十四人目 参列者と2
今回は先輩視点です。
「先輩。是非、結婚式に来て下さい」
そう言って招待状を持ってきたのは、俺の可愛い可愛い妹分だった。
一年ほど前に小春はプロポーズをして見事想いを通じ合わせたはずだが、実際に結婚に至るまでに結構時間がかかったなと思う。
でも結婚相手は、小春の後ろでジェラジェラしているエルフ族だし、むしろ一年で話がまとまったのは早い方だろう。エルフ族なら平気で五年ぐらい時間をかける。生きる時間の流れが人間と違うのだから当たり前ではあるのだけど、このエルフ君は押しが弱くて、ただ付き合うだけでも五十年計画を立ててたぐらいだ。気の長さはお墨付きである。むしろあの時、小春の背中を押した俺、グッジョブだろう。小春の厄介な性格とエルフ族の気の長さが相まれば、結婚するのに百年計画だってあり得た気がする。小春は告白すると意気込んではいたけれど、下手したらフラれた後の事を考えて、指輪だけエルフ君に送って告白逃げとかしかねない。そしてそんな小春とエルフ君の世界をまたにかけた追いかけっこが始まる――……ちょっと面白そうだなと思ってしまったけれど、妹分の幸せを思えば、ここは面白がってはいけない場面だ。自粛、自粛っと。
「中々式をあげないから、もしかして忘れられたかなと思ったよ」
「そんなわけないですよ。本当は結婚式なんてあげなくてもいいと思っていたけれど、式をするなら先輩を呼ぶに決まっているじゃないですか!」
うん。知ってる。小春が慌てて否定してくれているけど、俺は彼女の心を読むまでもなく、俺を招待するのは分かっていた。
小春は優しいけれど、ちょっとだけ残酷な部分がある子だ。彼女はとにかく人当たりがいい。色々トラブルがあっても、相手は最終的には小春に心を開く。元々小春が相手を不快にしないように動く性質な上に、考え方も前向きなので、嫌い抜くというのはやりにくいのだ。
でもそれは相手側から見た小春だ。小春自身は、相手が心を開いたからといって、同じように開いたりしない。何があっても当たり障りなく行動する分、彼女は心の柔らかい部分になかなか人を立ち入らせないのだ。そして立ち入れなかったものは、彼女の記憶にほとんど残っていない。彼女が育った施設で、名前と顔が今でも一致しているのは、俺と夏鈴、そして蒼汰だけだ。
共に育った仲間の中には、小春に甘酸っぱい想いを寄せていた人もいたけれど、小春には一切とどいていない。それどころか顔すら覚えられていない。罰ゲームのふりをして告白した男は、指さして笑ってやった。そんな自分を守る体勢で、小春の内側に入れると思ったら大間違いだ。その後も友人関係を結べていたから嫌われていないと思っていたようだけれど、小春はあの男の名前を呼べないぐらい覚えられていない。
そんなわけで、俺を呼ばなかったら誰を呼ぶのかと言いたいぐらい、彼女の『好き』の枠組みの中に居る人間は少ないのだ。
「家を建てるのに時間がかかったんですよ。あっ。お願いされていた、先輩の所に自由に行き来できる魔法陣も作りましたから、いつでも宝石の魔石化は任せて下さい」
「それは心強いね。小春も困った事があったらいつでもおいで」
俺がそう話せば、エルフの目つきが凶悪になった。うわぁ。今、小春に後ろを振り向くように仕向けたら、彼女がドン引きしそうな目つきだ。……ドン引きさせるのもちょっと面白そうだけど、自粛、自粛と。結婚目前で拗れたら、小春が可哀想だ。
それにエルフ君からは、すごくイライラしている感情が伝わってくる。これは小春が彼の気も知らないで、俺の事をいっぱい語ったのかもしれない。異性の中では、俺は彼の次に信頼度が高いしね。でも小春の俺に対する感情は兄弟に対するものに近いから、その嫉妬は的外れだ。
エルフ君もその事は分かっているけれど、分かっていても嫉妬してしまうのだろう。恋とは厄介なモノだ。もう少しこの混沌とした感情の変化を楽しむのもありだけど、下手にこの感情にさらされ続けると、妙な方向に引きずられそうだ。小春が最終的に選ぶのはこのエルフだと分かっているだけに、面白半分で感情を同化させるにはリスクが大きい。
「君も困った事があればおいで。人間だからこそ、解決できる問題もあるだろうしね。小春と結婚するなら、君も弟だ。年齢はどうあれね」
「はあ……ありがとうございます」
推定年齢は三百歳ぐらいだと思うエルフの青年は、ぺこりと頭を下げた。まさか自分までそういわれると思っていなかったようで、困惑した顔をしている。
俺の方がおもいっきり年下だけれど、まあ、俺の場合は色々特殊なのだ。
