十三人目 魔術師と3
うわぁ。超見られている。
……何だろう。お昼に食べたかつ丼の所為で唇が油ギッシュになっているのだろうか。それとも、気が付かないうちに頭の上に蜘蛛とかカエルとか、鳥の糞とか、何かが乗っかってしまっているのだろうか。それとも私の背なかに背後霊がいるとでもいうのだろうか?
昼食を終えて試験会場に戻ると、最初の集合時の比ではないぐらい周りから視線を感じた。ひそひそと噂されている感じもする。……もしかして休み時間の間に、私の事が載った週刊誌が話題に上がってしまったのだろうか。内容が眉唾物で、低俗と言われたりする週刊誌だけれど、魔術師試験を受ける人は多いので中には読んでいた人もいたのだろう。そしてその噂が休み時間の間にまわったと……。
どれぐらいの人が、あのデマを信じているのだろう。居心地が悪すぎて泣けてきた。ここには一緒にさらし者になってくれるアクアさんもいないのだ。いや、これからはアクアさんに頼れないのだから、これぐらいの視線、跳ね返さなければいけない。跳ね返さなければ……試験が終わって魔術師になれたら、田舎に引っ越そうかなぁ。田舎なら視線に怯えることなく静かに生活できそうだし、新しい生活を始めるという事はフラれた傷心をいやすにはちょうどいいかもしれない。
昼休憩の間に、アクアさんには魔術師の試験が終わったら、護衛の契約について話し合いをしたいと言ってしまった。アクアさんはその言葉に動揺していたので、それなりに私との生活は楽しんでくれていたのだろう。でもこれ以上アクアさんの時間を奪うわけにはいかない。
アクアさんは五十年ぐらいなんてことないような事を言っていたが、人間の感覚からすれば、それは失うには長すぎる時間だ。アクアさんはアクアさんの幸せの為に、五十年を使うべきである。
私はパーカーのポケットの中に入っている箱を触った。アクアさんは受け取ってくれないだろうから、私の思い出の品となるだろう指輪が入っている。だからこれは私の為のお守りだ。もう指輪まで買ったのだから、絶対魔術師試験に合格して告白をしなければいけない。受験に失敗して、もう一年指輪の存在を隠しながらアクアさんと生活する事になると思えば、気合も入る。途中で指輪に気が付かれて白状させられたら軽く死ねる。絶対そんな情けない告白にはしない。そう思えば、より一層試験に集中できるというものだ。
「受験生の皆さんは、外の競技場へ移動をお願いします」
試験官に言われ、私達は休憩室から競技場へ移動をする。
この最終試験が終われば、晴れて魔術師だ。そもそもこの最終試験は、あまり試験点数には反映されず、既に結果は決まっていると東さんには聞かされていた。
この競技場での模擬戦は、軍や企業が見にくるだけではなく、魔術師の優秀さを世間に知らしめるパフォーマンスでもあるのだ。人間の国では魔術師が優遇されている場面が多々ある。だから不満を減らすため、魔術師協会は一般人よりも魔術師は優秀だというところを見せようとしているのだ。
試験会場に戻る前に、アクアさんには『怪我だけはしないで下さい』と心配されつつも、トンカツ屋で別れた。アクアさんは私が護衛契約のことを持ち出した事で、少し用事ができたらしく、後から試験会場に向かうと言っていた。きっとグノーさんと連絡を取って、新しい仕事をどうするか相談しているに違いない。優秀なアクアさんならすぐに次の仕事が決まってしまうだろう。アクアさんと過ごせる残された時間はどれぐらいかを考えると涙が出そうだ。
でもこうなったら、何としても私は自分の身は自分で守れると試験で証明し、アクアさんに安心してもらわなければいけない――。
アクアさんとの思い出を思い返していた私だが、模擬戦会場に出た瞬間、大きな声援が聞こえ頭の中が真っ白になった。
「えっ」
何だコレ。
観客席は予想以上の大勢が座っていた。入りきらないのか、空の上から見ている者もいる。それどころか撮影用だと思われる光の玉がいくつも空を飛んでいるの見て顔が引きつった。
あれ? 魔術師試験ってここまで賑やかなものだっけ?
