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十三人目 魔術師と4

 アクアさんが真っ先に昏倒させたのは、対戦相手の少女と、私に石を打ちこんだと思われる魔術師だった。ドサドサという倒れる音でようやく何かが起こったのだと私は気づいた。早業過ぎて分からなかったけれど、何か魔法を使って一瞬で意識を奪ったのだと思う。見た目に分からないので、もしかしたら人間の体の中の水分を何かしたのかもしれない。

 詳しく想像するとゾッとする魔法だ。派手さは全くないけれど、暗殺向きな魔法ではないだろうか。


「コハルを怪我させて、救護室へ連れて行き、そこから堂々と連れ去ろうなんて、いい度胸してますよね?」

「へ?」

「コハルの先輩の調べによるものなので、間違いないですよ? さて、この二人以外には、誰がそれに関わっていたんでしょうね? 私は生憎と先輩ではないので、分からないんです。誰か、知っている人いませんか?」

 救護室から連れ去り?

 というか、先輩いつの間にそんな事を調べたのだろう。でももしかして、最初の無茶ブリな試験もそれだったのだろうか。魔力を使い過ぎて枯渇した場合も、人間は倒れてしまう。その場合も救護室に運ばれる。今回の第一試験でも落第者の多くは救護室に移動したはずだ。

 そして第三試験で何試合も模擬戦をやらされればいずれ怪我をするか、魔力切れを起こすだろうと思われたのかもしれない。しかし私の魔力は周りよりも結構高い為めったに枯渇する事がなく、幸いなことに先ほどの試合まで怪我もなかった。試合数も終わりが見えたことで焦り、場外からの攻撃があったのかもしれない。

 きっと私が怪我を負えばそのまま逃げだし、後は救護室に居る仲間に託すつもりだったのだろうが、犯人の不幸は、この場にアクアさんが居たことだろう。最強の護衛が私を傷つけた相手を見逃すはずもなかった。


「ねえ。早く名乗り出てくれませんかね? それとも試験官は全員ぐるという事で、いいですか?」

 ゴロゴロゴロと雷の鳴る音が聞こえ、私はハッとして空を見上げた。

 先ほどまで晴れていたはずなのに、気が付けば頭上に黒い雨雲ができている。……偶然? それとも、アクアさんが天候まで操った?

 稲妻が走る様子は、今のアクアさんの心情そのままな気はするけれど、果たして魔法でそこまでの事ができるだろうか。しかし雨が降り出せば、場は水属性の魔力を持つアクアさんに優位になるだろう。……今でも最強だけど。


「ち、違う。俺は連れ去りとか、知らない」

「なら、誰です? この幼稚な嫌がらせをした人は。コハルの名前を何度も何度も呼んだ貴方は、この細工をした人物を知りませんか? そもそも、明らかに細工されてるって分かりますよね? それなのに、何故続けたんです? 誰の命令です? それともご自分の判断ですか?」

 怖い。アクアさんは瞳孔を開いたまま、ひたすら試験官の一人を質問攻めする。

 人間の国では最強とされる魔術師がこれだけたくさんいるというのに、誰も止めに入らないのはアクアさんとの格の違いを既に悟ってし合っているからだろう。何をされたのかも分からないまま倒れている二人を見れば、少しの発言ミスで同じ道をたどると理解する。


 良くも悪くも、人間の国は平和ボケしているのだ。だから魔術師達も、自分より強い相手と対峙した時に、それでも歯向かえる気概を持ち合わせていない。

「あ、あの人が、試合を止めるなって……」

「ち、違う。私は何も言っていない」

 試合を進めていた試験官に指を指された人は、最初の出題で私に無茶ブリしてきた試験官だ。どうやらこの試験官たちの中では偉い人だったらしい。

「や、止めてくれ。殺さないでくれ」

 アクアさんは何も言っていないのに既に息も絶え絶えの状態で命乞いをし始めた。もしかして、アクアさんは、既に何か魔法を発動しているのだろうか?