「せっかく来てくれたんだし、今日は小春の昔話とか写真を見せてあげようかな」
「是非見せて下さい」
「げっ。夏鈴もそうだけど、何で先輩まで私の昔の写真とか持ってるんですか?! アクアさんも、アクアさんの小さい頃ならともかく、私の写真なんて見ても面白くないから!」
分かってないなぁ。自分だって好きな人の昔の写真なら楽しく見るだろうに、それがどうして相手側になったらそんな事はあり得ないという発想になるのか。小春の良く分からない所だ。
「じゃあ、折角だから俺とコハルが出会った頃の写真を今日は特別に見せてあげよう。待っててね」
「待って、先輩。止めて、仕事して下さい!!」
「大丈夫、大丈夫」
小春の婚約指輪はうちの商品だって情報を流したから、プロポーズが上手くいく指輪だと、多くの人が買いに来るようになっている。その上でのご本人登場で、恋愛運を上げたくて一目見ようと、今日はいつも以上にお客様が入ってきていた。
しばらく彼らに滞在してもらった方が、客入りが良いのは間違いない。とくに美しいエルフ族の青年がうちの指輪を付けていてくれれば、それだけでいい看板になる。少しくらい彼女達と話を弾ませても、俺の義理の親である店の主人も目をつぶってくれるはずだ。
俺はエルフ君のわくわくといった期待に応えるため、アルバムを取りに向かった。
◇◆◇◆◇◆
俺が小春と出会ったのは、小春がまだ五歳の時の事だ。
その時の俺の年齢は良く分からない。そもそも本当に赤子の姿で俺は生まれたのかも怪しいものだ。なんといっても片親は肉体を持っていない精霊族という、前代未聞の状態なのだ。
気が付けば八歳ぐらいの姿で俺は施設に保護されていた。人間の親の方は生きてるのか死んでるのかも良く分からない。精霊族の親とは、今でも精神的なつながりを感じるので、生きてはいるのだろう。
生きていく上での知識は親からの繋がりで送られてきた情報を使って身に付け、俺は孤児として人間社会に紛れ込んだ。完璧な精霊族なら食事はいらないが、俺には人間の肉体がある。だから食事を食べないわけにはいかないので、とりあえず独り立ちできる外見になるまで養ってくれる場所が必要だったのだ。
試行錯誤しながら、俺は大人に好かれる子供のように振る舞った。相手の感情は読み取れるし、一部同化をすれば相手の頭の中も読めるので、この辺りは特に苦もない。ただ同化は、色々疲れるので、あまりやりたくない方法でもある。嫌でも強い感情は流れ込むので、ある程度は仕方がないが、同化すると相手と自分の境があいまいになって、引きずられるのだ。
たぶんこの同化の所為で、俺は生まれたばかりの頃の俺とは大分と違ってきているなと感じていた。同化相手がいい人間ならいいけれど、これがマイナス方面の精神状態の人間に引きずられれば、正直洒落にならない状態になるだろう。俺は色んな知識を簡単に自分のものにできてしまうし、相手の思考も読めるので、完全犯罪だって可能だ。今はそれはいけない事だというブレーキがちゃんとかかっているけれど、このまま悪い方に変質すればサイコパスな殺人鬼にだってなれるだろう。
そうなれば、きっとまだ繋がりを感じる親というか、精霊族が全力で俺を殺すか、俺という自我を消しにかかるとは思うけれど。正直どうなるか分からない。
まあそんな風に日々過ごしていた所に、小春は現れた。
「交通事故でご両親を亡くされたの。仲良くしてあげてね」
そう先生に言われてやって来た小春は、いたって普通の子だった。黒髪黒目であまり目立った特徴のない外見。少々小柄だけれど、それだけだ。性格も大人しい様子で、突然両親が居なくなった事に悲しんではいるが、それを誰かにあたる事もなく、ただ心の中で泣いていた。
普通ならここで可哀想だと手を差し伸べるところだけれど、俺からすると悲しいという感情は結構厄介なのだ。なので出来れば彼女の悲しいという感情が薄まるまでは近づきたくないなと思った。しかし大人からの信頼が厚い俺は、この憐れな少女の面倒をみて欲しいと言われてしまった。
たぶん表面上はそこまで落ち込んでいないから、子供が面倒をみても大丈夫だと判断したのだろう。確かに虐待を受けてここに来た子供とはまた違うだろうけど、それもどうなんだと言いたい。しかしこの施設では大人が王様だ。俺は聞き分けよく「はい、先生」と答えるしかできない。
それもここで生活する為の仕事だと思えば、我慢できる。ようは臭ければ鼻をつまむように、小春の悲しいという感情が入ってこないようにできるだけ精神が触れないように気を付ければいい。
