十四人目 参列者と5
「先輩。こちらが、天使族の女王様です。えっと天使族というのは、どうやら役職で名前が決められていまして、女王様になると個人名が消失されるそうで、対外的には『ガデス』と名乗られています」
ガデス――女神という意味だ。
天使族は何度も名を変える種族である。最初は幼名があり、成人すると名を一度変える。その後高い位の役職を引き継ぐと、その名に変えるのだ。
小春に紹介された女王は、左右に金と銀の髪を持つ天使を従えていた。女王自身の髪は銀色をしており、長い髪を綺麗に編み込みされている。瞳の色も同じく銀色。体格は小春と違い大柄で、目鼻立ちがくっきりした顔立ちだ。外見はかなり違う。しかし彼女自身が持つ色から察するに、多分魔力は小春と同じ無属性なのだろう。髪と瞳の色が、小春が大きな魔法を使う時と同じだ。
そんな彼女の背中には八枚の羽があり、その分余計に大きく見える。額には何やら文様のようなものが浮かび上がっており、これが女王の印なのだと親から情報が送られてきた。どうやら羽も女王となった時に追加で生えてくるようで、この肉体が変わる過程がかなり過酷なものらしい。そしてそれに耐え抜くと、女王と認められるそうだ。……確かに、あれがめりめりと生えてくるという事は骨格から変わるという事で、痛みは半端ないだろう。
「ガデス様、こちらは私の先輩です」
「コハル。貴方は私に様付けする必要はありませんよ? 貴方は私の双子の妹の子。私にとっては子も同然」
「いいえ。私はただの人間ですから。おかまいなく」
ふふふと慈愛的な笑みを浮かべる女王に対して、小春は逃げ腰だ。どうやら女王としては、小春が天使族の中では相当高い魔力を持っているとみているようだ。実際に測定したわけではないが、左右にいる天使よりも上とみなしているらしい。虎視眈々と自分の方に引き込めないかな? 何だったら女王の後継に選んでもいいのよという空気がにじみ出ている。……なるほど、これは小春が逃げ腰になるのも分かる。
強引な手には出てこないけれど、一つ手を間違えれば天使族の方に取り込まれかねない。なるほど、厄介な親類だ。でも天使族は宗教に似たような体系の一族なので、彼らの考え方がが間違っているというのは傲慢というものだろう。それに彼らもまた世界で幅を利かせた一族なので、彼らがバックにいると分かれば小春が闇社会の者達に連れ去られるリスクは減る。彼らを遠ざけるよりは上手に隣人として関わる方がいい。
「小春には天使族と結婚してもらいたかったのですが、仕方がありません。どうです? もう一人か、二人、夫を増やしませんか?」
「生憎と人間もエルフ族も一夫一妻制の種族なんです。妻を誑かさないで下さい」
「そうですか。残念です。ですが、確かどちらの種族も離婚も可能でしたね。もしも結婚生活が上手くいかない時は、我々が歓迎しますよ?」
「結婚式で不吉な事を言わないで下さい! コハルとは絶対別れませんから」
アクアに睨まれようが、女王はふふふふと笑うだけで、特に恐れる様子はない。うん。これは手ごわいねぇ。
「離婚した場合は、天使族じゃなくて、俺の方にきなよ。小春の仕事の面から見ても、その方が――」
「先輩、あまりにも具体的過ぎる例は止めていただけますか?」
「やだなぁ。一応冗談だよ」
「一応とかつけないで下さい」
アクアは真面目で面白いなぁ。蒼汰とはまた違って、この怒らせない程度でいじるデンジャラス感が癖になりそうだ。ただしあまりやりすぎると、小春がつむじを曲げてしまうかもしれないので、ほどほどにしておいた方がいいだろう。
「それで、私に何か御用でしょうか?」
「はい。今、小春に渡すビデオレターを作っていまして、折角なので、小春の母親の事で知っている事があればお聞かせ願えるといいなと思いまして。後はお婆様とお爺様のお話とかですかね」
「先輩?!」
「こういう機会でもないと聞けないだろ? 折角じゃないか。違う種族同士の結婚についても学べる事があると思うよ?」
ただし、離婚しちゃっているけどね。
小春の祖父が娘を連れて人間の国で暮らす事を選んだから、今ここに小春は居るのだ。だからまあ、失敗例といった所だろうか。人間は失敗から色々学ぶのだし、丁度いいだろう。
「コハルの母の事は部下からしか話を聞いていないので、あまり多くは語れませんが、顔かたちは私に似ていたそうです。髪色はコハルさんと同じで漆黒で、背中に翼のない子供でした」
「別に我々は翼がないからと言って差別はしない。人間の血が混じろうと天使族は天使族だ。彼女が人間の国で暮らさなければいけなくなったのは、タイミングが悪かっただけだ」
突然銀髪の天使が鼻息荒く話に割り込んできた。それを金髪の天使がまあまあと止める。
「すみません。彼女は女王の子を育てる係なので、色々思うところがあるもので……。あれは三百年程前の事です。丁度現女王とコハルさんの母君が生まれた頃に人間の保護法が成立し、天使族と人間との交流に対して他種族が口出しをし始めました。色々もめましたが、私達は共存をあきらめる事でお互いを守る事となりました。その時人間と天使族で婚姻を結んでいる者は天使族と共に行くものと、人間の国に残る者とに別れました。そして混血児の中で天使の姿で生まれた者は天使族として引き取れましたが、人間の外見をしたものは人間側の親にゆだねられる事になったのです」
世界的な戦争が起こったのは千年ほど前の話だ。
精霊族はただ傍観者として世界の流れを見てきた。その中で様々な出来事があったが、人間の国が大きく変わったのは三百年ほど前からだ。千年前の大戦争が終わり、多くの人間が他種族と交わることとなった。そして結果的に人間をより多く娶る事ができた力のある種族ほど、人間に肩入れするようになった。その結果で来た人間保護法は、その後も人間の声を置き去りにして改定を繰り返している。