 分からないけれど、とても危険な気がする。


 ポツリ、ポツリと空から雨粒が降り出した。

「雨って水なんです。水は温度が下がると凍るんですよ。それが上空で起こると雪となり、氷の粒となるとあられ、もう少し大きくなると雹となります。そしてね、雹って五センチぐらいのサイズがあれば、人間の頭蓋骨ぐらい陥没させる威力になるんですよね。知ってました?」

 この国で雹はあまり降ることはないし、私自身見た事がない。でもアクアさんの喋り方を見ていると、このまま降ってくる雨を雹にする事も可能なのだろう。

「アクアさん、そんな物が降ってきたら、私達も怪我しちゃうよ? 危ないよ?」

「大丈夫ですよ。私がコハルを危険な目に合わせるわけがないじゃないですか。コハルの上には落ちません」

 それ、大丈夫じゃない。私の上に落ちないだけで、他の場所にはドスドス落ちてくるという事じゃないですか?! 魔術師だけじゃなくて、一般人も大ピンチだ。

「それにコハルに石を打ちこんだんですよ? それを誰も止めなかったんですよ? 同じ体験するべきだと思いませんか?」

「お、思いませんから!!」

「私は、思うんですよ」

 ひぃぃぃぃぃ。

 なんか、色々ブチ切れていらっしゃる。このままでは本当に死人が出かねない。まだ雨ですんでいるうちに何とかしなければいけない。

 どうしたら、アクアさんを正気に戻せるのか。そもそもこんな天候を操るような魔法を使って、本当にアクアさんは大丈夫だろうか?


「アクアさん。こんな自然を動かすような魔力を使ったら倒れちゃうよ。もう、止めよう? ね?」

「どうしてでしょう? 今なら、なんだって出来る気がするんです」

「なんかそういうの、死亡フラグ的な感じで良くないと思うな」

 何だろう。やっぱりアクアさんの様子がおかしい気がする。こう、魔力を使うのに制約がなくなっているというか、半分暴走しかけているというか……はっ?! そうか。暴走しているのか。


 そういえば、前にアクアさんが魔法の授業をする時に、大きな魔力を持つエルフ族は暴走させない為にできるだけ感情を大きく動かさなくなることを言っていた。ようは大きすぎる魔力を暴走させない為には感情を抑える必要があり、エルフ族は子供の頃こそ喜怒哀楽が大きいが、大人になれば薄くなるそうだ。確かにエルフ族の子供の使う魔法はえげつないぐらい周りを巻き込んで、爆発とかさせていた。

 そして今のアクアさんは怒りの方に感情が振り切れていて、暴走を起こし、その魔力に酔っている様な状況なのかもしれない。

 って、それ、どうしたらいいの?


 魔法の事は東さん! と思い主賓席を見たが、既に東さんは気を失い倒れていた。早すぎる。私だって気絶してしまいたいぐらいなのに、貴婦人かよ。

 とにかく、アクアさんの怒りを削がなければいけないけれど、こんな状態からのV字回復方法が全然思いつかない。人間を殺したら駄目と言っても、どこまで聞いてもらえるか。

 どうしてこんな恐怖の魔王とか氷の女王みたいになってしまっているのだろう。ううう。やっぱり優し過ぎるアクアさんにとって、教え子が理不尽に怪我させられた上に連れ去られそうになっているとか、相当心に負担をかけてしまったのだろうか。


「小春、今こそ、最強の呪文を唱える時だ!」

「はあ?! なんですか、それ?!」

 観客席に戻ってきたらしい先輩が、大きな声でアドバイスをくれたが、さっぱり何のことだか分からない。私の魔法でアクアさんに敵うとは思えないんですけど?! 私だけじゃなくて、この最恐化しているエルフ族を何とかできる人なんていないんじゃないだろうか? 私はアクアさん以上に強い人を知らない。

「ポケットにアイテムが入ってるよね? それを使えば、全部解決するから」

 ポケットのアイテム? 手をパーカーのポケットに突っこんでハッと気が付く。……確かに、色々な意味で怒りどころではなくなるかもしれない。うん。色々公開処刑な状況だけど、恥じている場合ではない。