去年こっそりと見に行った時は、それなりに人はいたけれど、ここまで人はいなかった気がするけど、偶々だったのだろうか。これではアクアさんが見つけられな――いや、見つけた。すぐ見つかった。
一人だけ、観客席に居るのに、他の観客から視線を向けられていて、すっごく分かりやすい。アクアさんの近くにはグノーさんの人工精霊とシルフィさんの人工精霊、更にヴィオレッティさんにスックラーさんの人工精霊も居る。……というかスックラーさんの人工精霊、まんまトイプードルだ。可愛すぎる。
そしてペットに囲まれたようなアクアさんの絵面が美しすぎて鼻血が出そうだ。聖なる乙女と題したい――いや、アクアさんは乙女じゃないけど。そして見た目に反して、凄く物理攻撃が得意だけど。
これぞ森の民的な光景に少々頭が混乱したが、折角先生方が応援に駆けつけてくれたので、私は小さく手を振った。それに対して、アクアさんも手を振ってくれて、やる気がみなぎってくる。
「来賓の紹介をさせていただきます」
どうやら貴族や軍の偉い人や有名企業の社長は別枠で座席が設けられた上に、来賓紹介されるようだ。来賓の中に東さんを見つけて、そういえば貴族だったっけと忘れがちな情報を思い出す。
でもこれで私の主な先生は、全員この会場で見ているという事だ。下手な失敗はできない。
「では模擬戦の説明をします。模擬戦は抽選で決まったもの同士、魔法を使って戦って下さい。その際、魔道具を使う事は禁じます。相手を戦闘不能にする、もしくは制限時間が来た時点で試合は終了となります。この試合では、勝てば試験で合格というわけではなく、我々はあくまで魔法の使い方を見ます」
魔術師が本気の殺し合いをし始めたらとんでもない事になる為、あくまで魔法の使い方だけを見るのだという事が強調して説明された。
ただし試合に勝った方がこの先の就職に有利になることは間違いない。軍に入りたいものは、一生懸命アピールするだろう。……できたらあまりやる気のない人と当たらないかなと思っていると、早速名前を呼ばれた。
「四月一日小春、前へ」
「はい」
私と戦う相手は、少し身長の高い男の人だった。私が小柄だという事もあり、何だか大人と子供といった雰囲気が漂う。
すごく周りからの視線が痛いけれど、とにかく集中だ。やることは変わらない。
「始めっ!」
試験官の声がかかった瞬間、私は自分の体に肉体強化の魔法をかけた。動体視力は上がらないけれど、俊敏性は上がるので魔法を避けやすくなる。
相手からは早速ファイヤーボールが飛んできたので、ドッチボールのボールを避ける要領でかわす。しかし続け様に次のボールが来たので、私は自分の前に火の網を作り出し跳ね返した。
「えっ?!」
相手は自分のボールが返ってくることを想像していなかったようで、そのまま火の玉を受け、熱さのあまりにゴロゴロと転がった。いやいやいや。そこは別の魔法で阻害しないと。
とはいえ、そんな事を言っている場合ではなさそうなので、私は慌てて水を頭からかけてやる。水のおかげで上手く火は鎮火した。そして私は、自分で出した水を使って氷の檻を作る。火の属性の方なので、溶かそうと思えば溶かせるけれど、とりあえずの妨げにはなるはずだ。
……ん? 動かない?
あれ? もしかして油断をさそう作戦とか?
「そこまで。勝者四月一日!」
転がったままの男の元へ、担架を持った魔術師が集まってきて、私は慌てて氷の檻の魔法を解除した。……きっとこの人は、軍人にアピールしたい人ではなかったんだよね?
あまりにあっけなく終わってしまった事で、私は首を傾げながら試合場所から離れる。観客席も一瞬シーンとなったのが怖い。アクアさん達が拍手をしてくれたので、他の人もつられて拍手したけれどわざと相手が負けたとか思われていないだろうか。あまりにあっけなかったので、八百長疑惑を持たれたら嫌だけれど、勝ったんだし、下手に粘られる相手じゃなくて良かったという事にする。
私は続いて始まった試合をのんびりと見る事にした。風属性の人と土属性の人は、土属性の人が相手を土の壁で覆って勝っていた。その次の光属性の人と闇属性の人では、闇属性の人が影を操る事で相手の動きを封じ勝っていた。
意外に私以外もあっさり決まる時は決まるようだ。その後は制限時間一杯時間を使ったり、相手が負けを認めて試合が終了したりという事もあったが、とりあえず大きな問題は起こっていない。
「次。四月一日小春、前へ」
「へ? またですか?」
「試合は一度とは言っていない。勝った者は抽選ボックスに名前が戻されるんだ」
試験官に説明を入れられたけれど釈然としない。……いつもそんな感じだっけ? よく覚えていないが、でもそう言われたら仕方がない。私は諦めて前へ出る。
対戦相手はこれまた男性だ。……というか、コレ、何度も戦った人の方が相手に手の内がばれるから絶対不利だと思うんだけど。でも大切なのは勝敗ではなく、魔法の使い方だからいいのか?
