを残すことにした。折角だから最近大分と覚えてきたエルフ語で手紙を残そうと私はペンをとる。
『しばらく、家、出ます。探さないで下さい。家にある魔石は好きにして下さい』
「……意外にエルフ語が難しいなぁ」
書くとなると知らない単語がまだ多いので、知っている単語だけを組み合わせて、何とか文にしてみる。これで、私が少し旅行に行くから留守をよろしくという事が分かるだろうか?
魔石も自由に食べてねと書いておけば、空腹でアクアさんがイライラすることもないだろう。食べ物は大事だ。
手紙を机の上に置くと、私は荷物をまとめ、先輩の家に向かった。
◇◆◇◆◇◆
「先輩、こんにちは」
「こんにちは。あれ? 今日は大荷物だね」
大きなカバンを持ってきたので、先輩は不思議そうな顔をした。普段宝石を売る時は、こんなに沢山の荷物を持っている事はないので驚いたのだろう。
「実はお店にアクアさん関係のお客様がひっきりなしに来て、仕事にならないんです。だからいっその事、一週間くらいバカンスにしてしまえと思いまして、店を閉めてきたんです。先輩、何処かお勧めの所ないですかね」
じぃっと私を見ていた先輩が難しそうな顔をした。
もしかして、一週間も遊び惚けるのは先輩的にはなしだろうか。私だって、ただの魔石職人の頃は一週間も休んだらお金がなくて死んでしまうと思っていたから、バカンスなんてあり得ないと思っていた。でも今はそこそこ余裕もでき、少しぐらい遊んでも罰が当たらないかなと思ったのだ。でも私の仕事は客商売。お客様あっての仕事だ。となると、一週間も休むのはマズイかもしれない。
「あの……一週間はマズイですかね?」
「いや。いいんじゃないかな? 休んでしまえば。そうすれば、皆小春のありがたさが分かるだろうし」
「へ? ああ。本当に、いいですか? 何だか難しい顔してましたけど。もしかして宝石で魔石化して欲しいものとかあります?」
「あるけど、それは今度でいいよ。そういえば、お勧めだったね。うーん。折角一週間もあるなら、竜の郷に行ったらどうかな?」
「竜の郷ですか?」
竜の郷というのは、グノーさんやシルフィさんの住んでいる国だ。人間の国より南に位置しており、結構暖かな場所だったはず。
竜の郷は国外なので旅券がいるが、知り合いがいるので、多分その場で問い合わせをして発行してもらえるはずだ。
「ゆっくり羽を伸ばすといいよ。グノーさん達に連絡すれば、快く迎えてもらえると思うし。ついでにバカンスしようと思った理由もぶちまけて聞いてもらえばすっきりすると思うよ。色々とね」
「そうですね。あまり愚痴を言うと聞かされる方も嫌になるので適度にしますけど」
最近はアクアさんのお客の所為か日中イライラしっぱなしで、体調も少し良くなかった。風邪というわけではないので、多分ストレスだろう。
あの妖精族との話はアクアさん任せでは上手くいかないかもしれないけれど、でも一週間もリフレッシュできれば、きっとまた頑張れるはずだ。
「じゃあ、グノーさんに連絡してみます」
折角の休み、一杯満喫しようと、私は気持ちを切り替えた。