「小春ちゃんだっけ? はじめまして。俺の名前は結良っていうんだ。でも普段は先輩と呼んでくれればいいよ。というか、名前が中々覚えられなければ、年上の事は先輩と呼んでおけばとりあえず何とかなるから、余裕が出てからゆっくり覚えればいいよ」
突然連れて来られた上に、職員も一気に自己紹介をした為、彼女の頭はパンク寸前になっていた。心の整理もついていない状態なのだ。あえてこれ以上新しい情報で苦しめる必要はない。
それに俺の本名は結良ではない。半分とはいえ、精霊族の血を半分持っている俺は真名に縛られる。だから誰にも本性である名前は告げていない。だから結良と呼ばれようが、先輩と呼ばれようが変わらない。
小春は俺の言葉に、コクリと頷いた。
「今日は君の部屋と食堂の使い方を教えるよ。お風呂とトイレは女子に教わった方がいいから、交代するね」
「……わかりました」
小春はそれだけ言って、俺について来た。
色々説明して感じたのは、五歳にしてはかなり躾けられた子だなというものだった。五歳だからトイレや歯磨き、着替えなど、全てが自分でできてもおかしくはないけれど、まるではやくに独り立ちさせようとしているかのように、色々な事を教えられていたように感じる。
すでに文字も書いて読めるようで、自分のものと相手のものの区別がつくからトラブルにもならない。
表面的には何ら問題のない子供だ。しかしあまりに問題がなさすぎる為に、これは大人にほっとかれるタイプだと思った。問題があったり人懐っこい子は先生たちも手をかけるが、勝手にやってしまえる子は放置される傾向にある。ここは家ではないし、先生は親ではないのだからそれも仕方がないことではあるけれど……。
案の定、小春は早々に先生たちに放置されるようになっていた。
そんなに早く施設に馴染むとは思えないけれど、先生たちは日々の業務が忙しく、彼女へのフォローはしない。俺に一任したから大丈夫と考えているのか、何も考えていないのか。
このままほうっておいて、体調に変調があれば、何故ちゃんと面倒を見なかったのかと叱責されるのは俺の方だろう。せめて一ヵ月ぐらいは気に掛けてやってよと思うけれど、仕方がない。
「どう? 生活には馴染めた?」
俺自身が馴染めるはずがないと思っておきながらも、話のとっかかりの為にそんな言い方になった。俺の方を見た小春は、こくりとうなずいた。
「たぶん」
「凄いね。まだ一週間しかたってないのに。無理はしていない?」
少し嫌味っぽかっただろうか。どう見たって無理しているに決まっている。でも言ってくれなければこちらからも手の差し伸べようがないので、ちょっと嫌な聞き方をして小春の出方を待つ。彼女は大人しいだけでなく、いい子なのだろう。だから少し位怒らせなければ、我慢してしまい、本当の気持ちが出てこないはずだ。
「していません」
意外に頑固らしい。
無理しているはずなのに、していないと答えられてしまった。これは優しくして絆した方が、本音を吐けるタイプだろうか。
「何か困った事はない? 色々言っていいよ」
「困った事……」
何だか悩みこんでしまったようだ。もしかしたら話すのが苦手な子なのかもしれない。五歳なら、まだまだ言葉が不自由な子もいる。
あまり悲しいという感情に触れたくはないけれど、ひとまず心の声を聞いてみた方がいいかもしれない。少しだけ気合を入れて、そろりと意識を伸ばす。
『皆、優しくしてくれるけど、どうしたらいいのかな?』
「んん?」
もう少しドロリとした声が聞こえてくるかと思ったが、彼女の心の中からはそういったものは感じない。もちろん、悲しいという気持ちが根っこの部分にちゃんとあるのは分かる。でも何故だろう。それに引きずられる感じはない。
『ここにいていいのかな? 邪魔にならないかな?』
「ここに居ていいよ!」
「へ?」
「いや。俺達は小春を歓迎しているよって、そういえば伝えてなかったなと思って」
想像と違う言葉が聞こえて咄嗟に答えてしまったけれど、この能力は内緒にしているので危なかった。小春は不思議そうにしていたが勝手に納得したようで、『先輩はとてもやさしい』とこちらが恥ずかしくなるぐらい真っ直ぐな感情を向けて来る。
『先輩、やさしい。うれしい。私も先輩達みたいに誰かのためになにかできるようになりたいな』
「いい子かよ!」
「……いい子?」
「いや。小春はいい子だなと思ってね」
こんなツッコミを入れるつもりはなかったけれど、小春の心の中は、あまりに綺麗だった。もちろん悲しみとかそういう感情も持っている。でも聞こえてくる声は、負の感情が全くない。むしろ、全力で俺を慕ってくれているのが分かる。
いや。俺、結構醜いよ? 利益優先的考え方よ?