分からないながらも開始の合図をされてしまったので、ワンパターンだけれど先ほどと同じように肉体強化の魔法をかける。
今度の人はすぐさま魔法を仕掛けてはこなかった。何やら大きな魔法を使うようで、時間をかけて呪文を唱えている。なので、私の方から仕掛けさせてもらう事にした。
呪文を唱えるタイプならまずは音を奪うのが先決だ。なので風の魔法で音を消す。突然音が消えたことで、相手はびっくりしたらしく唱えるのを止めてしまった。呪文というのは別に音がなくても問題ないらしいけれど、音がないとやりにくいとアクアさんから説明を受けていた。どうやらこの作戦は成功のようだ。
私は水で縄を作ると、それを動かし相手を蓑虫状態にする。
「そこまで! 勝者、四月一日」
凄くあっさりと終わってしまった。これでいいのだろうかと首を傾げつつ、再び舞台から降りる。とりあえず勝てたので、アクアさんに小さく手を振ると、アクアさんもにこりと笑って手を振り返してくれた。師匠として弟子がちゃんと魔法が使えているのを喜んでくれてそうだ。グノーさん達もパチパチと手を叩いている。彼らが八百長と思わないのなら、私も別にいいかという気になった。
「次、四月一日小春……あー、前へ」
またですか?!
二度ある事は三度あるらしく、しばらく観戦側にまわっていたのに、また呼ばれた。呼ばれたら仕方がないので行くけれど、私のように二度目のコールがかかった人がまだいないので、少しだけ釈然としない。私の戦い方はやはり変わらず肉体強化魔法からの、相手に合わせての攻撃だ。次の人は風で切り裂こうとしてきたので、土の壁を作り、素早く動いて鳩尾に拳を入れてみた。
肉体強化はしているけれど、元々体重が軽いこともあって、パンチの威力はそこまで強くはない。それでも怯んでくれるので、そのまま足元を凍らせて身動きが取れないようにし、その場から退却した。……何か、本当に魔法が地味で申し訳なくなってきた。きっと呪文を使った大技とかが会場ではうけるのだろうけど、あまり体を鍛えていないので、呪文を唱えている間の無防備になってしまう時間が怖いのだ。
「勝者、四月一日」
試験官に言われ、私は再び舞台から降りたが、どうも嫌な予感がする。アクアさんの目が鋭くなってきているのは気のせいだと思いたい。大丈夫ですよと、手を振れば振り返してくれるのでまだ大丈夫そうだけれど、もしも次呼ばれたら、モンスターペアレントのように抗議を――。
「次、四月一日小春……前へ」
――抗議しないで下さいね。私はアクアさんに向かってぺこぺこお辞儀しておく。
連続して呼ばれて、もうこれは何らかの嫌がらせが混ざっているに違いないと思い始めた。うん。最初から嫌がらせをされてたんだから、帰るまでが遠足のように、試験の最後まで魔術師の方も嫌がらせの手を止める気はないようだ。
でもあまりに露骨だと、賓客も色々と苦情を言うのではないだろうか。若干の期待を込めて東さんの方を見てみたが、期待が込められた眼差しを返された。あの目は『わくわく。お代わりお願いします』だ。魔石をせっせと作らされた時に見たことがある表情である。これは彼の申し出からの、模擬戦の中止は期待するだけ無駄だ。
これも魔術師になる為の試練だと思い、再び舞台に上る。次の相手は氷の矢を飛ばしてきたので、折角だから力技で魔法を乗っ取り、反転させて送り返した。きゃあと可愛らしい声と共に尻餅をついた女性は、すぐさま降参ですと言ってくれた。
私は慌てて、相手の女性の所に走り寄り、手を貸した。どうやら大きな怪我はなさそうだ。少々乗っ取りをする時に、魔力による力技が過ぎたかもしれない。
「大丈夫ですか?」
「……はい」
助け起こした後も、手を握られ見つめられる。……週刊誌に載るわりにしょぼい顔とか思っていなければいいけれど、人の心の中など読めないので私は苦笑いするしかない。
するとぶはっと笑いだす声が客席の方から聞こえた。そちらを見れば、いつの間にか見に来ていたらしい先輩がアクアさんの隣で大笑いしていた。……何か面白い事でもあったのだろうか?