 アクアさんを犯罪者にするわけにはいかないのだ。


「アクアさん!」

「どうしました? 大丈夫ですよ。コハルは何も心配する必要はありま――」

「好きです。結婚して下さい!!」

 私は指輪の入った箱をアクアさんの前に差し出し頭を下げた。


 ……返事がない。

 しばらく頭を下げていたが、YESともNOとも返事がもらえなかった私はそろりと頭を上げたが、アクアさんの顔を見た瞬間目がつぶれるかと思った。

 頬を赤らめた目元を潤ませたアクアさんの顔はとてつもない色気を放っている。さらに厚い雲に覆われた空だったのに、雲の切れ目から黄金に輝く光が差し込み、まるで宗教画のようだ。

「い、今。えっ? コハル。今、何て……。これは夢? え?」

「あ、その。好きです。結婚して下さい」

 意味が上手く伝わらなかったのかと思い、私は格好悪いが二回目の告白をする。そもそも最初から格好良くないから今更だ。


 次の瞬間何処からともなく花吹雪が飛んできて目を疑った。

 とうとうアクアさんの美貌の所為で背景の花の幻覚まで見えるようになってしまったのかと思ったが、どうやら試合会場横に植わっている桜が季節外れに、今開花したらしい。

「今日は護衛について話があるって……、てっきり、解約して捨てられるのかと」

「いや。解約はそうなんですけど。ほら、魔術師になってもご迷惑をかけるのは嫌で。でもできたらこの先も一緒にアクアさんと居たくて、結婚を申し込んでみました。はい。あ、その。大丈夫。大丈夫だから。断られる覚悟はできてるから」

 というかまだ魔術師試験の合否出てないけどね。

 これで不合格の場合、もう一年お願いしますしないといけないので、ものすごく居たたまれないんだけどね。


「そんな覚悟しないで下さいよ!!」

「いや。私はアクアさんが幸せになってくれるのが一番なので――」

「私も好きです。結婚して下さい!!」

「は?」

 ごめんなさいしかシミュレーションしていなかった私は、突然アクアさんに抱きしめられ目を白黒させた。

 あれ? 次の週刊誌の一面は、『K少女、フラれる。エルフ族の青年への身の程知らずの恋』を覚悟してたんだけど……。


「アクアさん、私の事好きだったんですか? あれ? 想い人がいたんじゃ」

 気を使っている?

 そう思って尋ねた私に、アクアさんは絶叫した。

「好きですよ。コハルが一番好きなんです! 気を使っているわけでも、おかしくなったわけでもなく、ずっと好きだったんです」

「えっ。は、はじめて言われたもので……すみません。現実が想像を超えていて……」

「はじめて……ああ。そうですね。私は気持ちを伝えていなかったんですね。いや、伝えても絶対友情の好きとか言われた自信ありますけどね」

「えっ。だって。アクアさんですよ? 私を好きになる要素がないというか。無理は――」

「していません!!」

 はっきり断言されてしまった。おう。

 そうか、無理はしていないんですね。ということは、本当に私の事が好き?


 次の瞬間、私の唇はアクアさんに塞がれた。

 へ?

「こうやって魔力交換したいぐらいに好きなんです。愛してます」

 ま、魔力交換?

 いや、今のは人間の国では、キスと言われるもので――。私は自分の顔が一気に真っ赤になったのが分かった。

「えっ。その。あの――」

「はいはい。若い二人が、想いを通じ合った所悪いけど、コレ、撮影されているからね」

 先輩の言葉で、私は頭上を飛ぶ撮影機を思い出し、悲鳴を上げた。

「……お、お嫁に行けない」

「私以外の何処に行くつもりです?」

 凄みのある笑顔を浮かべたアクアさんに、私はビクリとする。いや。うん。そうですね。

 次の瞬間、頭上で撮影機がパシャリとフラッシュをたいたのだった。

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