現状人間の国は一部の種族にしか開かれていない、半鎖国状態になっていた。特に人間の出国の制限は厳しく、旅券がなければ出られない。それは人間を檻からできるだけ出さないための策だ。
保護する保護すると言って檻にいれ、世界は彼らの政治にも口出ししている。普段人間が交流できるのはほんのひとにぎりの種族のみ。天使族のように人間とのかかわりを強制的に切らされた場合もある。
元々天使族と人間のかかわり方に問題があったのも事実だろうけどそれだけの仲でもなかった。しかし生き死にのサイクルが早い人間は、三百年の間にその前の事など忘れてしまった。これを引き起こしたのが天使族の事を疎ましく思う種族の仕業だったとしても、なくした絆は戻らない。精霊族側はそう認識している。
「小春の父親は女王と別れることを選んだんですか?」
「そうです。天使族は女王に限り多夫一妻制です。もしも相手が女王でなければ天使側についていったでしょうが、そうではなかったので彼は自分の親の面倒をみる為に人間の国へ残ったと聞きます。決して嫌い合ったわけではないと、私の母は言っていました」
「えっと、私のお婆ちゃんは恋愛結婚だったんですか?」
「そうですよ。魔石職人として石を納品してくれるお爺様に惚れたそうです。ちなみに、私には双子の妹以外にも同じ父を持つ姉が複数います。それだけ愛し合っていたという事です。まあ、異父兄弟もそれなりの数が居るのですけどね」
天使族の女王と人間の一職人の恋愛だから、格差婚だろう。愛し合っていたとしても、他にも男がるのなら、確かに天使族についていこうと決心はできなかったかもしれないなと思う。
多夫一妻の概念がない小春は、異父兄弟が沢山いるという状況が上手く呑み込めないようだ。これで愛していると言われても、人間からすると分かりにくいだろう。しかし天使族はそもそも家族単位というよりは種族単位で生活し、誰の子でも贔屓せず、自分の子も他人の子も一緒に育てるのだ。だから女王という優秀な者が多くの子を残す事こそ大事と考えている。
「まあ人間には分かりにくいけれど、小春のお母さんは望まれない子ではなく望んだ子だったという結論でいいんじゃないかな?」
「……そういう事ですよね」
「あ、後。小春のお母さんはもしかしなくても、三百年生きたって事でいいでしょうか?」
「せ、先輩?!」
気になっているくせに聞かない小春に変わって、俺は尋ねておく。小春は見ないふりをしたいようだけど、正直聞いておかないと将来が大変だと思う。百年生きるのと、千年生きるのは全然違うのだ。
「そうですが……ああ。人間はもっと寿命が短いんでしたね。彼女は外見こそ人間でしたが、中身はほぼ天使と変わらない能力を持っていたと聞いていますよ。だから点々と住む場所を変えていたようですし。父親の人間も百年は生きていたと報告を受けていますから、多分どこかの種族との混血だったのはないでしょうか?」
「えええっ。父親もですか?!」
「見た目は人間でしたので、何処の血筋かは分からないですが」
だろうねぇ。
小春の魔力の種類と魔石作りが得意なのは母親譲りだけれど、魔力がけた違いに大きいのは多分父親関係じゃないかなと思っていた。少なくとも本来の魔力量は多くても普通の天使級でなければいけないのだから、女王に匹敵する魔力は別の血筋からと考えるのが普通だ。そして人間の魔力は、あまり多くない。
「人間の保護法ができたのは三百年前だけど、終戦した千年前からは、ざっと七百年はあるからね。それなりに血が混じていて当たり前なんだよ。それにそんなに気にしなくてもいいんじゃないかな? どうせ小春の旦那も長生きするんだし」
「そうですよ。コハルがどんな種族の血を持っていたとしても、私の愛は変わりません。むしろコハルが長生きしてくれる事に感謝したいぐらいです」
実際そうだよな。人間は長くても百年、普通ならもっと短い時間しか生きられない。対してエルフ族は千年前後の長さを生きる。小春がもしも普通の人間なら、確実に彼は置いていかれる運命だ。
「色々とお話ありがとうございました」
「いえいえ。また何か聞きたい事がありましたらいつでも言って下さいね。天使族は貴方の故郷でもあるのですから」
「……ありがとうございます」
まあ素直にうなずくには怖いお誘いだけれど、つながりは持っておいて損はない。
小春はまだそこまで頭が回っていないが、結婚するという事は彼女は将来的には母になるという事だ。そして彼女の子は、小春の稀有な魔力を持つかもしれないし、エルフ族のような大きな魔力を持つかもしれないし、魔石作りを得意とするタイプかもしれない。
きっと人間社会では生きにくいこともあるだろう。これからこの国も変わっていくだろうけれど、変わるからこそ、色々な選択肢は持たせてあげた方が良い。
……なんだか、孫を心配するおじいちゃんな気持ちになってきた。もともと小春は可愛い妹分だけど、五歳から面倒をみていたので、子育てするような気持ちで可愛がってきたからだろう。小春の子だったら、きっと可愛い。そして、躾は親に任せればいいのだから、俺は思う存分甘やかせるという事だ。
うん。可愛い可愛い、まだ見ぬ子どもの為にも、少しだけ生きやすいようにしてやるのは大人の仕事だ。生まれたら俺も、色々頑張っちゃおうかな。
その数年後に生まれた長女を甘やかしまくったら、凄く懐かれて父親に嫉妬されたけれど、まあこれも一興だ。アクアから流れてくるジェラジェラを受け流しながら、俺は今日も楽しく生きている。