「勝者、四月一日」
試験官に宣言された所で、ようやく手を放してもらえて、私は客席からの視線から逃げるように外へと出た。……そろそろ誰かおかしい事を注意してくれないだろうか。そう思うのに、数試合後には再び名前を呼ばれるのを、その後も繰り返す事になった。
魔力的には大丈夫だけれど、精神的に段々きつくなってくる。とにかく視線が痛い。そしてアクアさんの目つきがだんだんヤバくなっている。そろそろモンスターペアレント発動かもしれない。一生懸命大丈夫ですよアピールはしているけれど、どうだろう。しっかりと自分の身は自分で守れるところを見せてアクアさんを安心させたかったのに上手くいかないものだ。
「次、四月一日小春……あー、前へ」
試験官も明らかにオカシイと気が付いているけれど、ルール上どうしようといった感じだろうか。でも、そろそろ終わりが見えてきた。
これは優勝者を決める試合ではないので、全員が一度は戦えばそれで終わりなのだ。だから既に試合が終わったもの同士のカードが引かれた時は中に戻される。そして半数以上が終わった辺りからまだ引かれていないカードが光るようになった。もう光っているカード同士を対戦させて欲しいけれど、一枚目は目視で引かれても、もう一枚はやはりランダムに引くらしい。
だからこの先も私の名前は呼ばれる気はするが、既に残りのカードも僅かとなっている。残り全員と対戦させられても、どうせ五人程度だ。
むしろさっさとこの地獄を終わらせて、アクアさんに告白させてくれ。
この後大イベントが待ち構えているのだから、これ以上気力を削られたくない。
「次、四月一日小春。前へ」
何度目かの名前の呼び出しに、試験官もしょっぱい顔になっていた。たぶん同僚が頭の悪い事をしてすまんという感じだろう。魔術師も一枚岩ではないので、こういう嫌がらせをする人もいれば、同情的な人もいるようだ。
次の相手は光属性の方でいきなり目つぶしをしてきたので、慌てて闇属性の魔法ででガードする。おかげで肉体強化の魔法が追い付かなかったが、光の玉でくっきり濃くなった影を使って、相手の動きを封じ込める事ができた。
これで終わりだと思った瞬間、背後から殺気を感じで、私は咄嗟に闇魔法を解除し、水の壁を作り出す。アクアさん直伝の壁なのでスピードだけは速い。
しかしその水の壁を超えて、鋭く尖った石が飛んで来る。たぶん、一点集中されているので、威力こそ阻害できたが、水の壁では防ぎきれなかったようだ。仕方がなく数発は当たるのを覚悟し、続けて水の壁を凍らせた。
石が当たったのは肩と足だ。痛いような熱いような感覚が頭に伝わり小さく悲鳴を上げた。どうやら石は体の中にめり込んだようだ。しかし次の攻撃が来るかもしれないので、私は肉体強化の魔法を急いでかけた。強化しておけば、痛いけれど少しはマシだし、傷口の血も止まる。
周りを警戒しつつも、先ほどの対戦相手の光属性の少女の方も警戒する。目くらましからスタートしていたので、もしかしたらこの石を打ちこんできた相手とグルかもしれない。いっそ先に電気を流して意識を刈り取ってしまおうか――。
「いい加減にしてくれませんか?」
聞きなれた声だけど、いつもより明らかに低い声がしたかと思うと、私の目の前に青年が立った。青い髪と青い瞳に凶悪なまでに美しすぎる相貌。……先ほどまで観客席にいたはずなのに、一瞬でここに来たという事は、転移魔法を使ったのだと思うけれど、あまりに禍々しい雰囲気に本当に同一人物だろうかと思ってしまう。
「先ほどから、私の大事な大事なコハルが嫌がらせを受けているようですけど? ええ。コハルが自分で対処するから待っていてというので、大人しく見守っていましたが、ここからは護衛が出てきても仕方がない案件ですよね? 試合相手じゃない人がコハルに怪我を負わせたんですから」
背後に稲妻がみえる気がするのは気のせいだろうか?
これはいわゆる、キレた的な状態だろうか。……ヤバい。死人が出るかもしれない。
私は咄嗟に助けを求めて先輩の方を見たが、さっきまでいたはずの先輩がいなくなっていた。ええっ?! 先輩? どこに行ったんですか?! しかもグノーさん達も居ないし。
「色々と個人的にも私、苛ついていたんです。それでも我慢に、我慢を重ねていたというのに。……あれでしたら、魔術師の皆さん、全員お相手しましょうか?」
「全員って。アクアさん、そんな無茶をしたら――」
「安心して下さい。私、それなりに強いので」
知ってますよ。
すごく知ってますよ。だから止めて下さい。アクアさんがそんな事をしたら、全員総攻撃なんていう無茶をした魔術師の方の犠牲が半端ないですから。
全くもって安心できない言葉に、私は黙示録のラッパが脳内でファンファーレしている気分になった。