なのに小春の前では聖人君子にでもなったかのようだ。
「へへへ」
嬉しい。嬉しい。嬉しい。お兄ちゃんみたい。カッコイイ。こんな人になりたい。
そんな声が聞こえる。
もしかしたら、小春は周りに誰も頼る人がいなくなっていまったから、初めて手をかけてくれる俺の事を親のように思ってしまったのかもしれない。
でもこの全力の信頼感は、ちょっと言葉では表せないぐらい気持ちのよいものだった。
そしてこの信頼に応えたいと思ってしまう。感情が流される。
「自分の力ではどうにもできなくて、本当に困った事があったら、俺の事はユーリと呼んで。きっと助けてあげるから」
「ユーリ?」
「でもこの名前は小春と俺だけの内緒だよ」
そういうと、小春はにぱっと、可愛らしい笑みを向けた。この施設に来て、初めての笑顔だ。
「先輩、ありがとう」
『そうだ。やさしくされた時はこういえば良かったんだ』と、小春の声が聞こえてくる。まだ幼いからだろうか。心の声と口から出る言葉に差異が少ない。
そしてもう俺は、この可愛さにメロメロだった。完敗だ。可愛すぎる。チョロイとでもなんとでも言ってくれ。可愛いは正義なのだ。
俺はその真理を今知った。
これから色々彼女を守ってあげて、この綺麗な心そのままで成長させたいと俺は思った。
その後色々可愛がった結果、小春は俺を兄のように慕い、色々頼ってくれるようになった。でも俺の真名はいまだに一度も呼ばれていない。
それはそこまで困った事がこれまで起きなかったからなのか、それとも忘れてしまったからなのか。俺も最初に先輩って呼べと言ったし、まあいいかとも思う。もしも真名を呼ばれたら、俺は更に小春に縛り付けられて、兄ではいられなくなってしまったかもしれないから。
その後エルフ族の青年が、小春の一番の座を奪い取っていったのを見て、名前を呼ばれなかったのはこの為だったのかもしれないとも思う。小春は意外に勘が鋭いところがあるから、呼んではいけないと分かっていたのかもしれない。彼女は俺に兄で居て欲しかったのだろう。
それならそれでいい。兄という立場で絶対の信頼を寄せられるのも悪くはない。
もしもこの先真名が呼ばれたならば、それはエルフ君が小春の信頼を裏切った時だろう。その時は全力で、つぶしにかかろうじゃないか。
それまでは俺はいい兄で居よう。
「お待たせ。見てみて。子犬に泣かされた小春の写真だよ」
「何で夏鈴といい、そういう見せて欲しくない写真を持ってるんですか?!」
「いや。可愛いは正義だから」
子犬と一緒に泣きべそ書きながら映る小春は可愛いのだ。
「分かります」
「同士よ」
エルフ君と手を繋ぎ合うと、小春が諦めたような深いため息をつく。
「皆、一度眼科に行けばいいのに。先輩は眼鏡の度があっていないと思います」
そうやって悪態をつきつつも、彼女は今日も優しい感情をこちらに向けていた。




